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特集 秋のシンポジウム報告
秋のシンポジウム(東ブロック)
「共通番号、国民ID、給付付税額控除の異議あり!」に参加して
東京会 清水 裕貴

全国協議会主催秋のシンポジウムは、西ブロックに次いで東ブロックでも、11月20日土曜日1時から5時まで東京税理士会館で開催された。シンポジストは、西ブロックと同様石村耕治白鴎大学教授と浦野広明立正大学教授のおふたり、司会者兼コーディネーターは、松田周平副理事長、参加者は沖縄からも含め80人であった。とりくんだテーマは「共通番号、国民ID、給付付税額控除に異議あり!- 国民・納税者の権利はどこへ行く -」というものである。
1.開催に至るまで

秋のシンポジウムは、ここ何年か東西に分かれ、同一講師、同一テーマで開催している。去年は、疋田英司氏、小田川豊作氏、清家裕氏による「税務行政はどこへ向かっているのか」、その前年は関本秀治氏と宮川雅夫氏による「税理士は生き残れるのか?」であった。毎年の開催は、全国三役会、常任理事会、研究部で大変な苦労をして実現にこぎつけている。今年のテーマも、民主党の税制改革を意識したものだが、政権交代も1年を経過し、その特徴らしきものが見え始めているので、内容を吟味し議論を深めておこうという意図だと思われる。
千葉全国研・埼玉会分科会

このテーマでは、既に夏の千葉全国研で埼玉会の分科会がもたれている。埼玉会のテキストによると、給付付税額控除は、理論として、その源泉を新自由主義の総統ミルトン・フリードマンの「負の所得税」に歴史的にさかのぼれるという。その後「ベーシックインカム」と名前を変えヨーロッパを中心に議論され、現実に「税額控除」や「給付」制度として、アメリカ、イギリス、オランダ、カナダ等で実施されている。これらの歴史や諸外国の実例が民主党政権に波及した。

2009年10月、鳩山首相が「格差是正や消費税の逆進性対策の観点から、給付付税額控除のあり方について検討すること」を税制調査会に諮問する。その12月に発表された平成22年税制改正大綱では、個人所得課税見直しの課題として、給付付税額控除の導入をうたい、消費税については、給付付税額控除の仕組みの中で、逆進性対策を行うことを検討するとしている。導入の前提は、社会保障と税制を通じた共通番号である。

埼玉会報告では、納税者番号の諸外国での導入状況として、実質的に戦時体制下にある韓国や、国民が国税庁を信頼するスウェーデンの現実を取り上げ、ひるがえって、わが国に導入された場合、個人情報を国家が管理する危惧が表明された。以上、夏の千葉全国研埼玉会分科会に参加した方には、今回の秋のシンポジウムは、復習の場に、他の分科会に参加した方や、そもそも全国研に参加しなかった方には、民主党の税制改革の認識と検討の場になった。佐伯正隆事務局長が開会挨拶をして始まった。
2.給付付税額控除とは何か

最初に浦野広明立正大学教授が「給付付税額控除の問題点」と題して、問題提起された。給付付税額控除は自公時代から立案されていた。その政権時の2009年3月31日に成立した「平成21年度所得税法等の一部を改正する法律附則第104条(税制の抜本的な改革に係る措置)」は、今後の税制を進める税制改革の方向を示している。

第1項で「消費税を含む税制の抜本的な改革を行うため、平成23年度までに必要な法制上の措置を講ずるものとする。」と規定し、第3項第1号で「個人所得課税については、格差の是正及び所得再分配機能の回復の観点から、各種控除及び税率構造を見直し、最高税率及び給与所得控除の上限の調整等により高所得者の税負担を引き上げるとともに、給付付き税額控除(給付と税額控除を適切に組み合わせて行う仕組みその他これに準ずるものをいう。)の検討を含む歳出面も合わせた総合的な取組の中で子育て等に配慮して中低所得者世帯の負担の軽減を検討すること並びに金融所得課税の一本化を更に推進すること。」と規定している。

