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特集  第45回佐渡全国研究集会  分科会テキスト
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税理士が知っておくべき滞納処分
大阪税経新人会  

1  滞納処分で、何が起こっているか・・・新聞・雑誌等の報道記事から・・・

税金等の滞納処理の問題に関する報道が多く見られるようになっている。政府が数年来、徴税を強化していることの反映だと思われる。記事検索によって見出し、概観することができた範囲ではあるが、当局の徴税強化策を肯定的に紹介する報道記事が多いようであり、なかには納税者のモラル低下を指摘したり、いっそうの徴税強化を主張する記事がある。

一方、近年の滞納件数が増えている状況を紹介しながら、その原因を探ろうとするものもある。たとえば、週刊東洋経済(2007年2月24日)は、生活保護基準以下の所得しかない人にまで所得税を課していることの是非を問うとともに、このような所得水準の人まで消費税の課税業者になっていることに言及し、小零細業者は消費税の転嫁が困難なこと、消費税の税率が5%に引き上げられた翌年(1998年)に滞納額が急増したこと、免税点を引き下げた消費税法改正の後の05年に、滞納を理由に税務署が出した督促状は13万5千件(前年度の3.5倍)に達したことを紹介している。

また、朝日新聞(08年12月24日)も「不況で消費税の滞納が深刻になっているのは、事業が赤字でも納める必要がある消費税ならではの問題だ」と指摘し、「昨年(07年)度末時点の消費税の滞納件数は約114万5千件。同年度に新たに発生した消費税の滞納額は国税全体の滞納の45.1%を占める」と紹介するなど消費税の滞納問題を論じている。

滞納整理を進めるうえで政府の姿勢を表すものとして、東京国税局の作成した「売掛金差押マニュアル」の内容が伝えられている。そこでは、悪質事案として、「金融機関に対する借入金返済等、国税以外の債務の支払を優先している事案」等を例示。その上で、「原則として短期納付見込み以外は売掛金差押方向で処理する」、「納税期限を誓約させる」、「(差押解除申立に対しては)原則として即納以外は応じない」等と指示しているという。

地方税でも徴収強化が進められている。(財)資産評価システム研究センターの固定資産評価研究大会(平成20年度)の講演録によると、「地方団体における徴収体制の強化」(策)として(1)人員、組織体制の強化、(2)滞納処分等の共同処理・広域化、(3)市町村に対する都道府県の職員派遣、(4)滞納処分の強化、(5)民間委託の推進があげられ、「滞納処分の強化」では、滞納者が保有する自動車に対する一斉差押やタイヤロックの実施などがあげられている。

月刊誌「税」(08年12月号)は「市町村税滞納整理の進め方とそのポイント」をテーマとする徴収職員の座談会を収録しているが、そのポイントとして、 以前は差押は最終手段としての位置づけにあったが、今はまずは差し押えて、という位置づけで積極的に実行している、さらに差押財産についても不動産から債権へとシフトしている、 本税は当然のこと、延滞金についても完全徴収するようになったこと、等をあげている。大阪市の08年度の差押目標は1万5千件で前年度実績の1.5倍だという。

