1.判例研究会の紹介
当日紹介いたします。
2.大嶋訴訟最高裁判決
はじめに
大嶋訴訟は「租税判例百選 [ 第4版 ] 」(有斐閣、2005年)の第1事件として金子宏東京大学名誉教授による解説がなされていることからも明らかなように、我が国の租税判例史上おそらく最重要の判例ではないかと思われる。この判決の判旨には、租税法、一般に関する憲法上の問題について、その後の裁判に影響を与えるような価値判断が多く含まれている。
たとえば、金子先生は「租税法」(弘文堂)において、この最高裁判決から、租税の意義については( 部分)を引用し、租税根拠論については( 部分)を引用している。また、租税立法に関する違憲審査基準について( 部分)を引用しており、その他の判例等でも繰り返し引用されているため、暗記できるほどである。
この、良くも、悪くもリーディングケースとなった大嶋訴訟判決を起点に給与所得控除等の問題点について考えていきたい。 |
|
【事実の概要】
事案はすこぶる単純なものである。
原告(控訴人、上告人)の同志社大学教授大嶋正(スペイン語及び文学)は昭和39年度分の所得について申告義務があるにもかかわらず確定申告をしなかったところ、被告(被控訴人、被上告人)税務署長は40年10月22日、課税総所得金額1,143,900円、納税額57,170円の所得税決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分をなし、原告はこれらの処分の取消を求めて出訴し、「旧所得税法における給与所得に対する課税は、憲法14条1項に違反して無効であり、従って本件処分も違法である」と主張した。
原告の主張の骨子は、給与所得者はその他の所得者に比べて、合理的理由無しに重く課税され不公平な取扱を受けているが、その内容は、(i)所得税法が事業所得に必要経費の控除を認めながら、給与所得にはそれを認めていないのは不公平であり、仮に給与所得控除が概算による経費控除の意味を持っているとしても、実額経費が給与所得控除額を超えている場合に超過分の控除を認めないのは不合理である。(ii) 給与所得捕捉率と事業所得捕捉率との間には大きな較差があり給与所得者は著しく不公平な取扱いを受けていること。(iii)事業所得については、合理的理由のない各種の特別措置が設けられ、そのため給与所得者は著しく不公平な税負担を負っている。以上の3点からなっていた。
【第一審】 京都地判昭49.5.30 行集25巻5号548頁
いずれの点についても原告の主張を排斥し、請求を棄却した。
【控訴審】 大阪高判昭54.11.7 行集30巻11号1827頁
控訴審では「適正職業費」という観念を用い、その適正職業費が給与所得額を超えている場合にその超過部分について非課税を求めることができるが、控訴人の場合に適正職業費が給与所得額を超えていることを認定することが出来ない旨を判示し、控訴を棄却した。
【上告審】 最判昭60.3.27 民集39巻2号247頁
上告棄却。
それでは、最高裁判所はどのように判断したか、検討する。 |
|
2ー1 原告の主張(i)について
1.旧所得税法は、所得税の課税対象である所得をその性質に応じて10種類に分類した上、不動産所得、事業所得、山林所得及び雑所得の計算については、それぞれその年中の総収入金額から必要経費を控除すること、右の必要経費は当該総収入金額を得るために必要な経費であり、家事上の経費、これに関連する経費(当該経費の主たる部分が右の総収入金額を得るために必要であり、かつ、その必要である部分が明瞭に区分できる場合における当該部分に相当する経費等を除く。以下同じ。)等は必要経費に算入しないことを定めている。また、旧所得税法は、配当所得、譲渡所得及び一時所得の金額の計算についても、「その元本を取得するために要した負債の利子」、「その資産の取得価額、設備費、改良費及び譲渡に関する経費」又は「その収入を得るために支出した金額」を控除することを定めている。
