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マイナンバー制度の問題点と税理士業務への影響
《報告》
韓国の税務手続きと番号制度の活用
全国協議会副理事長疋田 英司
はじめに

本稿は2015年秋のシンポジウムでの報告を目的として作成している。同種の報告を9月に行われた四国高松全研の全国協議会「マイナンバー制度は税理士業務をどう変えるのか」分科会で行っており、内容はその際の報告を一部加筆訂正した部分もあるので予め了承願いたい。

ここでは、韓国における番号制度の変遷と現在の税務実務の概要の報告を担当する。
ところで、日本政府及び与党関係者はマイナンバー制度を取りまとめる前に韓国の番号制度及び番号制度のもとでの税務手続きの視察を行っている。その結果かもしれないが、日本政府が発表するマイナンバーと税務手続きを比べると、韓国の制度と類似していると感じる点が多い。

しかしながら、後に詳しく述べるが、韓国の番号制度は軍事政権下に国民の管理統制を目的として発展してきたものである。民主主義国家である日本に導入する制度としては適切であるのか留意すべき点が多々あるものである。

その韓国では、かつての軍事政権から民主化が進む過程で、民間に開放している住民登録番号の利用に制限を求める声が高まっている。この韓国の経験から何を学んだのか、日本政府が導入を計画しているマイナンバー制度と比べてみたい。そして、その将来像をも合わせて議論していただければと考え提案する。
韓国の番号制度の成り立ちと目的
1953年に朝鮮戦争は休戦協定を結び、協定に基づいて南北の国民の分類が開始された。

1958年に撤兵が完了するが、自国民を特定するために1961年に「住民登録法」が制定された。その後も北朝鮮からスパイや密入国者が頻発したため、自国民と自国民以外の者を識別する手段として1968年に住民登録への番号付番が開始された。この年に法人に対する事業者登録制度が導入された。

1970年に18歳以上の国民に住民登録証の発給が開始され取得が義務化された。この時点では住民登録証の取得は強制ではなかったが韓国における番号制度のスタートといえる。

1975年には住民登録証の携帯が義務化され、警察官が身分証明の提示を求めた際に提示できない場合は逮捕拘束も可能となった。携帯義務の対象年齢は17歳に引き下げられた。

この時点での住民登録証は世帯単位の登録証だったが、1977年に個人別住民登録証の発給が開始された。個人別住民登録証には指紋情報も含めた個人情報を含むデータ管理が始まった。さらに、正当な理由なく住民登録証の発給を怠った場合は罰金や拘束も含む罰則が導入されることとなった。住民登録証を紛失した場合は7日以内に警察に申告する義務もあわせて法制化された。

1996年に住民登録証はプラスチック製のカードに変更された。その翌年の1997年に電子化が進められ、パスポート、運転免許証、健康保険証、公務員証など、政府や公的機関の身分証明システムが住民登録カードにまとめられることとなった。

同時に民間の産業育成を促すために、電子サービスにおける本人確認の手段として住民登録番号の利用が可能になった。銀行や証券会社での口座開設、インターネットショッピングをする際の本人確認などにも利用される。この利用範囲はインターネット環境の増強に加え、無料Wi-Fi の増強が大きな引き金となり、一般的な本人確認手段として利用されるにいたった。生活の様々な場面で、本人確認の方法が簡便化され、国民の利便性は飛躍的に拡大し歓迎されたという。

しかしながら、発展する電子化の一方でデータ管理の甘さが問題となり、情報漏えいを原因とする事件が頻発し始めた。大統領の住民登録番号が漏洩し、その住民登録番号でSNSのアカウントが登録され、大統領になりすましての発言や、商業取引、アダルトサイトなどでの会員登録がなされるなどの事件まで発生した。

2008年から2011年までの3年間に1億1,977万人の個人情報が流出したと記録がある。人口5,000万人の韓国でなぜ倍以上の個人情報が流れているかといえば、それだけあらゆる環境でデータが利用されており、同時に盗み出す機会が増えたといえる。あらゆる情報源に共通の番号を利用した個人情報が氾濫していたことが情報漏えいとなりすまし事件の原因となった。

