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「新しい公共」と「金融立国戦略」批判
東京会 関本 秀治

はじめに

菅内閣は、参院選に先だって6月18 日に「新成長戦略」を閣議決定しました。続いて6月22 日には「財政運営戦略」を閣議決定しました。

新成長戦略は、昨年12 月30 日に閣議決定した「新成長戦略(基本方針)」の最終版として、昨年末の「基本方針」に対して各界からの意見を聞いて6月を目途にとりまとめるとしていた今後の経済・財政運営の基本的な方向を決定したものです。これに対して財界は、4月13 日に「経団連成長戦略2010」を発表しました。この財界提言については本誌6月号(578 号)で総括的な批判をしておきましたが、新成長戦略についてはまだ検討を加えていませんでした。

新成長戦略が閣議決定されるまでの経緯についていうと、昨年12 月の基本方針の段階では、まだ政府は、明確な政策転換をしていませんでしたが、その後、経済産業省が「産業構造ビジョン2010」の策定に向けて、産業構造審議会競争力部会で財界の協力を得て作業を開始した段階から大きく方向転換しているのが特徴です。

産業構造審議会競争力部会の構成メンバーをみると、財界の代表がずらりと並んでいます。主なところは次のとおりです。

  大坪 文雄 パナソニック社長
  勝俣 恒久 東京電力会長
  小島 順彦 三菱商事社長
  小林 善光 三菱化学社長
  佐藤 康博 みずほコーポレート銀行頭取
  寺島 実郎 日本総研・三井物産戦略研究所会長
  西田 厚聰 東芝会長
  長谷川閑史 武田薬品社長
  渡辺 捷昭 トヨタ自動車副会長

このほかにも、消費者団体代表、労働組合代表、大学教授なども委員に名を連ねていますが、これらの人達には大変失礼ですが、委員会の「公正らしさ」を装うためのアリバイ作りに利用されただけです。
1.菅内閣による政策転換の内容

鳩山内閣が昨年末に決定した「基本方針」の段階では、まだ露骨な大企業応援の方向は打ち出されていません。「公共投資中心の第一の道」、「構造改革と規制緩和、市場原理主義中心の第二の道」ではなく「環境、健康、観光、科学・技術振興などにより100 兆円超の新しい需要と雇用を生み出す第三の道」をめざすとしていました。もちろん、財界の注文もきちんと受け入れ「国民が成長を実感できる名目成長率の実現を最重要課題と位置づけた経済運営を行う。具体的には2020 年までの平均で名目3%、実質2%を上まわる成長、2020 年度における我が国の経済規模(名目GDP)650 兆円規模を目指す」としていました。

ところが今年2月から発足した前記の競争力部会は、これとは全く別の方向をめざした作業を続け、6月1日には、「経済構造ビジョン2010」をとりまとめ、自動車産業に代表されるグローバル化した大企業に学んで「国を挙げて産業グローバル競争力強化に乗り出す」ことをメインテーマとして「国家間の熾烈な付加価値獲得競争に勝ち抜く」ため「国と企業の壁、省庁の壁、国と地方の壁を越え、グローバル大競争時代を打ち勝つ戦略の確立が不可欠であると強調しています。つまり「国民生活が第一」の方針から「大企業応援が第一」の方向へと大きく舵を切り直したことを公式に宣言したわけです。

この「ビジョン2010」の方針は、そのまま「新成長戦略」に引き継がれ、6月18 日閣議決定となりました。新成長戦略では環境・エネルギー部門で50 兆円の市場拡大と140万人の雇用創出、医療・介護・社会保障関連部門で50 兆円の経済効果と284 万人の雇用創出、観光部門で10 兆円の経済効果と56 万人の雇用創出を謳っています。これを単純に合計しますと110 兆円の経済効果と480 万人の新規雇用創出ということになり2020 年にはバラ色の「元気な日本」が誕生していることになりますが、その具体的な道筋は全く示されていません。

