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VII . 被相続人の財産か相続人の財産かの認定〜贈与について |
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(1)相続税法における贈与 |
(ア)相続税法第1条の4 |
相続税法には所得税法や法人税法と異なり、用語についての定義規定が設けられていない。したがって贈与の意義については民法の規定に従って解釈することになる。
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(イ)民法第549条(贈与)・・・契約の一種 |
- 贈与契約は以上のとおり、無償・諾成契約である。
- 基本的に受贈者が義務を負わない片務契約である。
- 意思表示の合致のみで成立。
- 書面や引渡は必要とされていない。
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贈与の意思表示は書面でも口頭でも良いことになっているが、「書面に因らない贈与」については、民法第550条により取り消すことができる。書面によった場合には取り消すことができないものとされている。
(例外として忘恩行為や贈与者の財産状態の悪化の場合は認められる)

この他民法では特殊な形態の贈与として552条(定期贈与)、553条(負担付贈与)、554条(死因贈与)の規定がある。

民法の規定による贈与の他、相続税法では経済的効果に着目し以下の「みなし贈与」を規定している。相続税法4条「信託財産」、5条「生命保険金」、6条「定期金」、7条「低額譲渡」、8条「債務免除益等」、9条「その他の利益の享受」
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(2)相続税法上の贈与税の非課税財産 |
相続税法21条の3
相続税法第21条の4(特別障害者に対する贈与税の非課税) |
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(3)贈与契約による権利変動 |
贈与契約は所有権移転の原因となる契約の一つで法律行為である。
法律行為とは、ある者の意思表示に基づき、その意思又は表示の内容どおりの権利変動を生じさせる行為である。このプロセスは、
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行為者の意思の形成 |
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その表示 |
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意思表示の相手方への到達 |
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相手方自身の意思形成 |
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その表示 |
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その意思表示の相手方への到達______________ |

となる。ここで以下の問題が生じてくる。 |
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(4)意思表示とその効力発生時期 |
- 対話者間の関係:意思表示がいつ相手方に到達し、その効力を生じるか
- 隔地者間の関係:到達主義
- 意思表示の相手方の受領能力:意思表示の受領時に未成年者や成年被後見人であった場合
- 意志能力を欠く者による意思表示
- 行為能力を制限された者による意思表示:被補佐人、被補助人、未成年者等
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(5)未成年者 |
- 民法第3条(成年)
- 民法第4条(未成年者の行為能力)
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未成年者が法律行為を為すには其法定代理人の同意を得ることを要す。但単に権利を得又は義務を免るべき行為は此限に在らず。
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単独で法律行為をしうる場合 |
- 単に権利を取得し、または義務を免れるにすぎない法律行為
- 処分を許された財産の処分
- 営業を許可された場合における営業に関する法律行為
- 未成年者でも婚姻が成立すれば、成年者とみなされる
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単独で法律行為をしえない場合 |
- 法定代理人の同意を得て法律行為をする
- 法定代理人が未成年者を代理して法律行為をする
未成年者の法定代理人は、親権者または未成年後見人である
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以上によらずに法律行為をしたときは、未成年者本人またはその法定代理人が、当該法律行為を取り消すことができる。取り消さずに追認することもできる。取消及び追認の方法は、当該法律行為の相手方に対する意思表示で足りる。 |
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(6)口頭による贈与と取得時期:税法の考え方 |
民法では第550条により口頭による贈与は履行されるまでは取り消しすることができることになっている。動産の場合は「引き渡し」不動産の場合は「登記または引き渡し」が一般的な履行と解されているが、いつ履行したかが重要になる。

民法の解釈で取得時を契約成立時と解せば、長期間登記をしなかった場合、除斥期間が進行して課税できないことになる。

不動産贈与の場合、口頭による贈与、書面による贈与のいずれも、登記までの期間が遅れたことの合理的な理由の有無で課税処分が異なると考えられる。
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(7)贈与財産の取得時期(相基通1の3.1の4共―8〜11) |
- 書面による贈与については、その贈与契約の効力が生じた時
- 書面によらない贈与については、その贈与の履行のあった時。ただし停止条件付の贈与については、その条件の成就した時
- 農地及び採草放牧地の贈与については、農地法による許可または届出の効力の生じた日後に贈与があったと認められるものを除き、その許可のあった日又は届出の効力が生じた日
- 所有権の移転の登記又は登録の目的となる財産についても、上記と同じ取扱いになるが、贈与の日が明確でないものについては、特に反証のない限り、その登記又は登録があった時に贈与があったものとして取り扱われる。
- 鉱業権については、鉱業原簿に登録した日が贈与した日として取り扱われる。
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(8)事例 贈与された財産に対する相続税の取扱いについて某税務署の調査に提出した文書 |
(ア)事実経過について |
民法第549条(贈与)は「贈与は当事者の一方が自己の財産を無償にて相手方に与える意思を表示し相手方が受諾を為すに因りて其効力を生ず」と定めております。相続税法上も、上記民法の規定をもって課税対象となる「贈与」と取り扱うものと解されます。

