論文

特集  第46回千葉全国研究集会
分科会テキスト
> 大嶋訴訟判決から始める判例研究(東京会)
> 会計事務所の悩み解決(東京会)
> 日本の法人税率は本当に高いのか?(大阪会)
> 税の歴史とその時々の国家の成り立ち(神戸会)
> 最強の税務調査対策(関信会)
> 給付付き税額控除と納税者番号制度を考える(埼玉会)
> 税理士法、いま何を問うべきか(千葉会)
> 公開事例研究 - 納税者の権利と課税権力のはざ間に立って
(中国会)

日本の法人税率は本当に高いのか?
本当に下げるべきなのか?
大阪税経新人会


参議院選挙によって、一定の地ならしが済んだとも言われる法人税率引き下げ論ですが、政界・財界及び官僚も巻き込んで法人税率を引き下げるべく、一まとまりになり進んでいます。
そこで、今年の大阪会の分科会テーマはこの法人税率引き下げに焦点を当て、日本の法人税率が諸外国に対し本当に高くて下げるべきなのか、本当は高くなく下げる必要もないものなのかを検証しました。

I. 法人税率は引き下げるべきとする立場

まずここでは、「日本の法人税率は高く、引き下げるべきである」と主張する各団体の意見を整理し、法人税率引き下げによるメリットをまとめました。

1. 日本の法人税率は高いとする各団体の主張

日本の法人税率が高すぎるので引き下げるべきという意見については、財務省、経産省、経団連等が、それぞれの立場で、それぞれの理屈で、他国との税率を調査し、比較した表を掲載しています。
それぞれの発表主体のスタンスは、財務省が税収確保のために法人税率引き下げに賛成できかねるが場合によっては仕方がない、経産省、経団連等は法人税率引き下げに諸手を上げて賛成というスタンスを取っていると考えられます。
それぞれの主張をもう少し詳細に見てみましょう。

財務省、税調は、法人税は「法人実効税率とは、国・地方合わせた法人課税の表面税率の事である。我が国の法人実効税率は国際的にみて高い水準にあり、引き下げるべきという議論(図1)がある。この問題を検討するにあたり、当調査会は、平成19年度の税制改正に関する答申を踏まえ、課税ベースも合わせた実質的な企業の税負担、さらに社会保険料を含む企業の負担の国際比較を行った(図2)

また、企業減税による企業部門の活性化が雇用や個人の所得環境に及ぼす影響等についての調査・分析を行った(図3)(編集者注:法人税率10%引き下げの実質GDP押し上げ効果は10年で5.9兆円との試算が出ています1)。課税ベースや社会保険料負担も考慮した企業負担については、モデル企業をベースとした試算において、我が国の企業負担は現状では国際的にみて必ずしも高い水準には無いという結果も得た(図2)。こうした点も踏まえつつも、法人実効税率の引き下げについては、当調査会の議論において、法人課税国際的動向に照らして必要であるとの意見が多かった2」としている。

また、経産省は「法人税負担、固定資産税その他の税負担、社会保険料の事業主負担等を合計した、我が国企業の総合的な公的負担の割合は実態ベースで50.4%に達しており(図4)、国際的に非常な高水準にある。特に、英国や米国と比較した場合、我が国における法人税実負担率が10%前後高いのが現状であり、我が国企業の公的負担率を押し上げる最大の要因となっている3」としている。

さらに強硬に意見を述べるのが、経団連であり、「法人実効税率の引き下げは、成長戦略の必須の柱の一つである。今、世界各国において法人税率の引き下げ競争が進められている。OECD 諸国の平均法人税率、2000年の33.9%から、2009年には26.3%まで低下している。また、我が国企業が厳しい競争を繰り広げている東アジア諸国においても、中国は33%から25%、韓国は30.8%から24.2%への引き下げを行っている。一方、我が国の実効税率は、約40%と世界最高水準に張り付いたままとなっている(図5)

また、税収全体に占める法人所得課税の割合をみると、アメリカが約15%、ドイツ、フランス、スウェーデンが約10%となっている中で、日本は約20%と高く、法人所得課税に過度に依存した税収構造となっている。(中略)こうした中で、我が国企業は、新規の設備投資は海外で行う事がもはや常識となりつつあり、海外生産比率は年々上昇している。また海外の企業の新規投資を呼び込む事も極めて困難であるばかりか、現在、我が国に進出している外資企業が撤退する動きも目立っている。

