論文

特集  第47回 加賀全国研究集会 分科会テキスト
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改正国税通則法 納税者の権利を守るためには
東京税経新人会分科会発表チーム
はじめに

東京会 保泉 雄丈
オブザーバー 東京会 井上 礎幸
昨年12月16日に閣議決定された平成23年度税制改正大綱は納税環境の整備ということで、「納税者権利憲章」の制定を含む国税通則法の抜本的な改革が掲げられています。ここには、質問検査権における「提示・提出」の追加や「留置き」、修正申告の勧奨、反面調査時の通知の問題等様々な問題を含んだ内容となっており、納税者の権利を盛り込んだというよりは、課税庁側の権限強化を盛り込んだ内容となっています。

この大綱を受けて平成23年1月25日に「所得税法等の一部を改正する法律案」が閣議決定され国会に提出されましたが、税経新人会をはじめとした各種団体の反対運動により法案の成立は見送られています。

納税者権利憲章を含む国税通則法の抜本的な改正は先送りとなっていますが、3党合意文書では「国税通則法抜本改正についても、各党間で引き続き協議を行い、上記の改正項目についての協議の際に、更正の請求期間の延長をはじめとする納税環境整備が進展するよう、成案を得るものとする。」として存置されています。国会は8月31日まで会期延長になっていますが、会期末までに通らなくても来年の税制改正にまで持ち込まれる恐れがあり、まだまだ予断を許さない状態です。

東京会では国税通則法の制定当時に行われた反対運動の歴史を振り返りながら、今回の改正が納税者の権利を守るものなのか、また今後どうやって納税者の権利を守っていくのかを検討してきました。当日は会場に来て頂いた皆さんと一緒に議論し考える分科会にしたいと思います。

(ほづみ・たけひろ、いのうえ・もとゆき)

目次

第1章 国税通則法の歴史
I. はじめに
II. 制定の経緯
III. 制定の趣旨
IV. 制定が見送られた項目
V. 制定後の改正
VI. さいごに
第2章 平成23年度税制改正案の問題点と意見の対比
I. 主たる項目と問題点、意見の対比
II. 意見の要約
III. さいごに
第3章 今回の改正の問題点に対する考察
I. 税法の基本原則である租税法律主義
II. 申告納税制度について
III. 事前通知についての考察
IV. 提示、提出、留置についての考察
V. 修正申告の勧奨についての考察
VI. さいごに
第4章 今回の改正を通しての私の5つの疑問
I. はじめに
II. 今、何故「納税者権利憲章」なのか?
III. 50兆円を超える財政赤字?
IV. 納税は義務であり徴収されるものから納得して払うへ変わるのか?
V. 民主党政治で信頼できる政府を信頼する納税者となるか?
VI. 国民主権の本来の姿とはなにか?
第5章 改正案成立後の対応

第1章 国税通則法の歴史

東京会 中島宏治
I. はじめに

今回の改正では「納税者の立場に立って納税者権利憲章を策定します。」と銘打っているものの、納税者の権利を保護するものだけでなく、行政側の権限を強化するものが含まれています。国税通則法は昭和37年に制定されましたが、このときも今回の改正と同様に本来の目的だけでなく行政側の権限を強化するものを含めようとしていました。平成23年の国税通則法の改正について検討するにあたり、まずは国税通則法の制定当時からこれまでの歴史についてふりかえります。

II. 制定の経緯

国税通則法は昭和34年5月に当時の内閣総理大臣岸信介から「国税及び地方税を通じ、わが国の社会経済事情に即応して税制を体系的に改善するための方策」について諮問を受けた税制調査会が昭和36年7月に「国税通則法の制定に関する答申」として当時の内閣総理大臣池田勇人に対し答申したところに基づき、昭和37年4月2日に制定され、制定前日の4月1日にさかのぼって施行されました。

