論文

特集  第47回 加賀全国研究集会 分科会テキスト
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所得控除「憲法が求める非課税制度とは」
大阪税経新人会

はじめに

今回、大阪会は、非課税制度の研究を通じて憲法と税法の関係を研究の目標としてきた。
税法は憲法30条の租税法律主義の考え方を背景に作られ、その考えを実現する過程で「非課税」規定が定められている。なぜ、「非課税」とする規定が必要なのかを課題にした。
その検討の中でとりわけ所得控除に着目し、加えて税制改正議論の一つである給付付き税額控除制度が日本国憲法の規定に合致するのかを検証した。

この検証にあたり、所得控除にかかわる歴史や論文などを参考に、給付付き税額控除は日本国憲法の規定になじまないとする結論に達した。その論点は憲法の定めから発し、税に対する根本的な考え方に由来する。加えて「社会保障と税の一体改革」の発想そのものが憲法の規定になじまないものであることも付言する。
1 所得控除の沿革

1-1 シャウプ勧告以前の人的控除

大正9年、扶養控除が創設されたことが、所得控除の始まりである。幼者・老者・不具疾病者がいる場合、これらの者を扶養する納税者の負担に影響があることを考慮して、導入された。この背景には、大正デモクラシーと言われる社会思想が強い影響力を持っていたとされている。
昭和15年には基礎控除の創設と、扶養控除の税額控除化が行われる。基礎控除は、分類所得税の導入に伴い少額所得者に対する負担を緩和するため、それまでの免税点制度の代替として取り入れられた。
扶養控除の税額控除化は、所得の種類によって税率を異にする分類所得税においてどの種類の所得から控除しても負担に差が生じないようにするための措置であると言われている。また、配偶者についても扶養控除の対象となった。

1-2 シャウプ勧告

昭和24年シャウプ勧告が出され、人的控除については、控除額の引上げと、扶養控除について税額控除から所得控除への変更が提言された。
扶養控除の所得控除化についてシャウプ勧告では、 基礎控除がすでに所得控除制を採っており、納税者にとっては控除方法を一本立てにしたほうが便利であること 所得控除方式は、扶養によって生ずる所得税額の差異を所得額が増加するに従って増加させるものであり、高所得階層における大世帯と小世帯との間では税負担額の分配がより公平なものとなること 住民税の課税ベースの計算の際に、所得控除後の所得額を利用することができることを、その理由として挙げている。
シャウプ勧告の内容は、昭和25年度の税制改正において基本的には勧告通り実現された。

1-3 配偶者控除の独立

昭和36年配偶者控除が扶養控除から分離して創設された。
創設の趣旨は、「配偶者の所得の稼得に対する貢献や、夫婦共稼ぎ世帯と夫婦の一方が所得を得ている世帯との税負担のバランスを考慮する」というものであった。
また、昭和62年には配偶者特別控除が創設された。
これは、課税単位として二分二乗制の導入を問題が多く慎重に対応するべきとした上で、事業所得者が青色専従者給与の支払いによる所得の分与を通じて負担緩和を測りうること等を考えると、給与所得世帯についても、所得の稼得に対する配偶者の貢献といった事情も考慮し、配偶者控除に加え特別控除を設けることが適当であるとされたものである。

1-4 基礎的人的控除の増額と特別人的控除の拡充

昭和26年以降、日本の景気が拡大と後退を繰り返す中、物価の上昇・税負担の累増感を考慮して、人的控除の割増加算措置がとられた。
また、主に福祉政策経済政策等の見地から、特別人的控除の拡充が行われた。

1-5 配偶者特別控除の上乗せ部分・老年者控除の廃止

平成16年配偶者特別控除の上乗せ部分が廃止され、平成17年老年者控除が廃止された。これは、基礎的人的控除について、世帯構成の変化、女性の社会進出、高齢化の進展などの社会の変化を踏まえ、公平・中立の立場から簡素化・集約化の余地を検討し(平成12年7月答申)、特別人的控除などについても廃止簡素化し、基礎控除・配偶者控除・扶養控除に簡素化集約化すべきであると(平成14年「あるべき税制の構築に向けた基本指針」)いう考えに基づくものである。

