論文

特集 秋のシンポジウム > マイナンバー制度の危険性
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マイナンバー制度の危険性
弁護士坂本 団

1 動き始めるマイナンバー制度

「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」(以下「番号法」という)が国会で成立したのは2013年5月24日であった。

日本に住民票を有するすべての者に12桁の「個人番号」(その愛称が「マイナンバー」である)を付与し、そのマイナンバーに様々な個人情報を紐付けて、情報提供ネットワークシステムを介するなどして複数の機関間で名寄せ・データマッチングを行うという仕組みである。

このマイナンバー制度がいよいよ動き出す。
10月からマイナンバーの通知が行われ、来年1月から、行政機関でのマイナンバーの利用を順次開始することとされている。
2 政府も認めるプライバシー侵害のおそれ
マイナンバー制度は、12桁の見える番号が、民間も含めて広く流通することを当初から予定しており、そのマイナンバーに様々な個人情報が紐付けられ、名寄せ・データマッチングされることになっている。さらにマイナンバーの変更は原則として認められない。

この点、1999年の住民基本台帳法の改正で導入された住基ネットでは、11桁の番号(「住民票コード」)が全国民に付与されたが、個人情報保護の観点から、住民票コードはいつでも変更でき、民間での利用が禁止されており、行政機関であっても住民票コードを利用した名寄せ・データマッチングを行うことは禁止されていた。マイナンバー制度では、住基ネットで採用されていたこれらの個人情報保護のための措置を取り払ってしまったのである。

一般に、番号制度にプライバシー侵害のおそれがあることは、政府も認めざるを得ない。例えば、2011年6月30日付け社会保障・税番号大綱では、次のとおり述べられている。

「・・・(番号制度により)個人情報の有用性が高まれば、扱い得る情報の種類や情報の流通量が増加し、情報の漏えい・濫用の危険性も同時に高まることから、情報活用の場面における不正は防がねばならない。もしこれを疎かにするならば、国民のプライバシーの侵害や、成りすましによる深刻な被害が発生する危険性がある。

仮に、様々な個人情報が、本人の意思による取捨選択と無関係に名寄せされ、結合されると、本人の意図しないところで個人の全体像が勝手に形成されることになるため、個人の自由な自己決定に基づいて行動することが困難となり、ひいては表現の自由といった権利の行使についても抑制的にならざるを得ず(萎縮効果)、民主主義の危機をも招くおそれがあるとの意見があることも看過してはならない。」
3 プライバシー侵害を防ぐことはできない
政府は、こうした問題点をふまえ、番号法では、十分な個人情報保護措置を講じている、と説明している。

しかし、「刑事事件の捜査」や「犯則事件の調査」に関しては、番号法の定める個人情報保護措置は適用がない。また、「公益上の必要がある」として政令で定めれば、さらに広範な行政活動について規制の枠外に置くことができる(2014年3月31日に公布された施行令では、「政令で定める公益上の必要があるとき」として、たとえば、破壊活動防止法、暴対法、組織犯罪対策法など公安・警察活動に関するものがならんでいる)。

これでは、公権力による個人番号や特定個人情報の不正利用、ひいては国家による個人情報の一元管理(監視国家)を防止することなど到底できない。

また、番号法で個人情報を保護するための規制を定めたとしても、マイナンバーを取扱う者がその規制内容を理解していなければ、それを守らせることはできない。したがって、番号法の規制が実効性をあげるためには、その規制内容をマイナンバーを取扱う者すべてに周知徹底する必要がある。

この点住基ネットでは、住民票コードを取扱うのは行政機関の一部の担当者に限られていた。上記のとおり住民票コードの民間利用は禁止されており、一般人にとっては自分の住民票コードを使う機会すらほとんどない。したがって、住基ネットに関しては、行政機関の一部担当者に、法の規制内容を周知すれば足りた。

これに対してマイナンバーは、民間事業者が従業員や扶養家族のマイナンバーを収集する必要があるなどマイナンバーを取扱う者の範囲がはるかに広がっている。そのすべてに法の規制内容を周知できなければ、マイナンバーの不正利用や漏えいを防ぐことはできない。内閣府の世論調査では、8月の段階でもマイナンバー制度の内容まで知っていると答えた人の割合は43%にすぎなかった。これでは不正利用や漏えいが頻発してもまったく不思議ではない。
4 何のための番号制?
かつて民主党政権において番号制度が準備されていた当時は、番号制度により、社会保障が充実し、公平な税制が実現する、という宣伝もなされていた。しかし今やそのような説明はされていない。番号法が目的としているのは、要するに、「行政事務の効率化」、「行政分野における公正な給付と負担の確保」、「国民の利便性の向上」の3点に尽きる。

これらの目的のうち、「行政事務の効率化」と「国民の利便性の向上」は、住基ネットの導入の際にも目的とされていた。住基ネットにより、行政事務の効率化や国民の利便性の向上が実現されたであろうか。マイナンバー制度によりこれらが実現するとは考えられない。

政府は、マイナンバー制度の費用対効果の試算をなかなか示さなかったが、ようやく、2014年6月3日の第64回IT 総合戦略本部に甘利大臣が「マイナンバー制度の効果」と題する資料を提出した。これによると、数字としてあげられるメリットはほとんどなく、(後記の「2,400億円」を除くと)せいぜい数百億円程度にとどまる。構築に数千億円、ランニングコストとして毎年数百億円もかかるシステムの効果としてはあまりにささやかである。