III. 制定の趣旨

1、国税通則法の制定に関する答申より
国税の滞納処分を中心とする徴収手続は、各税法に共通して統一的に行われるものなので、まとめて国税徴収法に規定されていました。各税法にそれぞれ規定されていた手続きに関する事項は、税目こそ違うが国税であることには変わりはなく、各税法に規定されていた手続規定には重複するものが多かった。このことにより不必要に条文を多くしていたので、手続規定に関する共通の事項を各税法から削除して、これを国税通則法にまとめて規定することにしました。

2、税経新報(No. 15昭和36年9月20日号)に掲載された故吉田敏幸さんの論文より
答申が発表されたころに税経新報に掲載された論文で国税通則法の制定に関する答申の真の狙いについて次のように鋭く指摘されています。
「国税通則法の制定に関する答申の真の狙いは現行憲法下に於ける法体系と別個に異質な法体系を形成せんとするものであります。
その基本的な内容は国庫の利益を最大の目的とした恣意的税務行政を正当づけんとする官庁税法学の典型であるドイツ租税調整法の理念を根本理念としています。
国税通則法の実質は現行の税務行政の中で着々と実践されています。即ち、国税通則法は税務官庁が従来から持っていた考え方と、従来から行って来た行為を法規範として生かし実定法として制度化するにあります。」

IV. 制定が見送られた項目

「国税通則法の制定に関する答申」の内容が明らかになると、いち早く全国商工団体連合会を中心とする零細企業者の団体が、国税通則法反対の運動を大規模に展開し、民主主義的税制確立を目指す日本税法学会では、民主的立場からする専門的な国税通則法に対する批判を活発に繰り広げました。

国税通則法に関する答申の国庫主義的、権力主義的内容が国民の間に逐次知らされるに及んで連鎖反応的に反対運動の火が広がっていきました。

この情勢に圧倒されて、大蔵当局は昭和36年11月28日に「国税通則法の制定について」を発表し、世論の反発の強かった次の5項目については立法化を断念しました。

1、実質課税の原則等
2、一般的な記帳義務に関する規定
3、質問検査に関する統合的規定及び特定職業人の守秘義務と質問検査権との関係規定
4、過怠税の制度を設ける規定
5、無申告脱税犯に関する規定

通則法の制定案の中には人格のない社団等について国税通則法においてすべての税法の適用上、人格のない社団等を法人とみなす項目が含まれていました。政府は労音訴訟を機に民商や労働組合などの人格のない社団等について課税強化を図ろうとしました。しかし各種団体の反対運動によりこの項目は通則法の中だけでみなす規定に修正されました。

V. 制定後の改正

1、昭和45年の改正
「国税不服審判所」は国税局長等の税務の執行機関から独立し、国税庁長官の直属機関となりました。このとき国税通則法第97条1項2号(審理のための質問、検査等)において「審査請求人の帳簿書類その他の物件につき、その所有者、所持者若しくは保管者に対し、当該物件の提出を求め、又はこれらの者が提出した物件を留め置くこと。」という条文が規定されました。この留め置きの規定には国税通則法第127条で30万円以下の罰則規定がされており、査察調査以外ではじめて強制力のある留め置きができる規定となりました。

2、平成23年の改正
平成23年度の税制改正大綱では国税通則法の改正について「納税者の立場に立って納税者権利憲章を策定するとともに、税務調査手続の明確化、更正の請求期間の延長、処分の理由附記の実施等の措置を講じることとし、国税通則法について昭和37年の制定以来、最大の見直しを行います。」とあります。

VI. さいごに

消費税の導入や増税では大規模な反対運動が繰り広げられましたが、消費税にくらべ地味な内容の国税通則法ですが制定時に大規模な反対運動がおき、大きな成果を得たという事実を知り驚きました。いつの時代も政府は都合のいいことしか言いません。納税者から税務に関する専門家としての信頼にこたえるためにも、「権利憲章」という看板を背負った悪法をつみとるための行動を進めていく必要があります。

(なかじま・こうじ)

第2章 平成23年度税制改正案の問題点と意見の対比

東京会 石川典子
I. 主たる項目と問題点、意見の対比

改正案に残された国税通則法の改正の問題点について、以下その主だった項目と問題点について、様々な学者等の意見を肯定意見、否定意見といった視点でまとめていき問題点を明確にしてみます。

