論文


特集第41回大阪全国研究集会・分科会テキスト(2005.7.8合併号)
会計参与制度を検証する 実録「今津事件」
滞納処分 NPO法人の税務・会計
所得税法第56条を斬る 民法と税法の接点
10年後の税理士業務 岐路に立つ社会福祉法人経営


特集第41回大阪全国研究集会・分科会テキスト
実録「今津事件」
〜違法な調査と不当な裁決を検証する〜
大阪税経新人会

I. 今津事件とは

1. はじめに
今津事件(以下「本件」という)については、過去2回にわたり「税経新報」(2003年11月号及び2004年10月号)に掲載し、その経緯や裁決の結果などは既に報告がなされている。「税経新報」を熟読していただければある程度のことは理解していただけるのではないかと思う。今回この事例を分科会で取り上げたのは、この事件の『特異性』を検証し、税理士としていかに納税者の権利擁護に努め、公権力と闘うかということをこの事件から学びとり、そしてこの事件から得られる教訓を基に、多くの会員の方々とともに“税理士の使命”について考える機会とすることを目的とするためである。
2. 事件の経緯
・H14年9月・・・ O税務署とN税務署によるA社とB社の2社同時無予告連携調査
(A社とB社の代表者は同じ)
・H15年2月・・・ A社について、法人税及び消費税の更正処分と青色申告承認取消処分
5事業年度の増差所得...約255万円
5事業年度の増差税額...約2,746万円(地方税及び重加算税等含む)
・H15年3月・・・ B社について、法人税及び消費税の修正申告と減額更正
3事業年度の増差所得…約3,483万円
3事業年度の増差税額…約3,254万円(地方税及び過少申告加算税等含む)
(以下A社について)
・H15年4月・・・ 異議申立て(法人税及び消費税、青色取消し)
・H15年6月・・・ 法人税の更正処分取消し、青色取消し処分の取消し
・H15年6月・・・ 法人税の再更正処分、再度の青色取消し処分(上記処分より5日後)
・H15年7月・・・ 消費税の異議決定(棄却)
・H15年7月・・・ 審査請求(法人税及び消費税、青色取消し)※上記2月更正処分等
・H15年8月・・・ 異議申立て(法人税、青色取消し)※上記6月再更正処分等
・H15年9月・・・ 異議調査(4日間)
・H15年9月・・・ 裁決(却下)
※上記7月審査請求分
・H15年11月・・・ 法人税、青色取消しの異議決定(棄却)※上記8月異議申立て
・H15年12月・・・ 審査請求(法人税及び消費税、青色取消し)
・H16年7月・・・ 裁決(法人税一部取消し、消費税、青色取消しは棄却)
3. 審査請求の争点
審査請求においては、主に下記の点について課税庁と争ったが、審判所の判断は以下の文中の⇒に示すとおり全てにおいて課税庁よりの見解である。
(1)違法な調査
代表者の同意を得ず、代表者不在のままの強行調査⇒代表者の承諾を得たとする原処分庁の証言を採用
代表者及び関係人の「明示の承諾」なしの現況調査及び帳簿・書類等の持ち帰り⇒代表者の承諾を得たとする原処分庁の証言を採用
5年前の事業年度から調査を開始したのは、国税通則法第70条(国税の更正、決定等の期間制限)第1項に反して違法⇒同法第70条1項は、更正の期間制限を定めたものであり、質問検査権について期間の制限を加えるものではない。
(2)2度の青色申告承認取消処分と再更正
異議申立てに対して、異議決定をせず、原処分を一旦取消した後、係争中の事案について再度同じ処分を繰り返すこと(異議決定権の放棄)は、国税通則法に規定されておらず違法であり、不服申立制度の根幹に関わる問題である。⇒通則法第26条(再更正)に基づき適法に行われている。
青色取消し処分について、原処分を一旦取消し、新たな事実が生じていないにもかかわらず、当初と同じ理由で単にその理由を補強しただけで、再度処分をすることは、通則法に規定されておらず違法である。⇒青色申告の取消しを再度行ったことは、同処分の効力に影響を与えない。
(3)青色申告の承認取消通知書の記載不備
「帳簿書類の記載事項全体について真実性が認められない」として、青色取消し処分が行われているならば、法人所得について推計課税が行われるべきところ、推計によらず限定した取引のみを対象に更正処分が行われていることと矛盾する。⇒「隠ぺい又は仮装に該当する」として、青色取消し処分をしている。
原処分庁が「隠ぺい又は仮装に該当する」として、青色取消し処分をしているならば、同通知書には「隠ぺい又は仮装に該当する」との文言がないから記載不備であり、同取消処分は違法である。⇒二つの取引が仕入の事実がない取引であることが具体的に記載されているから、記載自体に不備があったとは認められない。
(4)隠ぺい又は仮装の事実
売上の二重計上や経費等の多額の計上もれがあることからも明らかなように、隠ぺい又は仮装の意図はなく、単なる経理処理ミスである。⇒経理上の誤りなどによって、行為者の意識しない事実に相反する経理処理がなされた場合であっても、申告期限前にこの誤った処理を発見しながら、これを訂正しなかった場合には、訂正しないという積極的な意識がある以上、その時点で事実を隠ぺい又は仮装したことになる。
更正処分後の事業年度において、減算すべき仕訳誤り等があり、5事業年度の更正による増加所得合計はわずか255万円であり、更正処分をしなくても課税上の弊害はない。⇒減額更正されたことをもって、既往の隠ぺい又は仮装の事実が治癒されるものではない。
杜撰な経理をしたのは会計事務所職員であり、代表者は一切関与していない。⇒代表者が直接関与していたとする事実は認められないものの、決算書等のチェック等の注意義務を果たし、適切な監督を務めたものとは認められず、代表者に過失がないと認められる特段の事情には該当しない。また、会計事務所との間で債務不履行責任の問題を生ずるか否かは、重加算税の賦課要件の成否に影響しない。
以下、「違法な税務調査」「不服申立制度と青色取消処分」「仮装・隠ぺい」をテーマに掲げ、この事件の検証を試みることとした。

