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改憲論の現状と問題点
畑田 重夫
はじめに - 問題の所在

今年(2017年)は、日本国憲法施行70周年という節目の年に当たっている。改憲勢力とそれに反対し、あくまで第9条を含む現憲法を守ろうとする勢力との対立もはげしくかつ鮮明になりつつある。5月3日の憲法記念日のイベントにしても、今年は例年になく規模も大きくてそれぞれに力が入っている。

筆者は本誌において、2014年5月号で「安倍首相の改憲論 - 思想的源流とその矛盾 - 」、2015年5月号で「改憲への道を暴走する安倍政権 - 戦後70年の節目にあたって - 」と題する拙稿の筆を執った。

安倍政権が長期化するにつれ、自民党の改憲論もいっそう具体的になりつつある。とりわけ、2016年7月の参院選において、自民党が3分の2の議席を確保したのを契機に改憲派による改憲論が熱を帯びつつあるのだが、本稿はその改憲論議の最新の状況に焦点を当てて論ずることを目的としている。

自民党・党大会における首相演説

2017年3月5日、自民党は党大会を開催した。そこにおいて安倍首相はつぎのように述べた。

「昨年の参議院選挙の結果、わが党は単独過半数を回復しましたが、しかし、それは27年ぶりのこと。つまり、一度失った政治に対する信頼を取り戻すためには四半世紀以上に、歳月が必要であったということであります。国政選挙に4連勝するなかにあっても、この緊張感は片時たりとも忘れずに、謙虚で、しかし、力強く挑戦し続けていくことを本日の党大会において、お誓い申し上げる次第でございます。」

このように、衆参両院のねじれの解消を一つの重要な契機とみる安倍首相の頭の中には、常に憲法改定という彼自身の「戦略的目標」が意識されていることをうらづけているわけである。

さらに、首相は、この演説の最後の部分において独自の改憲論を展開して次のように述べた。

「今年は憲法施行70年の節目の年であります。・・・この節目の年にあたって未来を見据え、次なる70年を見据えて、新たな国づくりに取り掛からなければなりません。とりわけ、憲法は国の形、そして日本の理想、未来を語るものであります。自由民主党は憲法改正の発議に向けて、具体的な議論をリードしてまいります。みなさん、それこそが、戦後一貫して日本の背骨を担ってきたわが自由民主党の歴史的使命ではないでしょうか!」。

「自民党結党の創設メンバーの一人であり、現行憲法制定にも関わる芦田均首相は敗戦後、焼け野原の中で、日本はどうなるのかと悩む若者たちに対して、『どうなるのかではなくて、どうするのかだ』と語ったそうであります。この気概を、私たちは持たねばなりません。」

以上にみる安倍首相の演説のなかには、「戦後レジームからの脱却」によって「美しい国日本」、すなわち戦前の日本への回帰をめざす同首相の執念の表現とともに、現行憲法の理念を比較的強く刻み込んでいる高齢者ではなく、18才選挙権を得た若年層ー安倍政治にたいしてはどちらかといえば肯定的な意識をもつーにたいする格別の期待感を表明していると読み取ることができると言えるであろう。

衆参両院の憲法審査会の舞台へ

2012年12月に第2次安倍政権が発足して間もなく、安倍首相は、改憲条項を規定する憲法96条による「3分の2以上の賛成」を根拠とする具体的な改憲論の発議を主張したが、改憲論の立場の憲法学者たちからさえも、「ルール変更」とか「裏口入学」などというきびしい批判を浴びた。それ以来、具体的な表現をさけつつも、衆参両院の憲法審査会における改憲発議の事項の具体的なしぼりこみへの期待や議論の促進に関する発言をあらゆる機会におこなうようになっている。それは、とりもなおさず、いきなり憲法9条の改定は困難であるという首相の判断があり、国民世論の納得を得やすい事項から発議をして、とにもかくにも改憲という実績を積み上げたいという算段が働いているということを示している。それは、政治をともに担当する公明党のいわゆる加憲論とも合致するという考え方が根底にあるということはいまさら言うまでもないところである。

主要な2つの案に絞られつつある改憲項目

最新の衆参両院の憲法審査会においては、主として次の2つに憲法改正発議項目がしぼられつつある。
過去においては、環境問題その他いくつかの加憲条項をめぐる案も浮上したが、2017年現在においてはほぼ次の2つにしぼられつつあると言ってもよいであろう。

その2つとは、緊急事態条項と教育の無償化に関する案である。とりわけ、後者の場合は、安倍政権による世論対策の一つとしての教育政策の浮上とともに、ごく最近になってにわかに議論の対象となっているものである。