更に我が国企業としても、販売・生産や研究開発拠点に加えて、本社機能までも事業活動がしやすい海外に移さざるを得ないとの声さえ出始めている。このまま現状が放置されれば、国内において十分な投資や雇用の水準を維持する事は到底不可能であり、我が国経済がグローバルな競争から劣後し、衰退に向かう事は必至である。我が国の法人実効税率を国際水準(30%)まで早期に引き下げるべきである。

我が国企業の公的負担は、税と社会保険料を合わせれば必ずしも高くないとの指摘もある(図6)。しかし我が国では、今後、事業主負担も含めた社会保険料が、毎年引き上げられていく一方で、欧州では高すぎる社会保険料の軽減・見直しの動きがあることに留意すべきである。

また、我が国企業が直接競合しているのは、欧州諸国では無く、中国をはじめとする東アジア諸国であり、これらの国々における企業の法人税などの公的負担は、我が国に比して明らかに低い。企業が東アジアへ進出するのは法人税率の低さだけではなく、労働コストの低さや市場としての成長性など他の要因も大きいとの声もある。そうであればなおのこと、国内において適切な賃金水準を維持しつつ、我が国企業が国際的な競争環境で互角に戦えるように、我が国としての総合的な成長戦略を講ずる中で、法人税負担の軽減を図るべきである。4」と主張する。

以上の、各団体の意見を集約すると、法人税率そのものも、また法人税率に社会保険料を加味してみても、諸外国より高い水準にあるか、たとえ高くないとしても、国際的な企業間のグローバル競争に打ち勝つためには、法人税率の早期引き下げが必要であると、しています。
2.法人税率引き下げによるメリット

では、法人税率の引き下げにはどのようなメリットがあるか、この項では簡単にまとめて行きます。

< 積極的理由 >

法人税率を引き下げることにより、企業にとっては少なくとも二つのメリットがあると言われています。一つ目は法人税として外部流出する金額が減少する事による内部留保の増加、二つ目が再投資先としての国内投資へのインセンティブの向上です。二つのメリットがともに国内に対する設備投資増加による、国内GDP の増加に結びつきます。

また、家計にとっても、企業の内部留保が増加する事により、そこで働く人たちや株主に対する賃金や配当が増加し、これが消費につながり、やはり国内GDP の増加に結びつきます。

もちろん、法人税率引き下げによる税収減少というデメリットもありますが、先のGDPの増加による税収額アップと、タマゴが先かニワトリが先かの関係にあります。

< 消極的理由 >

このまま法人税率の引き下げが行われないと、日本国の企業が海外企業との国際競争に敗れる、もしくは、競争に敗れない為に海外に本社を移してしまいます。すると当該企業からの法人税収がダウンするのみならず、その子会社、関連会社、関係会社等が経営できなくなり、またそこで働く人たち全員の雇用の受け皿が無くなります。
3.最後に

民主党菅首相(当時)は「不幸を最小に」と就任当初言いました。しかしながら「幸福も最大に」してもらいたいものだと考えます。すなわち、法人税率の引き下げは、結果的に日本国内の貧富の差を広げることにつながるかもしれないし、また、欧米の一部の国に比して税率も高くないかもしれない等、色々なご意見がある事でしょう。

確かに法人税率引き下げによる税収の減少を、消費税率引き上げにより補う事等論外であるし、法人税率引き下げの財源確保は国・政府の無駄の削減を第一とすべきと考えます。社会保障費の確保は社会保障費で賄うべきとも考えます。

しかしながら、明治以後の日本の国家としての成長戦略というものは、富国強兵、戦後復興は言うに及ばず、政府と企業が一体となって、まずは企業を育て、企業が業績を伸ばす事により、国全体が国力を高め、それにより国民生活も潤ってきたという循環があったはずです。

また、一部の議論に、法人のみを優遇し、消費税、所得税では、(富裕でない)個人を狙い撃ちした冷遇する不公平税制だともありますが、この税制は全世界的な潮流であり、たとえ一国内では不公平な税制であったとしても、法人税率を下げるというグローバルな競争に遅れてしまうと、企業の成長を止めてしまう事になり、これまでの好循環を止めてしまう事になります。

他の先進国に先んじて税率を引き下げる事により、自国企業を競争優位に導こうとする欧米諸国、低法人税率や、官民挙げて新興国への経済攻勢を強めるアジアのライバル国企業との競争に日本企業が敗れる事になれば、日本の国力は衰え、日本全体、日本人全体が貧しい国になってしまいます。