1-6 まとめ

シャウプ勧告を基礎に、日本の経済成長に伴い人的控除の割増加算と、それぞれの福祉政策的目的に基づき特別人的控除の拡充が行われてきた。平成7年以降、財政の悪化に伴い、ほとんどの控除については控除額が変わらず、特別人的控除の廃止も行われた。
2 憲法25条をめぐる判例

2-1 総評サラリーマン訴訟「池畑訴訟」

憲法25条は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」とし、全ての国民の生存権を規定している。基礎的人的控除は、生活を維持するのに最低限課税しないとし、憲法25条の規定を租税の分野で実現するものである。
ここでは憲法25条をめぐる判例を紹介する。

池畑訴訟は共働き夫婦が、それぞれの給料から所得税を源泉徴収されたことに対し、昭和46年分の給与所得に係る課税制度は憲法25条に違反する等を理由にその全額の返還を求め、起こしたものである。
池畑訴訟に対する最高裁判決(平成元年2月7日第三小法廷判決)では、「憲法25条の規定の趣旨にこたえての立法措置は、立法府の広い裁量にゆだねられており、それが著しく合理性を欠き、明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるを得ないような場合を除き、裁判所が判断するのは適さない」とし、かなり広範な立法裁量を認めている。
総評が基準として主張した生計費については、「あくまで総評にとっての望ましい生活水準」であって、25条に違反するとはいえないとした。

2-2 ドイツ憲法裁判の判例

一方、課税最低限に関して、ドイツでは日本とは逆の判決が出ている。
ドイツ憲法裁判が1992年に下した判決では、「課税最低限は基本的には立法者の裁量だが、立法者が社会給付の面で最低生活費の基準を定めているならば、徴収面でも少なくともその基準額を下回ってはいけない」、とし課税最低限と生活扶助基準の一致の必要を認め、当時の生活扶助費を下回る所得税の課税最低限を違憲とした。
また、給与所得控除と課税最低限についての関係では、「課税最低限は誰にでも無条件に認められる控除額を意味し、政策目的のために一定の要件の下に認められる非課税や、特定のグループにしか認められない給与所得控除のようなものは対象に含めるべきではない」とした。

2-3 朝日訴訟地裁判決(東京地裁判決昭和35年10月19日)

日本の判例では、2-1の通り国に大幅な裁量権を認めたが、例外として、朝日訴訟における第1審の東京地裁の判決は、憲法25条の規定の趣旨を積極的に国が積極的に捉える必要を指摘し、国の不十分な生活保護基準の見直しをせまったものである。

朝日訴訟とは、岡山療養所に入院し、生活保護を受給していた朝日茂氏が、生活保護の基準が、憲法25条に規定する「健康で文化的な最低限度の生活」を営む権利を保障していない、として憲法25条と生活保護基準のあり方を問う裁判だった。
第1審の東京地裁の判決は、原告の主張を全面的に認めた画期的な裁判といわれる。(しかしその後、国側の控訴により、2審で覆り、最高裁でも原告側の敗訴となった。)
判決では、憲法25条の意味について、「憲法第25条第1項は国に対しすべて国民が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるように積極的な施策を講ずべき責務を課して国民の生存権を保障し、同条第2項は同条第1項の責務を遂行するために国がとるべき施策を列記したものである。」とした。

生活保護法については、「生活保護法は国がまさにこの憲法25条の明定する生存権保障の理念に基づいて困窮者の生活保護制度を、同条第2項にいう社会保障の一環として、国の直接の責任において実現しようとするものであり、憲法の前記規定を現実化し、具体化したものに他ならない」とした。

