論文

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特集 秋のシンポジウム
給付つき税額控除の問題点
〜個人情報を公有化するデータ監視社会構想は要らない!
立正大学教授 浦野 広明

給付つき税額控除は、日米安保および自衛隊の強化、大企業・大資産家擁護の税法体制(消費税増税を含む抜本税制改定)をすすめるために、政官財が考えた計略である。
1 民主党での税制改定

3年前の参院選挙(07.07.29)で与党(自民・公明)は国民の悪税制批判を受け大敗した。財界・財務省は消費税増税、大企業・資産家減税、庶民増税を進めるためにどうしたらよいか考えた。そこで得た結論が、自公政権に代えて民主党政権に悪税制を推進させようという策略のようにおもわれる。

 民主党の鳩山由紀夫代表は、「4年間の間、われわれが政権取っても消費税の増税をしないということを、ここに明言しておく」(09年6月17日、麻生首相との党首会談)と国民を欺き、09年総選挙(09年8月30日)において大勝した。

消費税増税などの税制改悪を急ぐ財界にとって、鳩山首相の「4年間消費税凍結」は邪魔になる。そこで菅直人首相へと首をすげ替えた。菅直人首相は副総理兼財務相当時「所得税、法人税、消費税など税全般の議論を本格的に始めたい」と悪税制推進の先陣を切っていた(記者会見10年2月14日)。

参院選に臨んだ菅首相は消費税増税を前面に押し出した。反発した国民は参院選において消費税増税などの悪税制を推進しようとする与党(民主・国民新)を過半数割れに追い込んだ(10年7月11日)。
2 09年度税制改定法付則第104条

消費税増税と法人税減税の議論が大手を振るには訳がある。その元凶は自民・公明両党(当時の与党)が、09年3月27日に成立させた「平成21年度所得税法等の一部を改正する法律付則第104条(税制の抜本的な改革に係る措置)」である。

法律は本則と付則から成る。その法律の主要な部分は「本則」に、その法律の付随的事項は「付則」に定める。ところが自公政府は、国民生活に多大な影響を与える今後の税制を進める税制改革の道筋を付則で片付けたのである。

この附則は、まず消費税の引き上げをうたい、加えて、庶民の所得税、住民税増税、株式保有者の株運用益減税、大企業の法人税、社会保険料の減税、大部分の庶民に相続税をかける、などを「法律で決まった」として推進しようとしている。

付則の概要は次のようになっている。
(1) 遅滞なく、かつ、段階的に消費税を含む税制の抜本的な改革を行うため、平成23年度までに必要な法制上の措置を講ずる。
(2) 当該改革は、不断に行政改革を推進することに一段と注力して行われるものとする。
(3) 改革の方向
 個人所得課税については、各種控除及び税率構造を見直し、給付付き税額控除の検討、金融所得課税の一体化を推進する。
 法人の社会保険料を含む企業の実質的な負担、法人の実効税率の引下げを検討する。
 消費税の税率を検討する。
 自動車関係諸税の負担軽減を検討する。
 相続税の課税ベース、税率構造を見直す。
 納税者番号制度を導入する。
 地方消費税の充実、地方法人課税の在り方を見直す。
 低炭素化を促進する税制の推進をする。

佐々木憲昭議員(日本共産党)は10年8月4日の衆院財務金融委員会で、「09年度税制『改正』法付則104条は削除するのが当然だ」と追及した。これに対して野田佳彦財務大臣は、「消費課税、所得課税、法人課税、資産課税、それぞれ抜本的な見直しをするのが、政府の規定方針だ」、「(付則の扱いは)その抜本改革の議論がどうなるかによって中身が変わってくる。12年3月までの段階で検討する」と付則の削除はしないとの答弁をした。

大蔵省(現財務省)出身の森信茂樹中央大学法科大学院教授は「麻生内閣がつくった消費税増税の道筋を示す所得税の付則が、重要な役割を果たすと思う。閣議決定なら内閣が交代すればおしまいだが、法律の付則は国会議員の意思。『2011年度までに必要な法制上の措置を講ずる』とある文章は生きている」と述べ、超党派の議論を進めることを求めている(朝日新聞、10年7月30日)。