社会保険料の徴収も強化されている。朝日新聞(09年1月7日)は、社会保険庁が長期の未納者に対する「強制徴収」基準を、ワーキングプアに近い課税所得200万円に設定していること、年間1万1千件を超える過去最大規模の差押を進めていること、「残高が1万数千円しかない預金口座を差し押えなければならないなんて・・・・・・」と悩んでいる職員の声などを紹介している。
徴税強化が進められる中で自ら命を絶つという痛ましい事件が続いていることも告発しなければならない。
一. 05年1月、強引な差押により鉄骨業者が自殺(静岡県)。
二. 07年12月、消費税62万円を滞納している業者に対して土地、建物の差押を強行。銀行からの借り入れがストップし、行き詰まって自ら命を絶った(山梨県)。
三. 08年3月、それまで1年にわたって分割納付を続けてきたにもかかわらず売掛金400万円を全額差し押えられ、差押解除の交渉中に自ら命を絶った(長崎県)。
四. 08年5月、市税を滞納していたため、タイヤロックにより営業用の車を差し押えられていた業者の家族が軽ワゴン車で海に転落、乗っていた7人のうち6人が水死(熊本県)。差し押えられたことを悲観した心中ではないかと報じられている(朝日新聞(5月28日))。しかし、この事件のあとも、タイヤロックは続いている(西日本新聞(09年2月19日朝刊)など)。
五. 09年3月、固定資産税と延滞税の計750万円の滞納に対して毎月10万円ずつ分納していたにもかかわらず、市職員から、全額を一括返済するよう迫られるなかで自殺(大阪市)。
経済的な弱者や徴税現場の職員を追い詰める行政のあり方が問われなければならない。
ここに中小零細企業を顧問先とする税理士が滞納処分について学ぶべき課題が潜んでいる。

2  滞納処分の概要

滞納処分とは、納税者がその国税を納期限内に納付しない場合に、債権者である国が、その国税債権を強制的に実現する国の自力執行の手続きであり、差押え、交付要求(参加差押えを含む)、換価、配当などを総称していうのである。

滞納処分について徴収の手続きの流れにそって簡単にまとめてみた。

一.督促
納税者が確定した国税をその納期限までに完納しない場合には税務署長は一定の場合を除き、国税の納期限後50日以内に督促状によりその納付を督促しなければならない と(通37)に規定されている。この督促が、滞納処分である差押えの前提要件であり(徴47 一)、督促状が発されずに行われた滞納処分は無効とされる。またこの督促が行われることで国税債権の時効の中断の効果が生じる(通73 四)。

二.財産調査
財産調査は滞納処分(差押え)の対象となる財産の発見等を行うための手続きである。税務署や市役所などには財産調査の必要上、質問検査権(徴141)および捜索の権限(徴142)が与えられている。

三.差押え(徴47)
滞納処分による差押えとは、滞納処分の最初の段階をなす手続きであり、滞納者の財産について、法律上または事実上の処分を禁止し、それを国が換価できる状態におく強制的な処分であり、督促状を発した日から起算して10日を経過した日までに滞納者が税金を完納しないときにできる。
対象となる財産について超過差押えの禁止及び無益な差押えの禁止(徴48) 一般の差押禁止財産(徴75) 条件付差押禁止財産(徴76〜78)などの規定がある。

四.交付要求(参加差押)
滞納者の財産について、国税債権以外の債権につき差押等の強制換価手続きが行われた場合は、個々に差押えの手続きをせず、その強制手続きに参加して滞納国税に対する交付を請求することをいう。

五.財産の換価
換価とは、差押えに係る国税を徴収するために債権者である国が差押財産を強制的に金銭に換える処分のことである。
差押財産が金銭および取立てをする債権以外の財産である場合には、これを売却して金銭に換え滞納国税に充てる。売却の方法は原則は公売(徴90)であるが、一定の要件に該当するときは例外として随意契約による売却(徴109)又は国による買入れ(徴110)ができる。

六.配当
差押財産の換価代金は、滞納国税その他の債権に配当し、残余金があれば滞納者に交付し、債権の総額に不足するときは、優先関係に従って配当すべき順位および金額を定めて配当しなければならない(徴129)。
この配当により滞納処分で完結する。

★  納税者の保護規定  納税の緩和を図る制度としては次のものがある。

七.納税の猶予(通46)
災害、盗難、病気、事業の廃止、著しい業績不振などが原因で国税の納付が困難になった場合に、原則1年間、最長2年間(事由により延滞税の全額又は2分の1免除)その納付困難と認められる金額を限度として、申請に基づいて分納を認める。

