論文


特集第41回大阪全国研究集会・分科会テキスト(2005.7.8合併号)
会計参与制度を検証する 実録「今津事件」
滞納処分 NPO法人の税務・会計
所得税法第56条を斬る 民法と税法の接点
10年後の税理士業務 岐路に立つ社会福祉法人経営


特集第41回大阪全国研究集会・分科会テキスト
民法と税法の接点
神奈川税経新人会

II. 相続税申告後における遺産分割の成立

(1)問題の所在
(a) 不当利得返還請求の問題
相続税の申告・納付後に、遺産分割が成立した結果、先の申告時における財産の取得状況および納税の事実に金額的な変化があった場合に、この状況の変化によって共同相続人の一部に生じた損失を、他の共同相続人に対し、不当利得として返還請求できるか。相続税法上の救済措置(更正請求権)を行使しなかった場合において、民法上の手段によってその損失を取り返すことができるか。
(b) 相続税申告後において、遺産分割の「やり直し」が可能か
相続税申告後に一度成立した遺産分割に対し、新たに分割の「やり直し」をすることが可能か、これと遺産分割後の新たな権利変動(売買、贈与、交換など)との違いをどのように捉えるか。
(2)実務上の取扱い
(a) 不当利得返還請求
民法703条では、法律上の原因がないにもかかわらず、他人の財産を自分のものにしたり、他人を働かせたりして、自分だけの利益を得てそのために他人が損害を受けたときには「不当利得」が成立し、この場合にはその利益を返さなければならないと定められている。損失を蒙った者は,損失を与えた者に対して「不当利得返還請求権」を取得することになり、与えられた損失を限度として返還請求をすることとなる。不当利得の成立要件は以下の通り。

一方の利得と他方の損失の双方が存在する。

利得と損失の間に、因果関係があること。

利得と損失の関係は法律上の原因なくして生じたものであること。
(b) 事例検討
(i) 相続税申告に際し、兄は弟が放棄に同意しなかったので、弟に内緒で弟も法定相続分で財産を取得したものとした申告を行った。これにより弟が支払うべき納付税額を申告後に立替払いをして全額納付した。その後、裁判で和解となって財産は共有に戻ったので、兄は立替払いをした相続税額の返還を弟に求めた事例。

要件 兄の損失・・・弟の税額
弟の利益・・・兄の納税による相続税相当額
要件 兄の納付により弟が申告等の手続きをしなくて済んだということにより因果関係が存在する。
要件 ・東京地方裁判所の判示 
「右損失と利得は,祖税法上の別個の原因によって生じるものに過ぎず、それぞれ法律上の原因があるとも言い得る。が、損失と利得の間には因果関係がないとも言い得る。原告(兄)は自らの意思により敢えて過誤納額を行った者であるから、その事実上の効果により他人に利益を与える結果となるとしても、民法708条の精神、信義誠実の原則等から、不当利得返還請求をなし得ないとの見解も成り立ち得る」と判示し、兄の請求を退けた。

・東京高等裁判所および最高裁判所
「弟は,兄が弟の名で申告をし、それによって本人負担分の相続税を納付したことを知っていた。当然、本人が放棄をしなければ、弟自身が相続税を申告し納付すべきことを知りながら、その義務を履行していないことは、兄の申告が違法有効であるかにかかわりなく、弟は兄の納付という損失により同額の利益を得たものと解すべきである。」として納税者間において不当利得請求権が認められた。

(ii) 当初の申告で、被相続人の相続人であることを信じて申告及び納税を行った者が、その後の裁判で相続人でないことが判明した。先の納税額を国に対して原因なくして利得していると主張して、その返還を国に請求をした事例。

