論文
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1千兆円の借金を庶民と中小法人に押し付け
消費税の基幹税化と、法人実効税率引き下げによる中小法人税制の解体(上)
千葉会 岡澤 利昭
**** 目次 ****
1.「骨太方針」は安倍政権の暴走宣言
2. 消費税の基幹税化の確立と更なる税率引き上げのシナリオ
(以上本号)
3. 法人税実効税率引き下げと減税財源
4. 安倍内閣の暴走を阻止し国民本位の民主的税制確立のために
1.「骨太方針」は安倍政権の暴走宣言
「骨太」における税制に関する重要項目


* 6月24日に閣議決定した政府の「骨太方針」のうち税制に関する部分では 来年10月に予定される消費税率10%への再引き上げを年末までに決定する 2020年までにプライマリーバランス(単年度の国の国債の費用などを除いた基礎的財政収支)を黒字にする 経済活性化のため来年度から法人実効税率を引き下げ、恒久財源を確保し年末に決める等となっています。

* 消費税の再引き上げ問題では、現在景気動向が予想を超えて悪化していることや、急速に広がる反対の世論の広がりなど重要な局面になっています。

* プライマリーバランスの黒字化問題については、これまで国際公約であったものがあらためて閣議決定され、すでに7月25日に報告された経済財政諮問会議の「中長期の経済財政に関する試算」などでも多額な財政不足が指摘され、消費税の新たな引き上げの準備が始まっています。

* 法人実効税率の引き下げについては、与党税制協議会の「法人税改革にあたっての基本認識と論点」(6/ 5開催)で、法人税改革の基本的認識として「長らくの間、法人税を納付している企業は、全体の3割にすぎないという状況が続いている。換言すれば、一部の企業に税負担が偏っているということである」「より広く課税を行いつつ、稼ぐ力のある企業や企業所得の計上に前向きな企業の税負担を軽減することで、企業の経営改善などが積極的になるような成長につながる法人税改革が必要」と強調し、経営の厳しい中小法人の実態を省みない立場から法人税改革の必要性を強調しています。

* 法人実効税率の引き下げは、件数的にはわずか0.9%の大法人(資本金1億円超)が法人所得の約7割を占めており、もっぱら大法人に大幅な減税をもたらす半面、中小法人にはこれまで免税もしくは適用されていなかった外形標準課税や特定同族会社の留保金課税、欠損金繰越控除の限度額設定をはじめ、単なる減税財源づくりのための軽減税率の廃止、法人住民税の均等割りの増額、事業税等の損金不算入、減価償却の定率法の廃止と任意償却制度の見直しなど、徹底した中小法人に対する増税策のオンパレードとなっています。そのうえ、それでも減税財源が不足するとして、固定資産税、個人住民税の増税とパチンコ税、携帯税などの新設まで提案しています。

* 政府の試算では法人実効税率引き下げは、1%当たり約4700億円という多額な減税となることを推定していますが、経団連の要求する法人実効税率25%を実行するならば現行の35.6%(東京都の場合)から約10%もの引き下げとなり、実に約5兆円もの減税規模になります。

* 9月29日から始まった臨時国会における安倍総理の所信表明では、「法人税見直し」について「成長戦略を確実に実行し経済の好循環を確かなものにする」にすべてを包含し、具体的な税率引き下げや外形標準課税など一切触れていません。反面、「地方創生」に多くを語っています。中小法人の雇用は全体の約7割を占めており、「地方創生」と中小法人への大増税は対立する課題のように見えますが、これまでの税調などでの議論は「国民への伝え方に配慮」するだけで法人実効税率引き下げの基本方針が変わるものではありません。
提案から決定のプロセスまでも暴走

* 安倍総理は、成長戦略の目玉としてかねてから法人実効税率の引き下げを主張してきましたが、消費税増税とのタイミングや復興特別税廃止の1年前倒しなど、これ以上の大法人減税は「公平を欠く」として自民党内でも合意が得られていませんでした。ところが、1月20日の経済財政諮問会議において財界の要望を受け入れ「法人実効税率を25%程度まで引き下げる」ことを検討と打ち出し、2日後のダボス会議(スイス)で「法人にかかる税金の体系も、国際相場に照らして競争的なものにしなければならない。本年更なる法人税改革に着手する」と一方的に国際公約にしてしまいました。

* 法人実効税率引き下げは自民党税調でさえ強い反対がある中で、26年1月31日の自民党の塩崎議員の質問に対応して安倍総理は税調での議論を指示し、同年2月13日に法人課税DG(ディスカッショングループ)を立ち上げ、3月12日から6月25日まで都合7回開催されました。