本件において、例えば相続人B子の所有する貸付信託(元本)300万円、国債200万円は、被相続人Aが K(株)を定年退職した際の退職手当の一部を妻B子に与える意思を表示し、B子がこれを受諾したものであって、この時点で贈与があったものと判断されます。

受贈者B子は、その受贈した財産に係る贈与税申告を提出すべきでありましたが、当該提出のなかったことも事実であります。
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(イ)贈与の事実と贈与税不申告の関連について |
本件のように、客観的にも容易に理解され得る贈与の事実を否認し、当該財産が「名義B子であるに過ぎず、実質は被相続人の財産である」として相続税を課税することは、贈与時において成人に達し、かつ完全な行為能力を有した「人」の財産形成に至る行為や、財産権までも否定する結果となりかねません。

相続税法において、所得税法、法人税法に定めた推計課税の規定がないのは、被相続人、受贈者等の財産にのみ課税するというこの税目固有の本質に配慮したことによると考えられます。

相続人の財産を「名義上のもの」として相続税を課税することが事実上の推計課税となる恐れもあります。また贈与税申告書の提出がないことをもって、当該財産を「名義上の財産」と判断することは「贈与」と「不申告」という本質の異なる二つに事実を混同し短絡的に結びつけるものといわざるを得ません。
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(ウ)時効との関係について |
本件不申告について国税通則法第72条に定める時効が成立していることは明かであります。贈与税不申告及び時効成立の故をもって、贈与の事実までも否認するのは、単に異なる事実の混同にとどまらず、納税者に対する法令によらない「懲罰」的な課税の様相さえ呈し、時効の規定までも否定する結果となりかねないことを憂慮するものであります。

小職も申告納税制度の下における納税道義は遵守するべきものと考えます。

しかし不申告に起因する道義上の責任を、本件のような場合の課税上の判断に適用されることは、法律上の問題を道義上の問題に変換するものであり、租税法律主義の見地からも承服しかねるところであります。
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(エ)補完税としての贈与税について |
相続税は自然人の死亡による相続、遺贈等に着目して遺産ないし遺産取得に対して課税する税目であります。従って、本来は自然人が一生を通じて得た財産のすべてに課税することが論理的だとの意見もあるようであります。

しかし一生累積課税は事実上不可能であり、また生前贈与による相続税回避行為も考えられるので、相続税を補完する贈与税が設けられたと理解いたします。

相続税法第19条において、相続開始前3年以内の贈与は相続財産に加えて相続税を課し、贈与税相当額を控除することとしているのも、贈与税が相続税の補完税であるとの性格に基づくものでありましょう。

しかし3年と区切った以上、相続開始前4年以前に贈与があったものの贈与税申告の提出がなかった場合もあり得ることも想定した上で、これについてはあえて遡及しないこととしたものと解されます。

この規定は税務執行上及び納税者双方にとっての便宜等に配慮した現実的な選択というべく、法的安定性を有するものであることも併せて留意されるべきと考えます。 |
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VIII . 不動産の譲渡に際して収受した未経過固定資産税等相当額は、譲渡所得の金額の計算上総収入金額に算入されるか |
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(1)問題の所在 |
(ア)実情 |
不動産の固定資産税や都市計画税(以下「固定資産税等」という)の納税義務者は、不動産の所有者であるところ、固定資産税等の徴収上の便宜から、その所有者とは、賦課期日(毎年1月1日)現在における所有名義人とされている。したがって、年度の途中で不動産の売買が行われて所有者に変更が生じた場合、年度の途中で所有者が変更になっているにもかかわらず、一方の所有者が一年度分の固定資産税等の課税をされることになり、不公平感が生じる。そこで、当事者間で、売買契約時に、合意により、所有期間に応じた当該年度の固定資産税の負担割合を決め、当事者間で精算することが多い。
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(イ)問題の所在 |
その場合の清算金が、譲渡所得税の課税対象になるかが問題である。譲渡所得税に関し、所得税法第33条1項は、資産の譲渡による所得を「譲渡所得」とし、同条3項は、「譲渡所得の金額」は、当該所得に係る「総収入金額」から当該所得の起因となった資産の取得費及びその資産の譲渡に要した費用の額の合計額を控除し、さらに譲渡所得の特別控除額を控除した金額とする旨規定している。そこで、「総収入金額」に上記清算金が含まれるのかが問題になる。清算金は、形式上は、当事者間の不公平を精算するものにすぎず、実質的には不動産譲渡による収入ではないと考えられることから問題となるのである。
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(ウ)民法の不当利得との関係 |
この問題は、民法の不当利得の問題と関連する。すなわち、年度の固定資産税等は税徴収上の便宜のために1月1日の所有名義人に対して課されるが、固定資産税等が不動産を保有している期間に応じて課されるのが公平であると考えると、当事者間で合意がなくとも、一年度の課税をされた者から年度の途中で所有者になった者に対して、不当利得返還請求が認められることが考えられる。とすれば、上記清算金は、形式的にも実質的にも、当事者間の不公平を是正するための合意に基づくものであるということになり、不動産譲渡の対価としての収入ではないことになりやすく、譲渡所得税の課税対象からはずれるとの考えになりやすい。

