論文


特集第41回大阪全国研究集会・分科会テキスト(2005.7.8合併号)
会計参与制度を検証する 実録「今津事件」
滞納処分 NPO法人の税務・会計
所得税法第56条を斬る 民法と税法の接点
10年後の税理士業務 岐路に立つ社会福祉法人経営


特集第41回大阪全国研究集会・分科会テキスト
実録「今津事件」
〜違法な調査と不当な裁決を検証する〜
大阪税経新人会

III. 不服申立制度と青色申告取消処分

1. 不服申立制度
(1)不服申立
不服申立ての趣旨として、行政庁の違法又は不当な処分その他公権力の行使に当たる行為に関し、国民に対して広く行政庁に対する不服申立てのみちを開くことによって、簡易迅速な手続きによる国民の権利利益の救済を図るとともに、行政の適正な運営を確保することを目的とする。(行政不服審査法第1条)
なお、国税に関する処分の不服申立ての手続きは国税通則法に規定されている。
(2)異議申立
納税者が国税に関する処分に不服がある場合は、原則としてその処分をした税務署長に対する異議申立てを行う。(通則法75条1項)
裁判所での争いは、不服申立てを経たあとでないと提起することができない不服申立前置主義が取られている。(通則法115条1項)
(3)審査請求
審理をする国税不服審判所は、執行系統からは切離された審査専門の機関であるが、国税庁の内部機関であり、同じ財務事務官であることから人事交流も多い。
独立機関としての裁判所と異なり、自ずと限界がある。
(4)異議決定を回避する行為と不服申立
本件では、当初の法人税の更正処分及び重加算税の賦課決定処分等について、申立人は異議審理庁に異議申し立てをした。

さらに「意見陳述書」を提出し、係争中であるにもかかわらず、異議審理庁が異議決定することなく当初処分をいったん取消し、再度処分を行ってきた。

当初重加算税の対象となっていた一部を過少申告加算税に変更している。これは異議審理の段階で申立人が、「調査の過程で申立人の代表者に渡した架空仕入48万496円は、単なる2重計上の計算ミスである旨のメモ書きがある。」と指摘した結果によるものである。

いわば実質上審議をし、その結果を異議決定で行わず、申立人の主張を受け入れ、原処分の取消しで対応したもので、異議決定権を放棄したことになる。

通則法26条では再更正はできるとなっているが、不服申立制度が、納税者の権利救済と考えた場合、納税者の権利が著しく損なわれることになる。

二度にわたる更正処分は、当局側がしっかりとした税務調査に基づく検討を加えないままに行政処分を行ったと考えられ、それ自体違法行為と言える。
(5)判例からの検討
通則法24条から通則法30条の規定に基づき最高裁の判例もほとんどが税務当局を容認した判例となっており、納税者に厳しい判決が下されている。

しかし、昭和42年9月19日の最高裁判決において少数意見として田中二郎裁判官の次の少数意見が納税者側の意見を汲み取っていると思われる。

『多数意見の認めるように、被告行政庁の側で、自由に第2次、第3次の更正処分を行なうことができ、しかも原告側でこれに応じて、訴の追加的併合(又は訴の変更)をしない以上、その主張がすべて排斥されざるを得ないことになれば、原告側の煩は堪えがたく、殊に、訴訟法に精通しない原告側は、被告行政庁側の措置にふり廻わされることになって、救済制度として重要な役割を果すべき取消訴訟の目的は達せられないことになることをおそれざるを得ない。』と述べている。
2. 青色申告取消処分をめぐって
(1)本件事案の特殊性・・・係争中に取消処分を繰り返す
取消処分の基因となった事実の変更箇所
第1次 「架空仕入を計上することにより、所得を隠蔽し、過少な所得金額で申告していましたので・・・」
第2次 「総勘定元帳のY仕入高勘定に次表の仕入事実のない取引を計上するなど、過少な所得金額で申告していました。・・・」