ここに出てきたように、給付付税額控除については、森信茂樹中央大学法科大学院教授(財務省出身)が、その旗ふり役として、制度の紹介と普及に精力的に活躍されているという。そこで、浦野教授が引用されている、森信茂樹編著「給付つき税額控除」中央経済社2008年と土居丈朗編「日本の税をどう見直すか」日本経済新聞出版社2010年をさっそく読んでみた。私には、研究内容こそ十分には理解できないが、これら学者がよって立つ立場はよく理解できる。竹中平蔵氏や本間正明氏に連なる新自由主義の立場である。特徴的な文言を拾ってみることにしよう。
森信茂樹氏の立場

「消費課税のほうが所得課税より経済効率に与える負荷(マイナスの影響)が少なくて、税制として優れている」「所得課税は課税後の所得から貯蓄した利子にも課税するので、貯蓄にたいして『二重課税』の問題を生じさせ、貯蓄インセンティブを弱め、資本形成を阻害している。」「この点、消費課税は貯蓄に課税しないので、二重課税の問題が生じず、貯蓄(資本蓄積)へのディスインセンティブを軽減し、間接金融と直接金融との中立性を確保し、経済効率を高める効果がある。」(土居(2010)98頁)
土居丈朗氏の立場

「消費税は、実は逆進的な税ではないことを示そう。逆進的というのは、人々の消費行動をある一時期だけに限定してみているからである。しかし、人々は1年だけしか消費しないわけではなく、個々人の消費行動を一生涯通じてみれば、消費税の負担は、(生涯)所得が多ければそれだけ多くなり、税負担は逆進的ではなく、比例的になると理解するのが正しい。」(土居(2010)154頁)

おふたりともこのような共通の立場に立っているので、税制改革のビジョンとして出てくるのは、金融所得課税の一体化の方向や法人税を引き下げ、消費税を引き上げていく方向にしかならない。(土居(2010)14頁)

そんな抜本改革を目指す中で導入しようという給付付税額控除とは何なのか、浦野教授は、森信(2008)に沿って、説明を続ける。
税額控除の再評価

「所得控除は、累進税率のもとで、高所得者の税負担をより多く軽減するという逆進的な効果を持つ。」「税額控除は、一定の所得以下の納税者・世帯だけを対象とすることが可能なので、課税ベースの浸食は限定され、財源の効率化が図られる。」(森信(2008)15頁)このように所得控除より税額控除の方が、累進性を強化し、低所得層の負担を緩和するというのである。
税制と社会保障との一体運営

給付付税額控除は、所定の税額控除額以下の税負担しかしていない者や課税最低限以下の者には、控除しきれない不足分を給付する。生活保護給付こそ受けていないが、所得水準はほぼ同様な層の人々が存在し、この人々を救済するというのである。「現行の生活保護制度では、勤労所得がある場合、生活保護費からその90%程度の減額が行われている一方で、勤労所得に係る課税最低限との連動がなく、全体として低所得者層の勤労インセンティブを高めるような制度設計になっていない」(森信(2008)43頁)といっている。
消費税逆進性対策としての税額控除

給付付税額控除は、所得税にだけ適用されるのではない。消費税率を引き上げる際、この制度で逆進性を緩和できるという。カナダではGST(goods and services tax)控除制度を導入し、低所得者に対し、年間に使う基礎的食糧支出額×消費税率を給付するという。

給付付税額控除は、わが国への導入をもくろんだ「提言」である。諸外国での実践例もみられる「提言」である。現実味を帯びた「提言」である。税と社会保険料の賦課徴収を一元的に行う歳入庁設置まで、2010年の税制「改正」大綱で決定した。これから予定している消費税増税への環境づくりの一環として、給付付税額控除が利用されることを警戒しよう。