一方、旧所得税法は、給与所得の金額はその年中の収入金額から同法所定の金額・・・・・を控除した金額とすることを定めている。(この控除を以下「給与所得控除」という。)ところで、給与所得についても収入金額を得るための必要経費の存在を観念し得るところ、当時の税制調査会の答申及び立法の経過に照らせば、右の給与所得控除には、給与所得者の勤務に伴う必要経費を概算的に控除するとの趣旨が含まれていることが明らかであるから、旧所得税法は、事業所得等に係る必要経費については、事業所得者等が実際に要した金額による実額控除を認めているのに対し、給与所得については、必要経費の実額控除を認めず、代わりに同法所定額による概算控除を認めるものであり、必要経費の控除について事業所得者等と給与所得者を区別するものであるということができる。 |
|
2.そこで、右の区別が憲法14条1項の規定に違反するかどうかについて検討する。
(一) 憲法14条1項は、すべて国民は法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において差別されない旨を明定している。この平等の保障は、憲法の最も基本的な原理の一つであって、課税権の行使を含む国のすべての統治行動に及ぶものである。しかしながら、国民各自には具体的に多くの事実上の差異が存するのであって、これらの差異を無視して均一の取扱いをすることは、かえって国民の間に不均衡をもたらすものであり、もとより憲法14条1項の規定の趣旨とするところではない。すなわち、憲法の右規定は、国民に対し絶対的な平等を保障したものでなく、合理的理由なくして差別することを禁止する趣旨であって、国民各自の事実上の差異に相応して法的取扱いを区別することは、その区別が合理性を有する限り、何ら右規定に違反するものではないのである。
(二)ところで、租税は、国家がその課税権に基づき、特別の給付に対する反対給付としてではなく、その経費に充てるための資金を調達する目的をもって、一定の要件に該当するすべての者に課する金銭給付であるが、およそ民主国家にあっては、国家の維持及び活動に必要な経費は、主権者たる国民が共同の費用として代表者を通じて定めるところにより自ら負担すべきものであり、我が国の憲法も、かかる見地の下に、国民がその総意を反映する租税立法に基づいて納税の義務を負うことを定め(30条)、新たに租税を課し又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要としている(84条)。
それゆえ、課税要件及び租税の賦課徴収の手続きは、法律で定めることが必要であるが、憲法自体は、その内容について特に定めることはせず、これを法律の定めるところに委ねているのである。思うに、租税は、今日では、国家の財政需要を充足するという本来の機能に加え、所得の再配分、資源の適正配分、景気の調整の諸機能をも有しており、国民の租税負担を定めるについて、財政・経済・社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断を必要とするばかりでなく、課税要件等を定めるについて、極めて専門的な判断を必要とすることも明らかである。
したがって、租税法の定立については、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を必要とする立法府の政策的、技術的な判断に委ねるほかはなく、裁判所は、基本的にはその裁量的判断を尊重せざるを得ないものというべきである。そうであるとすれば、租税法の分野における所得の違い等を理由とする取扱いの区別は、その立法目的が正当なものであり、かつ、当該立法において具体的に採用された区別の態様が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、その合理性を否定することができず、これを憲法14条1項の規定に違反するものということはできないものと解するのが相当である。
(三)給与所得者は、事業所得者等と異なり、自己の計算と危険において業務を遂行するものでなく、使用者の定めるところに従って役務を提供し、提供した役務の対価として使用者から受ける給付をもってその収入とするものであるところ、右の給付の額はあらかじめ定めるところによりおおむね一定額に確定しており、職場における勤務上必要な施設、器具、備品等に係るたぐいは使用者において負担するのが通例であり、・・・。その上、給与所得者はその数が膨大であるため、各自の申告に基づき必要経費の額を個別的に認定して実額控除を行うこと、あるいは概算控除と選択的に右の実額控除を行うことは、技術的及び量的に相当の困難を招来し、・・・。