生活保護法第8条2項にいう「最低限度の生活とは、同法第3条によれば「健康で文化的な生活水準」を維持することができるものでなければならない。・・・これが憲法25条第1項に由来する」とするが、最低限度の生活水準を判定するについて注意すべきことは、現実の国内における最低所得層、たとえば低賃金の日雇労働者、零細農漁業者等いわゆるボーダーラインに位する人々が現実に維持している生活水準をもつて直ちに生活保護法の保障する「健康で文化的な生活水準」に当ると解してはならない。また、最低限度の生活水準は決して予算の有無で決定されるものではなく、むしろこれを指導支配すべきものである。その意味では決して相対的ではない、とした。

以上のように判例では、2-1の最高裁判決で国に大幅な裁量権を認めている。しかしながら、2-3の東京地裁判決のように、憲法25条が求める生存権の保障を、生活保護制度を通じて国が積極的に実現することを求める内容もあり、海外ではあるが2-2のドイツ憲法裁判のように実際に政府の不十分な立法政策を見直しさせた判決は、日本の学説にも大きな影響を与えている
3 政府・民主党の所得税に対する考え方

3-1 基本的な考え方 「平成23年度税制改正大綱より」

「所得税については、累次の改正により累進緩和や各種控除の拡充が行われてきました。
一方、給与収入階層の分布を見ると、平成9年まで平均給与は上昇し、高所得者の割合も増加してきましたが、その後、これらは低下し、平成20年は平成2年と同程度の水準に戻っています。

このため、同じ税率構造の下では、インフレ等により名目賃金が上昇すれば全体としての累進性が高まるはずのところ、逆に累進性が低下する現象が生じ、所得再分配機能と財源調達機能が大きく低下しています。格差社会に対応するためにも、累進構造を基本とする所得税については、雇用形態や就業構造の変化も踏まえながら、所得再分配機能等を回復するための改革を進める必要があります。

そのため、税率構造の見直しはもとより、高所得者に対して結果的に有利になっている所得控除の見直しなどによる課税ベースの拡大、さらには、所得控除から税額控除・給付付き税額控除・手当へという改革を進めます。
また、所得税については、本来、全ての所得を合算して課税する「総合課税」が理想ですが、金融証券税制については、金融資産の流動化や個人金融資産の有効活用による経済活性化の必要性にかんがみ、可能なところから、金融所得課税の一体化に向けた取組みを進めます。」

3-2 所得控除に関連する見直し案 「平成23年度税制改正大綱より」

(1)給与所得控除の見直し
  給与所得控除の上限設定
  役員給与等に係る給与所得控除の見直し
  特定支出控除の見直し
 
(2)成年扶養控除の見直し
「現行制度では、23歳から69歳までの成年を控除対象とする扶養控除(以下「成年扶養控除」といいます。)は、被扶養者が一定の年齢であれば一律に適用されています。
しかしながら、本来、成年者は基本的に独立して生計を立てるべき存在であること等を踏まえれば、成年者を担税力の面で配慮が必要な存在として一律に扶養控除の対象に位置付ける必要性は乏しいと考えられます。このため、成年扶養控除の対象を見直すこととします。」
 
(3)配偶者控除
「配偶者控除については、夫婦が生活の基本的単位である点を重視する考え方等から、その見直しに慎重な意見もありますが、雇用機会均等の理念から、制度が働き方の選択に対してできる限り中立的で公正なものとなるように見直すべきではないか、また、配偶者の家事労働には納税者本人にとっての経済的価値があり、配偶者の存在を担税力の減殺要因と捉えることは必ずしも適当ではないのではないか、という見直しに積極的な意見があります。
このような配偶者控除を巡る様々な議論、課税単位の議論、社会経済状況の変化等を踏まえながら、配偶者控除については、平成24年度税制改正以降、抜本的に見直す方向で検討します。」
4 給付付き税額控除

4-1 推進論者の意見(利点)