まず、緊急事態条項である。この案の浮上には、2011年の東日本大震災、2016年の熊本地震などの発生や、北朝鮮による核開発とミサイル発射など、自然災害や安全保障上の問題を追い風として、国民世論の支持・賛成を得やすいものという自民党の算段があると言えよう。しかし、現行の日本国憲法には、第54条の衆議院の解散中での国会の開催ができない時に緊急事態が生じた時の「参院緊急集会」の規定以外には緊急事態条項に関する条文は存在しない。それにはそれなりの理由と根拠があってのことである。つまり、かつての日独伊のファシズムの歴史の反省、すなわち大日本帝国憲法下緊急勅令やドイツのワイマール憲法下の大統領非常権限授権法が果たした人権にたいする致命的な損害を引き起こして歴史の反省が存在するのである。

ここで自民党の改憲案(2012年4月発表)をみると、第98条で、「内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めによるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる」としたうえで、第99条で、「緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効果を有する政令を制定することができる」としている。

このような状態を考えるとき、緊急事態条項を突破口とする安倍政権の改憲策動に抗するたたかいは民主主義と立憲主義の命運をかけた極めて重要なたたかいである。

次は、教育無償化問題と改憲条項についてである。現行憲法は、その第26条の第2項において、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育はこれを無償とする」とあるが、新しく浮上している改憲条項は、義務教育、すなわち小学校および中学校のみならず、高校、大学をふくめ幼児から大学にいたるまでの教育をすべて無償とする、というものである。これは、学費問題や奨学金問題になやむ数多くの大学生やその親たちにとっては極めて魅力的な案件である。国際人権規約の規定からも、日本における教育費問題は国際的にも批判を受けているところであるが、果たして教育の無償化問題を改憲と結びつけることの可否をわれわれはどう考えるべきなのか。

2017年3月28日付の「朝日」によれば、西原博史・早大教授(憲法)は憲法改正の必要はないという。憲法は無償化を禁じていないからであるとして、つぎのように述べている。

「憲法26条はすべての国民に、能力に応じてひとしく教育を受ける権利を認めている。その権利を支援すべく、つけられるところから予算をつけていけばいい。その政策は憲法上当然に正当化される」

中川律・埼玉大学准教授(憲法)も、「無償化という政策目標の実現と、憲法改正には合理的な関連はない。本当の目的は、無償化ではなくて改憲にあるのではないか」とみている。さらに、西原教授は、無償化には経済力のある家庭を助けるという「逆進性」の弊害があると指摘している。

アベノミクスの「第一の矢」である金融面での政策上、すでに国の財政赤字が1,000兆をはるかに超えており、財政規律の破綻が明白であるという現状に照らしてみるとき、たとえ憲法上教育の無償化の規定をとり入れたとしても、安倍政権の政策がつづく限り、将来、その財源を保育やその他の子育て支援、社会保障にどうしても振り向ける必要が出てきたならば、再び憲法を改定しなければならないであろう。

「どんなに貧しい家庭に育っても進学できる国を」という安倍首相のこの言葉には共感を覚える国民はたしかに多いにちがいない。もし、各党がこの理念を共有化するのであれば、必要な法案をつくり、制度化を急ぐのが政治の役割である、とする「朝日」の編集委員・国分高史氏の主張に賛意を表したいところである。このようにしないで政策目的をまず憲法に書きこもうというのであれば、それこそ筋違いと言わざるを得ないであろう。

安倍首相の私的野望と改憲策動

筆者は、日本国憲法公布70周年を期して、『わが憲法人生七十年』(新日本出版)なるある意味では自分史というべき拙著を上梓した。

同書の序文のなかで、「いまこの日本は、「戦後レジームからの脱却」を唱えつつ、日本国憲法の改定を自己の『歴史的使命』とも、『ライフワーク』とも、あるいは『宿願』であるともする安倍政権下にある」としたうえで、「昨年9月の自民党総裁選挙で再選をかちとった安倍政権の念頭にあるのは、向こう3年間首相の地位を安定的に保ち、2016年度の参院選においても衆院同様3分の2を超える改憲議席を獲得したことによって、できれば在任中にも国民投票に持ち込み、念願の明文憲法改悪をなしとげたいと考えているにちがいない」としたのにつづき、「内閣法制局長官、NHK の幹部役員、日銀総裁の人事などを通じ、あらゆる面で強権的な政策運営を断行してきた安倍首相のことだから、自民党の党則(選挙規程)を変更して、現行の2期の総裁任期を3期まで延長してでも、2020年の東京オリンピック・パラリンピックを日本の首相として迎えたいという個人的野望を抱いているのではなかろうか」と書いた。