旧所得税法が給与所得に係る必要経費につき実額控除を排し、代わりに概算控除の制度を設けた目的は、給与所得者と事業所得者等との租税負担の均衡に配意しつつ、右のような弊害を防止することにあることが明らかであるところ、租税負担を国民の間に公平に配分するとともに、租税の徴収を確実・的確かつ効率的に実現することは、租税法の基本原則であるから、右の目的は正当性を有するものというべきである。
(四)そして、右目的との関連において、旧所得税法が具体的に採用する前記の給与所得控除の制度が合理性を有するかどうかは、結局のところ、給与所得控除の額が給与所得に係る必要経費の額との対比において相当性を有するかどうかにかかるものということができる。もっとも、前記の税制調査会の答申及び立法の経過によると、右の給与所得控除は、前記のとおり給与所得に係る必要経費の概算的控除しようとするものではあるが、なおその外に、(i)給与所得は本人の死亡等によってその発生が途絶えるため資産所得や事業所得に比べて担税力に乏しいことを調整する、(ii)給与所得は源泉徴収の方法で所得税が徴収されるため他の所得に比べて相対的により正確に捕捉されやすいことを調整する、(iii)給与所得においては申告納税の場合に比べ平均して約5か月早期に所得税を納付することにあるからその間の金利を調整する、との趣旨を含むものであるというのである。
しかし、このような調整は、・・・、所詮、立法政策の問題であって、所得税の性格又は憲法14条1項の規定から何らかの調整を行うことが要求されるものではない。したがって、憲法14条1項の規定の適用上、事業所得に係る必要経費につき実額控除が認められていることの対比において、給与所得に係る必要経費の控除のあり方が均衡のとれたものであるか否かを判断するについては、給与所得控除を専ら給与所得に係る必要経費の控除ととらえて事を論ずるのが相当である。しかるところ、給与所得者の職務上必要な諸設備、備品等に係る経費は使用者が負担するのが通例であり、・・・、右給与所得控除の額は給与所得に係る必要経費の額との対比おいて相当性を欠くことが明らかであるということはできないものとせざるを得ない。
(五)以上のとおりであるから、旧所得税法が必要経費の控除について事業所得者等と給与所得者との間に設けた前記の区別は、合理的なものであり、憲法14条1項の規定に違反するものではないというべきである。
2ー2 原告の主張(2)について
省略。
2ー3 原告の主張(3)について
省略。
尚、この判決に対しては、伊藤・谷口・木戸口・島谷の4裁判官が補足意見を述べており、木下・長島の両裁判官が伊藤裁判官の意見に同調している。 |
|
3.給与所得を巡るその他の判例
今回研究発表の打ち合わせ段階で、議論が拡がりすぎてしまうことがよくあった。そもそも、給与所得者が一番多いわけであるから、様々な問題が生じるのはむしろ自然である一方、近年の税制が大衆課税を指向しているため、新しい問題も次々と生じている。また消費税導入以降、給与所得か否かの問題は、所得税と消費税相互に影響している。
なお、給与所得者を4類型と定義させてもらったが、これは、今回プロジェクトチームの独自の分類である。
一般給与所得者
多くの一般的サラリーマンを想定したカテゴリー。「総評サラリーマン税金訴訟」を取り上げる。個別に考えれば、交通費を支給する会社もあれば、支給しない会社もあるであろう。しかし、現行制度によれば、それら個別事情は「一切」考慮されない。特定支出があった場合に確定申告する制度があり、問題ないと考える人がいればそれは大きな認識違いである。なぜなら、年間10人に満たない者しか使っていない制度であって、言葉は悪いが「珍獣」なみである。
事業者的給与所得者
紹介する事例は、日本フィルハーモニー交響楽団の楽団員の裁判であったが、楽器などが個人所有であり、プロ野球選手などが事業所得であることなどを理由に提訴した。
高額給与所得者
給与所得控除額にはサラリーマンの概算経費という性格を持つ、と説明されるが、高額給与所得者の場合であっても最低5%の給与所得控除がある。このようなケースでは、概算経費性は疑問視せざるを得ない。
特殊支配同族会社の役員報酬
平成22年税制改正大綱により、特殊支配同族会社における業務主宰役員給与の損金不算入制度は廃止となったが、「経費の二重控除の問題を解決するための抜本的措置を講じてまいります」としている。 |
|
