【税務調査の現状】
1 調査事務運営の動向
(1)国税庁は従来から接触率の低下に歯止めをかけるべく「調査日数の確保」を税務行政の柱にしてきました。また、「課税の公平を担保するためには税務調査が必要」との立場を明確に示してきました。
平成16年の国税局長会議で「広域的・税目系統横断的な調査」の方針を掲げ、当面の重点取り組みとして「白色中低階級の者に対する取り組み」と「高額・悪質重点の調査事務運営」を指示しました。「白色・・」は平成17年から消費税が1千万円になったことによる無申告者の「掘り起こし」であり、「高額・悪質・・」は何ら具体性のあるものはなく調査選定は従来と変わりはありませんでした。
内部事務一元化により国税庁が期待していることは、その余剰人員を調査部門に配置し調査を強化することにあります。平成18年4月の局長会議では、 内部事務一元化に伴う課税部門の調査事務運営の見直し、 調査企画部の試行、 局署の調査体制の見直し、 審理体制の見直し、 国際官・IT官等の見直しなどが提起されこの間様々な試行が行われてきました。
平成21年7月の異動では「個人課税・資産課税・法人課税」部門はそのまま名称が残されました。当面の調査事務はこれまで通り進められると思われますが「各部門の総括・調整は第一統括官の合議体により対応していく」とされており総合的な調査方式が進められると思います。なお総合特官がいる署においては総合特官が企画・調整の任に就くと思われます。
平成21年5月の課税部長会議では「調査にあたっては、大口・悪質な納税者に対する深度ある調査、中低階級の納税者等に対する簡易な接触を効果的に組み合わせる」「事案に応じた適切な調査体制の編成・的確な進行管理」を指示しています。大口・悪質・・では「大口・悪質な不正無申告事案、常習的に不正を繰り返す業種、調査が困難で悪質な事案、問題が伏在しているものの赤字に仮装し課税を免れている無所得事案については的確に情報収集し調査選定し組織的にたいおうする」と具体的に調査方法を指示してきました。
また、今回初めて源泉徴収制度の適切な運営を掲げられました。源泉事務の内部事務は管理運営部門の担当」となり、法人部門に残る源泉担当は「調査」中心になり、この点からも源泉単独調査は増加すると思われます。
平成17年4月の局長会議で局署の調査区分の見直しが行われ、従来の資本金が1億円以上の法人は局、未満は署という区分から「資本金5億円」基準が提起されました。各局の実情や署の調査技術や体制などからまだ一般化してはいませんが、21事業年度では特別調査官の役割分担が大きく変わり「件数にこだわらず真に必要な大口事案の調査」指示されています(法人も個人も同様)。
「国際課税への適切な取組」は毎回の局長会議の主要議題になっています。税務署に「国際情報官」制度が導入されたのは平成3年度、平成13年度に「国際税務専門官」、「情報技術専門官」へと組織替えされ、署においても国際取引やIT情報取引に対する税務調査の体制が強化されてきました。今後、FX取引、デリバティブ取引、等々オフショア取引を利用した租税回避、個人富裕層に対する調査を強化してくると思われます。
平成23事務年度末までは一元化事務を確実に進めることを重点に掲げており、この間調査件数が大幅に増加すると思われませんが、国税庁がこれまでの資料説明の中で昭和56年当時の実調率を示して説明していることからみると将来的に法人10%、個人4%程度の実調率が想定されます。何れにせよ、一元化により調査部門に配置された職員2〜3千人増加(正確にはまだ出されていない)しており、とりわけ法人調査は増加すると思われます。
国税庁は平成15年まで「広報・指導・相談・調査」の4本柱を掲げてきましたが平成16年に「調査と納税者サービスの充実」の2本柱に変更し「税務調査は税務行政の最も重要な柱」としましたが、税務調査はどうあるべきなのか、どの程度なら国民は納得できるのかなど、そのあるべき方向については依然として何ら示されておりません。
(2)平成20事務年度から資料調査課の「署への指導事案」は廃止となり、今後は同課が単独で調査をすることになります。同課が19年度から従来の無予告現況調査一辺等から一定分事前通知を行っていることから次のことが想定されます。 無予告現況調査を中心とした集団的、強権的調査手法に対する納税者からの批判や行政監督局の勧告への配慮と内部的には料調方式による弊害(系統的調査能力の低下、説得能力の欠如など)の改善を視野に事前通知を前提にした調査手法への転換か。 に従来の料調方式を署の特別調査部門(班)、特官部門、局課税総括課主導の広域・横断的・機能別調査に肩代りし、その調査手法を踏襲か。 |