OECD によると、わが国の相対的貧困率(中位所得の半分以下の所得者の比率)は15.3%で、OECD 平均の10.7%を超え、米国(17.0%)、アイルランド(15.4%)に次ぐ高水準である。

わが国でとりわけ問題とされるのは、若年層の格差問題で、この背景としてここ数年にわたる、正規雇用者と比べて賃金格差のある非正規雇用者の増加が指摘されている。若年層の格差がすすみ、低所得で年金も未納な若年層が増加していけば、最終的には生活保護というかたちで歳出増加・税負担の増加につながってくる。そうでなくても、現在高齢者層を中心に、生活保護受給世帯の数が急増している。また、若年層の格差拡大や貧困化により、経済的理由からの未婚化がすすめば、少子化が一層促進されるということにもなりかねない。このような事態が社会の階層化(下流化)につながれば、社会の停滞を招く構造的な問題となる。

欧米では、労働による稼得行為と直接リンクさせるとともに給付と組み合わせ、就労拡大効果、貧困対策を合わせて行う「給付付き税額控除」を導入し、効果を上げている。
そこで、わが国にもそのような制度を導入することが考えられる。
給付付き税額控除制度の利点は、次の通りである。
第1に、歳出行為である給付(社会保障支出)と税額控除を組み合わせることにより、税制と社会保障との一体運営が可能となり、政策が効率的・効果的に行われることになる。

所得控除は、累進税率のもとでは、高所得者の税負担をより多く軽減する逆進的な効果を持つだけでなく、課税ベースを大きく縮小させ財源調達機能を損なわせる。そこで、課税最低限近くの層をターゲットとする政策税制としては、課税ベースの浸食を限定的にし、より税負担軽減効果の大きい税額控除のほうが有効である。さらに、税額控除額以下の税負担しかしていない者や、課税最低限以下の所得者層をもその対象とするために、控除し切れない不足分を給付するという制度設計を行えば、より有効性が高まる。

第2に、労働による稼得行為(労働所得)と控除額をリンクさせることにより、労働インセンティブを高め、就業率の拡大につなげる効力をもつ。他方で、働かなくても給付が受けられるというモラルハザードを縮小させ、勤労を通じて所得を得るというワークフェア思想のもとで、勤労する低所得者層への支援策を確立することが出来る。さらに、子どもの数に応じた経済支援が可能となり、これまで高齢者にかたよっていた財政支援を現役世代に再配分する機能をもたせることが出来る。

実際の制度設計に当たっては、わが国の実情に即した制度にしていく必要がある。給付と減税をつなげるには、まず「所得控除を税額控除に」改める。次に、労働インセンティブのための勤労税額控除と、子育て支援のための児童税額控除の設計を考えることになるが、わが国の現状に即すと、児童税額控除を先行させることが現実的である。

その具体案としては、所得控除から税額控除を進めるため、女性の労働に中立的でないと批判の多い配偶者控除を、現行の38万円から28万円に10万円削減する。その結果得られる2,000億円程度の財源を使い、15歳以下の扶養親族をもつ納税者に、その人数に応じた税額控除を与える。ただし、モデル世帯(夫婦・子2人)の平均所得である年収700万円以下の納税者に限定する。700万円以下の納税者に扶養されている15歳以下の扶養者は約1,000万人程度なので、扶養者一人当たりの税額控除額は2万円となる。この結果、給与収入700万円の納税者の負担は、配偶者控除の削減により1万円増加する(10万円×限界税率10%)が、子供が2人いるので4万円(2万円× 2人)の税額控除が受けられ、差引き3万円の減税になる。

この段階では給付は行わないので、低所得者の減税効果は納税額に限定される。しかし、低所得者ほど減税効果が大きくなり所得再配分機能は強化され、子供の多い家庭には経済援助を通じた少子化対策となる。また、配偶者控除の削減は、女性労働への非中立性の問題の縮小につながる。他方で、700万円超の納税者や子供のいない専業主婦家庭は税負担の増加となるので、反対の声が出るが、税収中立で考えるので致し方ないところである。

