今年5月に番号法案(行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律案)が可決・成立・公布された。あっけなく決まってしまった、という印象が強い。ねじれ国会の「決められない政治」に国民がうんざりしていたとしても、なぜ反対意見がこんなに少ないのかと疑問はずっと抱いていた。
11月9日、シンポジウム会場は新人会会員外の方も含め満席の参加者だった。一人目のパネリストは、税理士でPIJ 副代表の辻村祥造先生。PIJ とはプライバシー・インターナショナル・ジャパンの略で長年、番号制とプライバシーについて研究されている団体で、辻村先生は大変具体的に今回の番号制の概要を説明してくださった。問題点としては、 |
- マイポータル(自宅のパソコンからでも自分の特定個人情報を、いつ、誰が、なぜ情報提供したのかを確認できる、または、自分の特定個人情報を確認できる制度)の詳細が不明。
- 民間事業者等の利用は政令で定めるとしている。ということは、その時々の政権の判断に左右される。
- 番号がカードの裏面に記載される。本人確認を求められたときにコピーをとられることで簡単に個人情報が漏えいする恐れがある。
- 個人情報が闇市場に流通することは不可避。情報が流失した場合の変更はできることになっているが、民間利用までされていると変更は容易ではない。一度流出したデータは回収する手立てはない。
- 「個人番号情報保護委員会」による監視が規定されているが6人の委員のうち3人は非常勤であるなど、とても実効性があるとは思えない。
- 情報漏洩に関しては罰則規定で規制しようとしているが、システムで防止すべきである。などを挙げられていた。
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二人目のパネリストは税理士で関東学院大学教授の阿部徳幸先生。先生からは消費税のインボイス方式の導入の可能性を踏まえて、韓国の現金領収書カードの制度について詳しい説明があった。世界で最も利用の進んだ国の一つであり、韓国の制度を知ることで具体的なイメージが湧いた。韓国は北朝鮮との関係があり、スパイのあぶり出しの必要があるという特異な事情があり、最近ようやく人権が話題になっているとのことだった。活用のためのインセンティブも巧みであると感じた。
韓国の制度については質疑応答の時間にもいくつもの質問がでて関心が高いことが感じられた。
共通番号は国犯法に適用するとある。国税通則法の一般調査には情報利用できないはずだが、両者の境界があいまいで運用に疑問が残ること。また、共通番号によって取引のほとんどが把握されるため、税務調査がなくなるのではないか等、税理士業務に多大な変化をもたらすことは必至である、とのお話だった。
質疑応答の時間には、さまざまな不安を訴える質問や意見が出された。一つは国民主権を揺るがしかねない国家の管理であり、たとえば特定秘密保護法との関係でデータを目的外で利用されたり、時の政権に都合よく使われるのではという政府への懸念である。また、ビッグデータを利用した大企業の利益追求を目的にした民間の支配に対するものと、それが行政と結びつく怖さなどの意見も出された。
もう一つはシステム上の問題である。個人情報の管理は一元管理ではなく分散管理をするので芋づる式の漏えいを防止できる、またマイポータルで自分の情報へのアクセス記録を確認できるとしているが、到底十分とはいえない。
番号制に対する抵抗が薄れてきたとはいえ、反対の声があまりに取り上げられなかったのはマスコミの変化があったのだというお話しもあった。住基ネットは反対が多かったがマイナンバーは議論されていない。国民にマイナンバーの内容が伝えられず、IT 産業の利権や制度の輸出という事業重視の力が大いに働いたそうである。
番号制のメリットが喧伝されているが、脱税を取り締まる効果は限定的と言われており国家の管理が強化されれば闇の経済が発達することは韓国の例が証明している。国民的な議論がされないまま、よく知らされないまま施行してしまうのは阻止したい。法律は成立してしまったが、民間利用まで範囲をひろげず、諸外国の先例をよく精査して不正利用や情報漏えいを防ぐシステムの構築をするように働きかけることはまだできるということがわかった。また、税理士業務上、情報管理の仕方や消費税と申告納税制度の変質などに大いに影響があることが実感できたシンポジウムであった。 |
(おがわ・やえこ) |