論文
特集 第49回京都全国研究集会・分科会報告
> 医療をめぐる事例研究
> 税理士法の歴史と今後の課題
> 国税徴収法の「自力執行権(差押等)」をどうみるか公権力の乱用を許さないために
> 現代税制と分配的正義 分科会発表後の討論
> 新しい国税通則法の下での税務調査

国税徴収法の「自力執行権(差押等)」をどうみるか
公権力の乱用を許さないために
大阪会 戸田 伸夫
大阪会の今回のチームは9名のメンバーで構成され、課題を議論するなかで、私が税務署時代に抱いていた問題を色々と出した結果、「徴収法」を取り上げることとなった。「徴収」問題は実務での経験が比較的少ないため、分科会の参加数に不安もあったが、50名を超える参加者でホッとしたのが実感である。ただ、活発な議論を期待したが、「徴収」の実務経験不足等で議論が弱かったことは否めなかった。

国税徴収法がもつ「自力執行権(差押等)」のあり方を、その歴史、憲法等からみた検討、民事執行法との対比、国際比較など議論を重ねてきたが、事前テキストにはなかった分科会資料を中心に、最近の事例や徴収の実務からみて問題点や改正方向を提起して報告にかえたい。
1 憲法第26条(教育を受ける権利)を尊重し、「教育資金」の差押禁止規定を
事例 国保、悩む低所得者進学用積み立ても差し押さえ

大阪2011年08月29日
朝日新聞社 聞蔵ビジュアル より


「次の債権を差し押さえました。」今年3月、個人タクシーを営む大阪市の男性(64)方に「差押(さしおさえ)調書」が送られてきた。対象とされたのは、中学3年の娘の進学用に積み立ててきた簡易保険。滞納額約30万円の一部しか納付できなかったため、1ヵ月後、市によって換金された。

妻と娘の3人家族。昨年の所得は年金を合わせても約80万円で、今年の国保料は約13方円。最近、糖尿病の悪化でハンドルを握れない日が多く、滞納が膨らんでいた。「娘の大学の学費に充てたかったのに。」

【問題提起】
徴収法第85条1項10号には「差押禁止財産」として「滞納者又はその者と生計を一にする親族の学習に必要な書籍及び器具」が規定されている。これは、教育を尊重し、これに必要な財産の保護を目的にしているものである。50年前であれば、「書籍及び器具」でよかったかもしれないが、今の教育に必要なものは「学資資金」である。2013年の税制改正で祖父母等から多額の教育資金の一括贈与が非課税措置になるなど、富裕層を中心にした優遇税制が創設される一方で、ささやかな学資保険をも差押が強行される現在の徴収法を一日も早く改正させ、教育にかかる保険や資金は禁止財産にすべきと考える。
2 倒産法制の改正に応じた、滞納者のセーフティーネットの立場で法整備を
[ 徴収の実務から]
新破産法の改正により、「破産手続開始の申立てがあれば、原則として免責許可の申立てもあったものとみなして、破産手続と免責手続とを一体化する」となり、免責決定の許可によって債務の支払いが免除される。法人の場合は「破産廃止決定」になるとその法人が消滅し、滞納税金は必然的に「執行停止、納税義務消滅」となる。

しかし、個人の場合は、裁判所で決定された「免責決定の許可」は納税義務には及ばないとして、滞納税金等の納付を迫られ続ける。

【問題提起】
国税徴収法(徴収法)と競合関係にある倒産法制(破産法、民事再生法等)について、1999年に民事再生法の制定、2002年に会社更生法の全面改正、2004年に破産法の全面改正など、従来の債権者保護から債務者のセーフティーネットの一環として法整備されてきた。租税債権に対する一般的優先権をもつ徴収法も新倒産法制の基本的考え方の転換を踏まえて、権利論の観点から法整備や運用面からも整合性を保つ必要がある。
3 「事業の継続」及び「生活の維持」を困難にする債権差押の差押禁止又は制限する法整備を
事例 「自殺、社保料取り立てが引き金」遺族、年金機構の対応を批判

山梨県  2010年11月29日
朝日新聞社 聞蔵ビジュアル より


63歳だった山梨市の会社社長の自殺の要因に、滞納した社会保険料の厳しい取り立てがあったと、遺族や知人が日本年金機構の対応を問題視している。経営状態の悪化が問題の根底にはあるものの、同機構からの財産差し押さえが主要取引先に通知され、事業継続ができなくなったことが大きいという。