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2 平成20年度の調査事務の特徴
(1)平成19年度の調査実績(東京国税局)
個人課税では実地調査件数が平成17年度41,998件に対し、19年度は30,493件に留まり27.4%減少しています。一方実地調査のうち着眼調査はH 17年度7,609件に対し19年度は8,362件で10%増加しています。即ち調査総数は減少していますが、小規模の消費税事業者や中低階級の者を中心にした調査に力点を集中していることが特徴です。
法人課税では実地調査件数が平成17年度43,566件に対し、19年度は45,019件で3.3%の増加に留まってしています。しかし、実地調査のうち重点項目調査は平成17年度11,217件に対し、19年度は16,898件で50.6%増加しています。これは、従来(平成18年度まで)実地調査のうち同時調査と重点項目調査の割合を7:3としていましたが平成19年度から5:5に変更し、個人課税同様に小規模で調査しやすい法人調査を増やし、接触率を高めようとしているのが特徴です。
(2)平成20年度の調査の重点
個人課税では、「高額・悪質」重点と簡易な接触の二極化を図り、簡易な接触については従来の申告審理後の事後処理、着眼調査、無申告者や中低階級者に対する接触を強めるとしています。重点調査業種に医業の全診療科目とはり師・きゅう師、柔道整、整復師、あんま・マッサージ・指圧師(いずれも平成15年から同様)が指定されています。注目業種には、資源再生業種、廃棄物処理、人材派遣、犬猫医、その他獣医が指定されています。
法人課税では、重点調査業種に不動産業、パチンコ、パチンコ関連業種が指定され、注目業種には、情報サービス、建物サービス・警備・人材派遣・職業紹介、医療保険、医療関連サービス、ラブホテル・モーテル、電子取引、ペット産業・健康関連業、対アジア取引、シルバーサービス、鉄鋼・非鉄金属関連が指定されています。
(3)平成20年度の「特留事項」に見みる調査対応の変化
平成19年度から初めて個人課税部門、法人課税部門の「特留事項」に調査における手続きについて、「納税者の理解と協力を得て行う必要があることを十分認識し、適正かつ適法に調査を実施する」と明文化され、全管統括官会議において注意を促がしています。
(4)新人事制度の導入
国家公務員法の改正により、平成19年7月6日から2年以内に現行の勤務評定に代り新たな人事評価(成績主義の人事考課制度)実施されます。国税庁は平成20年9月16日から3ヶ月間「リハーサル試行」実施しました。評価内容は「能力評価」と「業績評価」で構成され、職員は業務目標を設定し、業務を遂行し、自己申告をします。それをもとに上司は5段階評定(S.A.B.C.D)し、評価の悪いC,Dについては、期末に面談により評価結果が通知されます。その結果評価が悪いというだけで、昇給停止・降格・賃金カットされることになります。現時点では数値目標は出さないとしていますが、人事評価を梃子にノルマ主義や増差・件数による「税とり競争」が更に激化し、当然、強権的で不当な調査が横行することが予想されます。 |
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【参考事項 不服申し立ての発生状況】
全国国税局長会議資料の国税不服審判所の事務統計(下表)によると、推計課税等に関する不服申し立ては対前年比129.9%、特調等(特別調査部門、特別調査官部門)が同125.8%、その他一般が同124.4%と増加している。これに対し査察・調査課・料調が同52〜55%に半減している。税務署レベルでの調査における問題調査が増加傾向にあるといえます。 |
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【最近の調査実例にみる諸問題】
国税局や税務署の職員が行う税務調査は、令状に基づく査察部の調査以外は全て任意調査(応じない場合に罰則規定があるので間接強制といわれている)です。任意調査である以上税務運営方針(昭和51年、調査方法の改善の項)に示すとおり「納税者の理解と協力を得て行うものである」ことは当然のことであり、質問検査権の行使にあったては一定の限界があることは明白です。しかしながら、各税法に規定する質問検査に関する条文は