八.換価の猶予(徴151)
差押えに係る国税が納付されないときは、差押財産を換価して滞納国税に充当するのが原則であるが、換価することにより滞納者の事業の継続や生活の維持を困難にするおそれがあるとき、換価処分より分納の方が徴収上有利であるときなど一定の事由がある場合には、原則1年間、最長2年間(延滞税は2分の1免除)その財産の換価を猶予することができる。

九.滞納処分の執行停止(徴153
滞納者に資力を喪失するなどの一定の事実が生じ、滞納処分を執行すればその生活を著しく窮迫させるなど、滞納処分を執行することが不適当または執行できない場合には、税務署長は、職権で滞納処分の執行を停止することができる。

十.納税義務の消滅(徴153
滞納処分の停止をした場合において、その処分が取り消されないで3年間継続したときは、その3年の期間を経過した時に、その滞納処分の停止をした国税を納付する義務が消滅する。

その他、国税を徴収することができないことが明らかであるときは、直ちに消滅させることができる(徴153 )。

3  滞納処分(滞納者)の権利・義務・救済

一.金融機関債務と国税債務

実務に携わる税理士として、昨年の金融破綻にともなう景気悪化の中、売上の急落、資金繰りの悪化に悩む中小企業が増えているのを目の当たりにしている。一時鳴りを潜めたかに見えた金融機関の貸し渋り・貸し剥がしも再燃し、リスケ要請で顧客とともに金融機関を回る機会が増えている。同時に納税者の滞納事例も増え、金融機関回りと同じく税務署に分納等のお願いに行く機会も増加している。

対金融機関交渉では、借入先が多い場合の調整はかなり厄介なのであるが、数行の場合は、きっちりした経営計画案等を持参すれば理解を示し、差押え等の強硬手段は回避しやすいが、国税当局は強硬手段移行のリスクが金融機関以上に高いという感触がある。

金融機関との交渉では、なぜ資金繰りに困っている企業に高い金利をつけるのか?という借り手側の一方的論理が通用しない。国税当局との交渉においても国税の無選択性と無対価性を理解する必要がある。国税は税法に基づいて一律に成立し、債務者の選定や債権の内容について、債権者が自由に選択できる私債権とは根本的に異なる。また、反対給付を前提としないため、私債権に比べて履行されにくいのである。

同時に、国税徴収部門の担当者にとっては、納税者がいくら納税したかということより、滞納残高が減少することこそが担当者の個人成績に通じると同時に、各税務署徴収部門の成績となっている。新人は差押え等の処分は教育されるが、納税の緩和措置は後回しになっている、などの国側の論理も知った上で実務を行うことが重要である。
二.滞納処分の権利・義務
(一) 国税徴収法の目的は、国民の納税義務の適正な実現を通じて、国家存続の財政的裏付たる国税収入を確保することである(徴1)。
(二) 国税徴収法の特色
  1 国税債権の確保⇒権利・義務
  (1) 優先権は 国税の重要性(国税の共益費用性)と 国税の特殊性(国税の無選択性、無対価性)を考慮し認められる(徴8)。

  (2) 自力執行権は、私法上は禁止され裁判所等が執行機関となるが、国税の重要性、特殊性、大量反復性から、徴収のために煩雑な手続を要求することが困難であるため徴税職員に与えられる。

  2 私法秩序の尊重⇒権利・義務
  (1) 優先権の制限は、第三者の権利保護のために、法定納期限等(徴2十、15
以前の質権設定債権は国税に優先して配当を受けるという調整がある(徴15〜24)。

  (2) 第三者権利の保護
  差押財産選択時の第三者権利の尊重(徴49)。
第三者からの差押換えの請求(徴50)。

  3 納税者の保護⇒救済
    救済については、5 [ 処分の執行停止と納税義務の消滅 ] で詳細にふれることにする。(1)納税の緩和制度⇒滞納者の実情に応じた円滑な回収
  換価の猶予
一定の事由の場合、差押財産の換価を猶予し滞納者事業継続・生活維持を図る(徴151)。
  滞納処分の停止
滞納者の生活を著しく窮迫させるおそれがあるときには執行停止し、その状態が3年間継続したときには納税義務消滅(徴153)。
  超過差押及び無益な差押の禁止等
      a 超過差押及び無益な差押の禁止(徴48)
b 差押禁止財産(徴75〜78)