3ー1 一般給与所得者からみた給与所得控除の問題
「総評サラリーマン税金訴訟」(最判平成元年2月7日)
大嶋訴訟を受け、全国的なサラリーマンの減税運動として日本労働組合総評議会の指導の下で、全国各地で起こされた裁判の一つ。東京地裁で最初に出た当判決を受け、他の裁判は取り下げられて一本化され、最終的に当裁判が最高裁まで争われた。
なお、当裁判で争われた年分は昭和46年度分の給与所得に対して争われた。
【主な争点】
(1)源泉徴収制度の是非
源泉徴収制度上、給与支払者と給与受給者との債権債務の関係は一般的な私法上の債権債務の関係とされ、納税の手続きは給与支払者と国との間によって別に行われる。このことは給与受給者が直接国に対し所得税及び源泉徴収に対する不服を申し立てることも、徴収緩和措置を申し立てることも出来ないことを意味している。
その年分の所得税額はその後に給与支払者によって年末調整をされることで確定し、特別な事情が無い場合は給与受給者が確定申告することが出来ない。
当裁判ではこれらの事が法の下の平等を定めた憲法第14条に違反するとして争われた。
(2)給与所得控除の意義
給与所得控除の意義について、大嶋訴訟において認めたられた「職業費」については職業生活費であって、一種の家事費であり所得の処分であるとされ必要経費性が否定された。当裁判では給与所得について必要経費という概念が肯定されるかどうか、及び「給与所得控除の意義」、「必要経費の意義」について争われた。
また給与所得控除に必要経費が含まれることを前提に、その中に生計費が含まれるか、必要経費の控除を(実額控除ができない)給与所得者と(実額控除ができる)事業所得者で区別を設けたことへの是非が争われた。なお生計費には「労働力再生産費用」も含め主張をしている。
(3)原告世帯に所得税を課するのは憲法25条(課税最低限)に抵触するか
省略。
【最高裁の判旨】
(1)源泉徴収制度の是非について
まず源泉徴収制度それ自体の是非については納税者数が極めて膨大で千差万別で有る事と事務手続きの簡素化、徴税費の節減、歳入の平準化の観点から適法と判断している。
給与所得者の権利の観点については・・・不利益は合理的限度を超えているとはいえないといして適法であると判断している。
(2)給与所得控除の意義について
給与所得控除の意義
給与所得控除の意義について判決において裁判所は『・・・給与所得控除の趣旨は、(i)勤務に伴う必要経費の概算的な控除であること、(ii)給与所得は有期的でかつ不安定な人間の労働力に依拠するため利子配当所得又は事業所得に比し担税力に乏しいからこれを調整するためのものであること、(iii)給与所得は給与支払の際源泉徴収が行われるため他の所得に比し正確に把握されやすいからこれを相殺するためのいわば把握控除であること、(iv)給与所得については給与支払の都度所得税が源泉徴収される結果申告納税の場合に比し平均して約5か月程度早期に納税することになるからこの間の金利差を調整する必要があることの以上4つであり、これらの相互の関係は計数的に明確ではないが・・・(i)及び(ii)が給与所得控除制度が設けられている根拠の主要部分を占めるものと解される。』としてその必要経費の概算控除、担税力の調整の2つが主要部分を占めると判示した。
必要経費の意義
必要経費の意義については判決において裁判所は『・・・給与所得者は自己の危険と計算とによらないで使用者の指揮命令に服して労務を提供(いわゆる従属的労働)し、これに対する収入金額は使用者が決定するのが通例であるため給与所得者の収入と経費との関連性は間接的となり、その結びつきは事業所得等に比して不明瞭とならざるを得ず、加えて、右の従属的労働においては給与所得者は専ら労務を提供するのみで、業務に関する費用は使用者が提供するのが通例であるため給与所得者の負担する経費は家事関連的性格を併有することが多く家事費との区別が困難であるなどの特質を有する。』とし、また『・・・給与所得の必要経費を一義的に定義することは極めて困難な事柄であるが、少なくとも他の事業所得等の場合と同じく、給与等を得るため直接に要した費用及びこれらの所得を生ずべき職務について生じた費用と解するのが相当であり、かつ当該支出の職務との関連性が客観的に肯認され得ることを必要とするものと解するのが相当である。なお、家事関連費については事業所得の場合と同じく、そのうち、支出の主たる部分が職務の遂行上必要であり、かつ、必要である部分を明確に区分できる場合に限り必要経費に算入することが許されると解すべきである。