「調査について必要があるとき、・・・質問し、又はその帳簿書類その他の物件を検査することが出来る」としか記されていません。そのため国税当局は、具体的な手続規定がないことをいいことに「必要があるとき」の判断は課税庁の裁量に委ねられているとしています。昭和49年に国税庁が発遣した「税務調査の法律的知識」と30年以上経った近年各国税局や各課税部門が発行した若手職員向けの研修教材においてはそのスタンスは何ら変わっておらず、一口に言うと税務職員はなんでも出来るとし、納税者の権利擁護の視点は全く考慮されていないのが実態です。
そのため税務調査を廻ってのトラブルは後を絶ちません。 |
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1 最近における質問検査権行使をめぐるトラブル(争点)と問題点
(1)強制調査か任意調査、受忍義務と憲法第38条、立入権、調査理由の開示の問題は実際の調査においてはあまり争点にはなっていない。東京税理士会のアンケート結果が示す通り調査理由の開示を求めた場合78%開示しているにもかかわらず、納税者や代理人である税理士が開示を求めていない場合が56.1%に達しており、調査立会については調査が重なったり、事前通知がなかったことを理由に立ち会わなかったのが1.3%(42件)もあり、実地調査日数2日以上が76.5%もあり、納税者の代理人である税理士が権利意識を持って税務調査に対応していないことが、その要因であることは否めません。
(2)主に争点になっているのは、事前通知(無予告の基準)、事前調査(進行年分、現況確認調査)、反面調査問題である。これらはいずれも「必要があるとき・・」をめぐる裁量権の問題であり、その基準がないかあるいは公表されていないことによる課税庁の恣意的、独断的裁量の横行がトラブルの大きな要因になっています。また、基準がないことが、税務行政の透明性を欠き、納税者の処分予測可能性を閉ざす大きな要因になっています。
一般の税務調査においは、任意調査である以上、税務運営方針が示す通り「納税者の理解と協力を得て行う」ことが大前提であり、質問検査権の行使に当たっては一定の限界があることを課税庁も認めるところです。そのため、情報公開法の施行や平成12年の総務庁行政監察局の勧告以降、各種の事務運営指針や各種の研修教材を発行しています。その中には納税者にとって有効に活用できる事項もあります。しかし、現場の職員には、指示等の徹底や研修は十分には行われず、税務運営方針や指針は単なる心構え程度にしか認識されていないのが実情です。その背景には件数・増差・不正割合等のノルマ主義による尻たたきに起因していることは言うまでありません。
(3)課税標準の算定をめぐるトラブルの傾向
イ 生活実態や担税力を無視した推計要件を満たさない画一的推計と過年分遡及(個人タクシー6人自殺)
ロ 納税者や代理人の無知に付け込んだ法令等の恣意的解釈や認定
ハ 事実確認や否認根拠を示さないままでの調査額の提示
ニ 青取、重課をちらつかせた調査額の提示と修正申告の強要 |
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2 課税庁の調査手法に係る諸問題
(1)税理士法改正に伴う税理士への事前通知の不徹底
(2)臨場調査日数や調査場所の強要
(3)恣意的な基準による無予告現況確認調査
(4)調査選定理由が不明確な調査の増加
(5)質問検査が不十分なままでの反面調査や記帳簿書等の持ち帰り
(6)納税者の無知に付け込んだ調査展開と課税処分
(7)不明確な基準による役員報酬・専従者給与や接待交際費等の否認の強要
(8)青色申告取消をチラつかせた修正申告の強要
(9)おとり調査的な手法や「申述書」等の提出強要による重加算税の賦課
(10)税務運営方針等を無視した違法性のある反面調査の強行
(11)推計課税の要件を満たしていない推計課税
(12)調査結果についての説明責任を果たしていない修正申告の慫慂
(13)指導にすべき小額事案の修正申告の慫慂
(14)消費税仕入控除の否認の増加 |
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3 納税者や税務代理人の対応に係る諸問題
(1)実地調査前おけるチェックやクライアントとの意思統一の不足
(2)代理人としてクライアント擁護の自覚の不足
(3)課税庁に対し主張や抗議することが不利益になると勘違い
(4)法定届出の失念(専従者給与・消費税関係の各種届出等)
(5)改正税法や選択(消費税の簡易課税等)事項の未対応
(6)業種に特有な点検の不備