国側の主張
相続税は申告納税方式を採用し納付すべき税額は税務署長において更正または決定する場合を除き、納税者の申告より確定し、納税者は税額を納付すべき義務を負う。
原告は共同相続人の立場で申告書を提出し、適法に税額を確定した。
相続税法32条は、相続税の申告後に同条の所定の事由が発生した場合に更正の請求を認めており、特に同条2号は申告後に相続人に異動を生じた場合についても更正の請求によるべきことを定めている。
相続税法は,相続人の変更等による相続税額の是正は同条の手続きを経て行うことのみを予定し、それ以外の方法による救済は予定していない。
国税通則法23条の規定
相続税の納税申告書を提出した者は、その申告に係る税額が国税に関する法律の規定に従っていなかったことにより、納付すべき税額が過大であるとき等においては法定申告期限から1年以内に限り、更正の請求をすることができる。
法定申告期限から1年以上経過後であっても、判決の確定などの一定の理由によっては、その事由が生じた日の翌日から起算して2か月以内に、税務署長に対して更正の請求をすることが出来る。
相続税法の規定
(i) 未分割遺産につき分割が行われ、共同相続人または包括受遺者が当該分割により取得した財産にかかる課税価格が、当初申告について計算された課税価格と異なる事となったこと。
(ii) 民法の規定による認知、相続人の廃除またはその取消しに関する裁判の確定、相続の回復、相続の放棄の取消しその他の事由により相続人の異動を生じたこと。
(iii) 遺留分による減殺請求に基づき返還すべき、又は弁償すべき額が確定したこと。
(iv) 遺贈に係る遺言書が発見され、または遺贈の放棄があったこと。
(v) 前各号に規定する事由に準ずるものとして政令で定める事由が生じたこと。
(vi) 相続人不存在の場合において、家庭裁判所が特別縁故者に対して相続財産を分与したこと。
(vii) 申告期限から3年以内に遺産分割があった場合において、その分割に基づいて配偶者の税額軽減の規定を適用して計算した相続税額が、そのとき前において当該規定を適用して計算した相続税額と異なる事となったこと。
(viii) 贈与税の課税価格計算の基礎に算入した財産のうちに、相続開始の年において被相続人から贈与を受けた財産でその価額を贈与税の課税価格に算入しないとされるものがあったこと。
裁判所の判断
不当利得の法理は一般法理であるから、特別法(この場合における相続税法)において、当該不当利得の原因たる事実について何らかの救済措置が規定されているときは、当該不当利得の是正は原則として当該救済措置によるべきであって、これについて民法上の不当利得返還請求権を行使できるのは、当該救済措置によることができなかった特段の事情がある場合に限られるというべきである、という見解を示している。
結論
これら2つの事例から、他に救済措置があるにもかかわらず、自らの落度によりその期間を過ぎてしまった場合には、それによって生じた損失を回復するために他の利得者に不当利得の返還を請求することは認められないというのが、現行での実務上の取扱いである。
(3)相続税申告後の遺産分割のやり直し
(a) 遺産分割
相続開始と同時に、遺産の全体が共同相続人たちの「共有」になっているのを、これを解消して、遺産に属する個々の財産ごとに、共同相続人それぞれの単独所有とすることが、遺産分割である。遺産分割には次の4つの方法がある。
(i) 被相続人の遺言による遺産分割
この方法は、被相続人が遺言で遺産に属する個々の財産とそれを取得する相続人の名前を具体的に指示して遺産分割の方法をあらかじめ定めておくか、あるいは遺産分割の方法を相続人以外の第三者に依頼しておく方法である。
(ii) 協議による分割
相続がはじまってのちならば共同相続人は、何時でも(被相続人の分割禁止の遺言がない限り)、そのうちの一人だけからでも、他の共同相続人に対して、共同相続人全員の協議で、遺産分割をするように請求することができるというものである。したがって、協議分割は、共同相続人の全員の協議、合意で行うのであるから、共同相続人のうち一人でも欠けているものがあれば協議は無効になるものと解されている。
(iii) 調停による分割
遺産分割について、共同相続人間で協議が調わないとき、または、協議をすることができないときは、各共同相続人は、その分割を「家庭裁判所に請求することができる」と規定している。具体的な方法は、遺産分割の調停、または審判の申立てとなる。そしてさらに、調停を行うことが可能である限り、まず調停の申立てをなし、調停が不成立の場合に、審判の申立てとなる。
(iv) 審判による分割
共同相続人間の話し合いや、調停が成立しない場合の遺産分割は、審判によってなされるというものである。調停は、調停委員会の斡旋によって成立する当事者間の合意による解決であるのに対し、審判は当事者の意思いかんに拘わらず裁判によって遺産分割の効果を発生させるものである。また、2週間以内に即時抗告がされれば効力を失う(家審法13条、15条、家審規111条)。
(b) 遺産分割のやり直し
一度相続人間で確定した遺産分割についてやり直すことは可能なのか
(i) 可能とする判例
「共同相続人は既に成立している遺産分割協議につき、その全部または一部を全員の合意により解除した上、改めて分割協議を成立させることができる」
当事者間の意思表示の合致があることすなわち、合意があることによって契約は成立すると考えている。個人の意思を尊重しようとする民法の基本的な考え方においては、契約は2人以上の当事者が法律関係を自由に決める事の出来る重要な手段なのであって、そこにはいわゆる「契約自由の原則」が支配する。解除という制度は、契約の一方当事者が一方的な意思表示によって契約を当初からないものとすることである。
遺産分割のやり直しは解除であり、これは「合意解除」という方法である。この方法はその場において当事者間で話し合いを持つことにより契約をなくする方法である。したがって、この判例では、一度確定した遺産分割であっても、共同相続人全員の合意により、他の分割方法を改めて協議しようとする行為については,法律はこれを妨げるものではないと解されている。
(ii) 不可能とする判例
「共同相続人間において遺産分割協議が成立した場合に、相続人の1人が右協議において負担した債務を履行しないときであっても、その債権を有する相続人は、民法541条によって右協議を解除することができない」
分割後において一部の者の債務不履行を理由とする遺産分割のやり直しが可能か。これについての裁判所の判断は、複数の者の合意によって成立した遺産分割協議を、一部の者の債務不履行を理由に覆すのは法的安全性を害するという理由により認めていない。
(iii) 税法上の取扱い
相続人は遺産分割協議書に基づき土地の所有権移転登記を行ったが、その後、相続税の申告書を提出する際に、税務職員から遺産分割内容についての問題点を指摘され、それによって遺産分割内容を変更する第2回目の遺産分割協議を行った事例

