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" 他人事ではない "
税理士事務所の事業承継問題
中国税経新人会

1.税理士事務所の事業承継の実態

後継者に恵まれない税理士事務所が意外に多いのではないでしょうか。特に高齢化が進む地方の税理士事務所においては顕著だと容易に推測されます。
税理士は一身専属の資格業であるが故に資格のない子などに経営を承継させることは出来ません。
そんな特質を持っている税理士事務所であるから、適当な後継者を望みながらも現実は「成行上」後継者がいないまま気づいてみるといつの間にか、高齢に至っている税理士も少なからずあるのではないかと思います。

特に、死亡、入院、認知症、懲戒処分による業務停止などのようなアクシデントがあると本人は元より顧問先、従業員、家族に多大な迷惑を掛けることになります。
自由業である税理士業は極めて危険で、リスクの高い期間限定の職業(さながら不自由業とも言える)であるような気がします。
ある支部(約70名)における税理士の後継の実態を予想してみますと、

 子や娘婿、その他の親族が後を継ぐケース 15%
 従業員税理士など勤務税理士が後を継ぐケース 7%
 廃業と同時に他の税理士が後を継ぐケース 4%
 税理士法人として継続するケース 6%
 現在のところ後継者の予定がないケース 68%

の現在のところ後継者の予定がないケースについて、その理由を推測してみますとおよそ次のような類型になると考えられます。

 ア 自分一代限りでよいのだと考えている人
 イ 時期が来たらどうにかする(なる)と考えている人
 ウ 後継者が欲しいが適当な人材が見つからない人
2.事業承継の課題

前項のイにしてもウにしても人材の難しさがあります。
税理士事務所の後継者は、税理士という資格が必須であること、事務所経営の資質を備えていること、年齢が高すぎず若すぎず、さらに個人の責任能力があることなどが必要です。
また、「この所長と一緒にやっていこうという」「この従業員と一緒に良い事務所を作ろう」という相互の信頼関係と特に所長の人間的魅力がポイントになります。
一方、事務所を譲り渡す側としては、業態(経営状態)が次の点においてある程度確立されていることが必要です。

 ア 収益力がある事務所
 イ 借入金が少なく、後継者に個人保証までさせないこと
 ウ 顧問先が安定していること
 エ 従業員の資質がよいこと
 オ 従前の所長は口を出さないこと
3.事業承継の方法

税理士事務所の事業承継の方法のうち、子など親族が承継するケースは割と簡単に自然に承継できます。この項では第三者(他人)へ承継させるケースを取り上げて検討してみます。

ア 事務所内の税理士又は他の税理士を後継者にするケース
承継税理士は後継者になるのであるから、その立場で次のことを明確にしておく必要があります。
  • 将来の展望や経営理念、目標
  • 所長になる時期
  • 前所長の処遇
  • 営業権の価格
例えば、前年の経常的な総収入の80%、前3年の所得(会計法人への外注費、青色事業専従者控除前)の合計などの算定基準の明確化
  • 引き継ぐ財産とその価格
  • 従業員の処遇など
イ 複数の税理士によって税理士法人を設立するケース
お互いに将来を共に過ごす強い絆と志、使命感を持つことが必要です。これがないケースではすぐに解散する事例が散見されます。
  • 経営方針・経営理念の調整と一致(合意)
  • 顧客の持ち込みと営業権の評価
  • 従業員の持ち込みと調整(賃金・退職金)
  • 出資持分の負担割合と将来加入・脱退による持分清算の方法
  • 業務処理の方法(従業員の分担・役員業務の分担)
  • 税理士法人としての効率的な組織の構築など
ウ 他の税理士法人へ事業譲渡するケース
事業譲渡に当たっては、以下のことに留意することが必要です。
  • 営業権の価格の明確化
  • 譲渡代金の収受の期限
  • 譲渡後の譲渡した税理士の身分と処遇
  • 従業員の処遇と同意
  • 顧問先の説得・納得と同意
  • 譲渡による大きな変更事項と対策の想定など
4.事業譲渡について

ア 譲渡先を見つける方法
情報化社会の進展によりインターネットなどで税理士事務所のM&Aなどの情報は容易に検索することができますが、これを真正直に信頼すると大やけどをする蓋然性が高くなると考えられます。以下が依頼先として想定されます。
  • 信頼できる仲介業者
  • 所属する税理士会の支部
  • 同業の後輩
  • 税理士の受験専門学校
  • 大学院の税法担当教授など
イ 譲渡先の選定
譲渡先の選定を誤ると取り返しがつかなくなります。以下がその選定基準と考えられます。
  • 経営方針・経営理念に賛同できる
  • 経営者の資質・能力・人間性が優れている
  • 財務力(健全な経営体質)がある
  • これまでの税理士、税理士事務所としての実務能力と経験など
ウ 譲渡の条件整備
事業承継は長期戦です。したがって、以下のような条件整備が必要になります。
  • 自らの健康管理、ストレスとの戦い方(強い精神力)を会得する
  • 若いうちから、後継者対策を考える
  • 地方の税理士は、都会での研修を積極的に受け、若い税理士と名刺交換する
  • いつでも引き継げるように身辺は身ぎれいにしておく(職員との異性関係など)
  • 財務省からから懲戒処分を受けないように管理システムを構築する
  • チャンスが来たら受け入れることのできる
  • 職員教育をしておくなど
5.営業権の譲渡に対する所得税の取扱い

