論文

特集 秋のシンポジウム > マイナンバー制度の危険性
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マイナンバー制度が税理士業務に与える影響
東京会奥津 年弘

はじめに

本稿の表題が、秋のシンポジウムに際して私に与えられたテーマです。この原稿のほかに、10月中旬までに当日使用する資料を作成します。ここでは字数制限のため一部割愛していることを了解願います。

税理士や社会保険労務士など中小企業の身近にある「士業」が、番号制度が軌道に乗るかどうか大きなカギをにぎっています。これは行政側が機会をとらえて協力要請と期待を示す通りです。しかし実施目前にして、番号制は国民、中小企業者、税理士に何をもたらすのかを再確認し、専門家としてどのように臨むかを決める必要があります。

四国高松全国研究集会の分科会(9月4日)で「マイナンバー制度は税理士業務をどう変えるのか」というテーマで大阪会の疋田会員・清家会員より報告がありました。そこでの報告・意見も参考にさせていただきました。なお分科会で「マイナンバー」という呼称は法律用語でなく不適当という指摘もあり、以下「番号」「番号制」という用語を使っていきます。
1.番号制への認識
最近の状況も含め、政府が番号制をどう使おうとしているのか見ていきます。

(1)政府の掲げる目的

総務省のHP より抜粋して引用すると、 公平・公正な社会の実現、 国民の利便性の向上、 行政の効率化としています。

(2)実際は
について


この6月1日、政府の財政制度等審議会において、麻生太郎財務相に建議が提出されています。その中で「マイナンバーの利活用で、預金等の金融ストックも勘案した負担能力判定の仕組みを導入」を提案しています。例えば一定の預金者は後期高齢者の医療費3割負担、介護保険2割負担などを提言しています。番号制は、当初から指摘がある通り社会保障財源の抑制というのが一つの大きな柱です。

今国会9月3日に「改正法案」が成立し、その中身は2018年1月預金口座へ番号適用を開始するというものです。当初は任意として、2021年後に義務化を予定しており、資力調査・税務調査で利用可能としています。本来「公平」の大きなテーマは、負担能力のある法人への応分の課税、株式等の配当・譲渡などへの総合課税です。また「公正」のテーマで国民に関心が高いのは、企業献金廃止・政治資金の私的流用禁止や政党助成金のストック禁止などですが、番号制での解決は期待できません。

について

添付書類の削減などの利便性を得るとしていますが、それは行政サービスとして現行制度内でも可能です。番号制で添付書類取得が省略されても、その代償として、番号記入、健康保険・買い物等での個人番号カード提示、日常的な保有管理をすることはあらたな労苦の発生です。

について

費用対効果は明確になっていません。詳細は坂本弁護士より報告があると思いますので譲ります。仮に多少の「行政の効率化」があったとしても多大な「民間の非効率化」を招いており、その点の説明はありません。

2018年10月頃からの民間利用を検討

政府は、すでにクレジットカード・社員証・スイカなど民間カード機能の兼用を検討しており、経済界も期待しています。番号による顧客管理・関連情報の紐付けはビックデータとして商売に使われ、そのデータが交換取引・売買され、最終的に個人情報は国家・企業間で網羅的に把握されることになります。

政府は、国会答弁と番号法附則第6条に反し、実施前から異常な速さで推進しています。

(3)どのような国家になっていくのか

番号制を進めている安倍政権・与党は、2013年12月に特定秘密保護法を成立させました。「防衛」「外交」などのために必要だとして内閣が主観的に認めさえすれば秘密にでき、永遠に特定秘密とし続けることも可能です。今国会では、場所の制約なしに自衛隊を米軍と一緒に軍事行動させる安全保障関連法案が衆議院を通過した状況です。盗聴法の拡大などを含む刑事訴訟法改正案も同様の状況です。この一連の流れは、国家にとって都合の悪い情報は見せず、国民の個人情報は管理し、戦争には参加するという「いつか来た道」に他なりません。

財政については2016年度予算の各省庁の概算要求がでていますが、総額は102兆4000億円で、財務省の査定を経ても史上初の100兆円越えの予算です。その中でも軍事費とODA の要求が突出し財政膨張をつづけており再建のめどは立っていませんが、この状況でも法人税率のさらなる引き下げ要望が出ています。

この時期に政府が異常な速さで番号制の利用範囲を拡大させるのは、財政膨張の資金を国債発行・消費税増税・社会保障費の削減など国民負担増によって捻出することを想定し、負担増を実行するための情報把握と国民管理を急いでいるからに他なりません。
2.前提となるIT 環境(この部分は当日資料とします)
3.国民・納税者の現状と今後
国民はどう感じているのか

国民は依然、番号制に深刻な不安を感じています。
9月3日発表の内閣府世論調査では、「番号制度に対する懸念」で、国による監視14.4%、個人情報漏えい34.5%、不正利用による被害38.0% など、合計すると86.9% もの人が番号制に不安を示しています。

