論文

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国税通則法の改定と納税者の権利
立正大学法学部客員教授 浦野 広明
1 納税者の権利と偽り人権を制限

野田政権は、2011年12月10日未明、2012年度(平成24年度)税制改正大綱を閣議決定した。野田政権は、この大綱において、「2011年度税制改正において、納税者の立場に立って、税務調査手続の明確化等の国税通則法及び地方税法の改正を実施した」と、国税通則法を改悪したにも拘わらず、改正だと強弁している。

自公政権から民主主導政権に移行した最初の政権は鳩山由紀夫政権であった。鳩山連立内閣(民主、社民、国民)が2009年12月22日に閣議決定した2010年度税制「改正」大綱の表題は「納税者主権の確立へ向けて」となっていた。一口に納税者といってもその構成は、庶民、中小企業、資産家、大法人など多様である。納税者主権というがだれのためのものかが問題である。

「納税者主権」だとか「納税者の立場に立って」と述べるが、この場合の納税者ということばは、庶民や中小企業の基本的人権を制限するための、もっとも包括的・抽象的な法概念・法思想傾向となっている。人は、それ自体まったく無内容・空虚な、このことばの中に、それぞれの価値判断にもとづき、どんなことでも盛り込むことができる。強権的な税務行政擁護論者は、納税者の権利を制限し、義務を強調する理由づけとして、納税者の権利論をもちだしてくる(1)。

2011年度税制改正法案は、国税通則法改定に関して「国税通則法」という法律名を「国税に係る共通的な手続並びに納税者の権利及び義務に関する法律」に改めるとしていた。法律名の改変は「納税者の権利」ということばを入れて、いかにもいいことを行うかのように見せかけたのである。しかし、中小業者の権利を確立しようなどと思ってもいないのだから、すぐに馬脚を表し法律名の変更をひっこめた。

納税者憲章をつくるという条文も入っていたが、その納税者憲章なるものは、国税庁長官が作成する納税者の義務一覧であった。ルールにしたがった税務調査は合法である。ルールからはずれた調査は法律違反であって無効であるということを再確認するのが納税者憲章の役割である。税務署と中小納税者の関係では、権力を持つ税務署のほうがはるかに強い立場にあって、力を持たない中小納税者のほうが弱い立場にある。弱者である中小納税者の権利を守らない憲章などは憲章とはいえない。つまり憲章は納税者に対する命令ではなく、税務職員に対する命令でなければならない。以下で触れるように国税通則法の当初改定案にあった、「納税者権利憲章」の実態は「納税者の義務一覧表」であって、憲章の名を騙る「納税者抑圧規定」といえよう。
2 法の存在理由

法は、社会のルール(規則)の一つである。ルールは何のためにあるのか、一言でいえば弱い者の利益を守るためにある。具体的な例でいうなら、電車に乗るとき、ルールがなければ、腕力の強い者、あつかましい者が他人を押しのけ、後から来たのに先に乗ったりする。泣くのは力の弱い者、気の弱い者になる。そうならないように、先着順に乗るというルールによって、誰でも安心して待つことができる。力の強いものの実力行使を認めないというのが、ルールの鉄則である。

ところで、法が他のルールと違う特徴は、ルールが守られなかった場合に制裁(罰すること)を受けるという問題である。法というルールの場合には、制裁の場面に国家が出てくる。つまり、国家が権力を行使するのが特徴である。そこで国家が、制裁のための組織(軍隊、警察、税務署、裁判所、刑務所など)を独占する。国家とは、このような組織を独占している政治組織である。

法は国家が強制力によって制裁を加えることができるルールであるから、市民に対して敵対的な国家であると、そのような国家が強制的組織力を行使すると、市民は恐るべき被害を受ける。そこで、そういう国家権力の行使を抑えるために、法が必要になってくる。つまり、国家の上に法があって、国家は厳格に法にもとづき、法に従ってのみ行動しなければならないのである。

近代憲法が生まれたのは、国家権力の作用をルールによって抑えることをねらってのことである。つまり、憲法は国民に対する命令でなく、公務員に対する命令なのである。

税務署員が国民から税金を取る場合には、このルールに従いなさいと命じているのが、税金の法律である。すなわち税法とは税務署員に対する命令である。税務行政は、もともと国民の基本的人権に対する重要な侵害行為をしがちであるから、納税者の人権を侵害しないように税務行政手続には最大限の配慮がなされなければならない。