4  処分を行う側の実態(徴収現場からの聞き取り)

一.国税滞納額の現状
国税滞納額は、1998年度の2兆8149億円をピークに年々減少し、2007年度には1兆6151億円(1998年比57%)へ。これはノルマ主義で滞納税額の減少を優先させ、少額滞納を放置してきたため、滞納者数は増加傾向にあり、徴収職員の1人あたり滞納者分担件数が増えている。
二.ノルマ主義の影響
当局はアレコレと現場に押し付け、毎月末の係数を出して、前年対比や期首対比で尻叩きをしている。特別管理事案では局が直接担当者に滞納整理が、進まない原因は何かと問い詰める事態も出ている。こうした係数第一主義は、処理が困難な事案には、誰も触れたがらず、時効寸前に接触したら既に本人が死んでいたとか、差し押さえだけして2年間放置された事案で臨場したら「謝りにきたのか」と言われた等の事態につながっている。差し押え件数にこだわり滞納者と向き合えていない事態も多く、時効が近づいたら数百円の郵便貯金を差し押さえて、停止相当なのに結論を先延ばし(時効中断)にする傾向も否めない。
三.不公正な人事
働き盛りの世代の職員は、国税局や広域担当が先取り(人員配置)するため、典型的な署では、責任逃れに終始する幹部、出世の見込みがない万年上席、停止や猶予は教えられていない若手という構成で、アレもコレもどころか、やるべきことも出来ない実態になっている。

また、局出身で抜擢された若手管理者は「誰かするだろう」という姿勢で1年をすごし、また局に帰っていくため、傷つくのを嫌い、格好だけつけるという仕事の仕方も見受けられる。こうした局出身者に目立つのが、自分の保身のために、前任者の悪口を言いたい放題言い、これを聞かされる職員は聞くに耐えない状態である。
四.担税力のない滞納者の実態
特官も長期少額事案を分担させられ、接触してみると、滞納者は生活費と借入返済に追われ、事業は赤字でも消費税の申告はするので、消費税滞納は累積し、公租公課はおろか家賃や子の保育料まで滞納の状態もある。電気・水道代は「停止通告」までなら大丈夫という滞納者の話を聞かされ、停止相当だが、消費税は毎年出るし、審理もうるさいし、「スカートの裾を踏まされている気分」という、ベテラン特官の苦悩もある。これは担税力が乏しいのに課税されるという、税制上の矛盾が露骨に出ている事例である。

5  滞納処分の執行停止と納税義務の消滅

一.法的取扱
執行停止と納税義務の消滅について国税徴収法では以下のように規定されている。

(一)『第百五十三条 税務署長は、滞納者につき次の各号の一に該当する事実があると認めるときは、滞納処分の執行を停止することができる。

1  滞納処分を執行することができる財産がないとき。
2  滞納処分を執行することによつてその生活を著しく窮迫させるおそれがあるとき。
3  その所在及び滞納処分を執行することができる財産がともに不明であるとき。

(二)税務署長は、前項の規定により滞納処分の執行を停止したときは、その旨を滞納者に通知しなければならない。

(三)税務署長は、第一項第二号の規定により滞納処分の執行を停止した場合において、その停止に係る国税について差し押えた財産があるときは、その差押を解除しなければならない。

(四)第一項の規定により滞納処分の執行を停止した国税を納付する義務は、その執行の停止が三年間継続したときは、消滅する。

(五)第一項第一号の規定により滞納処分の執行を停止した場合において、その国税が限定承認に係るものであるとき、その他その国税を徴収することができないことが明らかであるときは、税務署長は、前項の規定にかかわらず、その国税を納付する義務を直ちに消滅させることができる。』
二.課税庁の対応
平成12年6月30日付けの事務運営指針「滞納処分の停止に関する取扱いについて」によると、課税庁の対応は以下のとおりである。

