論文


特集第41回大阪全国研究集会・分科会テキスト(2005.7.8合併号)
会計参与制度を検証する 実録「今津事件」
滞納処分 NPO法人の税務・会計
所得税法第56条を斬る 民法と税法の接点
10年後の税理士業務 岐路に立つ社会福祉法人経営


特集第41回大阪全国研究集会・分科会テキスト
会計参与制度を検証する
−税理士が会計専門家として生きていくために−
東京税経新人会

6. 会計参与制度の問題点

(1)会社の内部機関であることの是非
税理士は、制度創設以来一貫して外部専門家として位置づけられ、このことを前提としてあらゆる制度設計がなされてきた。今般の「会社法制の現代化」に対する我が業界の要望も、この点について変更を求めてはいなかった。

日税連の「小会社における計算書類の適正担保制度のスキーム」(平成15年11月20日)においても、「小会社の計算書類について外部の会計専門家による適正担保制度を導入することが必要である」ことを主張し、「監査役制度に代替あるいは補完する制度」の導入を求めていた。

これに対し、会計参与は、定款の定めにより設置する会社の機関であり、監査役の代替機関ではなく、取締役等と共同で計算書類の作成当事者になるというものである。

この点について日税連は、税理士が日常的に行っている実務の有り様が法制化されたものであるとの説明をしているが、従来、税理士は外部専門家として業務を行ってきた実態からみて、適切な説明とは言えないと思う。

むしろ、会計参与は、納税義務の適正な実現を図るという税理士法上の要請とは別次元である、我が国の会社会計水準の向上を図るという会社法上の要請から設けられたものであり、従来の税理士業務の一面を法制化したものではなく、会社法固有の要請に応えるために新たな内部機関として制度設計されたものであると考えるべきである。

したがって、税理士法及び会社法のいずれも、同一の税理士が同一の会社について税理士業務の受任と会計参与の就任を兼ねることを禁じていない。

税理士が、税理士業務の受任と会計参与の就任を兼務することの是非については、次に述べる専門家としての独立性が確保されるどうかによって議論が分かれるところであるが、税理士法の要請と会社法の要請に同時に応えていくことは基本的には可能であると考える。

ただし、対象会社によっては、これらの要請を同時にクリアすることが困難な場合もあり得るのであって、その場合は個別事案ごとに判断していくことになろう。
(2)専門家としての独立性について
ところで、会計参与が会社の内部機関であることをもって、税理士の使命規定の「独立した公正な立場」と整合しないのではないかとの意見がある。

いうまでもなく、税理士法の要請である「納税義務の適正な実現」を確保するためには、専門家としての独立性が確保されなければならず、税理士が課税庁及び納税者のいずれにも偏ることなく独立した公正な立場を貫かなければ租税法令に従った納税義務の適正な実現を図ることはできない。

ただし、同一税理士が同一会社の会計参与に就任したからといって、その税理士が租税法令を遵守できなくなるわけではないのであるから、税理士法の要請を損なうことにはならず法的には問題ないと考えるべきである。

一方、会社法の要請から、会計参与に対しても専門家としての独立性が求められるのである。
会計参与は会社からの精神的独立性を確保したうえで適正な計算書類の作成等を行わなければならず、会計規範の遵守をためらう取締役に対しては専門家の立場から説得して適正な会計行為を誘導しなければならない。

会計参与の資格を税理士及び公認会計士に限定しているのも、専門家としての独立性が計算書類の適正性を担保することを期待しているからである。

このことは、コーポレートガバナンスを確保するために設けられた社外取締役に対して、会社からの独立性を求めていることと同様の趣旨である。

したがって、税理士が税理士法の要請による独立性を確保することと、会計参与が会社法の要請による独立性を確保することは何ら矛盾することはないと考える。
(3)会計参与の民事責任について
税理士の業務(税理士法2条)は、委嘱者と税理士との委任(準委任を含む)契約に基づいて行われることから、税理士は、委任の本旨に従って善良なる管理者の注意義務をもって受任した事務を遂行しなければならないとされる。

したがって、税理士は、委嘱者に対して、委嘱された事務処理の懈怠によって発生する「債務不履行責任」(民法415条)、及び、故意又は過失により委嘱者の権利を侵害した場合に問われる「不法行為責任」(民法709条)に基づく損害賠償責任を負う。

一方、会計参与の民事責任は、前述した通り、(イ)任務懈怠により会社に損害を与えた場合に会社に対して負う損害賠償責任(会社法423条)、(ロ)職務遂行にあたって悪意又は重過失があったときの第三者に対する損害賠償責任(会社法429条)、(ハ)計算書類等に虚偽記載をしたときの第三者に対する損害賠償責任(注意義務違反がなかったことの立証責任は会計参与が負う)(会社法429条)の3区分に整理できる。

このように、会計参与の負うべき民事責任の相手方は、就任した会社に限定されることなく、会社の株主や債権者等の第三者にも及ぶのであり、税理士の業務から生じる民事責任の相手方が基本的には委嘱者に限定されるのに比べ、その責任の範囲は格段に広いのである。