このように法は、国家権力の活動をルールに従わせるところに中心的な意味がある。先に述べたように国家と国民の関係では、権力を持っている国家のほうがはるかに強い立場にあって、力を持たない国民のほうが弱い立場にある。弱者である国民の権利を守らない法律などは「法」とはいえない。
3 適正手続・行政手続

憲法31条は、「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」と定める。この規定は、人身の自由についての基本原則である。これは国民の人権保障のために公権力の作用を制限する適正手続・行政手続をうたったものである。

行政手続法は1993年11月に成立し、1994年10月から施行された。前近代的な日本の行政の適正手続・透明化を求める国民の声や外国の圧力とが合わさってできたのである。

行政手続法の制定前に大蔵省(現財務省)は、この法がそのままできたら乱暴な税務行政に歯止めがかかると大あわてをした。法成立前の国会で渡邊博史(大蔵省主税局税制第3課長)説明員は、わが国の税務行政について、「国税通則法及び各税法におきまして必要な範囲の手続を規定いたしまして、完結した独自の手続体系が形成されているところでございます。これによりまして行政運営の公正と透明性は十分確保されているところでございまして、国税に関する法律については新たな整備の必要はないというふうに認識しているところでございます」と危機感をむきだしにしていた(衆議院内閣委員会1993年10月19日)。官僚は、むずかしい専門用語を使って国民に分かりにくい法律をつくり、押しつけることを得意としている。したがって、国民の側も、それに太刀打ちする備えが必要となる。

大蔵省の横やりで、行政手続法は納税者にとって最も重要である「税務調査の手続」を適用除外とし(3条1項14号)、さらに、国税通則法74条の2を改変し、行政手続法第2章の「申請に対する処分」と第3章「不利益処分」についても行政手続法の適用除外とした。

しかし、この適用除外はこれをよしとした のではなく、将来の検討課題としたにすぎないのである。

いくら大蔵省が適用除外を採用するように暗躍をしても、行政手続法1条(目的)がうたう「行政運営における公正の確保と透明性の向上を図り、もって国民の権利利益の保護に資することを目的とする。」は、税務行政においても適用除外とはならない。つまり、行政手続における公正の確保と透明性の向上が必要であることは、税務行政手続にも当てはまる。したがって、税務調査においては、手続の公正・透明性を確保して国民(納税者)の権利利益を厳格に保護しなければならないのである。
4 国税通則法の改定内容

国税通則法改定をめぐる主な問題点に触れてみる。

(1)国税通則法の法律名変更
先に述べた国税通則法という法律名を「国税に係る共通的な手続並びに納税者の権利及び義務に関する法律」)に変えるということは、中止となった。国税通則法の改定内容には、納税者の権利を前進させる項目はないのであるから、法律名の変更などできるはずもない。法律名変更中止は、「羊頭を掲げて狗肉を売る」ことが明らかになったからである。

(2)1条(目的)の変更
1条の当初改定法案は次のように規定していた。
「この法律は、国税についての基本的な事項及び共通的な事項を定め、税法の体系的な構成を整備し、かつ、国税に関する法律関係を明確にするとともに、国税に関する国民の権利利益の保護を図りつつ税務行政の公正な運営を確保し、もつて国民の納税義務の適正かつ円滑な履行に資することを目的とする。」

成立法は改定法案から「国税に関する国民の権利利益の保護を図りつつ」というくだりを削除した。その結果、1条は次の規定となったのである。
「この法律は、国税についての基本的な事項及び共通的な事項を定め、税法の体系的な構成を整備し、かつ、国税に関する法律関係を明確にするとともに、税務行政の公正な運営を図り、もつて国民の納税義務の適正かつ円滑な履行に資することを目的とする。」

結果的に1条の規定は現行法とまったく同じ規定になった。何ゆえにこんなことをしたのかといえば、改定法案に心にもない「国税に関する国民の権利利益の保護を図りつつ」を入れて、国税通則法反対運動を鎮静化するのがねらい。姑息な手段である。