* この間政府は、法人実効税率を20%台というのみで年末には決めると言いながらその減税規模さえ明確にせず、国民の議論を具体化させづらい状況をつくっています。

* また、今回の骨太方針は極めて異例な状況で閣議決定されています。

* 安倍内閣は、国会閉幕(6月26日)直前の6月24日に「骨太」方針を閣議決定していますが、その時点ではまだ政府税調の「報告」が間に合っていないなかでの見切り発車をしています。6月25日行われた第7回の会合では、土居委員(慶大教授)が「事の顛末を正直に申し上げると、このとりまとめは骨太方針の前に出すという段取りでした。それが前日に出されたので、ここではもう正直に骨太方針の文言を引用する、ないしは骨太方針にあるようになど、そのように明記して、結局、この法人課税DG(ディスカッショングループ)でも骨太方針の趣旨は踏まえていることを、より強く明確にされてはいかがでしょうか」など、最後まで政府案に反対表明してきた日本商工会議所の存在を無視するかのように政府案に露骨にすり寄る立場を表明しています。
孤軍奮闘した日本商工会議所 VS 批判におびえる税調委員

* 税調の報告が政府の骨太方針に間に合わなかった最大の理由は、日本商工会議所が外形標準課税も含め中小法人向けの増税案に対し、徹底して反対の論陣を張ったためと思われます。とりわけ、「法人成り問題も含め中小法人課税」(5月9日)に関する意見メモは、中小法人の実態をリアルにとらえ政府案に対して具体的な反論となっています。

* 6月25日の税調(第7回)では、佐藤委員(一橋大学院教授)は「このままだと明日の新聞の見出しはおそらく、法人税の負担を軽減して国民に負担を押し付けるという話しになりかねない」ので(中略)「別に法人企業だけに減税しているわけでないことを明確に打ち出してよいかと思いました」など大法人減税による庶民増税の本音が示されています。
「法人税の見直し」を口実に税制全体の再構築

* なぜ法人税率引き下げの財源に固定資産税や個人住民税までその減税財源として求めるのか、もちろん一義的には財界の要求には「躊躇なく」を発揮する安倍内閣の本質が大前提です。

* 今回の税調で非常に強調されたのが、外形標準課税強化などに対し、地方税は受益する行政サービスの対価を広く住民で負担するという「応益性」の問題で、赤字法人も含め中小法人全体への課税強化の口実としています。

* また、法人税率引き下げの減税財源を同じ法人税の中での見直し財源だけでは到底不足するため、他の財源から調達せざるを得ないことの強調です。

* もう一方で重要なのは、アベノミクスの発想の特徴でもある「トリクルダウン」の立場です。法人DGの終盤(第6回DG、5月16日)会議冒頭の事務局報告で法人税改革の趣旨が語られています。「国内に成長力のある企業が多く存在するかどうかは、雇用に直結する問題である。また、企業の成長力は賃金にも直結する。企業と家計は二分化されているのではなく、法人税率が高すぎることのしわ寄せは、何らかの形で家計にも及ぶと考えられる」と報告しています。

* しかし、事態は明らかで、企業はこの間史上空前の利益を上げようが、史上最大の内部留保を蓄積しようが、一向に正規社員は増えず実質賃金も上がらない、それどころか「子供の貧困率」が26.3%と過去最悪(厚労省発表)になっています。

* 更に、法人DGの取りまとめ会合(6月25日)で土居委員(慶大教授)は、税調議論の感想として「(前略)願わくは、我が国の税制の方向としても、法人課税から消費課税へシフトさせていくという大きな動きの中での法人税改革だということが打ち出せればよかったと思いますが、あまり生々しく書くと深い意味を(?)御理解いただけない方々からは批判を受ける恐れはあると思うので、ここはあえてそこまで書けとは申しません」と政府の本音を代弁する発言もあります。

* 安倍総理サイドに立った税調委員が露骨に語るように、単に大法人の減税財源を庶民・中小法人に負担させるということだけでなく、企業や資本の論理に立った国民への強い思想攻撃と、消費税のますますの基幹税化の狙いが率直に語られています。
2020年のプライマリーバランスの黒字化は消費税再増税のスタート

* 自民党の野田税調会長は「税率10%へ上げた後には、次の形をどうするかという段階が必ず来ざるを得ない」(7/16)と発言し、翌日の日経新聞では、経済財政に関する中期試算の最新データー(2020年度の政府試算で11兆円の赤字)をもとに「消費税で赤字を穴埋めする場合、税率を10%上げた後、さらに4%程度の引き上げが必要」だと報じています。8月8日号の週刊ポストでは「中期試算にかかわって政府は一言も消費税増税について書いていないが、財務省がマスコミにレクチャーする際口頭でリークするものだと内幕を暴露し、同時に法人減税の減収部分を加算すると2020年には16兆円もの赤字が予測され、消費税をあと6%追加しなければならなくなる」とし「財務省の本当の狙いは消費税率16%である」としています。
2. 消費税の基幹税化の確立と更なる税率引き上げのシナリオ
26年度予算と消費税の位置づけ


* 消費税率8%が実施された26年度予算の消費税の税収割合は、税収全体が約50兆円の内15.3兆円で、すでに30.7%(予算ベース)を超えてしまいました。税率が10%になれば単純計算(現行の予算税収を8%から10%に置き換えた場合)ですが、税収の約35.6%にもふくれ上がり後戻りのできない税収構造になるものです。