判決
「第1回目の遺産分割協議のうち本件土地に関する部分を相続人全員の合意によって解除し改めてこれを第2回遺産分割協議のとおり分割協議をしたものであって、これは第2回遺産分割協議による本件相続土地の共有持分の取得は地方税法73条の7第1号所定の非課税事由である『相続に因る不動産取得』に該当する」として、遺産分割のやり直しを認めている。

考察
この判決だけをみると、税法においても遺産分割協議確定後の合意解除は認められているかのように思われるが、これは、不動産取得税についての判断であって、税法が遺産のやり直しを認めているとはとらえることはできない。

国税通則法23条2項を受けた同法施行令6条は、「税額等の計算の基礎となった事実に係る契約が、解除権の行使によって解除され、若しくは当該契約の成立後に生じたやむを得ない事情によって解除され、又は取消しされたこと」(同条1項2号)と定めている。11)相続人間の協議のやり直しが「やむを得ない事情」に該当するかどうかの判断は、実務上ではかなり難しい。詐欺、重大な錯誤等が該当すると考えられ、本人の意思のない状態のみだけ「やむを得ない事情」を想定しているとの見方もある。

したがって、多くは「やむを得ない事情」なき場合に該当するとの判断がされ、その場合には、遺産分割のやり直しにより持分の変更部分については贈与があったとみなされてしまうのが現状である。