これに対して、固定資産税等は、1月1日の所有者に対して課されると規定されている以上、当事者間に不公平はそもそも生じないと考え、当事者間にそもそも不当利得返還請求権は生じないと考えれば、上記清算金は、名目は清算金であっても、実質的には、不動産譲渡の対価としての収入ということになりやすく、譲渡所得税の課税対象に含まれることになりやすい。

このように、不当利得返還請求権の有無の問題と清算金が「総収入金額」に含まれるかの問題は、関連性を有しているものと考えられる。 |
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(2)実務上の取扱い |
実務上は、清算金も、「総収入金額」に含まれるとして、譲渡所得税の課税対象に含める扱いがなされているようである。 |
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(3)裁決例、裁判例 |
(ア)裁決例 |
清算金を「総収入金額」に含めずに確定申告したところ、「総収入金額」に含めるべきであるとして更正処分及び過少申告加算税の賦課決定がなされ、審査請求した事例において、清算金は「総収入金額」に含まれるとした裁決事例がある(平成14.8.29裁決)。
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(イ)裁判例 |
本件問題がそのまま争われた裁判例は見あたらない。
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(ウ)関連判例1 |
ただ、土地所有権の移転に伴い土地台帳上の所有名義人と実質の所有者が異なるに至った場合における固定資産税等の私法上の負担義務者が争われた事案で、形式上の所有者から実質的な所有者に対して不当利得返還請求権が肯定されており、その判旨の中で、「固定資産税及び都市計画税は、私人相互間関係においては、特別の合意等特別の事情のない限り、実質上の所有者がその所有期間に応じ日割りをもって、これを負担すべきである。」と述べたものがあり(昭和41年7月28日東京高等裁判所判決)、この判旨からすれば、本件問題点の場合にも、保有期間に応じて「日割りをもって」不当利得返還請求権が認められると考えることが自然であると思える。
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(エ)関連判例2 |
また、(ウ)と同様の問題点の事案について、やはり不当利得返還請求権を肯定した最高裁判例(昭和47年1月25日)が存在し、その射程が本件問題点の場合にまで及ぶかについては議論の余地があると思われるが、本件問題点の場合まで射程が及ぶとの評釈も存在する(ジュリスト512号P141租税判例研究山田次郎執筆など)。
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(2)考察 |
(ア)視点 |
本件問題においては、譲渡所得税の課税根拠、固定資産税の課税根拠が問われよう。固定資産税等に関しては、本来、固定資産の所有期間に応じて課されるべきものが、税徴収上の便宜のために1月1日の所有者に課されるものであると考えるならば、不当利得返還請求権は認められると考えるのが自然である。

民法の不当利得論との関係でいえば、不当利得の制度趣旨の理解の仕方、「法律上の原因を欠く(原因欠如)」の要件との問題が問題になろうが、結論としては、肯定されることが自然に思える。そう考えると、当事者間の精算合意がある場合も、その精算も、当事者間の不公平を是正するものであると考えられよう。

したがって、いずれの場合でも、当事者間の不公平を是正するものであるから、実質的には、不動産譲渡の対価そのものとは言い難いと思われる。その場合に、譲渡所得税の課税対象になるか否かについては、さらに、譲渡所得税の課税根拠や用件を吟味することになると思われる。
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(イ)視点 |
このようなことからすれば、清算金も譲渡所得課税の課税対象に含まれるというのが、実務や裁決であるが、これを正面から扱った裁判事例はいまのところ見あたらず、今後に残された課題であると考える。 |