軍事政権でなくなった今日の韓国では、住民登録番号の民間利用の見直しを求める声が高まり、今では民間企業が新たに住民登録番号の提示を求めることが禁止となっている。しかしながら、既に大量の個人情報が出回っており、流出した個人情報をもとにした被害は後を絶たないという。
韓国の税務手続と番号制度
税務申告は、個人は住民登録番号(13桁)を利用するが、事業者の税務手続きは法人・個人を問わず事業者登録番号(10桁)を利用する。
国民は依然、番号制に深刻な不安を感じています。
1968年に導入された事業者登録制度は、国税庁及び地方税務署が事業者とその事業実態を確認した上で法人事業者に対し法人事業者登録番号を発行した。1976年に付加価値税が導入され、個人事業者も事業者登録番号の対象となった。

国税庁は事業者として付加価値税の滞納が著しい場合や事業実態が確認できないなどの事由で、事業者としての適正が欠くと判断した場合は事業者登録番号を抹消することができる。抹消されてしまった場合、取引の相手方が事業者登録番号を確認できないため取引ができなくなる。同時に銀行等の取引も停止となる。このように事業者登録番号は様々な経済取引に利用が義務付けられており、事業者登録番号が抹消されると事業ができない状態となる。
現金領収証制度
番号制度は情報収集のシステムでも活用されている。
銀行口座やクレジットカードは住民登録番号及び事業者登録番号の関連付けが義務付けられており、金融情報はすべて国税庁が把握できる。しかし、これだけでは現金取引を把握することはできない。このため現金領収証制度を導入している。この制度は現金取引にかかる決済情報を消費者が国税庁に報告する制度で、情報提供した者には所得控除が受けられる制度である。

手続きは簡単で、この制度を使いたい旨の届出を国税庁のホームページで申請すればよい。個人認証に利用したいクレジットカード番号や携帯電話番号などの情報を登録する。また、国税庁が発行する現金領収カードも利用できる。

消費者は現金支払いの際に加盟店に設置されている読取装置に提示し、情報を読み取りさえすれば、現金取引にかかる情報が情報管理会社に集積され、1日1回まとめて国税庁のサーバーに情報を送るシステムである。
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送信された取引情報は当事者がインターネットを通じて確認することができる。給与所得者の場合、年末調整の際に現金領収にかかる情報を基にした所得控除額を算定して年末調整を行う。

現金領収証の発行は義務化されており、10万ウォン以上の消費に対して事業者が現金領収証の交付を拒んだ場合は、違反した事業者に取引金額の50%の過怠料、その告発者には20%の報奨金が支給される。消費者は所得控除を受けるため現金領収証を発行してくれる事業者を選ぶようになる。このため、小規模零細事業者も現金領収証を発行できるように対応しているという。
付加価値税の申告手続き
すべての事業者は財貨・役務を供給する際と、供給を受ける際に、自己の事業者番号を記載した税金計算書(インボイス)を取引相手に交付することが義務付けられており、付加価値税の申告には税金計算書の添付が義務付けられている。問題はインボイスの証明となる税金計算書をどのように申告するかである。膨大な紙情報を整理するのは大変である。

このため法人の付加価値税申告は2014年から電子申告が義務化されている。

事業者は記帳に際して取引の相手先の事業者登録番号を付した会計帳簿をインボイスの証拠データとして作成し、このデータを添付して付加価値税の申告をする。いわば、事業者は仕訳日記帳を添付して税務申告することになる。このため個々の仕訳では、取引先の事業者登録番号を入力しなくてはならない。会計ソフト上は事業者登録番号と取引先の情報を記載したマスターデータを作成して入力を行っているとのことであった。