つまり、新成長戦略は、財界と官僚による根拠のない作文にすぎないといえます。この程度の作文なら電卓程度の道具があればわれわれにも書くことができます。はっきりしていることは、国を挙げてグローバル化した大企業の応援を行うこと、そのために必要とあればそれを阻害する規制を取り払うこともあえて辞さないという「戦略」を菅内閣の方針として明確化したことだといえます。
2.新成長戦略に現われた新しい思想

新成長戦略の各分野の方針については、他の文書(日民協機関誌「法と民主主義」10 年10 月452 号)で検討していますので、そこで触れられなかったいくつかの点について以下で検討しておきたいと思います。

まず第一は、これまで示されなかった新しい言葉「新しい公共」についてです。新成長戦略の中では、位置が前後しますが「新しい公共」について次のように述べています。新しい公共

「新しい公共」が目指すのは、一人ひとりに居場所と出番があり、人に役立つ幸せを大切にする社会である。そこでは、国民の多様なニーズにきめ細かく応えるサービスを、市民、企業、NPO等がムダのない形で提供することで、活発な経済活動が展開され、その果実が社会や生活に還元される。「新しい公共」を通じて、このような新しい成長を可能にする。政府は、大胆な制度改革や仕組みの見直し等を通じ、これまで官が独占してきた領域を「公(おおやけ)」に開く。このため、「「新しい公共」円卓会議」や「社会的責任に関する円卓会議」の提案等を踏まえ、市民公益税制の具体的制度設計やNPO等を支える小規模金融制度の見直し等、国民が支える公共の構築に向けた取組を着実に実施・推進する。また、新しい成長及び幸福度について調査研究を推進する。

官が独占していた領域を「公」に開き、ともに支え合う仕組みを構築することを通じ、「新しい公共」への国民参加割合を26%(「平成21 年度国民生活選好度調査」による)から約5割に拡大する。(50 ページ)(国民参加と「新しい公共」の支援)

国民すべてが意欲と能力に応じ労働市場やさまざまな社会活動に参加できる社会(「出番」と「居場所」)を実現し、成長力を高めていくことに基本を置く。

このため、国民各層の就業率向上のために政策を総動員し、労働力人口の減少を跳ね返す。すなわち、若者・女性・高齢者・障がい者の就業率向上のための政策目標を設定し、そのために、就労阻害要因となっている制度・慣行の是正、保育サービスなど就労環境の整備等に2年間で集中的に取り組む。

また、官だけでなく、市民、NPO、企業などが積極的に公共的な財・サービスの提供主体となり、教育や子育て、まちづくり、介護や福祉などの身近な分野において、共助の精神で活動する「新しい公共」を支援する。(32ページ)

この考え方は、政府の責任で行うべき社会福祉などの公共サービスを切り捨てるだけでなく、その不足分を市民やNPO、場合によっては地域経済を担う中小零細企業などに押し付けようとする新しい思想であり、「小さな政府」の延長線上にあるという性格のほか、国民を半ば強制的にボランティア活動に動員しようという意図が透けて見えるように思われます。もし、そうだとすればこれは戦争中の「国家総動員法」を彷彿させるものといえます。この手の国民への困難の押し付けは、消費税の大増税や福祉の切り捨てなどと相俟ってますます強まってくる可能性があるでしょう。新しい思想攻撃としてきちんと把握し、早期に適切な反撃をしなければならない課題の一つであると思います。

市民運動から這い上がり、いわばなり振りかまわず、いろいろな党派を渡り歩き、遂には首相にまで登りつめた権力志向の強い菅首相は、強力な財界の支援を得て、いよいよその本性を現してきたのではないかとみるべきでしょう。

財界との関係については、民主党の党首選の直前の8月25 日に、首相官邸で経団連米倉会長と経済同友会桜井代表幹事がそろって菅首相と会談し、菅氏の再選を支持する意向を表明したことに端的に表われています。
3 金融立国戦略は何を狙うか

新成長戦略では、昨年12 月の基本方針に示された6つの戦略分野に、第7の戦略分野として「金融立国戦略」が付け加えられました。そこでは、「総合的な取引所(証券・金融・商品)の創設」として次のように述べられています。