10月25日に自宅で自殺しているのが発見されたのは、ビル管理や清掃、廃棄物の処理などを行っていたビルサービスの社長。遺族によれば、同社はリーマン・ショック後の景気悪化で仕事が激減。厚生年金保険料の事業主負担など月約50万円の社会保険料の納付が滞る状態になった。

滞納保険料額は約350万円に。年金事務所がそれまでの対応を転換、滞納保険料の分割払いを認めなくなり、「一括払い」を求め始めたという。5月には預金の差し押さえ処分が実施された。滞納状態はその後も続いたため、10月20日から県内の主要取引先や首都圏、宮城県の取引先からの支払いを差し押さえられる処分が始まった。取引先に通知され、事業継続が事実上不可能になった。

【問題提起】
徴収法第85条から88条まで一般の財産、給与等、社会保障制度に基づく給付などの差押禁止財産が規定されている。現在の徴収法が改正されてから半世紀以上が経過しており、その間に取引形態や生活形態が大きく変化しているにもかかわらず、この規定はまったく変わっていない。

例えば、1986年より施行された「労働者派遣法」は法改正により1999年には原則的に自由化され、さらに消費税導入によって、派遣労働者や外注工賃労働者が極めて多くなった。これらの売掛債権や工事代金のほとんどが賃金や労務費と認められるが、派遣元が滞納してその売掛金を差し押さえられたら、賃金や労務費が払えなくなるのは容易に想像できる。

また、徴収法第85条1項3号(農機具等)4号(漁網等)5号(業務用器具等)には、零細な農漁業者その他の事業者等の「生業の維持に必要な財産」を奪わないことを保障する趣旨で差押禁止財産が規定されている。「生業の維持に必要な財産」として近代の取引においては「信用取引」が大きなウエイトを占めている。主要取引先の売掛金を差し押さえられて取引停止に追い込まれた事例は多く発生している。半世紀前に規定された「生業の維持に必要な財産」の多くは器具や商品であったが、「信用取引」など目に見えない事業継続に欠かせないものを細かく規定すべきと考える。

徴税当局は、預金債権や売掛債権、また、生命保険の解約返戻金など「債権」を中心とした滞納処分が主流となった。しかし、債権差押に対する禁止や制限の規定はほとんどなく、生存権・財産権への侵害、生活維持、事業継続・維持を困難にさせる滞納処分を防ぐ術はほとんどないのが現在の国税徴収法の内容である。
4 半世紀以上も放置された「差押え禁止財産」、憲法第25条(生存権)を尊重した法改正を
事例 滞納心配する遺書のこして自殺=大阪

全国商工新聞 2009年4月28日付

大阪市内に住む男性(80歳 貸室業 以下Aさん)は家賃収入の減少などで99年ごろから年58万円ほどの固定資産税を滞納するようになりました。Aさんは市税事務所と話し合い、毎月10万円ずつ納付し、滞納を減らしてきました。

今年1月に市税事務所を訪れ、今年分の納付書を求めたところ、担当係長は「もう10万円じゃ話にならない。滞納分800万円(うち延滞金350万円)を耳をそろえて持ってくるくらいでないとダメ。不動産を売却しろとは言わないが、ほかに方策があるなら言ってみろ。破産しても税からは逃げられない」とどう喝しました。Aさんは家計の状況を示し、「夜、清掃のアルバイトもしている。毎月10万円が限界。憲法で最低生活を保障されているはず」と言うと、係長は「私の係とは関係ないこと。あとはあなたの判断だ」と迫りました。「納付書をもらうのになんでこんな思いをしなければならないのか」。Aさんらの抗議に係長は納付書を投げつけ、「3月までに答えを持ってこい」と言い放ちました。

その後、Aさん夫婦は徴収猶予を申請しようと話し合い、市税事務所に3月25日に出向くことに。ところが23日、Aさんが自宅で自殺しているのが発見されました。妻は「夫は市税事務所に3月で自宅を追い出されると思い込んでいたみたいです。市税事務所が怖いと言っていましたから。遺書には『死んだらアルバイト代も年金も入らなくなる。マンションの収入も少なくならないことを考えるように』とあり、最後まで税金のことを心配していました。あんなに取り立てるから追い詰められてしまったんです」と、悔しそうにつぶやきました。