事業者は事業者番号がなければ事業ができない。その理由は、全ての取引において事業者登録番号を付した税金計算書を発行しなければ罰せられるからである。さらに税金計算書は電子化が進んでおり、電子税金計算書の交付(メールなど)も義務付けられている。個人事業者の場合、前年の税抜き売上が3億ウォン未満の場合は電子税金計算書の交付は免除されている。

韓国の付加価値税は一律10%である。軽減税率の制度はなく、課税取引以外に非課税(ゼロ税率)取引、免税取引の違いがある。免税の範囲は未加工食品など日本より範囲は広い。

日本のような小規模事業者による免税制度はなく、取り扱う商品やサービスによって免税取引が定められている。
  付加価値税の非課税措置(ゼロ税率)対象商品・サービス
軍部供給会社が軍隊又は警察に納入する物資
軍事組織法に基づいて設立された部局へ納入する石油製品
地下鉄建設に係る役務
中央政府/地方政府に納入する社会基盤設備並びに関連する建物
身体障害者の補助機器
農林業で使用する機械、肥料、駆鼠剤
漁業で使用する機械、漁具、網

  免税対象財貨又は用役
未加工食料品
水道水
練炭と無煙炭
医療保健用役
教育用役(大統領令で定めるもの)
旅客運送用役
図書・新聞・雑誌・官報・通信・放送(大統領令で定めるもの)
切手(収集用を除く)・印紙・証紙・宝籤と公衆電話
たばこ
金融サービス(大統領令で定めるもの)
住宅と付随土地の賃貸用役(大統領令で定めるもの)
土地
著述などの人的用役・文化行事・図書館などの入場
国家・自治体・公益団体が供給する財貨または用役
給付付税額控除制度
番号制度が活用されるもう一つの柱は給付付税額控除だ。こちらは申告手続きを必要とせず、給与などの収入情報を国税庁が一元管理することで、各人及び世帯の所得を把握し、給付対象の者かどうかを判定する。

韓国の給付付税額控除は勤労奨励税制として導入され、給付の対象者は就労者のみである。 18歳未満の子どもを1人以上扶養しており、 世帯の合計所得が1700万ウォン未満、 住宅を保有していないか時価5000万ウォン以下の小規模住宅のみ所有で、 その住宅を含む財産の合計額が1億ウォン未満の勤労世帯が給付の対象となる。なお、自営業者の家族に対する給与は対象とならない。

この執行の背景には住民登録番号に基づく資産と収入の管理が必要となっている。事業者は以下の支払いに対して番号を付して報告する義務を課する等、法整備がされている。

 日雇労働者に対する支給明細書の提出義務
 長期貯蓄性保険の保険差益の支給明細書の提出義務
 非課税・分離課税される利子・配当所得の支給明細書の提出義務
 公共機関が保有している所得資料を国税庁が活用可能とする法整備
 消費者相手の業種に対する現金領収証加盟店の加入の義務
 無申告・過少申告に対する加算税の強化
 既存の個人単位所得・財産資料の世帯単位への再構築

さらに、従来の管理対象から外れていた低所得者を管理するために国税庁の職員を増員した。
マイナンバー制度の行方
マイナンバー制度は、政府が示す「マイナンバー制度利活用推進ロードマップ」にもあるように、様々な場面で個人番号カードを利用することを計画している。

いみじくも、個人番号カードの普及を通じて公的個人認証の活用が、イノベーションの鍵と表明している。このため、2016年からワンカード化の促進が目標に掲げられ、クレジットカードやスマホ、携帯電話などに個人番号カードを代用できるように計画されている。

財務省が提案した消費税の還付案は、個人番号カードを利用して取引情報を国税庁に提供し、減税を受けるものであるため、韓国の現金領収制度と類似している。さらに銀行口座と個人番号を組み合わせる改正案も成立した。韓国並みの監視社会がつくられようとしているのだろうか。

シンポジウムまでに再度韓国に訪問し、詳細な情報を収集する予定だ。

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(ひきた・えいじ:大阪会)

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