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特集 秋のシンポジウム報告
秋のシンポジウム(西ブロック)
「共通番号、国民ID、給付付税額控除の異議あり!」に参加して
大阪会 渡邉 清志

はじめに

税経新人会の2010年秋のシンポジウム(西ブロック)は11月6日、大阪社会福祉会館で開催され、80人が参加しました。

シンポジウムでは石村耕治さん(白鴎大学教授)から「民主党がめざす危ない!共通番号付国民ID カード制」のテーマで、浦野広明さん(立正大学教授)から「給付つき税額控除の問題点」のテーマでそれぞれ講演していただいた後、参加者との間で活発な討論が行われました。

以下、討論内容を紹介します。なお、石村さんと浦野さんの講演の内容は、税経新報583(11月)号を参照してください。
1、給付つき税額控除に関して
○ 所得控除か税額控除か


「所得控除は累進税率のもとで高所得者の税負担をより多く軽減する。一定所得以下の納税者・世帯だけを対象とする税額控除への移行は課税ベースの浸食を限定する」等を論拠として、所得控除を縮小し税額控除制度へ移行すべきとの主張が行われています。

シンポジウムの参加者からは「税額控除か所得控除かという控除の方法の問題ではなく、最低生活費に課税しないという課税最低限の問題こそ所得税の大事な問題」等の意見が出されました。一方、「税額控除の方式でも課税最低限は算出可能だ」という意見もありました。

所得控除か税額控除かをめぐる討論では、さらに「健康で文化的な生活を営むために各種の控除制度が設けられている。税金をかけてから控除するのではなく、最低限度の所得には課税しないというものだ」とか、「個人的な事情を加味して課税するのが所得税の人的控除制度であり、所得税のこのような骨格を否定することには反対せざるを得ない。所得税制の人的控除制度の原点に返って考えなければならない」という意見が述べられました。

こうした意見について私は「所得控除方式から税額控除方式へ移行すれば、諸々の個人的な事情を加味した生活費非課税の原則があいまいにされる」という趣旨のご意見だと受け止めましたがいかがでしょうか。

講師の浦野さんは「所得控除は高所得者に有利」との主張に対して次のように批判します。「50万円の所得控除があれば、最低税率者は2万5,000円の減税となり、最高税率者は20万円の減税となると言うが、その減税額を課税所得で割ると最低税率適用者が高くなり、所得控除高所得者有利論の誤りが判明する」と。低所得者にとって所得控除の持つ意味を強調する意見だと受け止めました。
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○「給付つき税額控除」の問題点

「給付と税制は全然、性格が違う。貧困問題や格差問題の解決は社会保障として構築すべきもの。税制と結びつけて解決できるものではない」、「納税者の権利という場合、税金の支払い方、使われ方の大きな二つの側面がある。給付は使われ方であり、支払い方と混同してはならない」などの意見が出されました。

こうした意見について私は税制、社会保障制度はそれぞれに所得再配分の機能が求められているとはいえ、それぞれに追求されるべき独自の理念や課題のあることを指摘する意見だと受け止めました。

シンポジウムではこのほか、「給付つき税額控除推進論」が持つ問題を指摘する多くの意見が出されました。

たとえば、「給付つき税額控除の推進論は年金控除の廃止、給与所得控除の削減にまで言及している。所得控除廃止による大増税路線だ」、「最高税率は引き上げないし、応能負担原則は圧縮する方向だ。所得税の大増税のための理屈と言わざるを得ない」、「民主党の『給付つき消費税額控除』案は消費税増税のための主張。消費税増税による税収増を特定の低所得層にまわす中・低所得者への課税強化策だ」などです。

「国側の宣伝に負けないように、人々が具体的に理解できるような説明が必要だ」という意見も出されましたが、私たちがそのような具体的な説明方法を工夫する上で、「給付つき税額控除推進論」の持つ問題点を指摘する上記のような見解は貴重な指針になるものだと考えます。
2、共通番号付国民ID カード制に関して

民主党の税制改革抜本プログラムでは「給付つき税額控除を導入する場合には、所得把握のための番号制度を前提に、生活保護などの社会保障制度の見直しと合わせて検討する」と述べています。あたかも「給付つき税額控除」や「社会保障制度の見直し」が国民の福祉を向上させるかのように言い、そのために番号制度が必要だと言っているのです。

しかし、「給付つき税額控除」の持つ問題点に関して、シンポジウムで行われた論議はすでに紹介した通りです。そこで次に(「給付つき税額控除制度」と番号制度との関係を離れて)「共通番号付国民ID カード制」そのものの持つ問題点(危険性)をめぐる、シンポジウムでの討論状況を紹介します。