先に述べたが、行政手続法1条(目的等)は、「この法律は、処分、行政指導及び届出に関する手続並びに命令等を定める手続に関し、共通する事項を定めることによって、行政運営における公正の確保と透明性(行政上の意思決定について、その内容及び過程が国民にとって明らかであることをいう。第46条において同じ。)の向上を図り、もって国民の権利利益の保護に資することを目的とする。」と規定している。

このように行政手続法1条は、「国民の権利 利益の保護に資すること」を終局目的としている。行政手続法は行政手続きに関する憲法に準ずる基本法である。国税通則法1条で「納税義務」を強調し、納税者には義務しかないように定めても、税務行政の基本は、「納税者の権利」であることを規定する行政手続法1条が厳然と存在する。

(3)納税者権利憲章
当初改定法案には4条(納税者権利憲章の作成及び公表)という規定があった。この規定は、国税庁長官が、次に示すから 17 の事項を平易な表現を用いて簡潔に記載した文書(納税者権利憲章)を作成し、公表するというものであった。

作成目的  申告・納付期限  更正の請求  更正・決定  納付の手続  督促・滞納処分  還付  延滞税・利子税  加算税  更正・決定の期間制限 11 税務調査12 申請の拒否 13 不服申立て・訴訟 14 税理士の義務 15 申告を適正にするための情報提供 16 守秘義務 17 納税者の義務

国税庁長官が作成する納税者の義務一覧表を納税者権利憲章というのだから、あきれる。このようなことが平然となされるのは、官僚が 憲法よりは法律の方を、法律よりは通達や上級の指示を重要視する、 自らは法を軽視する反面、国民に対しては、法の力を過大評価し、法的統制の限界をこえて、法律による強制で当面の矛盾を解決できると過信する、 徴税政策を合理化するための技術として法を見る、という特質があるためである。この条文は削除された。

(4)70条(国税の更正、決定の期間制限)
改定前の70条が規定する更正の期間制限は原則3年であった。70条は、「次の各号に掲げる更正決定等は、当該各号に定める期限又は日から5年を経過した日以後においては、することができない。」と、更正の期間制限を5年に延長した。
この改定により、調査が5年行われるかのような指摘がある。更正の期間制限が5年になったからといって5年分の調査をすることになるわけではない。税務調査は、納税者が行なった申告内容について調査をしなくてはならない合理的な根拠があるときにできるものである。通則法は、「必要があるとき」税務調査ができると規定している。更正決定等の制限期間がただちに調査ができる期間とはならない。

(5)74条の2(所得税等の調査に関する質問検査権)
改定法は、〈国税庁、国税局若しくは税務署(以下「国税庁等」という。)又は税関の当該職員(税関の職員は消費税の調査に限る。)は、所得税、法人税又は消費税に関する調査について必要があるときは・・・・・・質問し、帳簿書類その他の物件を検査し、又は当該物件の提示若しくは提出を求めることができる。〉と規定した。
憲法31条は、「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」と規定している。憲法31条の規定は、人身の自由についての基本原則である。
改定74条の2は、憲法31条違反であり無効である。憲法98条1項は、「この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。」と定めているのである。

(6)74条の7(提出物件の留置き)
改定法は、「国税庁等又は税関の職員は、国税の調査について必要があるときは、提出された物件を留め置くことができる。」と留置きを規定した。
憲法35条は、「何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第33条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。2捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。」と規定している。「住居、書類及び所持品」について、恣意的な「侵入、捜索及び押収を禁止している」しているのである。74条の7は憲法35条・31条に反しており違憲無効である。

(7) 74条の9および74条の10(事前通知・事前通知なし)
改定通則法は、事前通知(74条の9)と事前通知をしない場合(74条の10)の規定を新設した。
74条の9は、税務職員は、税務調査に際し、納税義務者等に、事前に調査を行うということおよび調査に係る 開始日時、 場所、 目的、 対象税目、 対象期間、 対象帳簿その他の物件を通知しなければならない。税務職員は、通知を受けた納税義務者から合理的な理由を付して、開始日時、場所について変更する求めがあった場合には、納税者と協議するように努めることとした。

一方、74条の10は、調査の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあると認める場合には、通知をしないとした。事前通知のない調査は、憲法の適正手続(31条、13条)違反であり、74条の10の規定は違憲無効である。