給与所得に関する必要経費について・・・、実際上あまりないことと思われる。』として限定的に捉えている。
生計費が必要経費に該当するか
生計費については『・・・生計費それ自体については、経済学上の観点からすれば、労働者の有する唯一の資本が労働力であり、生計費がその再生産費用に当たるとしても、税法上直ちにこれを給与所得についての必要経費と解しなければならないものではない。税法上の必要経費の概念は、前述したとおりであるが、給与所得者の生計費は、生存それ自体のために必要な費用であって、ひとり給与所得者のみに必要な費用ではない。従って給与等を得るため直接に要した費用又はこれらの所得を生ずべき職務について生じた費用とはいえず、前述したような意味での関連性も認められないから、生計費は、給与所得についての必要経費に当ると解することはできない。』として原告の主張を排斥しています。
給与所得控除の妥当性(事業所得者との区別)
事業者との区別の妥当性については『・・・所得税法が給与所得者に給与所得に伴う必要経費の実額による控除を認めないからといつて昭和46年当時における給与所得控除制度による概算控除が控除額の点で不合理といえないばかりか、かえつて給与所得者にとつては何らの立証を要せず一律に所定の控除を受けられるし、税務執行上も給与所得者の納税者数が膨大なうえ必要経費の認定に困難が伴うことを考慮すると、右概算控除により徴税費の節減や税務行政上の混乱を回避し得るなどの利点が存するので、これを不合理な制度ということはできず、給与所得者を事業所得者に比し不利益に取扱っているということはできない。』として訴えの利益の観点から原告の主張を排斥しています。
また勤労性控除については事業者を引き合いに出し『・・・生計費がそもそも必要経費にあたらないことは前記引用にかかる原判決理由説示のとおりであるうえ、・・・右主張は採用できない。』とし、給与所得控除に勤労性控除が含まれないと判断しています。
(3)課税最低限
総評生計費との関係
省略。
課税最低限の算定に給与所得控除と社会保険料控除を含めるかどうか
省略。
(注)『 』内は判決文からの引用です。
【この裁判が税制に与えた影響】
(1)給与所得控除に与えた影響
裁判自体は納税者敗訴となっていますが、全国的な運動の結果、給与所得控除の額が昭和49年(1974年)から大幅に拡充された。(例えば、給与所得控除の最低額が16万円から50万円になった)
(2)申告件数の増加
総評の確定申告闘争により、医療費控除や住宅ローン控除等、元々有ったが不知で使われていなかった規定が周知され、サラリーマンの確定申告件数が飛躍的に増加する原因となった。
(3)その他
省略。
【今日的問題としての検討】
省略。
|
|
3ー2 事業者的給与所得者からみた給与所得控除の問題
事業所得か給与所得であるかを争われた事件として、日本フィルハーモニー事件がある。 原告は日本フィルハーモニー交響楽団(以下、日本フィル)に所属する楽団員(バイオリニスト)Xで、昭和37年分の確定申告において日本フィルからの収入936,359円、日本グラマフォン他2社からの収入41,209円の計977,568円を事業所得の収入金額とし、必要経費35% (経費率についての立証はない)を控除して、635,420円を申告した。
これに対しY税務署長が日本フィルからの収入を給与所得とし、他の収入を雑所得であるとして、給与所得控除、標準率をもとに所得を計算して更正した。
【原告Xの主張】
サラリーマンのように七曜表に基づく勤務時間的な拘束はなく、楽器、モーニング、楽譜等全て自己負担であり、自己の計算で演奏を行っているから日本フィル等との関係は雇用契約や労務契約ではなく、無名の混合契約である。
従ってその収入は交響楽団の演奏公演による収益の還元金であり、仮に還元金の性質を有しないとしても、原告の芸術的価値に対する出演謝礼的な性質をもつ出演料、すなわち演奏出演という仕事の完成後に支払われる請負報酬金である。
法は原則として給与所得控除を大幅に超えることが通常であるような職業の者の収入を給与所得者として予定していない。
職業野球選手の所得は事業所得とされているが、本件収入もそれとなんら変るところがない。