講師の石村さんは次のように説明しました。
「私たちは納税者の整理番号や税理士の登録番号など汎用でないもの、可視化でないものに反対するものではない」、「問題は共通番号であり、番号の可視化。これにより政府が全国民の個人情報を一元管理する体制作りをめざしていることだ」と。
○ 参加者からの質問(問題の提起)

参加者から次のような率直な質問が出されました。
「共通番号制に反対する論拠として『人権確保ができているかどうか』ということが指摘されるが、抽象的な言葉で難しい。共通番号制の推進論者も『きめ細かな社会福祉実現のため』とか『社会保障制度の充実・効率化のため』という。『人権の確保』は決定的な判断基準になりうるのか」。

「社会のITのインフラが進んできた。これによって国家と国民との関係のありようも変わるのではないか。ITが発達した社会で共通番号制と社会福祉とを結びつける論理にどう反論できるのか」、「人格権や人権は言葉としては分かるが、心に響かない。どう具体的に説明するのか」。

「安心、安全、給付、合理化、効率化など、国民の要求に沿った形の宣伝が行われ、この共通番号制の問題では国民の側が受身になっている。監視カメラでも反対すると『犯罪に荷担するのか』と非難される」など。
○ 人格権、憲法上の権利擁護を貫く立場で考える

こうした質問に対して石村さんは次のように説明しました。
「共通番号制を導入しないことの非効率性は人権擁護のためのコストだ。一方、共通番号制の導入コスト、維持管理コストは膨大」、「効率性や利便性は役人が考えればいいこと。国民は基本的人権が守られるかどうかを考えなければならない。人格権が確保されてはじめて利便性や効率性を議論する土台ができる」、「プライバシーの保護措置をとればよいという意見は事柄を矮小化している。人格権や、憲法上の権利、13条や22条など憲法上の権利が守られなくならないかどうかで判断されなければならない」、「何故イギリスは国民ID 番号カード制の廃止を決めたのか。人格権のためだ。人格権を議論しないのが今の日本の政府だ。国民は憲法論を議論しないといけない」と。そしてイギリスの新政権が今年度内の実現に向け、ID番号制の廃止、監視カメラの濫設規制などの政策を発表していることを紹介しました。
○ 導入反対の世論形成のために

参加者からも多くの意見が出されました。その一部を紹介します。
「共通番号制はマスターキーとなって、目的毎の行政の番号を串刺しする。マスターキーを渡して、使うなといっても無理。そのことで管理国家になっていく転機となる。ITの発展と共通番号制(マスターキー)導入が別問題であることを皆に理解してもらわないといけない」。「共通番号は暗証番号を可視化するのと同じこと。権力側が情報をつかめば、最近の検察の情報操作と同じようなことが引き起こされかねない。たんなる制度ではなく社会システムがチェンジすることだ。そこに恐ろしさがある。そういうふうに認識し宣伝していかないといけない」。「国民を管理したいという強い意思を感じる。クレジットカードや銀行カードを共通番号制とくっつけると一人一人の所得計算が出来上がる。そういうものを目指しているのではないか」等々。

また、「住基ネット」をめぐる裁判の判決がはかばかしくないなかで、「私たちは考え方をどう発展させ、どのような論点を出すべきなのか」という質問も出されました。

これに対する石村さんの意見は「大阪高裁は『住民は自己コントロール権をもっている』と違憲判断をした。しかし最高裁は自己コントロール権を認めず、『住基ネットは特にそういうものを侵害するものでない』とした。最高裁は情報の自己決定権を請求権としては認めないが、私たちは自由権と位置づけて要求できる」というものでした。
おわりに

以上、西ブロックのシンポジウムで行われた議論の一部を、私なりの解釈で紹介したものです。討論では財界が共通番号制を主張する狙いや国税・地方税の電子化推進の状況、消費税のインボイス制をめぐる議論などがありましたが紹介しきれません。シンポジウム参加者の忌憚のないご批判をいただければ幸いです。

最後に印象をひとこと。
フランスは番号制なしで「給付つき税額控除」を実施しているようです。給付つきでない税額控除だけを実施している国もあるようです。番号制の利用範囲も国により様々なようです。それぞれの国の国民のこうした選択の違いにも着目しつつ、問題を考えていきたいと思っています。

給付つき税額控除や共通番号制の問題点を考えるうえで、各界の人々のさまざまな意見を聞くことも大切だと思います。たとえば、共通番号制をテーマに大阪で行われた他の学習会で、ある自治体の職員は「社会保障の窓口は市町村。社会保障の行政執行のために必要な所得の把握は市町村で可能。そうした状況のもとで、いま社会保障を口実に共通番号制を導入する必要性が分からない」と。大変参考になりました。社会保障の予算の削減やサービスの市場化がすすめられようとしているなかで、「給付つき税額控除」や共通番号制についてどのような機能をはたすのかも興味あるところです。

(わたなべ・きよし)

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