(7)推計課税・青色取消・重加算税賦課などの要件についての認識の不足
(8)従業員任せの決算処理
(9)クライアントの税法の無知にたった安易な決算処理
(10)クライアントに対する説明責任の欠如 |
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【税務調査の実例と対応】
当日資料(なお、税経新報 No.564 2009年3月号に掲載済み。持参下さい。) |
2 個人タクシー事業者に対する税務調査の問題点 |
< 税務署側 調査前〜調査 > |
1. |
事前通知なし が約半数。 |
2. |
収入除外の一点に絞った調査のため、必要経費などに関心はなく、過去の現金出納帳などはほとんど見ない。 |
3. |
進行期の日報、定期点検記録、親メーターを見たうえで、進行期の一定期間に正確に日報を記録するよう指導し、その記録をもとに推計をおこなう。標準率などの数値は使わない。 |
4. |
推計の補助資料として 組合でのチケット換金記録、 クレジットカード決済記録、整備工場での点検記録の反面調査をおこなう。
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< 税務署側 調査後 > |
1. |
親メーターの走行距離と日報記載の走行距離 との差はすべて売上除外をしていると断定し、売上高を推計する。実走行距離数(=親メーター表示の距離)×事業使用割合(自家使用10%前後)×実車率(45〜53%)×単価(750〜 800円)=推計年間売上高 |
2. |
売上高に対応する燃料費と、チケット換金手数料、自車分の高速料金などを必要経費として推計値を追加する。ただし修正申告でなく更正処分をする際にはこの部分を認めない。 |
3. |
自家使用が多い事業者については、旅行先などへ反面調査をおこなう。 |
4. |
それ以外の追加経費は、領収書の保存がないことを理由にほとんど認めない。 |
5. |
7年分の修正申告のしょうようを強引に迫る。例外なく重加算税を賦課。青色取り消しはあまりやらない。いわゆる "たまり" には留意しない、というか無視する。 |
6. |
徴収に関しては税務署によって対応にかなりの差があり、月3万円の分割を認めるところもあるが、借金してでも一括徴収をと迫られた事業者もいる。自殺者が出るのはこのケース。
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< 納税者側 > |
1. |
現金出納帳自体は監督官庁の指導によりほとんどの事業者が記帳してはいるが、掛売と現金売、現金払いとクレジットカード払いなどの区別がなく、正確さに欠ける。 |
2. |
領収書などを保存していない事業者が多い。 |
3. |
運転日報の保存がない事業者も相当数いる。 |
4. |
日報に記載した走行距離が実際の走行距離と食い違っている。 |
5. |
税務調査に関する知識はなく、進行期の調査を拒否しない。(さまざまな矛盾のある)書類持ち帰りをほとんどの人が認めてしまう。
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< 同業者組合と関与税理士 >
記帳指導にあたり、収入除外を前提として「半分以下で申告しないように」「収入700万円出してくれれば調査がないことを保証します」などと話している。
日報や領収書を一定期間保存するように指導していない。
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1. |
貸借対照表を作成しているにもかかわらず青色申告特別控除を10万円に限定して申告させている組合が多い。 |
2. |
関与税理士事務所のシステム利用を前提としているため、自主的にパソコンで記帳したりすることを嫌う。交際費などの必要経費は非常に限定的に記帳させる傾向が強い。 |
3. |
調査立会の要請には消極的。「(立会を)しないとは言わないが過去にやったことはない」「調査の場で調査官と私の言うことに口ごたえしないのなら立会してもいい」などと言われ、結局立会なしに調査をうけてしまう組合員が多い。 |
4. |
反面調査には抵抗をしない。照会に回答したことを組合員に伝えない。 |
5. |
税理士が税務署に出向くと、「こういう(悪質な脱税)指導をおこなっていていいのですか」と脅される。税理士は通常数百人の記帳・申告業務と協同組合や組合の関連事業の税務申告を一手に引き受けているので懲戒をちらつかせられると納税者側からの主張ができない。 |