第2ステップとして、所得控除をさらに縮小しつつ控除額を拡充する。併せて、減税の恩恵を受けない人達に給付を行う。その際には、児童手当(児童手当は月5,000円、10,000円、現在は子ども手当)や児童扶養手当との整合性を考える必要性が出てくるので、一体的設計に向けての具体的な検討が必要となる。更には、給与所得控除を縮小し勤労税額控除に変えていくことが課題となる。

直間比率の見直しや逆進的な負担構造を持つ年金保険料の拡大で、社会全体の累進度は一貫して低下してきた。今後年金保険料や消費税の負担増が避けられない中で、逆進性問題への対応はますます重要な課題となる。他方で、非正規雇用の若年層を中心とした格差の拡大が大きな問題となっているが、セーフティーネットをむやみに拡大させて対応することは、モラルハザード(勤労インセンティブの喪失)を引き起こし大きな政府・非効率な公共サービスにつながりかねない。成長志向の税制政策として、勤労意欲を向上させ低所得者の所得を増やしつつ子育て支援にもつながる税制と社会保障政策の一体設計は有効である。

4-2 問題点

(1) 所得控除・社会保障との問題点
 所得控除との混同の問題点
納税者の権利としての所得控除と、国からの恩恵である税額控除とは、まったく別のものである。それぞれの意義を混同することには問題がある。
憲法25条を根拠に課税最低限とその主たる構成要素である基礎的人的控除は護らなければならない。
国家が個人の所得に手をいれてはいけない「聖域」は必ず存在しなければならない。応能負担原則に基づく累進制を採用しているわが国の所得税法においては、その「聖域」が「課税最低限」である。そのために、基礎的人的控除は所得控除でなくてはならない。

 社会保障との一体化の問題点
税と社会保障とはその役割と対象分野が明らかに異なる。税には税に、社会保障には社会保障にしか出来ない役割があり、それには代替手段はない。税は、社会保障に必要な財源を確保するという意味において検討されるべきである。
税制と社会保障は福祉国家観に基づく再配分という観点からは、相互補完的作用を有しつつも、それぞれが個別的独立的にされるべきである。

(2) 問題点の個別論点

 対象者の所得の捕足の困難性
給付付き税額控除が所得を基準とするため、対象者の選定において以下の問題がある。

対象所得の範囲をどのように考えるのか。
仮に勤労所得に限った場合に、勤労所得はわずかであるが、株式の譲渡所得や配当所得など多額金融所得がある者はその対象にするのか。
同じく、預金等の資産を多額に持つ者はその対象とするのか。あるいは、資産調査を前提として決定するのか。
資産調査をしたとしても、本人に資力はないが、たとえば親から多額の仕送りを受ける場合はどうするのか。
資産を譲渡した場合にはどのように考えるのか。
同族会社における役員給与、あるいは事業所得者の専従者給与はどのように取り扱うのか。この場合、給与の額の決定には多分に恣意性が入る可能性がある。しかし、給与所得という所得分類からは、これを外すことは出来ない。
そもそも所得がない人はこの制度では救済されない。失業中、休職中等の理由で緊急の支援を求める人達が救済の対象とならない。

 課税単位の定め方
所得税の課税単位の類型としては、個人単位課税、夫婦単位課税、世帯単位課税の3つがあり、わが国の所得税の課税単位は原則として個人単位課税である。
一方、社会保障制度においては、生活保護法が世帯単位の原則を規定しているほか、各種社会保険においても世帯単位に基づく制度が多い。
給付付き税額控除を社会保障として捉える場合、給付単位をどのように考えるのか。仮に、個人の所得を基準とすれば、合計所得が等しい世帯間であっても場合によっては不公平になる場合がある。
また、仮に世帯で考えるにしても、構成員の範囲をどのように確定させるのか。たとえば、勤労所得を有する子と同居している親を1つと考えるのか。兄弟姉妹で生計を一にしている場合などはどう考えるのか。

