論文


特集第41回大阪全国研究集会・分科会テキスト(2005.7.8合併号)
会計参与制度を検証する 実録「今津事件」
滞納処分 NPO法人の税務・会計
所得税法第56条を斬る 民法と税法の接点
10年後の税理士業務 岐路に立つ社会福祉法人経営


特集第41回大阪全国研究集会・分科会テキスト
所得税法第56条を斬る!
シャウプ勧告・憲法 その原点に戻って考える
名古屋税経新人会

第4章所得税法第56条と憲法

第1節憲法との接点
所法56条に関する争訟において、憲法規定について提起があったものは第14条第1項(法の下の平等)が主となっている。 1

しかしながら、我が国の憲法は個人主義に基づくものであるため、所得税法(旧所得税法を含む)が、シャウプ勧告により家族単位課税から個人単位課税へと転換をした中で、所法56条(家族合算課税)の位置づけをその特例的存在規定と考えるなら、憲法12条、13条、14条、22条、24条、27条、29条、30条、84条が検討の射程に入ると思われる。
第2節基本権と適用違憲
憲法12条以下の基本権規定は、国家権力の市民社会への介入、干渉を阻止し、「私的自治の原則」(契約自由の原則)を保障しようとするものである。 2

憲法13条の「個人の尊重」とは「個人の尊厳」の要請を意味し、第一に、人間社会における価値の究極の根源が個々の個人にあるとする「個人主義」の原則を指す 3とすれば個人課税を基本とする所得税法における第56条の位置は極めて限定的な特例としての評価を免れない。

憲法14条の「法の下の平等」条項の名宛人は、すべての国家機関であり、行政府、裁判所はもとより立法府も同条項の拘束を受けるのであり、さらに「法の下の平等」とは、法の適用の平等のみならず、法の内容の平等をも含むと解される(法内容平等説)。 4

これに関し最高裁は、「国民の租税負担を定めるについて、財政・経済・社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断を必要とするばかりでなく、課税要件等を定めるについて、極めて専門技術的な判断を必要とすることも明らかである。したがって、租税法の定立については、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断にゆだねるほかはなく、裁判所は、基本的にはその裁量的判断を尊重せざるを得ないものというべきである。そうであるとすれば、租税法の分野における所得の性質の違い等を理由とする取扱いの区別は、その立法目的が正当なものであり、かつ、当該立法において具体的に採用された区別の態様が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、その合理性を否定することができず、これを憲法一四条一項の規定に違反するものということはできないものと解するのが相当である。」 5
と立法裁量論を基に明白性基準説および合理性基準説により法内容の平等を退けている。

しかし、この判決のなかで伊藤正巳裁判官は、個別具体的事情の如何によっては憲法14条1項に違反する場合もあり得る(適用違憲)旨の補足意見を述べている。よって、前述の夫婦独立事業者間の事件については、所法56条が適用違憲といい得る余地があると思われる。 6
第3節職業選択の自由・勤労の権利・財産権
近年の所法56条関係事件の中で、夫・弁護士、妻・弁護士事件、夫・弁護士、妻・税理士事件は、憲法22条の職業選択の自由、憲法24条の家族生活における個人の尊厳と両性の平等、22条から派生して憲法27条の勤労の権利、憲法29条の財産権規定にも影響が及ぶものと思われる。

今一度妻弁護士事件・妻税理士事件に触れるに、我が国の憲法の下では、国民は自己の判断にもとづいて職業を選択する自由を有する。この自由には、開業の自由、継続の自由、廃業の自由が含まれる。弁護士、税理士等が、独立した事業者でありながら、所法56条によって役務の提供の対価としての収入が認められないとするならば、職業選択の自由(職業継続の自由)に反することになりはしないかという問題が生ずる。また、憲法29条1項は、私有財産制度を制度的に保証しており、資本主義経済を原則とすることを定めている。よって、契約自由の原則にも反することとなるのではないであろうかとも考えられる。

このことについて、最高裁は薬事法違反事件において、「職業は、人が自己の生計を維持する為にする継続的活動であるとともに、分業社会においては、これを通じて社会の存続と発展に寄与する社会的機能分担の活動たる性質を有し、各人が自己のもつ個性を全うすべき場として、個人の人格的価値とも不可分の関連を有するものである。」 7と表現している。

また、「財産権とは、財産上の利益を主張しうる憲法上の権利をいう。この財産権には、私法上の権利である所有権その他の物件、債権、そして特許権などの無体財産のほか、水利権、河川利用権などの公法上の権利など、すべての財産的権利が含まれる。」 8のであるから、今後の同種事件については、憲法14条の外22条27条29条についても争う余地があると思われる。

なお、憲法24条については「夫婦所得合算折半事件」における以下の判決が参考となる。「憲法24条の法意を考えてみるに、同条は、「婚姻は……夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。」、「配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。」と規定している。