また、日フィル自体に労働組合がなく、原告は他の労働組合にも加入していないが、元々、原告は労働組合法上の労働者でないので当然のことである。
【被告Yの主張】
給与所得と事業所得との所得区分の究極的な基準は、当該所得が雇用契約に基づいて非独立的に提供された労務に対する報酬および実質的にこれに類する所得であるか、それとも自己の責任と計算において独立して行っている継続企業活動によって得られたものであるかという点にある。例えば、同じ医師の所得でも、それが、他の病院等の経営主との雇用契約等に基づいてその病院の医療業務に従事したことに対する報酬であれば給与所得となり、雇用契約等に基づかず独立して医療業務を遂行したことに対する報酬であれば事業所得となる。このことは原告のような音楽家の場合にも全く同様である。
原告の日フィルとの契約によると、原告は、日フィルの行う演奏会等に従事することが義務づけられ、勤務、休暇、欠勤等について服務規律に拘束される一方で毎月定額の基準賃金その他の手当の支給を受け、出張の際には日フィルの出張旅費規程による旅費が支給され、賞与や退職金等も支給される。そして毎月の賃金から社会保険料も差し引かれている。
よって、この契約に基づいて支給を受けた収入が給与所得であることが明らかである。
【判旨】
判旨は一審、二審ともほぼ同じであり、ここでは一審判決(東京地裁昭和43年4月25日)の判旨を紹介する。
(1)旧所得税法施行規則(昭和40年政令96号による改正前のもの)7条の3は、事業所得における「事業」に当たるものとして11の業種を例示すると共に、その他「対価を得て継続的に行う事業」と定めているが、そこに例示された業種との関連において考えると、ここで「対価を得て継続的に行う事業」とは、自己の危険と計算において独立的に営まれる業務で、営利性、有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められるものをいうものと解される。
(2)これに対し、給与所得は、雇用又はこれに類する原因に基づき非独立的に提供される労務の対価として受ける報酬及び実質的にこれに準ずべき給付を意味し、報酬と対価関係に立つ労務の提供が、自己の危険と計算によらず、他人の指揮命令に服してなされる点に、事業所得との本質的な差異がある。したがって、提供される労務の内容自体が事業経営者のそれと異ならず、かつ、精神的、独創的なもの、あるいは特殊高度な技能を要するもので、労務内容につき本人にある程度自主性が認められる場合であっても、その労務が雇用契約等に基づき他人の指揮命令の下に提供され、その対価として得られた報酬もしくはこれに準ずるものである限り、給与所得に該当する。
(3)判決は、楽団運営規程を基に楽団における原告の地位、服務、分限、報酬、旅費、退職金等について詳しく認定した上、原告の日本フィルからの所得が原告の危険と計算において経営される事業から生じたものとは認められず、日フィルとの雇用契約に基づき所定の演奏及び練習という労務に服することの対価もしくはこれに準ずる給付として支給されたもので、給与所得に該当すると判示する。
(4)これに対し原告は、音楽演奏家のように類型的にみて必要経費が給与所得控除額を超える職業の者は給与所得とみるべきでないと主張する。たしかに音楽演奏家は、自己の使用する楽器や演奏用の特殊な服装等を自ら用意するのが普通で、技術向上のための研究等も必要であり、職業費ともいうべきものが一般の勤労者より多くかかり、それが給与所得控除を上回る場合もあり得ることは否定できないが、所得税法は所得の発生態様ないし性質のいかんによって所得の種類を分類しているものであり、必要経費の多寡を所得分類の基準としたものとは解されないから、多種多様な給与所得者につき収入額に応じた一定の給与所得控除しか認めないことの立法政策上の当否はともかく、給与を受ける者の支出する経費がその控除額を超えるからといってそれだけで給与所得者に当たらないとすることはできない。
(5)なお、職業野球においては、・・・、税法上の所得分類の見地から重要な差異が認められる以上、他に類似の点があるとしても、職業野球選手の所得が事業所得とされ、原告の所得が給与所得とされることをもって、法の下の平等に反するということはできない。
3ー3 高額給与所得者
省略。
3ー4 特殊支配同族会社の役員報酬
省略。 |