II. 税務調査の違法性

本件における税務調査について、以下のような問題点・論点を見いだした。 
 
1. 更正の制限期間外の事業年度を対象とする調査
本件では、O税務署が所轄のA社を無予告調査に臨んだところ、過去3期分の帳簿がなく、それ以前の帳簿がたまたまあったため、いきなり更正の制限期間ではない事業年度から帳簿調査が始まった。まず更正の制限期間外の事業年度にかかる調査の違法性を検討する。

更正・決定に係る除斥期間は、納税義務者の地位をいつまでも不安定な状態におくことのないために設けられている。

更正又は再更正は、原則として、法定申告期限から3年を経過した日以後は、することができない(通則法70条1項1号)。

本件では直近3年間の資料が調査時点で無かったため、とりあえず資料があった4、5年前の事業年度から調査が行われた。帳簿書類の不備があるにせよ客観的な偽りあるいは不正の疑いがあったために遡って調査がなされたわけではない。

課税庁の見解は、通則法70条1項は、更正の期間制限を定めたものであり質問検査権について期間の制限を加えるものではないということである。調査と更正は表裏一体をなすものであり、質問検査権に期間制限が及ばなければ、実際には更正の除斥期間は何ら効力がなく、単なる誤りすら故意に偽ったものと強弁しかねない強引な合法性の偽装が生じうるのである。質問検査権の行使可能期間は更正・決定の期間制限と整合がとれてこそ、適正な手続が保障されよう。
2. 無予告の2社同時連携調査及び代表取締役不在中の現況調査
本件は、所轄税務署が異なり、代表者が同一人物である2社に対し無予告調査が同日同時刻に行われた。この問題点は、代表者が対応できたのは1社のみであり他社については、代表者によって権限を委譲された責任者がいない状況で調査の対応を強要されたということである。

法人税法第153条には「・・・必要があるときは、法人・・・に質問し・・・」とある。ここで「法人」とは具体的に誰を指すのか。税務調査において具体的に質問がなされる場合、応答者は法人の責任者たるべき者であり、一般の小会社では通常代表取締役であるはずである。『現況調査の手引』でさえ「調査対象者が不在の場合は、役員・専従事業者などの責任ある者に面接し、調査対象者に連絡を取るよう依頼する」と記載している。税務当局もまず責任者の承諾が必要であると認識しているようである。