ところが、早くもその個人的な念が叶い、今年3月の自民党大会で総裁選挙規程が改定され、2期6年の任期を3期9年に延長されることが決定をみた。これによって2018年9月の自民党総裁選挙で三たび総裁に選ばれれば、3期9年の長期政権も夢ではなくなるわけである。安倍政権は、衆参両院の多数議席をよりどころに、「戦前回帰」に通ずる反動的政策を着々と進めることにも成功しつつある。主要な政策としては、特定機密保護法の強行、国家安全保障会議(日本版NSC)の設置、集団的自衛権行使を可能とする閣議決定と安保法制の「戦争法」の強行などであるが、最近では、悪名高き共謀罪法案の成立をもねらいつつある。特定機密保護法と共謀罪法の導入によって、国民の基本的権利ともいうべき言論や思想の自由は完全に封圧されるというところまできている。

自民党の改憲論者たちは、現状に合わなくなった憲法は改定しなければならないという主張をくりかえし口にしてきた。本来、憲法というのは主権者である国民が、その原理・原則の実現と貫徹を理想として追求すべき性質のものであって、憲法を政治や社会の現状に合致するように変えようとするのは正しい憲法観に照らして完全なまちがいである。

私としても、憲法は永遠に絶対に変えてはならないと考えているわけでは決してない。その根拠に、現行の日本国憲法にも改憲条項として第96条の規定がはっきりともりこまれているわけである。ところが、現行の日本国憲法は、世界的にも稀なことに属するのであるが、公布以来、70年余年にわたって一度も改定されたことはない。それは、改定する必要を主権者である国民が一度も感じなかったということであると同時に、憲法の規定そのものが、20世紀の前半に二度にわたって経験した世界的大戦争および日本と日本国民が体験したいわゆる15年戦争の反省とその教訓がきわめて緻密かつ厳密に文章表現されており、今後全人類が共通に目指すべき方向が明示されているからにほかならない。

この憲法をないがしろにし、それを根本から変えようとしている安倍首相の私的野望は、われわれ主権者として絶対に許容するわけにはいかない。

2017年1月からアメリカではトランプ新政権が発足した。同政権は、「アメリカ第一主義」の見地から、国防費(「軍事費」)の増額のみならず、たとえば、北朝鮮のミサイル基地への先制攻撃さえ辞さないという政策をかかげているが、それに追随して、日本もまたいわゆる「新基地攻撃論」が政権与党内に台頭しつつあるという恐るべき動きがみられつつある。

2016年3月に施行を見たいわゆる「戦争法」によって自衛隊には海外において武力行使をする道が開かれている。しかし、南スーダンにみるように、このような政策の破たんは明白になっており、2017年5月を期して南スーダンに派遣されている自衛隊は撤収することを余儀なくされている。

にもかかわらず、安倍首相の明文改憲への暴走は一向にとどまりそうにない。一日でも首相としての在任期間を延ばして、自己の在任中に、どうしても明文改憲を、という私的野望への執念はおとろえることころ知らない。その証拠に、2017年の春に表面化した学校法人森友学園(大阪市)への国有地格安払い下げ疑惑について、「もし私や私の妻がそれにかかわっていることが判明すれば、直ぐに首相も国会議員も辞める」と何回も国会審議の中で明言したにもかかわらず、その疑惑の解明に努めようとする姿勢をみせない。のみならず、逆に偽証罪のリスクをかけて国会における証人喚問に応じた同学園の籠池理事長を証拠もないのに偽証罪におとしいれようとする安倍首相の態度は、権力への限りない執着と、日本の政治を全面的に私物化しつつある姿として絶対に許すことができない。

むすびにかえて

安倍首相の改憲への執念がすさまじいものである以上、われわれ主権者国民もまたひとり日本と日本国民のみならず、全人類の導きの星というべき日本国憲法を守りぬく決意をいささかもゆるがしてはならない。日本国憲法第96条は、改憲の可否を左右する最後の決め手は、国民投票であると明記している。たとえ、国会が改憲発議をしたとしても、「改憲ノー」という国民の世論が絶対多数である限り、改憲を阻止することができるわけである。まさに、「世論がやがて世論となり、世論と運動が情勢を変えるのである」という金言よろしく、あくまでも改憲阻止の立場から日夜、国民世論への働きかけと宣伝・啓蒙の草の根の日常活動をおこたることなく、ねばりづよく続けたいものである。

(はただ・しげお)

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