(3) 不正受給の発生及びその抑制方法

給付付き税額控除を採用している諸外国では不正受給や過大還付が少なくない。米国のEITC では不正受給が30%にものぼるといわれており、重大な問題のひとつとなっている。わが国でも不正受給は当然に予想される。
不正受給の問題は、最終的には行政調査により対応するしかない。しかしながら、 対象者がかなりの数にのぼること、 1件当たりの修正額は小さく、行政上の効率が悪いこと、さらに 仮に不正を発見しても、不正発覚時には低所得者は給付金を消費している可能性が高いと思われ、実質的に回収は困難であること。

(4) 制度設計の困難性

給付付き税額控除制度導入に際しての最大の課題は、適正な制度執行を担保する行政システムの構築、及び納税者の所得を正確に把握することである。この問題に対して「平成22年税制改正大綱」や「民主党マニフェスト」には「税・社会保障共通の番号制度」の導入を進めるとされている。
共通番号制の問題は、情報の統合作業が膨大になること。財務省と厚生労働省等の省庁間の統合、国と地方の統合を行わなければならないこと。更に、納税者の個人情報が全て官庁によって把握されるという重大な問題が含まれている。

(5) 財源確保の問題

給付付き税額控除を考えた場合、財源をどうするのか。
財源確保のために基礎的人的控除が廃止、縮小されることが予想される。また、給付にかかる還付税額そのものの財源に加えて、執行体制の強化に伴い増加する費用の財源も確保しなければならない。税務職員の給与、税務支援等にかかる税理士の報酬、納税者番号制度の導入費用等、これらのコストを負担してまでも実行すべき制度なのか、現行の社会保障制度との比較において、十分に検討されなければならない。
5 所得控除と憲法

わが国は直接税を税の基本としている。その際、国民の経済活動から生じた付加価値に対して課税をする。付加価値を算定する方法は会計理論に委ねられているが、会計理論にのみでは税の公平性を保てないケースがあるので、税法基準を定めて課税の基礎額を定めている。付加価値以外の財産に課税をするには特別な法律がなければ課税することはできない。それが固定資産税などの財産税や、消費税などの間接税である。直接税の捕足できない部分(=国家権力の限界)を補完するために財産税や間接税を設けている。これらの検証は本稿の目的ではないので割愛する。

付加価値の中には課税してはならない部分として非課税の定めをしている。これは各税法や租税特別措置法、各種特別法を通じて定められており、加えて行政費用の関係で少額な場合は申告不要とする制度も設けている。本稿ではこれらの非課税規定のすべてに着目する余裕もないため、「給付付き税額控除」と「所得控除」に着目した。そのような折、「社会保障と税の一体改革」が2011年7月1日閣議報告された。同報告によれば、所得控除を見直して番号制度を前提にした給付付き税額控除の導入を行い、社会給付の効率化と消費税の逆進性問題の解決を図るとしている。

では所得控除の役割とはなにか。所得控除のうち人的控除となる部分の目的が最低生活費非課税の原則です。多くの研究論文によれば最低生活費を非課税とすべき原則は憲法25条の要請によるとされている。その非課税基準をどこに依拠すればよいのかは、いくつか議論があるが。その基準は、 生活保護法で定める保護基準(生活保護基準)と課税最低限は一致すべき。 生活保護基準を下回っても、下回った部分を社会保障制度により手当てすればよいとする考え方が述べられている。

理論的には の基準が合理的と考える。
では、課税最低限度額はいかなる基準で判断すべきか。前述の生活保護の基準で考えれば8種類の基準の積み重ねとなる。しかし、この基準額をどこに定めればよいのか、その基準は個人によって異なるし、地域によっても異なるが。ちなみに、生活保護法第57条によって生活保護費は非課税と定められている。