このように消費税増税勢力は「付則」を根拠に消費税増税に突入しようとしている。しかし、付則は憲法の応能負担原則に反しており無効であることを銘記すべきである(憲法第98条第1項)。
3 給付つき税額控除

民主党税制抜本改革アクションプログラムは、給付つき税額控除や番号制度について次のように述べている(08年12月24日)。

(1) 所得税……「『給付付き税額控除』の導入を進める。これは税額控除を基本として、控除額が所得税額を上回る場合には、控除しきれない額を現金で給付する制度である。わが国で導入する場合には、所得把握のための番号制度等を前提に、生活保護などの社会保障制度の見直しと合わせて検討する」。

(2) 消費税……「消費税の逆進性緩和策として『複数税率』もあるが逆進性緩和策として適当とはいえない。逆進性緩和策としては「給付付き消費税額控除」の導入が適当である。この『給付付き消費税額控除』は、家計調査などの客観的な統計に基づき、年間の基礎的な消費支出にかかる消費税相当額を一律に税額控除し、控除しきれない部分については、給付をするものである。最低限の生活にかかる消費税については実質的に免除することができる。インボイスの導入などにより、『給付付き消費税額控除』の導入を図ることが必要である」。

民主党は「給付付き消費税額控除」などという不確定な内容の制度を持ちだし、インボイスの導入が必要であるかのように述べる。

16歳未満の扶養控除廃止(10年度税制改定)などによる所得税の増税や消費税の増税による生活困窮者には、とても増税額に満たないわずかな金銭を「給付」するのだという。ただし、給付するには家計の調査を行う。その時には買い物をしたときにもらう納税者番号入りのレシート(インボイス)を見せなさいということになろう。

コンピューターによる国民管理政策は電子機器関連産業や情報管理産業に巨額の受注をもたらす。それら巨大産業にとっては喉から手が出るほど欲しいものだ。

事業者が取引毎に番号の入ったインボイスを発行するには高額のコンピューターを買わなければならない。毎年の税制改定に対応するソフトも高額だ。零細業者にはとても負担できない。

納税者番号といえば一般的に「納税者」に付けるものだと考える。しかし、民主党の番号制度は、「納税がない人も税の給付を受けるのだから番号を付ける」ということである。給付付き消費税額控除を理由に家計調査まで行ない、個人の家計まで国が管理をすることをねらっている。
4 「給付つき」論者の主張

(1) 森信茂樹中央大学法科大学院教授(財務省出身)
森信教授は、「給付つき税額控除制度のメリットは多い」と述べ、導入への課題について概略次の3点を掲げる。

 児童手当、児童扶養手当、生活保護等の現行社会保障給付、配偶者控除、扶養控除等の各種所得控除、最低賃金制度等を整理統合し、バラマキとならないよう効率的・効果的な制度とする。

 不正給付の防止を考える。クロヨンと呼ばれる事業者所得の正確な捕捉が必要。これらの対策として、給付(還付)事務を会社レベルで行うことや、(納税者)番号制度の導入を真剣に検討する。

 税務当局と社会保障官庁の整理・統合・協力が課題。国税当局は課税最低限以下の情報を持っていない。制度の適正な執行にあたり、多くの情報とノウハウを持つ地方自治体(市町村)と密接に協力してゆく。地方自治体は、給与支払報告書、住民税・国民健康保険税の申告を受ける立場にあり、さまざまな人の所得情報を持っている。最終的には、税務官庁がそれらの情報を管理、徴税の一元化が必要となる(森信茂樹編著『給付つき税額控除』中央経済社2008年序文2頁)。

森信教授は、税額控除を評価するとして概要次のように述べる。

 所得控除は、累進税率のもとで、高所得者の税負担をより多く軽減する。課税最低限に近い層をターゲットとするには所得控除では減税効果が拡大し、財源上の非効率が生ずる。税額控除は、一定の所得以下の納税者・世帯だけを対象とすることが可能なので、課税ベースの浸食は限定される。所得控除から税額控除への移行は、課税ベースの拡大による水平的公平性の向上になる。

 税額控除を、労働による稼得行為と結びつければ、働かなくとも給付が受けられる失業手当につての倫理観の欠如を避けることができる(前掲書15頁以下)