このことは、民主主義の基本原理である個人の尊厳と両性の本質的平等の原則を婚姻および家族の関係について定めたものであり、男女両性は本質的に平等であるから、夫と妻との間に、夫たり、妻たるの故をもつて権利の享有に不平等な扱いをすることを禁じたものであって、結局、継続的な夫婦関係を全体として観察した上で、婚姻関係における夫と妻とが実質上同等の権利を享有することを期待した趣旨の規定と解すべく、個々具体の法律関係において、常に必らず同一の権利を有すべきものであるというまでの要請を包含するものではないと解するを相当とする。」 9
第4節租税法律主義
憲法30条は納税の義務を定める。憲法全103条項のうち「義務」の文言が用いられているのは30条の外に、26条(教育を受ける権利、教育を受けさせる義務、義務教育の無償)、27条(勤労の権利・義務、勤労条件の基準、児童酷使の禁止)である。26条27条は義務とともに権利を有することを規定している。権利と義務が表裏の関係にあることは承知のことである。これらから考えるに30条は、申告納税制度の下では「納税する権利を有し」との読み替えが可能ではないであろうか(私見)。 10 11

国民主権の憲法の下では、国民が「納税する権利」を有するとすれば、前記の事件においては、所法56条の適用によって弁護士、税理士である妻は「納税する権利」を侵害されたこととなるともいえる。すなわち、憲法違反(適用違憲)といえよう。

憲法84条については、「日本国憲法下の租税法律主義は、まず立法過程において不合理な内容の租税法律の制定等の禁止を要請することによって人々の人権を擁護しようという、いわば積極的権利保障の機能をもつにいたる。つまり、立法過程での権力の乱用を阻止しようとする。つぎに、行政過程、裁判過程における権力の乱用をチェックするというかたちで人々の人権を擁護しようという自由権的権利保障の機能をもつことになる。日本国憲法下の租税法律主義は、この二つの人権保障の機能をもつと見ることができるわけである。」 12

よって、「不合理な内容の租税法律自体が租税法律主義に違反する。」 13 と解釈されるのであるから、前記所法56条の適用は違憲となる。夫・妻の独立した事業間取引を否定することは、贈与税という課税関係から見た場合、二つの租税法規が相反する規定をもつこととなり、これもまた不合理な租税法律ということとなる。

第5章むすびにかえて

第二次大戦が日本の敗戦で終結して60年、シャウプ勧告からも既に56年が経過した昨今において、所法56条が創設された昭和25年の創設当時の立法趣旨は、すでにその論拠を失っているものもといえる。また以上の検討のように、立法趣旨以外からの様々な視点からも所法56条の問題は数多く提起されている。

我が名古屋税経新人会は、全国研究集会の分科会において、様々な問題の原点ともいえるシャウプ勧告や憲法的な見地から論点を掘り出し、所法56条の不必要性について考察をしたいと思う。
以上

1 他に夫婦所得合算折半事件において憲法第24条(家族生活における個人の尊厳と両性の平等)について提起がある。
2 長尾一紘『日本国憲法・第3版』111頁(世界思想社、1997)。
3 前掲・長尾132頁。
4 前掲・長尾147頁。
5 最高裁昭和60年3月27日大法廷判決、大島サラリーマン税金訴訟(民集39巻2号247頁)。
6 増田英敏「妻への税理士報酬支払と所得税法56条の適用範囲−宮岡事件控訴審判決」税務事例2004年9月号1頁以下参照。
7 最高裁昭和50年4月30日大法廷判決、薬事法違反事件(民集29巻4号572頁)。
8 前掲長尾268頁。
9 最高裁昭和36年9月6日大法廷判決、夫婦所得合算折半事件(民集15巻8号2047頁)。
10 租税法律関係が「債権債務関係」であることは通説である。申告納税制度のもとでの申告の法的性質については、意思表示説、通知行為説(確認行為説)、知識表示説、複合説が展開されている。意思表示説は、客観的に成立している抽象的納税義務を具体化し、それにより特定された租税債務の履行を請求させる法効果を生じさせることになる申告は、法律行為的性格をもつ公法上の意思表示であり、意思表示の結果として税額が確定する、というものである。国民主権原理から、申告する、納税することをより積極的に納税者国民の権利行使ととらえることができないであろうか。
11 フランス共和国憲法(1958年)は、伝統的に 基本的人権に関する本文規定を置いていない。憲法院が憲法前文に規定された人権宣言にも憲法的効力を認めている。憲法前文は冒頭で、「フランス人民は、1789年の権利宣言により定められ、1946年憲法前文により確認され補完された人の権利と国民主権の原理への愛着を厳粛に宣言する。」とのべ、租税に関する憲法本文規定は、わずかに第34条の「法律事項」の一部にすぎない。
第34条(法律事項)
1 法律は国会により表決される。
2 法律は次の事項に関する規則を定める。・・・・あらゆる性質の租税の基礎、税率および徴収の態様。
【人および市民の権利宣言】
第13条(共同の租税)
公的力の維持および行政的支出のため、共同の租税が不可欠である。共同の租税は、すべての市民の間で、その能力に応じて平等に分担されなければならない。
第14条(租税に関する権利)
すべての市民は、自らまたはその代表者により、公的租税の必要性を確認し、これを自由に承認し、その使途を注視し、かつ、その税額、基礎、徴収および期間を決定する権利を有する。(阿部照哉・畑博行編『世界の憲法集[第二版]』有信堂高文社、を参照。)
12 北野弘久『税法学原論・第五版』110頁(青林書院、2003)。
13 前掲・北野111頁。

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