74条の9が定める協議は、調査開始前の日時・場所の設定に関する規定であり、協議を行う前に調査官は目的対象帳簿ついて納税義務者等に対し趣旨・内容・個別の責任者を明らかにしなければならない。明らかにする過程で対象期間について納税者の同意を得なければならないことになる。
5 事前通知のない調査と税理士の責任

税務調査のなかでも納税者に対して事前に連絡をしないで、調査官が訪れる、いわゆる「抜き打ち調査(現況調査)」は、納税者に大きな精神的ショックを与える。税務運営方針は、「税務調査は、その公益的必要性と納税者の私的利益の保護との衡量において社会通念上相当と認められる範囲内で、納税者の理解と協力を得て行なうものであることに照らし、一般の調査においては、事前通知の励行に努め、また、現況調査は必要最小限度にとどめ(る)」として、事前通知の励行を求めている。

事前通知をせず、多人数で納税者の自宅、店舗等におしかけ、長時間に渡り、職権を濫用し、威力を用いて業務を妨害する「料調方式調査」は、人権を無視した違法な調査の典型といえるものだ。

調査官がこの調査の途中において、納税者に「上申書」や「申述書」の提出を求めることがある。納税者にとってはこれを提出したことが命取りになることがある。つまり、強要された修正申告とともに上申書等を提出することにより、あとで、それが強要されたものであり無効だと主張しても「自分でごまかしを認めたではないか」と退けられる。「上申書」や「申述書」などというものは、税法の根拠がある文書ではない。決してこのような文書を提出して、取り返しがつかないようなことにならないよう注意しなければならない。

改定通則法は、事前通知を行うという原則規定と調査の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあると認める場合事前通知行わない場合という例外規定を置いている。原則と例外を置いた場合、そのうちに例外が原則になるのが通例である。納税者の要求にこたえるかのポーズをとるために、「質問又は事前通知等」の条文は設けるが、例外規定で抜き打ち調査を法が容認することをねらっている。

税理士は、抜き打ち調査にきちんと対応しなければ責任が問われることさえありうるのである(注2)。適正手続に反した税務調査は許さないという代理人の職務遂行がますます重要になっている。
(1)独占資本主義の下で、権力は、現実には法からの逃避への傾向をますます強めれば強めるほど、それがあたかも法(とくに憲法)から逃避していないかのごとき形式をますます巧みに整えなければならないという深刻な矛盾、あるいは、実質的に近代憲法の諸価値をみずから否定しようとすればするほど、それら諸価値が本格的に定着しつつある国民に対しては、それら諸価値を守っているとの形式をとって法を操作しなければならないという深刻な矛盾に当面し、この矛盾を処理するために、利用できるあらゆる解釈方法論を導入し、法の解釈という操作を通じて自己の支配の正当性を維持しようと努めるに至る。
調査の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあると認める理由開示をさせることが重要である(適正手続)

(注2)税理士が代理人としての役割を果たしていない場合の責任については、次のように指摘される。「税理士は事前通知なき税務調査に対しては、常に事前通知を欠く調査が適法たり得る事情があるか否か検討をし、また課税庁の職員に対し事前通知を欠く調査の必要性の開示も求めるべきである。課税庁の当該職員は、上記必要性を開示する義務はないと言うかもしれない。しかし当該職員に義務があるか否かはしばらく措くとして、税理士にとって委嘱者との契約によって税務調査の場で主張・陳述すべき債務の履行を不能もしくは遅滞を余儀なくさせられたものであり、委嘱者からみれば委任した税理士による課税庁職員に対する臨場調査の場における主張・陳述権を侵害されたのであるから、なぜに事前通知をしなかったのか、その事由の開示をもとめることは当然のことである。この開示をもとめることなく調査に応じた税理士は委嘱者から債務不履行責任を追及されることもありうる。これは要するに、守秘義務も助言義務も、ひとり公法上の義務であるばかりでなく、委嘱者との契約上の義務(債務)という側面も有すること、事前通知を受ける権利は公法上の権利であるとともに委嘱者に対する債務でもあることを認識し、その責に任じなければならないのである」(佐藤義行「士業法における業務責任の法理」日本税理士会連合会監修『税理』1993年6月号20頁以下)。

(うらの・ひろあき)

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