また、税理士が会計参与に就任した場合には、租税法及び税理士法のみならず会社法についても厳格な法令遵守が求められる。

したがって、税理士業務の場合は、委嘱者に対する民事責任と税務官公署に対する税理士法上の責任を意識していれば良かったのであるが、会計参与の場合は、極めて広範囲な相手方に対する民事責任のほか会社法上の刑事責任等も考慮した上で職務を遂行しなければならないこととなる。

ただし、会計参与の責任は、会計参与の職務の範囲に限定されるのであり、会社の業務執行全般について負うものではない。すなわち、会計参与は計算書類の作成等にあたって法令違反や虚偽記載があった場合には責任を問われるが、職務遂行にあたって違法行為がなければ、仮に会社が倒産した場合であっても責任を問われることはないのである。

7. 会社法施行までの課題

(1)会計に対する意識改革の啓蒙
企業が経済社会の一員として利害関係者との関わりを維持するためには、所定のルールに基づいて企業内容を開示しなければならず、適正な会計情報の開示に関する制度会計のルールは尊重されるべきである。

そのためには、企業会計の直接的な実施者であり、かつ会計情報の利用者でもある、企業経営者及び財務担当者が会計に対する正しい認識を持つことが重要である。

現在、中小企業庁が中心となって、「中小企業の会計」に関するパンフレットを作成配布する等の施策を実施しているが、このようなキャンペーンはさらに広範囲に行われることが望ましい。

また、中小企業経営者の会計に対する認識の醸成については、税理士の果たす役割は極めて重要である。  したがって、税理士会(日税連)は、まずもって税理士の会計に対する意識改革を図るため、会計理論を基礎とした一連の会計規範(会計法規・会計原則・会計基準・会計指針等)を再確認するための研修を実施すべきである。

その上で、個々の税理士が企業経営者と相談しながら、それぞれの会計情報開示のあり方を構築していくことが必要となろう。
(2)関係機関への立法趣旨の周知徹底
会計参与制度は、中小企業の計算書類の適正性を担保するための制度であることから、会計参与設置会社には積極的に会計の水準を向上させていくことが期待される。

例えば、棚卸資産や有価証券の減損処理、固定資産の償却、負債性引当金の計上等について、従来は必ずしも充分でなかった場合であっても、今後は、「中小企業の会計に関する指針」等を斟酌しながら適正性を高めていく努力をすることになる。

この努力は、多くの場合、貸借対照表の純資産額を減少させる結果をまねくばかりか、過去の処理不足を一時に適正化した場合には、当期純利益を大幅に減少させることにもなりかねないのである。

計算書類の読者は、このような事情を承知していなければならないのであるが、会計の専門性ゆえになかなか理解されないことが懸念される。

とりわけ、金融機関における与信審査にあって、適正な会計情報の開示に努めたがゆえに、従来よりも厳しい審査結果が下されるようなことが横行するようでは、かえって会計参与制度導入の趣旨が損なわれることになる。

そこで、日税連は、早急に金融庁等との協議を行い、金融機関に対して会計参与制度導入の趣旨を周知させるように努めるべきである。

同様のことは、公共工事等の入札制度についても言えるのであり、日税連は関係部局との充分な協議を行うべきである。

いずれにしても、適正な会計情報を開示しようとする企業が、そのことによって不利益を被るようなことがあってはならない。
(3)損害賠償リスク回避マニュアルの策定
会計参与が問われる民事責任については前述した通りであるが、とりわけ重要であるのは「職務遂行にあたって悪意又は重過失があったときの第三者に対する損害賠償責任」(法429条)及び「計算書類等に虚偽記載をしたときの第三者に対する損害賠償責任」(法429条)である。

会計参与には、会計帳簿又は関係資料の閲覧及び謄写をし、また、取締役及び使用人に対して会計に関する報告を求める権限が付与されている(法374条)。

このような権限があるのにも拘わらずこれを行使しなかったために計算書類が不適正となり、結果として第三者に損害を与えた場合には、会計参与の重過失として損害賠償責任を問われることになろう。

また、計算書類の虚偽記載によって結果的に第三者に損害を与えた場合には、その会計参与が自ら積極的に注意を怠らなかったことを立証しない限り損害賠償義務を免れないこととなる。

これらの規定を受け、税理士会(日税連)は、会計参与が負う損害賠償リスクを回避するための職務遂行のあり方を検討し、これをマニュアル化すべきである。

公認会計士が監査を実施するにあたって拠るべき指針として「監査マニュアル」等が設けられているように、会計参与が計算書類の作成等を行うにあたって通常行うべき手順を示すことは重要である。

さらに、人的な繋がりのない第三者との争いを想定したうえで、職務の適法適正性を立証するための証拠保全の手法を示すことも必要である。

税理士会(日税連)は、税理士の中から会計参与制度導入による犠牲者を出さないことを念頭に置いて、強力な指導性を発揮すべきである。

8. おわりに

以上、考察してきたとおり、税理士が会計参与として立法趣旨に適った職務を遂行していくためには多くの課題が山積している。

税理士は、会社法施行を機にこれらの問題を解決し、中小企業の会計の水準を向上させるために、その専門性を発揮していくべきである。

一方、個々の税理士は、自らの責任において、個別案件ごとに会計参与就任の是非について判断しなければならず、また、就任後は、法令及び会計規範を遵守し、専門家としての独立性を確保した上で、職務にあたらなければならない。
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