1. 税務職員による質問検査権(74条の2)
2. 税務調査における事前通知(74条の10)
3. 事前通知の内容(74条の9)
4. 税務調査終了後における調査内容の説明と修正申告の勧奨(74条の11 3項)
5. 更正の請求期限の延長(23条 1項)
6. 内容虚偽の更正の請求書の提出に対する処罰規定(127条 1項)
7. すべての処分に理由附記(74条の14)

II. 意見の要約( 紙面の都合上一部のみ記載します。)

1.税務職員による質問検査権(帳簿書類その他の物件の提示・提出・留置)
肯定意見 否定意見
実際の調査現場において行われている手続きを法制化しただけであり、きちんと規定されたほうがむしろ望ましいです。諸外国においても手続きを規定し、罰則を設けています。 現状はあくまでやむを得ずの「協力」であって、拒むことも可能でありました。医師等の「カルテ」の提出又はコピーなどプライバシーの侵害や罰則の適用が頻発されるおそれがあります。これにより提出された帳簿書類等の返還についても何の規定もなく令状によらない帳簿書類等の押収留置に他ならないのであって、憲法35条に違反し、またはその疑いがあるというべきものであります。

2.税務調査における事前通知(例外的に行わない場合があること。)
肯定意見 否定意見
悪質な納税者の課税逃れを助長することがないよう、課税の公平確保の観点から一定の場合には事前通知を行いません。法制化に当たっては、例外を明文化できない部分は、通達で補充し、判例の積み重ねで確定していけばよいでしょう。 例外として「事前通知を行わない」とはいわゆる無予告調査の合法化であります。原則と例外が逆転するおそれがあります。更に、調査予定日の何日前までに通知をすべきかは全く規定されていません。これでは、事前通知を法定する意味がありません。

3.税務調査終了後における調査内容の説明と修正申告の勧奨
肯定意見 否定意見
建前としては税務署長が違法な課税を認識した場合の是正の手段は更正・決定であるとされる現在でも、実際は、大多数が修正申告に応じ終了しています。現在の慣行を法制化する意義はあります。法制化されたからといって修正申告・期限後申告は納税者側からの手続き・権利であることには変わらないのですから、納税者の反論権を奪うということにはなりません。 修正申告をするかしないかは納税者の判断に委ねるべきであります。修正申告の勧奨は事実把握が曖昧のまま納税者に増差税額を押し付け、不服申立を強引に奪っているに過ぎません。諸外国においても、課税庁が修正申告の勧奨をすることができるというような規定をもっている国は存在しません。

III. さいごに

ここでは問題点について各項目ごとにまとめてみましたが、これらの項目については納税者の権利を守るものとなっていません。「納税者権利憲章」の制定はなされるべきですが、これらの項目についてはそれと引き離して削除されるべきです。

(いしかわ・のりこ)

第3章 今回の改正の問題点に対する考察

東京会 木下 良
東京会 保泉雄丈
I. 税法の基本原則である租税法律主義

1、租税法律主義とは(故北野弘久教授の「税法学原論」より)

日本国憲法は第七章「財政」の84条と、第三章「国民の権利及び義務」の30条において租税法律主義を規定し「日本国憲法は、財政権力の側面と国民の納税義務の側面との双方から租税法律主義の確認をしているといえる。」として租税法律主義を説明されています。
そして租税法律主義の現代的における展開として、

(1)第一段階 ⇒ 執行過程(行政過程、裁判過程)における権力の乱用からいかにして納税義務者の人権を守るか。
(2)第二段階 ⇒ 立法過程での権力の乱用からいかにして納税者の人権を守るか。
(3)第三段階 ⇒ 租税の使途面で納税者の人権を擁護する。

として現代における租税法律主義のさらなる展開を主張しています。

2、質問検査権の法的限界(故北野弘久教授の「質問検査権の法理」より)