(2) 鶴光太郎慶応大学大学院特別招聘教授
鶴教授は、給付付税額控除導入のメリットについて、概略次のように森信茂樹教授の主張をなぞる。

 税額控除は一定の所得以下の納税者・世帯を対象とでき課税ベースの浸食が限定される。所得控除は、累進税率のもとでは、高所得者の税負担をより多く軽減し、課税ベースを大きく縮小させる。

 課税最低限近くの層を標的にするには、課税ベースの浸食を限定的にする税額控除がよい。

 税額控除の財源は、各種所得控除、特に、扶養、配偶者控除を縮小させる(前掲書36頁)。

導入に向けては、納税者番号制導入、不正還付への対応、税・社会保障で統一的な番号導入をする(前掲書38頁以下)。

(3) 田近栄治一橋大学大学院教授・八塩裕之京都産業大学教授
両教授は、「所得控除を思い切って縮小して所得税の課税ベースを拡大し、日本の所得税の『課税力』を強化する一方、税額控除によって税と社会保障を合わせた負担の軽減を図る(土居丈朗編『日本の税をどう見直すか』日本経済新聞出版社2010年82頁以下)。
5 納税者番号制

先の09年度税制改定法付則第104条は、税務行政に関して、「納税者番号制度の導入の準備を含め、納税者の利便の向上及び課税の適正化を図ること」としている。

日本経済新聞は納税者番号制度について次のように述べている。「納税者や取引の相手先である金融機関などは、税務当局に提出する書類に番号を記載する。当局は提出資料の名寄せがしやすくなるとともに、納税申告書や支払調書の内容を突き合わせることで、正確に申告されているかどうかを検証できる。所得把握の精度が高まれば、申告漏れや脱税を防ぐ手立てにもなる」(09年10月21日)。

この解説は皮相的である。政府が導入を図ろうとしている納税者番号制度は、国民に「番号」をつけてコンピューターで国民の資産や所得を把握し、国民を国家の管理下に置こうという制度である。しかし、番号制度はそれに留まらない。すでに国、自治体は国民を管理している。99年8月に改定した住民基本台帳法に基づき、住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)が02年8月に実施された。住基ネットにおいては、国や自治体が住民基本台帳記載の氏名、性別、生年月日、住所、住民票に新たにつけた番号(住民票コード)、それらの変更履歴、など6つの情報を、一元管理している。国民一人ひとりに、10ケタの番号を付けて、全国共通の「住民基本台帳カード(ID=身元確認カード)を発行し全国ネットのコンピューターにつないで、一元的に管理している。全国共通の住基ネットには、自治体独自の情報も条例を定めて付け加えることができる。さらに納税者番号制度の法定化により、納税者のあらゆる情報を織り込むことになる。つまり国民総背番号制が実現する。「藤井財務相は、20日の日本記者クラブでの講演で、番号制度は所得課税の見直しに不可欠な仕組みだと強調。導入時期については4年間の任期の後半の仕事だと述べた。自民党政府が導入に踏み切れなかったのは、同制度を望まない業界団体などへの配慮があったからだ。個人情報が漏れた場合の懸念からなお強い抵抗もある。主要国では納税や社会保障のほか、選挙や兵役に使われるケースもある」(日本経済新聞、09年10月21日)。

藤井俊夫千葉大学教授は次のように指摘する。「今日ではあくまでも各種の情報通信技術(IT)の急激な進展に対応して、その利便性を活かすために国民個人に関する統一コードが構想されているのであるが、しかし、それは反面で、同時に、国民に対する警察国家的な管理のために、それが悪用ないし濫用される危険性を伴う」(『情報社会と法』第2版、成文堂、2006年)。

コンピューターによる納税者の管理支配政策によるプライバシー権(憲法第13条)の侵害は計り知れない。行政がコード、カード、納税者番号によって全国民の個人情報を管理することは、国家が24時間休み無く国民を監視することであって、憲法違反、地方自治法違反となる。現在も税務署は所得税の申告者に番号をつけて納税者を管理しているが、この番号は法的な裏付けがなく強制力はない。導入しようとしている納税者番号制度は法律の裏付をもって納税者を強制的に管理しようとするものである。