『第1基本的な考え方
滞納処分の停止は、滞納者につき国税徴収法(以下「徴収法」という。)第153条第1項に定める事由に該当するときに、その者についての滞納処分の執行を停止するものであり、納税の猶予等の猶予措置とともに、納税緩和措置の一環をなすものである。滞納者の納付すべき国税については、租税負担の公平を実現するためにも、その確実な徴収に努めなければならないが、一方、滞納者について滞納処分の停止に該当する事由があるにもかかわらず滞納処分の停止を行わない場合には、納税緩和措置の適正な執行という観点から不適切であるのみならず、滞納処分の執行を続行する意義がない事案の管理等のために事務量を投入せざるを得ないこととなるなど、事務の効率化にも反することになり、全体として、滞納整理における確実な徴収にも支障が生じることになる。

したがって、滞納整理に当たっては、滞納者の実情を把握し、その実情に即した処理を的確に実施し、その結果、滞納者について、滞納処分を執行することができる財産がない場合、又は滞納処分を執行すれば滞納者の生活を著しく窮迫させるおそれがある場合など徴収法第153条第1項に定める事由に該当するときには、遅滞なく滞納処分の停止を行うことに努める。

なお、滞納処分の停止に当たっては、租税負担の公平を実現する観点から、本取扱いにおいて一律的・形式的に行うことのないよう留意する。』となっている。
三.滞納処分の停止と納税義務消滅の事例
相続税で滞納処分の停止とともに差押解除の適用を受け、3年後に納税義務が消滅した事例がある。

平成9年4月、「相続税を滞納して、不動産を公売にかけられようとしている人がいるが、何とかなりませんか」という相談が舞い込んだ。相談は次のような内容だった。

平成3年6月に父が死亡し、私たち相続人4人が相続したのは土地、建物の不動産のみだった。相続税額は4人合計で約5,500万円、納付は延納にしておいて、相続した自宅の土地、建物を売却すれば、相続税全額を十分払えると考えていた。しかし、申告直後から自宅の売却を急いだものの、バブル崩壊による地価の急激な下落で、思い通りの値段で買い手がつかなかった。平成9年初頭に、税務署から延納取消、延納担保物の差押、公売予告通知を受け、もはや一刻の猶予ならずと思い、3月に自宅を4,000万円で売却した。(自宅の相続税評価額は約1億円)転居のための諸費用、生活費などの借財返済をし、残った2,000万円を納付した。しかし、相続税、利子税、延滞税がまだ多額に残り、税務署は国税局に滞納処理を引き継ぎ、差押財産(相続により唯一残った貸家の土地、建物)の公売手続きを進行すると通告してきた。この貸家の家賃月額26万円と国民年金6.5万円で私(70歳、無職)と息子(42歳、長期自宅療養中)の生活を維持している。公売されれば、私たち2人は生活できなくなる。「何とかならないでしょうか」というものだった。

相続税の申告を手がけた税理士は、事態の困難さに税務署交渉を投げ出した。この相続が平成8年に発生していたら、試算によれば相続税はビタ一文いらなかった。相続税支払いのため、相続した自宅を失い、いま生活の糧になっている貸家を公売で奪われれば、生活保護を受けるしか生きていく道がない。「こんな納税義務があっていいのか」と納税者と一緒になって、平成9年6月に滞納の経過・事情、相続人の生活現況、家賃収入が途絶えた場合の問題を記した嘆願書を提出して税務署交渉を開始した。「生活保護に追い込むような滞納処分をしてもいいのか」この点で税務署と何回も交渉を繰り返し、文書による生活実態の説明と可能な範囲で取り決めた税額を毎月きっちり納付した。