質問検査権行使の法的限界を考えるうえにおいて大切なことがらとして、次の4つの基本的視角を確認しておく必要があると説いています。

(1)税法の領域においては租税法律主義の原則が支配します。
(2)租税法律主義を重視する立場からいえば、税法は「微税の法」ではなく、まさに微税権力に対抗する納税者側の「権利立法」としてとらえなければなりません。
(3)課税処分のための質問検査権の特性が考慮されねばなりません。この質問検査権の行使は、被調査者の同意を前提とする任意調査であるけれども、被調査者は調査の受忍義務を負い、調査に応じないときは刑事制裁を受けることになっています。つまり、罰則によって担保された間接強制の調査といえます。
(4)「微税の確保」は重要であるが、それはあくまで被調査者の人権を尊重する立場にたって構成された適正な手続きにもとづいて果たされねばなりません。

以上の4つの点をふまえて、質問検査権の法理を具体的に構成すべきであると考えられます。

3、国税通則法の位置づけ

国税通則法はその第一条で法の「目的」を規定しています。租税法律主義の第一段階の視点から言えば、基本的、共通的な事項を定めているとされている国税通則法については、行政過程及び裁判過程においていかに権力の乱用から納税者の人権を守るかという立場で解釈され運用されるべきです。あくまで納税者である「国民の納税義務の適正かつ円滑な履行」を国税通則法は目的としており、徴税側による税務行政の運用のためにのみ利用されるものではないということです。

更に、第二段階においては立法過程での権力の乱用からいかにして納税者の人権を守るかが問われます。その意味で今回の改正における「納税者権利憲章」はその存在意義を認められるのですが、今回の改正案では権利だけでなく義務も大幅に負わせようというところが本来あるべき姿に反した内容となってしまっています。

II、申告納税制度について

1、申告納税制度と税務調査

租税法律主義の下で納税の義務を負うわが国の国民は、申告納税制度に基づき自ら税額を計算して申告書を提出し、そこに記載された税額を納付します。そのチェック機能を果たすのが国家機関としての課税庁なのであり、具体的なチェック活動が「税務調査」です。税務署員が実地に臨場して調査をする「確認行為」です。
法人税法156条で「税務調査は犯罪捜査のために認められたものではない」と規定していますし、所得税法234条では税務職員の質問検査について、「質問又は検査の権限は、犯罪捜査のために認められたものと解してはならない」と規定しています。すなわち、通常、一般的に行われる調査は、納税者の同意を基にして行われる任意調査です。

2、税務調査

(1)税務調査の学説(3分類説と4分類説)
税務調査は、それが何のために行われるものであるかによって下記のとおり分類されます。
課税処分のための調査(所法234条、法153条以下、相法60条等)
滞納処分のための調査(国徴法141条以下)
犯則事件処理のための調査(国犯法1条以下)
不服審査のための調査(関本説)

(2)税務調査の判例
税務調査の判例として掲げておきたいのが、「荒川民商広田事件」と呼ばれる所得税法違反事件の最高裁昭和48年7月10日第3小法廷決定(判例時報708号)です。本判決は質問検査権の要件について言及した点で大変重要な判決と言えます。

(3)判決のポイント
特筆すべき点は、最高裁判決です。税務職員の裁量権を基本的に認めたその一方で、質問調査権限の行使に一定の法的な限界を画した点です。
最高裁は、質問検査権行使の適法要件を、実施の細目については当該職員の裁量を認めながらも、調査と質問検査の「客観的必要性」「私的利益との比較衡量」「選択の合理性」という3つの超えてはならない枠組、すなわち限界点を示した点は、評価に値する判決と言えます。

III. 事前通知についての考察

1、現況調査

税務調査を巡って納税者が抱く不満のひとつに、調査に先立って事前通知がなされないということが挙げられます。現行の国税通則法では明文規定がありません。
平成13年3月の国税庁の事務運営指針では現況調査を行う以外は事前通知を行うということが明確にされています。
税務調査において、本人の協力を得るには事前の同意が望ましいことは言うまでもありません。最高裁決定で「一律の要件ではない」としていますが、突然の調査が本人の営業に支障をもたらし、私生活の平穏を損なわれることは明らかですから、税務調査を拒否しても、正当な理由がある限り、延期の申し出とみなされることは明らかです。