【問題提起】
徴収法第85条1項2号には差押禁止財産として「滞納者及びその者と生計を一にする親族の生活に必要な三月間の食料及び燃料」が規定されているが、これは、同条1項1号の衣服、寝具、家具等の生活必需品とともに、納税者とその家族の最低限度の日常生活を維持するために不可欠な財産を奪わないことを保障する趣旨に基づいて規定されたものである。今どき冷蔵庫や食糧庫に3月間の食料を保存している家庭はほとんどない。燃料も電気・ガスである。それを保障する給与等や金銭・預金の差押禁止額をこの規定に基づいて改めるべきである。

ちなみに、民事執行法131条では差押禁止動産として「一月間の生活に必要な食料及び燃料」となっているが、「標準的な世帯の二月間の必要生計費を勘案して政令で定める額の金銭」として同法施行令1条で「66万円」と禁止額を規定している。
5 「差押前の聴聞義務化」や「徴収税額の減額制度」、「長期納税猶予制度」の創設を

[ 徴収の実務から]
徴収執行の現場では、徴収法第48条(差押の要件)「督促状を発した日から起算して10日を経過した日までに完納しないとき」には「差押えなければならない」の規定をとらまえて納税者を脅し、「差押えありき」の姿勢を強く打ち出し、徴収職員の裁量権を乱用しているのが現状である。

【問題提起】
徴収法第48条には「いつでも処分ができる状態でも、納税者が任意に納付することができるときは、滞納処分という強制的な手段によらずに納付されることが望ましいことはいうまでもない。したがって、実務においては、滞納処分開始の要件が充足された時に直ちに差押を行うということは少なく、多くの場合は納税者に任意納付を促すための間接的な力として滞納処分の機能が利用されており、このような間接的な力によっては任意納付が期待できない場合に、はじめて滞納処分本来の機能たる国税の強制的な実現が図られる」と書かれている。(志場喜徳郎他共編「国税通則法精解」より)

延滞税のうち遅延利息に相当するものといわれている期間(現在は利率4.3%)は納期限より2か月間が設けられている。それ以降は制裁金の性格で14.6%となっている。また、行政の処分等に異議がある場合は2か月の間に申立てができる期間を設けている。これらを考慮すれば、督促を発する時期は納期限の2か月以降とか、差押えができるのは「督促後10日経過」を「督促後2カ月経過」に延長することなどを検討すべきである。納税者が資金繰りや納付計画を考慮する期間や、万一の強制処分に対応する申立てや税理士・弁護士との事前対応期間等も配慮すべきと考える。

また、アメリカでは差押えの「事前通知制度」の規定がある。内国歳入法典に差押えをする前に聴聞を受ける権利を有することを書面で納税者に通知するまでは財産の差押えを行うことはできないと規定されています。当該通知は、最初の差押えの日30日前までに納税者に交付するか又は郵送等をする必要があります。その通知には 未納額、 通知後30日以内に聴聞を請求できる権利があること、および IRS(アメリカ合衆国内国歳入庁(The Internal Revenue Service)が提案している行動およびその行動に関する納税者の権利に関する事項が記載されています。

納税者が聴聞を要求すると、IRS の不服審査部が聴聞を実施します。不服審査部は、適用される法律要件または行政手続が充足しているかを判断するための証拠をIRS から収集します。また納税者は聴聞手続において、未納税額または提案されている差押えに関連する事項として 適切な配偶者の保護、 徴収活動の適正性、 証券の提供、他の財産での代用、分割納付など他の徴収方法の申出を争点とすることができます。不服審査部はIRSと納税者双方の申立てを聞き、総合的に判断して結論を出します。不服審査部の決定に不服がある場合には、当該決定から30日以内に、租税裁判所または連邦地方裁判所に訴訟を提起することができます。