唯一、2,400億円の税収増が見込めるとしているが、その根拠というのは、税務署における事務作業が効率化する結果、国・地方の税務職員約1,900人を調査・徴収事務に振り向けることが可能となり、そうすると職員1人あたり、1億2,000万円あまりを税金の滞納者から取り立てて来ることが見込まれるから、というのである。強引というか荒唐無稽な試算であるが、いまだにこの程度の試算しか示されていないのである。

最後の「公正な給付と負担の確保」には警戒が必要である。「公正な給付と負担」とは何を指すのであろうか。たとえば、障がい等が原因で収入が得られず、税や社会保障費をほとんど負担していないにも関わらず、生活保護を受給している人の場合、「ほとんど負担しないのに多くの給付を受けている」ということになりそうだが、政府はこれを「公正な」状態にあると考えるのだろうか。負担が少ない者には給付も減らす、という口実に使われないだろうか。
5 早くもはじまった利用範囲の拡大
番号法は附則6条1項で「政府は、この法律の施行後3年を目途として、・・・個人番号の利用及び情報提供ネットワークシステムを使用した特定個人情報の提供の範囲を拡大すること並びに特定個人情報以外の情報の提供に情報提供ネットワークシステムを活用することができるようにすること」を検討するものとしている。

そして早くも先の通常国会に、預貯金口座に個人番号を付するための改正法案が提出され、可決成立してしまった。これにより、公権力が個人番号を使って預貯金という資産を把握することが可能となる。プライバシーに対する脅威というべきである。

政府は、その目的について、社会保障制度の所得・資産要件を適正に調査することや、適正・公平な税務執行の観点から社会保障給付の際の資力調査や税務調査の効率性を高める点にあると説明している。一般論としては反対しにくい理由である。

しかし、たしかに悪質な不正受給や脱税もあるが、それはごく一部の例外である。ごく一部の例外を効率的に摘発するために、約10億もあるといわれるすべての預貯金口座に個人番号を付するというのは明らかに行き過ぎであるし、しかも本当に悪質な者は、預貯金口座が個人番号で管理されるようになっても、それをふまえた手口を使うであろうから、不正受給や脱税をなくすこともできない。いわば、犯罪者を効率的に摘発するために、全国民にあらかじめ指紋とDNA 情報を警察に提供させるようなものである(全国民を犯罪者扱いするものであって行き過ぎであるし、そうまでしてもすべての犯罪者を摘発することはできない)。

さらに個人番号によって資産が把握されることを嫌う富裕層は、ますます国内金融機関から海外の金融機関等に資産を移すことが予想される。結局、真面目に納税している一般庶民がなけなしの資産を公権力によって把握される、という結果になるのではないか。

政府は今後も、一見すると反対しにくい大義名分を掲げて個人番号の利用範囲の拡大を進めて行くであろう。国家による個人情報の一元管理はますます進む。現在すでに、戸籍、パスポート等にマイナンバーを紐付ける制度が検討されており、2019年通常国会に法案を提出する予定とされている。さらに将来的には、金融資産や固定資産とも紐付ける方針を示している。

もう一つ、政府が全力を挙げているのが、個人番号カード(「マイナンバーカード」)の利用範囲の拡大である。マイナンバーカードは、IC チップの組み込まれたプラスチック製のカードで、券面には顔写真が貼られており、住所、氏名、生年月日、性別、マイナンバー等が記載されている。希望者はその交付を受けることができる、とされているが、政府は今、このカードを広く普及させることを狙って様々な活用方法を提案している。

たとえば、マイナンバーカードを国家公務員の身分証明書として使うほか、地方公共団体、独立行政法人、国立大学法人等の職員証や民間企業の社員証としての利用の検討を促すとされている。勤務先がこれを採用したら、その従業員はマイナンバーカードを日常的に携帯せざるを得なくなる(その後、学校で学生証としても使えるようにするという方針まで示されている)。

また、マイナンバーカードをキャッシュカードやクレジットカード、ポイントカードとしても利用できるように検討することとしている。さらに、運転免許証や医師免許、教員免許、卒業証明書、健康保険証やお薬手帳としての利用、はてはタバコや酒の自販機での年齢確認、カジノ入館規制、オリンピック会場入館規制にまでマイナンバーカードを使えるようにする、としている。

さらに最近では、消費税を10%に増税する際に、マイナンバーカードを利用した軽減税率の仕組み(「日本型軽減税率制度」)を導入するとの案を財務省が提案している。酒類を除くすべての飲食料品を購入する際、一旦は10%の消費税を支払うが、その際店頭で、マイナンバーカードをカードリーダーにかざすことにより、2%分のポイントをデータセンターに送信し、後日、蓄積されたポイント分の返金を受けられるようにする、というのである。

これでは、国のデータセンターに、多数の国民の購買履歴が蓄積されることになるし、本来任意なはずのマイナンバーカードの取得が事実上強制され、それどころか、日常的に携帯せざるを得なくなる。カードの券面のマイナンバーを盗み見られたり、あるいはカードの紛失・盗難などによる不正利用の危険性が飛躍的に高まることになる。
6 おわりに
マイナンバー制度は、プライバシーを侵害する危険性が極めて大きい。
その危険性が十分に周知されていないのに、マイナンバーを配布し、利用を開始すれば、不正使用、漏えいが頻発するのは確実である。利用範囲を拡大するなどもってのほかである。

マイナンバー制度は、その内容を知れば知るほど、国民には何のメリットもなく、負担やリスクを押し付けるだけの制度であることが分かってくる。マイナンバー制度の正確な内容を広く知らせるための活動が重要であろう。

(さかもと・まどか)

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