2、反面調査…取引先への調査

事前通知は、反面調査においても行うとされています。しかし、現行では、国税庁の税務運営方針において、「反面調査は客観的にみてやむを得ないと認められる場合に限って行うこととする」とされています。しかし改正案では、調査範囲を拡大し、理由なくとも事前通知を行えば、取引先の調査が行えると規定しています。

申告納税制度のもとにおいては、反面調査は本来の納税者に対して調査を行ったが、それだけでは解決し得ない相当の「必要性」がある場合のみ実施されるべきです。取引先等に対する反面調査において、その調査の「必要性」については、本人への税務調査よりも厳格に解されなければなりません。それは納税者本人の信用に関わるだけでなく、取引先にとっても、たまたま本人と取引関係にあったというだけで、税務調査における受忍義務を負わされるわけですから、その分、高度の「必要性」が要求されるのです。本人への調査を尽くしても解明できない点についてのみ、その必要の限度で許されるにすぎないのです。

IV. 提示、提出、留置についての考察

1、質問検査権

質問検査権は各税目ごとに規定されています。例えば所得税法においては234条で所得税の調査における質問検査権が規定されています。
現行の所得税法では、「質問・検査」する権限を認めていますが、物件の「提示・提出」の文言はありません。

2、国税犯則法における任意調査と強制調査

国犯法第1条は、国犯法による「質問・調査・領置」の規定です。犯則調査の一環ではありますが、強制調査の前段階として、検察庁への告発又は通告処分を目的として、そのための資料収集のための任意調査です。よって、令状による強制調査とは性質を異にしますので、調査拒否や不答弁に対しての罰則はありません。一方で、第2条の規定は、犯則事件に関し、裁判官の許可を得て、強制調査による「臨検・捜索・差押」を伴う調査を行うことができることを規定しています。
第2条に基づき「臨検・捜索・差押」を行う場合は、あらかじめ裁判官の令状を得て、それを相手方又は立会人に提示しなければなりませんが、これは憲法35条の令状主義の要請です。

3、国税手続法の規定

今回の改正案では所得税、法人税、消費税についての質問検査権として、「…当該職員は…調査について必要があるときは、…事業に関する帳簿書類その他の物件を検査し又は当該物件の提示若しくは提出を求めることができる」と現行法にない「提示・提出」を要求している点が問題です。
また、「国税の調査について必要があるときは、当該調査において提出された物件を留め置くことができる。」と規定しました。これは、印紙税法21条1項の「留め置き」と同様の文言ではありますが、国税手続法には罰則規定が設けられており、印紙税法における「留め置き」と考えるよりも、国犯法1条以下の「領置」、言い換えれば「差押え」という概念により近いものになっています。

4、国税手続法における罰則規定

改正案での提示、提出の規定は、任意調査の一環として行われるものであるにもかかわらず、「1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」としています。これは、刑事訴訟法60条による逮捕、勾留の要件を充たす罪になります。任意調査であるにもかかわらず課税庁からの要求に従わなかった場合には、「納税者」は「犯罪者」と扱われてしまうことになります。先にも述べたように、国犯法に基づく質問検査権の行使は、間接国税に関するものでない限り罰則規定がありません。単なる税額の確定作業である税務調査が犯則調査より重い取扱いなのは法的バランスを欠くのではないでしょうか。
また、納税者から提出された物件を留め置く規定を設けること、及び提出された帳簿書類等の返還についての規定がないことは、納税者の営業活動を阻害するおそれがあり、国民の健全な経済活動の妨げとなります。納税者のいらない負担が増えてしまうことにもなります。