そして、5年後の秋に滞納処分の停止、差押解除の通知を受けた。「秋晴れの日々が続いております。私もお陰様でこの空のような日々を送らせていただくようになり、なんとお礼申し上げて良いのやら、只感謝の外は御座いません。ありがとう御座いました。厚くお礼申し上げます。」納税者からの手紙だった。それから3年経過後、納税義務が消滅したのである。

6  滞納処分の判例等

一.滞納処分の停止の判例
このように滞納処分の停止・納税義務の消滅は、納税者の最低生活を守る点で大変重要な救済制度である。この救済制度を活用するために、次に参考になる判例を紹介する。(判例の紹介は、「抗告訴訟における滞納処分の執行停止 東京地裁平成9年12月5日決定の考察」村上憲雄税務大学校研究部教授の論文より抜粋したものである。)

(一)執行停止の認容判例
1 大阪地裁  昭和39.12.25(行集15巻12号2337頁)
従業員約30名を使用している会社の生産設備の重要な機械であるから、これを失えば申立人の営業は停止しなければならず、これらの機械を新たに購入するということは早急に実現し得らるべきものではない。したがって、申立人会社はもちろん、多数の従業員等の生活はたちまち支障を来たし路頭に迷わしめる虞れのあることが一応窺えるのであり、これらの点を社会通念に照らして考え合わせると、申立人の被る損害は回復困難なものと認めるのが相当であるとしたもの。

2 大阪地裁  昭和41.3.11決定(訟月12巻5号766頁)
申請人らが現に居住する建物とその敷地に対する滞納処分の続行が、申請人らが住居を失うに至るおそれのあることから、回復の困難な損害を避けるための緊急の必要があるとされたもの。

(二)執行停止の否認判例
1 高松地裁  昭和31.2.27決定(税資23号67頁)
公売処分に付せられた不動産(農地)より生ずる収入以外に生活に支障のない収入があることが認められる場合は、右処分がこのまま続行されて被る損害はせいぜい不動産の所有権の喪失だけでそれ以上に生活に支障をきたすような特別の事情があるとは考えられないから償うことのできない損害に当たらないとしたもの。

2 東京地裁  昭和42.6.30決定(訟月13巻9号1136頁)
滞納者からの差押処分の効力の停止申立てにつき、債権差押えを受けたことを契機として申立人が倒産に瀕していることは否定できないけれども申立人の置かれている現況のもとにおいては、債権の内容を実現することが申立人の企業の運命を左右するほどのものとは認められないのであって、債権に対する差押えの継続によって、回復の困難な損害を被るとは認められないとしたもの。
二. 裁決事例
(一)債権譲渡は民法第467条第2項に規定する第三者対抗要件を具備しておらず、債権譲渡の効力を差押債権者である国に対して主張できないとされた事例(平成10年8月25日裁決)

(二)差押不動産は一筆の土地で分割できないものであり、滞納国税の額に比較して差押不動産の処分予定価額が合理的な裁量の範囲を超え著しく高額であるとは認められないから、超過差押えに当たらないとした事例(平成15年4月7日裁決)

(三)滞納国税である相続税を徴収するために行った相続人の固有財産の差押えが適法であるとした事例(平成14年6月11日裁決)

(四)自動車共済契約に係る対人賠償共済金支払請求権の差押えが適法であるとした事例(平成15年10月9日裁決)

(五)差し押さえられている自宅建物についての任意売却の申出を認めずに公売公告処分を行ったことが権利の濫用に当たるとはいえないとした事例(平成19年11月28日裁決)

(六)生命保険契約に基づく解約返戻金支払請求権が差し押さえられた後、10年6か月後になされた取立権の行使及び配当処分の手続は適法であるとした事例(平成15年6月19日裁決)

7  税理士として滞納処分にどう対応したらいいか

第5分科会  事業承継・事業譲渡(M&A)から見た時価
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