例えば代表者が不在の場合に現況調査が行われ、税務職員が従業員に対し法的強制力があるかのように誤認させる威圧的な態度で臨めば、言いなりになってしまう従業員が大半であろう。従業員は強制力があるものと錯覚し、代表者の承諾無く会社の機密を開示するという社内における権限を越えた行為を為さしむることにもなりかねない。一般の税務調査は社内の指揮系統をないがしろにされてまで受忍しなければいけないものではないはずである。

また、北村判決においても承諾を得ない調査は違法だとした。承諾を得たかどうかについては、納税者の事前承諾がない場合の家族等の黙示の承諾の有無は、慎重に判断すべきとしている。また、北村判決後の「現況調査の手引き」では、現況調査は調査対象者の明示の承諾を得た上で実施することを求めている。

北村事件は個人に対する調査であり、本件は法人に対する調査である。個人の調査対象者は納税義務者であり、納税義務者の承諾がない限り、現況調査は違法である。一方、法人の調査対象者は法人である。承諾の意思表示をする者は代表取締役など法人を代表する代表者である。したがって、本件において代表取締役不在中に代表取締役の承諾がなかったとすれば、北村判決および「現況調査の手引き」に照らして、机の引出しや金庫などの現況調査は違法であると言わなければならない。
3. 明示の承諾のない帳簿書類の閲覧・コピー・領置
代表取締役不在中に行われた明示の承諾のない帳簿書類等の閲覧も、北村判決にならえば違法である。また、帳簿書類等のコピー・持ち帰りも違法である。東山企業組合判決において、納税者に帳簿書類等のコピー・持ち帰りの受忍義務はないと判示した。「現況調査の手引き」では、調査対象者の承諾を得た上でとしている。

帳簿書類その他の物件の検査、コピー、持ち帰りが、本件において代表取締役不在中に、代表取締役の承諾がない中で行われたのであれば、これらの調査行為も違法である。

このように代表取締役不在中で、代表取締役の明示の承諾がない現況調査、帳簿書類等の閲覧、コピー、持ち帰りは、代表取締役など代表者以外の役員、事業専従者、従業員等の明示・黙示の承諾があったとしても、「当該職員の質問検査権」に照らして違法調査であると言わなければならないだろう。
4. 身分証明書の不提示、調査理由の不開示、修正申告の慫慂
本件では調査官3名は一度も身分証明書の提示を行わなかったということである。法人税法では関係人の請求があったときはこれを提示しなければならないとしているが、任意調査であっても公権力の行使である以上、必ず身分証明書を提示して身分を納税者に明確にした上で調査を行うことが、手続として正しいものというべきであろう。

本件では無予告調査の実施理由が、現金商売であるから、というだけであった。調査理由開示の是非・内容については、諸説あるところであるが、少なくとも納税者に相当大きな負担を強いる無予告現況調査については、個別具体的客観的な理由が必要であろう。現金商売だからというだけの理由では、現金取引を行う納税義務者とそうでない者との受忍義務負担の公平について納得できる説明にはなっていない。

本件では3度修正申告の慫慂がなされた。一般に修正申告に応ずるか否かは多分に政治的な駆け引きの要素が大きいのが実情であろうが、修正申告をするということは異議申立権という納税者の持つ大きな権利を放棄することであると、その重要性が重く認識されるべきである。課税庁側も安易に慫慂することなく、そのデメリットを積極的に開示説明すべきである。
5. 総括
本件の税務調査における問題点は、事前告知のない2社同時調査により、その代表者がしかるべき対応をとる機会を奪われたことに端を発する。任意調査については法令上の文言が不確定であるために、判例において課税庁に対して実質的に広範な裁量権を許すこととなり、またその調査が違法か合法かを納税者が明確に判別することを困難にしている。

納税者の権利は、課税庁内部における統制によってではなく、あくまで法に基づく適正な手続によって守られるべきものであろう。その点で現行法におけるいわゆる任意調査の手続に関する規定は甚だ貧弱である。
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