V. 修正申告の勧奨についての考察

1、修正申告のメリット・デメリット

修正申告によって納税者に起こりうるメリット・デメリットは何でしょうか。

(1)納税者にとってのメリットは、

税額の増額変更が修正申告で行われれば過少申告加算税が免除される可能性がある。
更正処分よりは、修正申告の方が納税者の対外的信用に傷がつかない。
税務調査の過程で、担当税務職員より修正申告の慫慂に応ずれば税務調査を終了してもよいと提案されることがまれでなく、修正申告を行えば税務調査を中止してもらえる。

(2)納税者にとってのデメリット=税務行政庁にとってのメリットは、

事務量の軽減
  • 過少申告の発見から更正処分に至るまでの手続きを厳密に行った場合の税務当局の事務量
  • 修正申告税額が過大であることを納税者が気付いても、それを納税者が減額更正することは極めて困難。更正の請求ばかりでなく、税務訴訟によるものも含めて。修正申告等に係る異議申立てや審査請求ができない
    過去の最高裁判例において修正申告に不満をもつ納税者の多くが錯誤による無効を主張することもあっても、一度なされた修正申告を争うことの難しさを決定づけた判例があります。
修正申告がなされても、税務行政庁の課税権限(更正処分等)が消滅するわけではない。
修正申告の方が税務行政の権力性が表面にでないという点とともに、そもそも、一応は納税者の同意のもとに修正申告が行われるのであるから、この申告をめぐる紛争の発生可能性は更正処分によるよりも減少することが期待される。

2、修正申告の慫慂の歴史

税務職員による修正申告の慫慂は長年にわたって全国各地でなされてきており、税務行政への不信の原因の大きな要因となっています。
修正申告が納税者の適正な意思に基づいてなされたとき、それは申告納税制度の適正な運用となりますが、そこに税務当局側の恣意性が介入したとき、それは申告納税制度とは大きく異なるものとなってしまます。

3、現在の税務行政の動向
  • 内部事務一元化に調査人員の確保
  • 事務の一部アウトソーシング化に伴う事務の効率化
  • 税理士の下請化の伴う電話相談センターや無料相談会の実施
  • ITの積極的な活用に伴う情報の発信・申告事務や徴収事務の効率化
  • 税務職員の評価制度の導入⇒調査の結果に伴う給与の評価
がされてきています。
これは財源不足の解消を目的とした、根本的には小泉政権時代の「小さな政府」構想に基づき省庁の再編縮減がなされたときに、税務当局が現状の維持及び生き残りを掛けて行ったものであり、税務当局の役割及び存在意義を明瞭にするために税務調査に特化していく方針が見え隠れします。

4、修正申告の勧奨の明文化

修正申告は申告納税制度に基づき納税者に認められた適正な権利です。しかし、そこに税務当局の恣意性が入るとき申告納税制度の趣旨が損なわれてしまいます。これまで修正申告の慫慂に対して実務上一定の制限がかかってきたのは過去の闘いの歴史によるものです。現在の税務署の情勢を踏まえると「修正申告の勧奨」が通った場合には、単なる確認規定ではなくそれが税務当局の恣意性に利用される可能性が多大です。
適正な申告納税制度の実現のために、勧奨を明文化するならば税務当局の恣意性を排除する内容の明文規定か、本来の納税者の権利を擁護するための「納税者権利憲章」の制定が必要です。

VI. さいごに

我が国の納税者の権利を守るため、租税法律主義に基づく申告納税制度の確立をどうやっていくか、それが税法及び税務行政を考える上での根本なのではないでしょうか。

(きのした・りょう、ほづみ・たけひろ)

第4章 今回の改正を通しての私の5つの疑問

東京会 中川敦子
I. はじめに

「納税者権利憲章の制定」「国税通則法の改正」ということを私は民主党の税制改正大綱で知りました。その後、改正案にいたるまでの小委員会での審議内容や専門家委員会の議事録を読んで、私の胸に去来した疑問を思い切って皆さんにぶつけてみたいと思います。

1、今、何故「納税者権利憲章」なのか?
2、50兆を超える財政赤字?
3、納税は義務、徴収されるものから納得して払うへ変わるのか?
4、信頼できる政府を信頼する納税者とは?
5、国民主権の本来の姿?