またネット上のヤフージャパンの最近の意識調査でも「マイナンバー、情報流失の不安感じる?」の質問に対し、大きな不安81.2%、やや不安11.1% で、不安が9割以上を占めています。

振り込め詐欺などの「特殊詐欺」が、2014年は警察が把握した年間被害額で約559億4000万円と、対前年度約70億円増となっています。このような中、個人番号カードの取得が推進されると当然詐欺などによる被害が想定され、そのような観測記事もでています。すでに総務省のHP では、「マイナンバー制度に便乗した不正な勧誘(中略)にご注意ください」が掲載されています。

また本人確認の方法として、メール添付等で個人番号カードの表・裏の画像を送ることを認めたことで、画像自体の漏えいの危険性が大きくなりました。事業所倒産の場合の対応は検討されていません。

厳格管理といいながら、個人番号カードが健康保険証を兼用し、消費税の還付金登録(買い物の都度提示)に必要となると紛失の機会が多くなります。また事業者番号を設けない今回の制度で、報酬源泉の対象者や不動産貸付業の人は「よく知らない人」にも番号を提供せざるを得ない状況です。

プライバシーの自己コントロールはできないことは明白です。大企業等は与党に対し、番号カードを利用した民間での利活用案について先を争うように提言しています。
4.中小企業者の現状と今後
(1)中小企業者がおかれた現状と今後

新制度にもかかわらず、事業者に対して解説等の印刷物は配布されていません。6月末にコールセンターに電話したところ、「予定ありません。HP から印刷してださい」とのことでした。HP には多数の文書が掲載され、必要だと思われる部分を確認・印刷するだけでも時間・経費がかかります。特定個人情報保護委員会作成の「 特定個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン(事業者編) 」(以下「ガイドライン」)も全60ページもあり、事業所が読めるものでもありません。事業所対象の行政によるセミナーもほとんどありません。

負担が大きいのは、安全管理措置の整備・維持と番号収集・本人確認事務です。関連商品・サービスを扱う企業が主催するセミナーでは、事業者の危機感を煽り高額な「情報管理システム」「情報漏えい対策保険」などを勧めています。会計事務所からは関連の番号管理システム(クラウド方式)などが推奨されており、直接負担・顧問料増額などが想定されます。その他のセミナーを含め「金をかけずに対応しましょう」という助言は皆無です。民間調査会社・東京商工リサーチが8月に発表した企業調査では回答(4942社)の65.9% が「メリットはない」としています。

今後は、預金口座への番号適用により、税務調査臨場前に「反面調査」されることも想定されます。また番号制を使い社会保険未加入事業所の洗い出しが行われます。
5.税理士の現状と将来
(1)税理士の現状と役割

中小企業者をとりまく制度改定で制度が複雑になるがゆえ、業者自身での対応が難しく、税理士に業務を依頼します。税理士はそれで食べているがゆえ、新制度に対し批判的な検討を行うことが弱いという立ち位置です。

「印刷物なし、説明会なし」という行政の「手遅れ」に対し、税理士会はなんら発言していません。事業者が自身で番号制に対応できる必要はなく、ある程度税理士が代行すればいいからです。税理士業界は、安全管理措置などの解説はしても、経済的負担は問題にしません。経済的負担を当然とする政府の姿勢を指摘することもありません。仕事として遺漏なくすすめる態度に終始しています。上記の「メリットはない」には、中小企業には持っていきようのない不満があることは明らかです。またセミナーでも講師が、本人確認が1枚でできる個人番号カードの取得を勧めます。危険性にはほとんどふれません。今後番号制が大きな社会的な問題になったとき、「私たちは単に実務的に推進しただけ」と言い訳をする場面がこないともかぎりません。信頼を喪失しないよう、将来を見据えた発言が求められていると思います。

(2)税理士業務

申告書提出などの実務の増加
日税連編「マイナンバー対応ガイドブック」P40にもあるように、依頼者の申告書の提出に際し、代理権限書類に加え、新たに「代理人の身元確認書類」「本人の個人番号確認書類」が必要となります。一方、電子申告による代理送信の場合は、番号制度以前となんらの変更は生じないということになっています。現実として、煩瑣な書類用意を避けるということで、電子申告への誘導がされています。今後代理人は電子申告によることが強制となることも想定されます。

事務所の安全管理措置
税理士事務所などでは「安全管理措置」が必須になってきています。「安全管理措置」の個々の内容については割愛します。

危険ということで想起されるのは「パソコン遠隔操作事件」(2004年6月発生)です。トロイというプログラムで自己のPC が悪意ある者に利用されてしまう危険がありまます。標的型メールは、よほどの注意者でないと回避できません。その対策には一定の専門知識・設備投資も必要になっており、外部の専門家に依存するにしても経済的負担が発生します。また職員のデータ管理状況にも気を遣います。職員一人一人にID とPW を割り振り、記録を残すことのできる高額なシステムも営業されています。また労働条件・報酬などへの不満による内部情報の不正持ち出し(ベネッセの事件など)も予想され、さまざまな視点での対応が必要となります。

