1.研究の動機
今回の研究発表にあたり、まず事業の承継とは会社の財産・営業権・株式を引き継いでいくものと考え、この事業の承継の中には代表者の親族等や従業員等に引き継ぎ、世代交代していくものとして事業承継があり、他人(企業関連者を含む)に会社の譲渡又は事業の譲渡をしていく事により事業の承継をしていくものとして事業譲渡(M&A)があるものしてと定義する。
顧問先の事業承継等のために自社株の評価の依頼を受け、その会社の株価を算定することも多い。そのようなときに自分の評価した金額があれだけで良かったのかといろいろ考えさせられる事が多い。一つ間違えば責任問題になることも考えられる。
我々は普段から税務上の時価を意識して、税務当局に対抗すべく評価額の算定を行っている。しかし、事業承継の場合、税務上の評価額を算出したときに税務上の評価額だけではなく、その会社の事業承継時に売却するものとした場合における取引価格の算出が出来れば、事業承継する次世代継承者にとってその会社の現状・規模・収益力を把握することで前向きな誇りを持った事業承継が行える。また、事業譲渡(M&A)などは第三者間取引となり、その取引価格は双方の合意のもと決定されるものであり、税務上の評価額で算出した評価額との間にそれぞれ差額が生じるのである。
これらの差額は一般に企業の価値増加部分と考えられているが、この差額の金額を算定できれば事業承継・事業譲渡の時に顧問先に有用な資料として提供できると思われる。そこで、この差額の金額について考えてみたいと思ったのである。 |
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2.事業承継等を取り巻く現状と必要性
中小企業は我が国の企業全体の約90%を占めているとともに、雇用の面で約70%を支えている。また高度な技術を有している企業が多数あり、その中小企業のほとんどがオーナー企業であるため経営者の存在の大きさは大企業の比ではない。したがって、中小企業にとって、経営者が交代して事業を継続していくことがきわめて重大な事項であることは明らかである。
また、我が国は総人口の減少、少子化・高齢化の進展により、今後の生産年齢人口は大幅に減少することが予想される。それに伴い企業の代表者も高齢化が進んでおり、大企業を含めた全代表者の平均年齢が約50歳上昇している。特に資本金1000万円未満の中小企業ほど平均年齢が上昇している。
前述のように、社会全体の少子高齢化及び中小企業の経営者の高齢化が進行しているが、ただこれだけが単純に問題なわけではない。資本金1000万円以下の中小企業では、代表者(経営者)の平均年齢が上昇しており、確実に高齢化しているが、他方、資本金10億円以上の大企業では、経営者の平均年齢はあまり変化していない。つまり中小企業の場合、大企業と違って経営者が高齢化しているにもかかわらずその交代が進んでいないということであり、そのことが一番の問題である。
また、経営者自身の引退予想年齢の平均は約67歳となっており、中小企業の経営者の大多数を占めると思われる男性の生存率は、60歳前後から大きく低下し始める。つまり中小企業では、今後10年間程度の間に経営者の引退又は死亡という事態に直面することが、避けられない状況になっている。
このように、経営者の高齢化が着実に進行しているにもかかわらず、後継者の不在や相続等の問題によって、円滑に経営者の交代が進んでいないのが現状である。
次に、企業の営業譲渡はゼロから独自に事業を作り上げる時間の短縮を行い自社のビジネスとの相乗効果を発揮させ、競合に対する優位性を早期に確立することに狙いがある、昨今、事業譲渡(M&A)が増えてきた背景には、企業間競争の激化や、諸外国との競争も展開される中、従来のように自社の競合に対する優位性を作り上げる時間が無くなったことがあげられる。
また、90年代に持株会社が認められてからは、事業単位での吸収・合併が行われやすくなった。さらに新会社法により三角合併(消滅会社の株主に対して、存続会社ではなく、親会社の株式を交付する合併)が認められたことにより大企業・中小企業を問わず事業譲渡(M&A)が加速的に増加しているのである。 |
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3.事業承継等の問題点
前述のように、経営者の高齢化が進む一方で、事業承継の対応はさほど進んでいない。代表者が60代の中小企業でも約半数が着手しておらず、高齢の代表者においても事業承継への着手が進んでいない状況である。
このように、事業承継が進んでいかない問題点には、経営権の承継と財産権の承継という二面があると思われる。
(1)経営権の承継
最も大きな問題は「後継者の不在」である。このことについて最も大きな要因で考えられるのは承継を希望する後継者がいないということである。
中小企業の場合、後継者の第一候補は経営者の子だと考えられるが、すでに他に自ら生活基盤を築いているケースや経営者として得られる収入が雇用者の収入を下回っているという現状から、経営を承継するという選択が現実的に困難となっている。また、仮に事業承継が行われたとしても中小企業の経営が代表者に依存しているケースが多く、経営を承継した当初はどうしても企業全体の収益力が低下するというリスクは避けられない。
(2)財産権の承継
中小企業はほとんどがオーナー企業であり承継後の会社の安定した経営のためには、自社株式や事業資産などを後継者に集中して承継する必要がある。
まず、後継者が親族内(子供等の相続人)である場合、自社株式等を遺産分割によって承継させるという方法があるが、経営者の個人資産の大半が事業用に投入されているということが多く、この場合、法定相続分を基礎とする遺産分割では後継者に自社株式等を集中させることが困難となる。そこで、経営者が生前贈与や遺贈等により、自社株式等を後継者に集中的に承継させるという方法をとることになる。しかしながら、この場合、前述のとおり経営者の個人資産の大半が自社株式等であるため、これらを集中的に承継させようとすると他の相続人の遺留分による制約を受けることになる。
また、後継者が親族外である場合では、後継者が自社株式等を経営者から有償で取得することとなるため資金調達が困難となり、経営者も高額な譲渡所得税等が課せられることにある。その他にはM&A等により第三者に売却するという選択肢も考えられる。 |