「不幸の最大化」はあってはならないと考えています。

II. 法人税率は引き下げる必要は無いとする立場

我が国の法人所得課税の実効税率は約40%と諸外国に比べて確かに高い水準にあると言えます。しかしながら、この比較は一つの側面であり、全てではありません。色々な角度から見て検証する必要があるでしょう。

・実際に日本の企業が負担している法人税等は、実効税率を下回る。
主な要因として、試験研究費税額控除、外国税額控除、受取配当益金不算入があげられる。これらにより、国際的な競争力の維持・向上について、今までにおいてもなされていたといえる。

・企業負担を国際比較する場合、社会保険料負担を加えて考えるべきである。
どの国においても、社会保険料の負担は法人税と同様に負担すべきものであり、法人税のみで比較検討することは十分なものでないと思われる。

・2005年の国内での税務統計によれば、法人税の基本税率30.0%に対して全法人を平均した平均負担率は26.2%となっています。また、同時期での企業規模別にみた法人税負担率は資本金100億円以上の巨大法人が23.6%と最も低い数値となっています。さらに産業別にみた法人税負担率では、巨大法人に多い機械工業が21.9%とさらに低負担率の数値として表れております。日本国内では表面上の基本税率は30.0%であるものの、特定の産業における巨大法人にとってのみ法人税の負担税率は著しく低いことが伺えます。

今回の研究では、2006年から現在までの税務統計を基にこの傾向が依然として残っているのかを明らかにします。

III. 結びにかえて

両方の立場から縷々述べてまいりましたが、法人税が高いか安いかの判断は、単純な税率の数値で比較するべきものでなく、税とはどうあるべきかという国家の理念からスタートするべきものだと考えました。日本においては、憲法の要請との比較がもっとも重要なポイントであり、企業の社会的責任と企業の競争力を比べ、どちらに力点をおくべきかが大きな基準といえます。その上で、「法人」という制度が存在する意義にまで至る議論が必要と痛感しました。

もちろん、経済や防衛が安定してこそ社会の安定が成り立たないという議論もあり、それを否定するものではありません。しかし、これは程度の問題ともいえます。この力点は日本全体の政治判断に委ねられるものであり、企業献金が結果的に認められている日本の政治制度の下では、自然人によって構成される国家の方向性は歪められるのではないでしょうか。

その点で経済産業省の発表した比較資料は、経団連の要請を全面的に引き受けた姿勢そのものです。国際比較も経団連の主張に都合のよい数値だけを持ってきてレポートをまとめており、「負担が大きい」という結論だけを導いています。レポートにはその負担の適正などについての思慮は微塵も感じられません。もともと、国家的な判断の視点をもたないレポートの依頼だったのでやむをえないのかもしれません。逆にこの程度のレポートにどれだけの国家予算を投じているのか、事業仕訳をしたいものです。加えて、詳しい分析もしないまま大本営発表がごとく発表しているマスコミにも、批判精神の微塵も見当たらなかったのは残念です。

一方の私達は、今回のテーマを十分に練り上げる時間も能力もないまま、ご覧の原稿となっていることに申し訳ない気持ちでいっぱいです。
今回は、様々な立場の論客からの活発なご意見を頂戴したいと考えております。私達の問題提起をもとに、当日の議論を期待したいと考えています。
今回のテーマは経験の浅い税理士が中心になって検討しており、討議や研究が不足している批判は甘んじて受けます。これを補強するため、全研当日までにさらなる資料をご提示する予定でおります。
期せずして法人税減税と消費税増税の話題が参議院選挙のテーマの一つとなり、結果として民主党は大敗を喫しました。一方、勝利した自民党やみんなの党にしても表現の違いはありますが、消費税増税・法人税減税の方向に向いています。

このような背景のもとで開かれる全研で、私達の選んだテーマは極めて重いテーマだと感じております。しかし、一元的に結論を出すつもりはありません。法人税を減税すべきという方の主張を論破するのが目的ではないことも併せて記します。法人税減税すべきという方にもどんどん意見を述べて頂きたいと考えております。よりよい国づくりのための税制論議の場、法人税のあり方にまで議論が及べば、分科会担当者としてこれに勝るものはありません。青年税理士の大いなる刺激となるようなディベートを期待して当日の準備をいたしております。
1. 第一生命経済研究所「マクロ経済分析レポート」より
2. 平成19年11月 税制調査会「抜本的な税制 改革に向けた基本的考え方」より
3. 平成22年6月7日 経済産業省 News Release
4. 平成22年4月13日 日経連 成長戦略

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