国税庁の見解
「税務および経理に関する業務」の譲渡に伴う所得の種類の判定について
(昭42.7.27直審(所)47)
税理士が、その業務を廃止するに当たり、従来関与していた得意先を他の税理士等に引き継いだ場合において、その引継ぎを受けた税理士等から受ける金銭等にかかる所得の種類の取扱方について、広島国税局長から上申があったが、これについては、雑所得として取り扱うよう指示したから了知されたい。

(理由) 税理士が、その業務を他の税理士等に引き継いだ対価として受ける金銭等は、得意先のあっせんの対価と認められる。
広局直所89
広局直資77
昭和42年2月10日
国税庁長官 殿
広島国税局長
「税務及び経理に関する業務」の譲渡に伴う所得の種類の判定について
標題について、○○○○○○○からの別紙照会に対し、下記のとおり異なった見解があり、丙説によることが適当と考えますが、いささか疑義がありますのでなにぶんのご指示をいただきたく上申します。
1 備品および未収金の処分については、本人意見のとおり

2 1以外の処分については

甲説  営業権に類似した無体財産権の譲渡とみなされるから譲渡所得とする。

(注) 一身専属性とはいえ近時この種の取引慣行がある模様である。

乙説 一身専属性の事業であり、企業権とか営業権の譲渡とは考えられず、関与先のあっせんによる所得とみて雑所得とする。

丙説 乙説のとおり、企業権とか営業権の譲渡と考えず、また、労務その他の役務の対価とも考えられないので一時所得とする。
以上
直審(所)46、昭和42年7月27日

※ 国税庁は、「税理士が、その業務を他の税理士等に引き継いだ対価として受ける金銭等は、得意先のあっせんの対価と認められる。」から「これについては、雑所得として取り扱うよう指示したから了知されたい。」として、端から、「税理士業は一身専属の資格を要する」という特殊性があることだけを持って「営業権」の存在を否定しています。
「営業権」は、顧客、従業員、立地、経営ノウハウ等が一体となって企業価値を形成しているのであって、譲り受けた方は明日から旧経営者のそれと同じように事業が展開できるのです。そこにお互いの価値が見いだされるから「営業権」の取引が成立する所以があると考えられます。
質疑応答事例の解説

問) 税理士であった夫が死亡したため,亡夫の関与先をB税理士に引き継ぎ200万円を受け取りました。この所得は営業権の譲渡として申告してよいか

答)税理士業務は税理士個人の高度な専門家知識、能力の活用により営まれる一身専属的な業務であり、また関与先の顧問税理士としての地位は、顧問契約に基づく一身専属的な地位ですからその地位は死亡により消滅し他の税理士が引き継ぐことはできないものと解されます。…よって雑所得に属します。

※ もっとも、質疑応答事例は、税理士が死亡した後にその妻が他の税理士へ関与先を紹介した場合の取扱であり、税理士自らが譲渡した場合とは異なるのではないかと考えられます。
※ 私見ですが、この例はすでに死亡した税理士の顧客を紹介したものであるので、死亡により委任契約が中断しており営業権としての価値を存続していないといえるのだと思われます。
裁決事例

「弁護士業の廃業に際し共同経営者から支払いを受けた金員は、営業権の譲渡によるものではなく、清算金と認められるから事業所得に当たるとした事例」
「・・・営業上のノウハウや、得意先関係等のいわゆる財産的価値のある事実関係は、常に譲渡の対象となるのではなく、それが個々の主観的要素を離れて営業組織に客観的に結実した形で表象された場合に初めて営業権の対象となる。
そして、弁護士の業務は…一身専属性があり…弁護士個人を離れて営業組織に客観的に結実したものとは認められない。」
裁決事例 平22.6.30裁決

「請求人が営んでいた税理士事務所を他の税理士に承継するに際して受領した金員に係る所得は、譲渡所得には該当しない。」
税理士のノウハウや顧問先との信頼関係は、税理士個人に帰属し一身専属性の高いものであり、委任契約であることからすれば税理士を離れて営業組織に客観的に結実することになじまないこと
補助税理士は承継する税理士Aのみであり従業員もいないのでこれらと顧問先との関係は生じないこと
超過収益力の説明がなかったことから営業権の存在を認めない
結論

本当に税理士という職業には「営業権」というものは存在しないのでしょうか。長年額に汗をし、唇をかみしめ、税務署と丁々発止の労苦を重ね、ノウハウを積み重ね顧問先との信頼関係を積み重ねてきたわれわれは今一度考える必要があります。

広辞苑によると「営業権」とは、「営業する権利。企業の伝統や社会的信用により、その営業が他の企業以上に利益を収めるような無形の財産的価値。暖簾(のれん)」と定義づけています。

また、最高裁は「営業権」について、「営業権とは、当該企業の長年の伝統と社会的信用、立地条件、特殊の製造技術及び特殊の取引関係の存在並びにそれらの独占性等を総合した、他の企業を上回る企業利益を獲得する無形の財産的価値を有する事実関係である」(最高裁昭.51.7.13判決)と判示しています。

相続税財産評価通達においても「営業権」とは、通常、暖簾(のれん)や老舗(しにせ)で呼称される企業の無形財産の一種で、『企業が持つ好評、愛顧、信認、顧客関係その他の諸要因によって期待される将来の超過収益力を資本化した価値』であると説明されているところです。

これらのことを総合勘案すれば、税理士にも「営業権」は当然にあると考えます。国税庁長官の一片の通達によって拘泥されるのでなく、私たちは適確な文理解釈をして、雑所得でなく譲渡所得として勇気を持って、堂々と確定申告をしましょう。

(中国税経新人会)

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