計上日
平成9年7月31日 16,073,856円
平成10年3月31日 14,285,714円

「具体的な理由附記を必要」とした最高裁判決(第1小 昭和49.4.25)に抵触し、そもそもの課税処分が無効になるおそれがあると課税庁は判断したと思われる。
(2)青色取消の本件における効果
欠損金繰越の特典の消滅
5年間の更正のうち、最初の2年間は増額、後の3年間は減額の処分となっている(差引ではわずか255万円の増差)。減額の結果、2事業年度分について、法人申告所得がマイナスになり、その合計額707万円について損失の繰越ができない。
重加算税の賦課
「理由附記が不備である」として、青色取消処分が取消されてしまうと両規定とも、「隠蔽又は仮装」を要件としているので、「重加算税の賦課決定」にも影響が及ぶ可能性がある(法人税、消費税で758万円の重加算税額)。
(3)青色取消理由附記の意義と程度
意義・・・
イ) 処分庁の判断の慎重と公正妥当を担保してその恣意を抑制する。
ロ) 処分の理由を相手方に知らせて不服申立てに便宜を与える。
程度・・・
承認が取消されると、特典がその取消事由に係わる事業年度までさかのぼってすべて失われる。承認取消処分は一時的な不利益をもたらす青色申告更正処分と比べても、はるかに大きな不利益処分といえるので、その理由附記の程度については更正処分の場合(法130)以上の詳細 さが要求される。
事務運営指針
平成12年「法人の青色申告の承認の取消しについて」(事務運営指針)が個別通達として発遣された(平12・課法2-10)。
その趣旨は「法人の青色申告の承認の取消しは、法第127条第1項各号に掲げる事実及びその程度、記帳状況、改善可能性等を総合勘案の上、真に青色申告書を提出するにふさわしくない場合について行うこととし、この場合の取扱い基準の整備等を図ったものである。」
(4)本件の争点
係争中に取消処分を繰り返すことは異議申立権を奪うことになる
課税庁が勝訴できると判断するまで取消処分を繰返すことは不服申立の趣旨に反する。
2つの取引事実だけで、帳簿全体の信憑性は否認できない
「2回の記載誤りで帳簿全体の真実性が認められない」としながら、この取引以外は納税者の計算に基礎を置いて更正している矛盾。
審判所の判断
二つの争点に対し、審判所は論点をすり替え、バッサリ切り捨てた。
課税庁迎合→審判所の歴史に汚点

IV. 仮装・隠ぺいに関する問題点

仕入れの事実のない取引を請求人の仕入れに計上したことが、隠ぺい又は仮装の事実に当たるか否か。
1. 審判所の判断
審判所は税理士事務所の担当職員(以下Bとする)の行った経理処理に関し、次のように述べている。

「隠ぺい又は仮装することについての認識がある場合はもちろんのこと、期中において経理上の誤りなどによって、行為者の意識しない、事実に相反する経理処理がなされた場合であっても、申告期限前にこの誤った処理を発見しながら、殊更にこれを訂正しなかった場合には、訂正しないという積極的な意識がある以上、その時点で事実を隠ぺい又は、仮装したことになり、また、それを認識しながら訂正しない点で故意が認められることになると解される。・・・Bは、毎月送付されてくる精算明細書に基づかない本件仕入れを計上し、また、当該仕入れにかかる消費税を仕入税額控除額に算入し、決算までに誤った処理を認識しながら、殊更、これを訂正しなかったと認められるので、同人の行為は、隠ぺい又は仮装に該当し・・・また、税理士事務所に勤務し、・・・請求人の総勘定元帳から申告書の作成までの一連の会計事務を執り行ってきたBが、当該行為により請求人が課税を免れることを認識できなかったとは到底認められない。」

上記のように、誤った処理を発見しながら、殊更にこれを訂正しなかったことが故意による仮装又は隠ぺいにあたり、重加算税の賦課決定処分は適法だとしている。
2. 判例との比較および検証
ここに表現される「故意」の定義については、学説上次の2通りの考え方が存在する。
(ア)行為の認識で足りるとする考え方
(イ)租税を免れる認識も必要とする考え方
すなわち、(イ)より(ア)の方が広い概念で捉えている。  (ア)の考え方に立つ判決として次のような最高裁判決(昭62.5,8第二小法廷判決)がある。ここでは以下のように述べられている。

「重加算税は、・・・納税義務違反が事実の隠ぺい又は仮装という不正な方法に基づいて行われた場合に、違反者に対して課される行政上の措置であって、故意に納税義務違反を犯したことに対する制裁ではないから・・・重加算税を課し得るためには、納税者が故意に課税標準等又は税額等の計算の基礎となる事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺい、仮装行為を原因として過少申告の結果が発生したものであれば足り、それ以上に、申告に際し、納税者において過少申告を行うことの認識を有していることまでを必要とするものではない。」