II.今、何故「納税者権利憲章」なのか?

納税者の権利保障のための制度は主要先進国を中心にすすめられてきました。
1789年のフランス人権宣言はすでに租税に関する条文がありますが、そのフランスでさえも、課税庁の人権を無視した強引で一方的な徴税活動は問題視されていました。納税者の意識の高まりを受け、強権的な税務行政に歯止めをかけるため納税者権利憲章が制定されていきました。

我が国においても「納税者権利憲章」または「権利宣言」と呼ばれるものは過去にいろいろな任意団体等が発表しています。また平成14年には民主党を含む野党三党で国税通則法改正案を国会に提出しています。
フランス、西ドイツ、カナダ、イギリス、アメリカなどすでに各国で法律や公文書により納税者の権利はあきらかにされてきましたが日本においては税務行政、税務調査に対し我が国の納税者は十分にプライバシーが尊重され権利保護がなされていると、廃案となりました。

しかし、その間にも課税庁は北村裁判や三木裁判などにみられるように社会通念を超えた行き過ぎた税務調査を行い、納税者の権利を保護しているとは言い難いものでした。
平成19年に民主党が政権交代し、日本においても平成22年度税制改正大綱において「納税者権利憲章」の制定がもりこまれることとなりました。

平成14年の改正案においては、その内容には納税者の権利保護という考えがしっかりと見てとれました。しかし今回の改正案で出てきたものについては、同じ政党がだしてきたもののはずなのに、納税者の権利保護という考えはなりを潜め、課税庁の権限強化(これを今回の改正では実務上行われていたことを法定化しただけと呼んでいますが。)といくつかの国税通則法の問題点の解決にとどまっています。

納税者の権利を保護する「納税者権利憲章」はどこへいってしまったのでしょうか。マニフェストに掲げていたから言葉だけいれてみたというようなおざなりな形で「納税者権利憲章」が作られてはいけないと思います。

III.50兆を超える財政赤字?

欧州では1970年前後という早い時期より、高齢化の進展などに伴う福祉国家化や財政赤字削減の観点から、所得課税の税収規模を維持しつつ、付加価値税の創設・税率引上げなどによって税収力の強化をはかってきました。

日本でも消費税の導入時にいわれていたのはまさに福祉制度の充実でしたが、一方でその負担軽減として、法人税、所得税は大幅な減税がなされました。しかしその後、消費税は3%から5%へと、所得税は老年者控除や配偶者特別控除の拡充の廃止等を受け大幅な増税となっています。その一方で法人税については経団連を中心とした大企業への優遇税制に見られるように相変わらず減税路線がとられています。

消費税導入時から言われていたように日本の少子高齢化により年金制度、社会保障制度について崩壊の危機がとりあげられていましたが、いよいよ民主党は「税と社会保障の一体改革」と大きくうたい消費税の段階的増税など、税収をいかに上げるかという論議がなされることとなりました。

そんな中で議論された「納税者権利憲章」は、納税者の権利保護を目的としたものになるのでしょうか。徴税するための道具に使うような「納税者権利憲章」にしてはいけないと思います。

IV. 納税は義務であり徴収されるものから納得して払うものへ変わるのか?

平成19年民主党は政権をとったことにより政府税調のありかたを変えました。これまでの与党税制調査会は業界代表、官僚OB、労働組合などで個別利害しか言わない人達で不透明な形で政策決定を行い、既得権益の温床となってきたと言われています。税制改正について「公平・透明・納得」という納税者の視点に立った原則の下で政治家主体の政府税調は政治家が税制に責任をもつということを大きく掲げ、税調の議事録は公開されており、発言者の氏名も明らかにされています。

しかしその議事録をみてその後でてきた改正案は納税者の納得のいくものでしょうか。議事録が公表され透明化されたのだといいます。確かに最初見た審議のやりとりは意外でもあり新鮮でもありました。しかし、結局でてきた改正案をみると審議はかたちだけのものであったのかとも思います。自公政権時代以上に官僚に縛られた形のものになっていたからです。