* また、平行して税率10%へ向けた軽減税率の議論が進められていますが、現実的には来年の10月に間に合うものではなく、政府の言う「社会保障のための消費税増税」という観点から、食料品は軽減されても標準税率をさらに引き上げる口実となるものです。さらに、中小法人の記帳負担や免税業者はずしなどの弊害を考えれば、6月11日行われた政府税調でも圧倒的多数が反対表明していることもあり、また、自民党も財務省も少なくとも10%の増税時ではなく次の課題として考えているものと思われます。

* 消費税がそもそも持っている逆進性はいうまでもありませんが、公的医療・介護の自己負担、保険料、居住用の家賃には消費税がかからないもののその他の生計費にはすべて消費税が課税され、最低生計費にも課税させないという憲法25条の視点からみても消費税は悪税そのものです。増大する社会保障と1000兆円もの借金のツケ払いを大法人や富裕層が負担の柱になるのではなく、まさに庶民や中小法人の負担増で賄おうとするものです。
税率引き上げと連動する「消費税の適正化」

* 消費税増税の議論と並行して急ピッチに進められてきたのが消費税制の「適正化」問題です。いわゆる「益税」対策ですが、わずか2年余りの中で以下の改正が異例の速さで実施されました。
  • 課税売上5億円以上の95%ルール(仕入税額控除問題)の廃止(24.4.1以降)
  • 特定期間の課税売上1千万超の免税期間の1年短縮(従前は2年、25.1.1以降)
  • 課税売上5億円以上の新設子会社(資本金1千万円未満)の免税期間の廃止消費税率が引き上げられた8月10日のどさくさの中で何の議論もなく成立(26.4.1以降設立)
* 中小零細事業者の多くが活用している簡易課税制度についても大きく見直しがされようとしています。会計検査院は昨年10月4日、消費税の簡易課税制度について「制度を利用した中小法人などを検査したところ、79.6%の事業者で税金の一部が事業者の手元に残る『益税』が発生していた」「現行制度のまま税率が上がれば益税が増えると懸念され、消費税に対する国民の信頼性を損ねる」ことを内閣と国会に報告しました。簡易課税制度は、これまでも消費税率が上がるたびに変更され、例えば、適用範囲は、当初は5億円から始まり、4億、2億、現行は5000万円まで縮小され、今後さらに縮小する可能性が大きいといえます。また、納付税額に直結するみなし仕入率は、当初は2区分から始まり4区分、5区分、現行は6区分とより細分化されました。簡易課税の同報告の「所見」では、わずか1ページの中で「益税」の用語を5回も使うなど極めて政治的意図を感じさせるものです。また、前年の検査院報告は「新設法人等の特定期間の課税売上による免税期間の短縮」に直結しています。

* 「適正化」問題の政府の最終目標は、課税事業者割合が極めて低いとして(資料)免税点の大幅な引き下げを狙っています。とりわけ、農業も含めた個人事業者の免税事業者割合が約75%にものぼっていることに対し、政府は更なる消費税増税を強行する立場から「このままでは消費税はもたない」とかねてから危機感を募らせていました。現に民主党の税調(23.12.29)でも「中小業者などの事務負担に配慮し、免税点制度や簡易課税制度は維持する(建前)。そのうえで益税が生じているのではないかといった指摘も踏まえ実態に即して見直す(本音)」と同様な立場を強調しています。

【全事業者数に占める免税事業数の割合】
全事業者の状況(単位:人、社) 割合(%)
個人 課税 1,433,507 25.2
免税 4,250,893 74.8
法人 課税 2,059,819 71.1
免税 836,913 28.9
課税事業者合計 3,493,326 40.7
免税事業者合計 5,087,806 59.3
(23.12.7税調資料、財務省作成を編集)

注1:免税事業者数は平成22年国勢調査(総務省)及び、国税庁特別集計(21年)により推計
注2:課税事業者数は平成21年分(国税庁)

税制調査会などの議論を踏まえれば、私見ですが「免税事業者割合を目に見えるように減らしたい」という税調の(民主党政権当時)考え方から想像すれば、免税点はおそらく500万円位まで引き下げられるのではないかと予測され、大工の一人親方など零細な事業者全般に深刻な影響が広がります。

* 売上1000万円以下の業種は、建設関係の一人親方のような無店舗のサービス業か、夫婦のみの零細なサービス業に限られ、現行簡易課税の第4、5業種の事業が大半です。90%が免税業者といわれている農業所得者は第3種、建設関係の一人親方、外務員、飲食店は第4種、システムエンジニア、個人タクシー、運送業、不動産貸付、理容、労働組合や各種団体は第5種と広範囲な零細業者や市民団体(収益事業部分)に影響し、税率引き上げ分と中小法人対策の改悪による実質負担増で滞納者が激増しかねない事態が予測されます。

(おかざわ・としあき)

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