浦野教授の給付付税額控除への批判は、税制の本質を根本的視点、憲法的視点から見極めなければならないと言っているように私には思われた。逆進性を緩和するのではなく、逆進的税制そのものをなくすこと。滞納が増えるのは、徴税の仕方や徴税組織に問題があるのではなく、応能負担をふまえない税制にこそ問題がある。今後も、現実離れした「提言」とあなどらずに十分な検討が必要だろう。
3.共通番号、国民ID

次に石村耕治白鴎大学教授が「民主政権が目指す危ない共通番号付国民IDカード制」について問題提起された。石村教授は故北野先生をほうふつさせるように黒板の前を左右に移動しながら語りかける。しかも熱っぽく。さながら新人会「白熱教室」の感がある。私は、このテーマの11月号テキストを読んでこの場に臨んでいるのだが、読むだけでは十分に理解できなかった。やはり本人の話を直接聞くと理解が格段に進んだ。
コードとカード

住基ネットで使われている住民票コードは、「住民本人と行政機関のみが知りうるような性格の番号」である。本人と関係行政機関のみが知りうる番号は、納税者整理番号、パスポート番号、運転免許証にもついているが、本人と関係行政機関しか知らず、他人にはわからない。

これに対し、民主党政権が進めている共通番号制は、官民にまたがり、かつ、他分野で共用する汎用の番号である。本人と関係行政機関以外の第三者も容易に知りうるような性格の番号である。

共通番号は、「目に見える番号(可視的な番号)」として使わざるを得ず、番号付き情報が行政機関や民間機関のデータベースに蓄積されていく。住基カードは、ほしい人だけが任意で取りに行った。共通番号付国民IDカードが導入されたら、全ての国民に発行、交付されるという。そしてそれを携帯しないと、一定金額以上の取引や金融機関での口座開設、雇用契約等ができなくなるおそれがあるという。

共通番号の弊害

アメリカでは可視的な共通番号が濫用され、「成りすまし犯罪」で手がつけられなくなっているという。こうした不心得者が急増し、その追跡や後始末に国民サイドでプライバシーを守る(個人情報保護)コストは途方もない額に達する。国家が共通番号(マスターキー)を使って全国民の幅広い個人情報を管理することは絶対に許してはならない。国家が国民の人格権をトータルに支配することにつながり、憲法13条に違反する仕組みだと石村教授は力説する。情報セキュリティ論(電子政府時代の昨今、個人情報保護措置を万全にすれば共通番号も国民IDカード制も可とする論調)でこの問題の本質を矮小化してはならないとも強調された。
4.討論で深める

松田コーディネーターの司会で討論に入った。共通番号、国民IDのテーマは税制プロパーの問題ではない。幅広い分野にまたがるため討論でも様々な意見が出た。国家は、あらゆる情報を集めることができる。例えば診療履歴、犯罪歴等があげられるが、悪いことをしなけりゃいいじゃないか、という意見がある。

石村教授は個人情報を一生涯管理して逃げられない社会にすることは、国民の幸せにつながるか。人はだれしも過ちを犯しながら成長していくのであり、過ちを一生涯管理し続けることが人権を護ることになるかと、すばらしい提起をされた。

また、スウェーデンのように、既に共通番号が導入されている国の現状を問われて、高福祉高負担の国では全ての国民が満足している訳ではなく、窮屈な社会だから闇経済がはびこっているとも指摘された。また、共通番号が税務行政に与える影響について、浦野教授は、消費税では取引のつどインボイスに共通番号を記載しなければならず、課税売上はすべて把握されてしまう。番号を書かないと書類不提示犯にされてしまうだろうと回答した。

おわりに

秋のシンポジウムに参加して、民主党政権が進めようとしている施策に対し、税制も含めしっかりと監視する必要を強く感じた。来年度の税制改正が議論される時期も近い。参加者一同もきっとすばらしい問題提起をしてくれたこのシンポジウムに満足したと思う。最後を戸谷隆夫副理事長が閉会挨拶で締めくくった。

(しみず・ひろたか)


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