顧問先との関係
ガイドラインでは、顧問先が従業員等の番号を扱う事務を委託先(税理士)に委託する場合は、税理士の「安全管理措置」が適切か否かを監督する義務を課しています。業務委託契約書の中身にも言及し、「漏えい事案等が発生した場合の委託先の責任」「契約内容の遵守状況についての求報告」などの内容を盛り込まねばならない(P20)としています。どう責任を明記するのかには言及がありませんが、危険な制度設計を前提に責任をとれというのは本末転倒です。
6.具体的にどう対応するか
多くの国民・識者(憲法学者・元裁判官・元内閣法制局長官)が違憲だという安全保障関連法案を、政府は多数で成立させようとしています。成立させたとしても、国民多数の評価は同法が違憲だということに変わりなく、実際、派遣をさせない、国会を変えて廃止法案を成立させるなどの継続的運動を、と言われています。番号法も今後、漏えい事故や被害が発生し、果たす役割の本質が明らかになれば違憲の声は多数になります。廃止法案成立まで無力化させていくことが求められます。全国研分科会では、問題提起として次の4点が出されました。

1.個人番号カードの交付を受けるか
2.国民・事業者として個人番号・法人番号を提出するか
3.事業者として個人番号・法人番号の提出を求めるか
4.税理士業務において個人番号・法人番号の委託を受けるか

分科会では、「事業者として(職員等に)個人番号の提出を求めない」「税理士業務において個人番号・法人番号の委託を受けない」とする意見もでました。

税理士は顧問先やその従業員に伝え、対話する機会を持つことができます。まず番号制の問題点について広く理解してもらうことが必要です。私が講師をした研修会の参加者の事業主は「人手もお金の余裕もなく、こんな安全管理措置はとてもとれないので、番号を預かることができない。仮に無理して預かって漏えいしたら罰則だ。であれば番号は預からないがいい。従業員にも危険を知ってもらう。従業員にわかってもらう」として以下の文書を作成しました。番号制の無効化のため地道な理解を広げ番号を使用しない人を増やすことが求められています。
社員の皆さんへ
事業主より
既にご存知のように来年1月より番号制度が実施されます。法律の正式名は「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」です。

10月5日以以降、皆さんの自宅(住民票所在地)に家族単位で簡易書留により、通知カードが送付されてきます。皆さんは、この通知カード(番号・住所・氏名・生年月日・性別が記載)に記載された番号で、国や自治体により「識別」され行政事務が行われます。詳しくは内閣府のホームページを参考にしてください。12けたの番号やそれが記載された「通知カード」は、法律的に必要な事務以外は、使えませんので安易に他人に教えないでください。カードは紛失しないように厳重に管理してください。

事業者は、税や社会保険事務で書類に記入することになっています。番号が記載された書類については、厳重な管理(安全管理措置)が義務付けられています。万が一漏えいした場合は、4年以下の懲役または200万円以下の罰金(両方もあり)となっています。

しかし日本年金機構からの情報漏えいにも見るように、高度な対策を立てていたにもかかわらず漏れてしまい、また過去このような事件はたえません(下記参照)。ましてや中小企業にとっては、厳格な管理といっても限界があります。

厳重な管理(安全管理措置)とは、裏面にありますように、多岐にわたり、また手間とコストがかかり、とても対応できるものではありません。よって、今回、事業所としては、検討・熟考しましたが基本的に番号をお預かりしないで、税務・社会保険などの書類には番号なして提出することとしました。番号の記載がなくても書類が受理されないということはありません。番号は、役所が「補充」します。

また通知カードと一緒に「個人番号カードの申請書」が送られてきます。申請書写真を貼って申し込むと、1月1日以降に区市町村の役所で受けることになります。

「個人番号カード」とはICチップ付きプラスチック製で、表面に氏名、住所、生年月日、性別の4情報と顔写真、裏面にマイナンバーが記載されます。

政府は「個人番号カード」の取得を推進していますが、強制ではありません。政府は、この普及を進め各種の機能をもたせ、国民に日常不断に保有させ、さまざまな場面で使用させるように考えています。まず2017年7月以降早い時期に健康保険証との兼用をおこなう計画です。また消費税の「軽減税率」実施という名目で買い物の都度、IC カードを読み取り機に提示させ、取引情報を管理しようとしています。このようなことを考えて、「個人番号カード」の取得は慎重にしてください。

過去情報漏えいの事件
2011年9月三菱重工業へのサイバー攻撃(80台以上感染)以来、2013年10月セブン通販サイト(15万件以上)、JAL 情報漏えい(4千件以上)、2015年5月日本年金機構(100万件以上)2015年6月東京商工会議所(1万件以上)など多数あります。
(おくつ・としひろ)

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