生活保護の種類
生活扶助 教育扶助 住宅扶助 医療扶助 介護扶助 出産扶助 生業扶助

そこで、考えるのは外国の例です。高福祉の国家は高額な間接税が賦課されている。日本との課税方式の違いは別の機会に委ねるとして、租税負担は高額である。しかし、生活にかかわる国家からの現物給付は充実しており、高負担があまり問題となる様子はないといわれている。実生活の面でも貯蓄や生命保険などを利用する必要もない上に、教育費や医療費負担がないことなどを考えると、日本と可処分所得を比較した場合、大きな差がないのかもしれない。
このような例からすれば、生活保護基準を下回って課税しても、社会保障制度が充実しておれば国民は納得するともいえる。

このように生活保護基準と課税最低限の比較においては、社会保障制度の充足度合いによっては、必ずしも一致する必要はないことから、実務的には 生活保護基準を下回っても社会保障により手当てすればよいとの考えにも合理性があるとの結論を導いた。
つまり、社会保障と税負担のバランスが取れていれば合理性があるということである。翻って、わが国の現状を見た場合、福祉制度において受益者負担の原則が貫かれ、医療や教育など福祉の各分野で自己負担が高額となっている。このような背景では最低生活費にまで負担が及んでいるといえ、現在の非課税水準は憲法違反ではないかとの疑問も生まれた。

一方、憲法の構成を考えた。憲法30条は「納税の義務」を定めている。しかし、税の給付を受ける定めは憲法に存在しない。一方、憲法25条第2項には国の責務として社会福祉、社会保障、公衆衛生の向上及び増進に努めなければならないと定めている。社会保障の実現は現金給付によって解決するものではなく、具体的な行政行為を通じて憲法の目的を享受できる体制作りに努めなくてはならない。これは憲法99条に定める公務員の憲法遵守義務と一体のものといえる。
識者の中には他国では給付付き税額控除を採用しているからとする論拠が見られるが、日本国憲法との適合性を考える必要がある。その意味からも制度として給付付き税額控除はなじまないと考える。

また、課税の技術論とするのであれば、給付付き税額控除という言葉は採用すべきではなく、生活保護給付など、社会保障目的の給付とする必要がある。しかし、この給付によって生活保護が実現したとすれば、申告手続きをすべての国民が行わなければ社会保障の実現は行われないこととなり、国が保証するために能動的に手を差し伸べる制度ではなく、国民が申請手続きをしなければ給付を受けられない制度となり、社会保障水準の低下を招き、憲法25条の規定を大きく損なう結果となる。

課税最低限を保障する人的控除を代替する給付付き税額控除の先取りとして「こども手当」が存在する。制度は26,000円を支給する見返りとして、16歳未満の扶養控除を廃止した。また、高校実質無償化の導入により特定扶養控除を廃止した。まさに給付付き税額控除を先取りした施策である。この制度は現在、国の財政需要が逼迫するとの理由から給付額を当初の予定額を減少させている。当該の国民にはだまし討ちのような仕打ちを行っている。現在、子育て世代には特別な負担を強いることとなっていることを忘れてはいけない。
このように憲法の要請から社会保障と税は一体で議論すべき性格のものではないとの結論を導いた。

(大阪税経新人会)
参考文献
谷口勢津夫 「所得控除」JTRI 税研146号 財団法人日本税務研究センター
近畿税理士会 第38回日税連公開研究討論会 所得控除と税額控除の役割
三木義一「課税最低限 - 法的側面からの問題提起 - 」
日本租税理論学会編課税最低限 谷沢書房
 〃「課税最低限と社会給付の統一 - 注目されるドイツ憲法裁判所違憲判決
森信茂樹 日本の税制(何が問題か)岩波書店
森信茂樹 給付つき税額控除 日本型児童税額控除の提言 中央経済社

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