「『新金融立国』に向けた施策として、証券・金融・商品を扱う取引所が別々に設立されているという現状に鑑み、2013 年度までにこの垣根を取り払い、全てを横断的に一括して取り扱うことのできる総合的な取引所創立を図る制度・施策の可能な限りの早期実現を行う。

総合的な取引所においては、市場としての機能を再生・発展させるため、投資家・利用者の利便性を第一の仕組みとし、『国を開き』、世界から資本を呼び込む市場を作り上げるための具体的な対応をできるだけ速やかに実行することにより、アジアの資金を集め、アジアに投資するアジアの一大金融センターとして『新金融立国』を目指す」

これは、かつての「金融ビックバン」の菅内閣版です。金融の自由化は、失敗した新自由主義、規制緩和政策の主要な一部をなしていました。これが、アメリカでは、「サブ・プライムローン」の証券化による世界的な金融危機を創り出し、リーマンショックなど多くの金融機関が破綻するという21 世紀型の金融恐慌を生み出しました。

単一通貨ユーロを採用しているユーロ圏では、その一員であるギリシャの財政危機の表面化によって、独・仏を含むユーロ圏全体の危機にまで発展する懸念が生まれています。これを契機に、これまで活動を縮小させていた投機マネーが再び活動を開始しましたし、先進国各国の財政赤字の拡大に伴う国債の信用低下が表面化し、通貨としてのユーロ自体の信用が下落する事態となっています。

その引き金となったギリシャの財政赤字の隠蔽について、アメリカの大手銀行の一つゴールドマン・サックスが関与していたといわれています(雑誌「前衛」10 年9月号、127 頁、今宮謙二中央大学名誉教授)。

サブプライムローン問題、リーマンショックなどを契機として発生し、現在も続いている金融危機、経済危機の原因は、ヘッジファンドの投機資金が大手銀行と手を組んで、高等数学(金融工学)を利用して、高利益をあげる複雑な証券化商品を作り出し、それを世界中に売り捌き、巨額の利益をあげ、そのリスクを金融機関に押し付け、最終的には莫大な税金投入によってそれを救済したところに問題の本質がありました。

このような経験から、アメリカをはじめEU諸国でも金融規制強化の方向に動き出しています。日本でも、世界に先駆けて、土地バブルの崩壊、銀行の破綻処理のために貴重な税金が数十兆円規模で投入され、それが現在の財政赤字の主要な原因の一つになっています。

現在、アメリカでは、再び、一時鳴りを潜めていた大手投資銀行(ゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレーなど)が、ヘッジファンドと組んで新しい投機取引に乗り出しているといわれます。その投資先は、新興国通貨や金、石油、穀物などの商品市場が主なものです。

このような世界的な投機資金の動きをみるとき、「証券・金融・商品」を扱う総合的な取引所を創り、海外からの投資を呼び込もうという「戦略」は、世界的な金融取引規制強化の方向とは全く逆行するものです。このような取引所を創設して、日本をヘッジファンドの暗躍する舞台とすることは、日本発の新しい深刻な金融危機を輸出することになりかねません。

これまでの経験から、ヘッジファンドは、あらゆる方策を駆使して世界中を駆け回り瞬時にして原油や穀物の相場をつり上げ、新興国の通貨さえも投機の対象にして、その国の国民経済や国民生活を破滅させることまで平気でやります。そうしたカジノ資本主義の横行に活動の場を提供することは決して賢明な政策ではありません。

これは、おそらく、本国では規制強化によって活動しにくくなったアメリカの金融資本に新しい活動拠点を作らせようとするアメリカの対日要求に沿ったものとみられます。

以上、検討してきたように、菅内閣と財界が共同で推進しようとしている新成長戦略は、そのほかの部分を含めて、「国民生活が第一」という選挙公約とは相反する「財界・大企業応援が第一」の路線を推進しようとするものであり、とうてい許されるものではありません。

(せきもと・ひではる)


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