民主党が掲げた租税三原則「公平、透明、納得」は「公平、透明、課税庁の納得」になってしまっていると思います。財源論を重視した議論から権利は生まれず納税者は納税を義務、徴収されるから納得して払うとはならないと思います。

V. 民主党政治で信頼できる政府を信頼する納税者となるか?

政府・政治家が責任を持って税制を決定し、その議論の過程を広くオープンにすること、そして議会でも税制改革をめぐる議論をきちんと行うこと、これが民主党の目指した税制決定プロセスでした。政治家が責任をとるという姿勢をみせることによって「信頼できる政治」と「信頼する納税者」という関係を作ろうとしたのです。これは基本的な枠組みは官僚に任せ、個別利益だけを政治家が利用する租税立法システムの変更も意味しているわけですが、確かに税調のメンバーは政府の主要閣僚等がメンバーとなり、政治家主導に変わったようにもみえますが、その会議において判断を助ける専門家委員会も結局官僚の作成した資料をよりどころに議論していたにすぎないといえます。

納税者が自分のどのような行為に対してもっと税金を払えと言われたのかが明瞭にかつ本人が納得できる形をきちんとつくること、これを権利として守ることが達成できなければ信頼する政府とはならないと思います。

民主党は税制調査会のありかたを変えたというような建前でなく、本当の意味で政治家主導で改革し、課税庁は国民が納税に関して行った手続きは、誠実に行われたものとして、これを尊重するという、かつて平成14年にしめした「国税通則法改正案」のように、課税庁の認識を根底からくつがえすものでなくては信頼できる政府にはなりえないと思います。

信頼できる政治を信頼する納税者になるためには、政府も納税者を信頼しないといけないのではないでしょうか。日本の税制を議論する時、国側は常に性悪説に立って議論を行っています。納税者を悪だと決めつけているものをどうやって信頼できるのでしょうか。信頼されたいのであれば納税者を信頼する姿勢が必要です。性悪説ではなく性善説に基づいた議論のあり方、視点の変化、これこそが今現在求められている信頼できる政府なのではないでしょうか。

VI. 国民主権の本来の姿とはなにか?

日本国憲法はその主権が国民にあると宣言しています。「国政は国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。」のです。「代表なくして課税なし」というように議会制民主主義においてはあくまでも主権者である国民の立場にたって税制も議論されるべきです。審議過程が財源論にふりまわされていたとすると、税務調査の強化、罰則の強化で納税義務の遂行を強調し、より多くの徴税をはかることが目的の改正になるということです。課税庁は税務調査に専念し税務支援などの広範囲な納税者サービスは税務の専門家である税理士の役割ということになるのでしょうか。

国民主権にふさわしい税制を構築していくため納税者の権利を明確にするという民主党の税制改正大綱は素晴らしいものでしたが結局でてきた国税通則法の改正案は逆に課税庁の権利を明確にするためのものでした。
国税通則法の第一条(目的)に「国民の権利利益の保護をはかりつつ」という文言がひとことはいっただけで、国民主権にふさわしい税制が構築されるとも思いませんし、納税者の権利が明確になったとも思えません。
誰のための可視性だったのでしょうか。国民主権はどこにいったのでしょうか。財源論にとらわれた国が納税者の権利を確立できるのでしょうか。

(なかがわ・あつこ)

第5章 改正案成立後の対応

東京会 木下 良
今回の改正案が通った場合に、実務的にどう対応すべきか等を当日会場で議論したいと思います。起こりうる問題に加えて、現行行われている問題も対象になります。本来ならここで問題提起したかったのですが、間に合わなかったため当日提示させていただきます。
※全体を通して本来なら参考文献等を事細かに書くべきですが、原稿をあげるだけで精一杯で間に合いませんでしたのでご容赦ください。当日のレジュメには明記いたします。

(きのした・りょう)

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