III. 裁決例・裁判例

(1)不当利得返還請求に関する事例
未分割遺産が分割された後の取得財産について、当初申告より課税財産が減少した者が、課税財産の取得が増加した者に対して不当利得返還請求を行った事例。

未分割とは、「相続又は包括遺贈により取得した財産にかかる相続税の申告書を提出する場合又はその財産にかかる相続税について更正もしくは決定をする場合において、その相続または包括遺贈により取得した財産の全部又は一部が共同相続人又は包括受遺者によってまだ分割されてないときは、その分割されてない財産については、各共同相続人または包括受遺者が民法904条の2(寄与分を除く)の規定による相続分又は包括遺贈の割合に従って財産を取得したものとして、その課税価格を計算することである」(相続税法55条本文)。

未分割での申告という規定は、相続税の申告期限までに分割されていない財産について分割が出来ない限り相続税額が計算されないとすると、遺産の分割を恣意的に遅延して相続税の課税を遅らせることが可能となり、遺産分割を早期に行った者とそうでない者との間に相続税負担について不公平を生ずることになるということを懸念して作られた制度である。

これは、遺産が未分割で申告後に調停に基づく遺産分割があったが、遺産が調停により増加した者も、減少した者も特段の措置を講じなかった。調停確定後に財産が減少した者が、当初申告時に納付した相続税額について、財産が増加した者に対し不当利得の返還請求をした事例である。これは、前述と同様で納税者間の争いであるがこれについての裁判所の判断は、異なるものとなる。

裁判の論点としては、取得財産が増加した者が修正申告を行い遺産分割により現実に相続した財産に基づき相続税を納付すれば、他の取得財産が減少した者は相続税の還付を受けることができた。がそれを怠ったために還付の機会を逃してしまったため、その損失部分の不当利得を請求することができるのかどうかというところにある。

これについて裁判所は、不当利得返還請求権の対象となる受益の存在はないとの判断を下した。その理由は財産が減少した原告が、本件遺産分割後4か月以内に更正の請求をしていれば、税務署長の増額更正により、被告は実際の納付額よりも高額な相続税を納付しなければならなかったところ、この原告側から更正請求した事実が認められない。また、この納税額について、原告と被告に不均衡が生じたとしてもそのことは国が調整すべき事柄であって、私人間で調整すべき事柄ではない。

その他の判例は、以下のとおりである。

「相続させる」遺言に基づいて財産を取得し、納税までしたが、その後、遺留分の減殺請求訴訟が提起され遺留分としての金銭を支払った。当初申告での納付税額は遺留分権利者の相続税分であったとして、遺留分権利者へ対して不当利得返還請求を求めたものである。これについての判例は「遺留分権利者の請求権行使により一旦取得し、納税をした財産の一部が遺留分権利者の帰属となった。これにより遺留分権利者が利得を得ており、その利得について法律上の原因がなければ、権利者は納税した者に対しその利得部分を返還すべき義務を負うものと考えられる」として、不当利得返還請求権を認めた。
(2)遺産分割のやり直しに関する事例
税法において遺産分割のやり直しが否認された事例は以下のとおりである。

原告は継母から受け取った株式は、遺産分割の変更分として受領したものであり、継母からの贈与ではないとしてその取消しを求めたものである。これは原告が継母から無償で受けた株式が亡父の遺産分割の変更であるか否かを争われたものであるが、これについての裁判所の判断は、「遺産分割協議に相続人の大半は参加しておらず、到底遺産分割変更協議とはみなしがたく、この他に特に相続人全員の同意を得た上での話し合いがもたれた形跡を認めるに足りる証拠はないこと等」を理由に、明示的な合意解除ではないとし、これは遺産分割とは別に行われた贈与であるとの見解を示している。

この他に類似の判決として養育の対価として両者了解のうえ形式は贈与として移転登記をしたが、国側から贈与による取得として賦課決定されその取消しを求めた判決もある。これについては、養育の対価という主張は通らず、贈与であるとする判決が出されている。

▲上に戻る


税経新人会全国協議会