さらに、アメリカの徴収制度には納税緩和制度として滞納処分の執行停止とは別にコンプロマイズと呼ばれる納税額の減額制度があります。コンプロマイズとは納税者とIRS との契約にもとづき課税額の減額または納税額の減額する制度です。コンプロマイズはIRSに認められた法的徴収手段の一つで、納税者の納税義務に疑念がある場合または納付資力に疑念があり、租税の徴収が納税者に経済的困窮をもたらす場合等に利用されます。コンプロマイズが成立すると納税者は契約条件に従って納税する義務を負います。コンプロマイズした税金の納付方法には現金納付、短期納税猶予、長期納税猶予の3つの方法があります。長期納税猶予が認められれば10年間の徴収時効期間の残存期間内での納付が可能となります。

※参考文献:森浩明「米国の租税徴収制度について」(税務大学論叢40号論叢)
6 自力執行権の「無制限な裁量権」を改め、「法の支配」に組み込んだ徴収行政を
[ 徴収の実務から]
徴収法第48条には超過差押及び無益な差押の禁止規定が設けられている。しかし、実際の実例としてこの規定に反する差押が行なわれている。

例えば、預金残が「1円」しかないにもかかわらず差押を実行するケースがある。差押すると、差押調書の作成、調書謄本の交付、取立と領収書の発行、配当計算書の作成と送付、国税等への充当と充当通知書の作成と送付など膨大な事務量と費用がかかる。もちろん、納税者には「1円の差押え」で「前科」がつけられることとなる。第三債務者である銀行等も監督官庁との関係もあり「無益な差押」を訴えることもしない。

また、滞納者が所有する不動産の多くは国税等に優先する抵当権が設定されており、強制競売されても先行する多額の債務への充当で、差押権者である国税等への配当は皆無の状態にある。にもかかわらず、平気で差し押さえている事例は数多くある。仮に、1番抵当が完済されても2番3番の抵当権を有している無価値な不動産の差押も行われている。無益な差押を受けている不動産を納税者や抵当権者が任意売却によってローンの清算をしたい時に、国税等は差押解除の要件として滞納の「完納」を押し付けて、任意売却ができないことも多い。裁判所の強制競売は時間も費用もかかるため、債務整理のための任意売却が多くなっているが、国税等が妨害することになるケースが多々見受けられる。

【問題提起】
現在の国税徴収法の個々の内容を見直せば、法改正を必要とする問題点や実務における問題点も多く出てくるが、実際の当事者は、不当不法な認識を持たない執行当局と、「滞納」という負い目と法知識の乏しい納税者という、極めて限られた範囲であって、裁判所へ訴える事例は少ない。「無制限な裁量権」ともいえる現在の「自力執行権」に対して、憲法や民事執行法などと照らし合わせて検証する必要があり、諸外国の「自力執行権」と比較して問題点をみることも必要と考える。

1889年に発布された明治憲法下で規定された「自力執行権」は、現憲法下においてもその内容はほとんど変わっておらず、制定されてから120年以上も放置されてきたものである。

民事執行法における「強制執行」は、裁判所に質問検査権はなく、債権者から示された「債務者の財産」を裁判所が判断して執行するという、ある程度「限定」されたものである。一方、行政による執行は自力執行権に加えて質問検査権を有しており、自ら納税者の財産を調査し、発見した財産を自らの裁量権で執行するという、無限に近い財産の選択と執行権を有している。現在の自力執行権を基礎にした強制執行権と広範な裁量権の中に、納税者の権利保障はないに等しい。

行政当局の捜索や差押はほとんどの場合が一方的に行われ、税理士や弁護士の事前対応がまったくできないため、当事者間の法的対等性が保てない。仮に滞納処分に不当性があっても事後的に行われ、滞納者の権利救済のうえでは手遅れ、裁判所はその処分を追認することにならざるを得ない状況である。

憲法の基本的人権・生存権・財産権等の遵守の観点や滞納者に対する適正かつ慎重な手続の保障という観点から、「権力の乱用」の行為をコントロールする裁判所の役割が必要である。徴収行政を「法の支配」に組み込んで、民事債権の強制執行の手続きにするか、近づけるべきと考える。

今後、大衆課税強化や社会保障制度改悪による負担増に伴う滞納発生に対して、より一層の滞納処分の強化が懸念される。憲法で保障する基本的権利を守るためにも、明治時代から引き継がれている「自力執行権」を見直し、検討を加えることが必要と考える。
(とだ・のぶお)

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