次に(イ)の立場をとっていると思われる判決を2例挙げる。

京都地裁 平4.3.23判決「隠ぺいし、仮装するとは、・・・租税を逋脱する目的をもって、故意に税額等の計算の基礎となる事実を隠ぺいし、又は作為的に虚偽の事実を附加して調査を妨げるなどの行為をいう。」
大阪高裁 平3.4.24判決「隠ぺい・仮装とは、租税を脱税する目的をもって、納税者が故意に納税義務の発生原因である計算の基礎となる事実を隠匿し、又は、作為的に虚偽の事実を附加して・・・」

上記(イ)の立場をとるならば、Bの行った行為をもって重加算税の対象とするには大いに疑問が残る。

なぜならば、第二回目の青色申告の承認取消通知書に記入された二取引以外にも、Bの行った経理処理には、仕入の計上漏れや多額の経費の計上漏れを仕訳誤りにより行った事実が存在するからである。これは、当然脱税とは相反する行為であり、故意というよりは過失とするほうが当然であろう。

(ア)の立場から争点を考えてみた場合にも、隠ぺい又は仮装したとする当裁決にはなお疑問が残ろう。当裁決は過去の判例、例えば「申告期限前にこの誤処理を発見しながら、ことさらこれを訂正しなかった場合には、訂正しないという積極的な意識がある以上、その時点で事実を仮装又は隠ぺいしたことになり(大阪地裁 平3.3.29判決)」を踏襲したものと考えられる。しかし、はたして事実はそうであったのだろうか。

誤った経理処理をBが認識しながら訂正しなかったとしても、前述のように多額の経費の計上漏れ等の存在を勘案すれば、それは単にBがずさんであったため、あるいは時間的又は精神的に逼迫していたためであると考えるのが常識的な判断であり、仮装又は隠ぺいという逋脱行為を積極的に行う意図があったとする裁決には再考の余地があろう。
3. 実務的視点から
実務的にいえば、金額の多寡もひとつの判断基準となっているように思われる。
そのような視点に立てば、5事業年度の所得金額の増差が通算で255万円程度なのに対し、法人税の重加算税が665万円、追徴税額が住民税まで含めて合計2,746万円という課税の仕方にも疑問を感じる。

このような課税の行く末を中長期的な観点から見れば、納税者の課税庁への信頼をなくし、ひいては納税意識の低下を招きはしないだろうか。

V. 最後に

この事件は、会計事務所職員による“杜撰な会計処理”と調査官による“杜撰な税務調査”とがもたらした“悲劇”であると言えよう。しかし、このような事件は程度の差こそあれ、日常起こりうるのではないだろうか。われわれ税理士としては、このような事件が起きないよう事務所職員を教育し、監督する責任があることは言うまでもないが、もしこのような事件が発生してしまった場合に、いかに納税者の立場にたち、課税庁と立ち向かうかが税理士に課せられた使命だと言えるだろう。

なお、この事件によりA社の関与税理士は近畿税理士会より『訓告処分』を受けている。その処分の理由として、「上記会員の使用人が杜撰な経理処理を行い、関与先に損害を被らせたことは、使用人を監督する立場にありながら関与先に対する経理処理について全く掌握していなかった上記会員の使用人監督義務懈怠であることは明らかであり…」としていることを付記する。

この事件がもたらす教訓からは、納税者の信頼に誠実に応えるという税理士として本来あるべき姿が見えてこよう。一方では、調査の事前手続規定が整備されず、絶大な権力をもつ調査官の恣意的な裁量に委ねられている現在、納税者保護権利規定の制定が早急な課題として浮かんでくる。また、中立の立場であり、納税者の権利救済機関であるはずの国税不服審判所が課税庁よりの見解を示す実態を鑑みると、一日も早い“納税者権利憲章”の制定が望まれる。

最後に、この事件の“被害者”であるA社の代表者から審判所に提出された所感を抜粋して紹介する。
「当社が一貫して主張を繰り返したことは、私が故意に所得を圧縮しようとした事実は全くなく、当時の顧問税理士事務所の担当者がでたらめな経理をしていたということです。昭和41年以来、信頼してすべての会社の会計業務を一任していた税理士事務所の背任行為により、このような事態になったことは、大きな憤りを感じざるを得ません。

これまでを振り返ると、私たち夫婦が精神的に非常に大きな打撃を受け、毎夜この事件での話に明け暮れたことや、理不尽な不当な処分に対して闘い、多大な時間を費やし健康状態が悪くなったことを思い起こし怒りがこみ上げてきます。

法治国家である日本の行政が、強権を振りかざして国民の主張を一切無視していいものでしょうか。また、まじめに事業拡大し、社会に貢献している会社に理不尽で不当な税金を請求していいものでしょうか。」

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