税制調査会は、納税者番号制度について、「現在、税務当局が行っている各種資料の『住所・氏名』による名寄せ・突合に代え、資料に記載される『納税者番号』を用いることによって作業の効率化を図り、適正・公平な課税を実現しようとするものである」と述べてきた(07年11月答申)。

財務省は番号制度に関して税制調査会に資料を提出した(09年10月20日)。その大要は次のようにうたっている。

(1) 番号付与
納税者に広く番号を付与し、各種の取引に際して、納税者が取引の相手方に番号を「告知」すること、納税申告書及び取引の相手方が税務当局に提出すべき資料情報(法定調書)に番号を記載することを義務づける。これにより、税務当局が、納税者から提出される申告書の情報と、取引先の相手方から提出される資料情報を、その番号をキーとして集中的に整理(名寄せ)・マッチング(突合)できるようになり、納税者の所得情報をより的確に把握することが可能となる。

(2) 資料情報範囲の見直しの必要性
資料情報の範囲を見直すことにより、一層確実な所得把握が可能となる。現行の資料情報は全53種で年間約1億4千万枚であるが、資料情報制度の拡充により、所得把握のための資料が充実する。

税制調査会は「95年度税制改正に関する答申」で「法定資料の範囲を広げることにより、更なる課税の適正化を目指す」としている(94年12月)。

税務署は現在、法定外資料の収集のため各種文書を乱発している。これらを法定資料としようというのである。法定資料の虚偽記載・不提出罪は、10年度税制改定で「1年以下の懲役又は50万円以下の罰金」と強化した。
6 歳入庁の設置

2010年度税制「改正」大綱は税の徴収業務に関して歳入庁の設置を決めた。大綱は歳入庁の設置について次のように述べている。

「年金制度改革と並行して、年金の保険料の徴収を担っている日本年金機構(2010年1月に社会保険庁より改組予定)を廃止し、その機能を国税庁に統合、歳入庁を設置する方向で検討を進めます。歳入庁は税と社会保険料の賦課徴収を一元的に行います。行政の効率化が進み、行政コストも大幅に削減できます。国民にとっても、税は税務署、保険料は社会保険事務所など別々の場所に納付する手間が省けます。歳入庁は、国税と国が管掌する社会保険料の徴収を行うこととなりますが、国税と徴収対象や賦課基準が類似の税について自治体が希望する場合、地方税等の徴収事務を受託することも検討します」。

歳入庁は税と社会保険料の賦課徴収を一元的に行う。歳入庁は自治体が希望する場合、地方税等の徴収事務を受託するというのである。

歳入庁構想は現実化してきている。

長妻昭厚生労働相は8月10日、国民年金保険料の悪質な滞納者について、国税庁に財産差し押さえを含む強制徴収を委任する方針を固めた(日本経済新聞、10年8月11日)。消費税(地方消費税を含む)の最大の欠陥は、高所得者には軽い負担、低所得者に重い負担をさせるという逆進性にある。庶民は所得の大半を生活費に使う。消費税はその生活費支出にも容赦なく襲いかかり、国民の生存権を侵害する。

国民年金保険料の実質は「目的税」である。国民年金も負担能力を一切考慮しない。

消費税、住民税、国民年金等が滞納となる原因は憲法の応能負担原則に反している点にある。滞納取立てに本腰を入れるのではなく、滞納の原因となる税制を応能負担に変えなければ庶民は生存できないことになる。

徴収が円滑に遂行されるかどうかの基本的要因は、行政庁、行政主体、国家権力が国民の側に立ち国民の利益を守っているか、それとも大多数の国民と対立的敵対的関係に立っているか、という現実の事実そのものの中にあるのである。給付つき税額控除、番号・インボイス・歳入庁を認めるかどうかという事柄は、制度的ないし理論的問題の中にあるのではない。庶民の現状を見ようともしない課税庁の支配力をそのまま認めることはできない。
7 新しい税制調査会

鳩山由紀夫連立政権(民主、社民、国民)は、2010年度税制「改正」大綱(以下「大綱」という)を閣議決定した(09年12月22日)。大綱は新しい税制改正の仕組みとして、新しい税制調査会の設置と、租税特別措置の抜本的な見直し、を述べた。 

税制調査会(政府税調)は内閣府設置の審議会である。旧政府税調は大企業減税、庶民増税など悪税制の先導役を担ってきたが、09年10月8日をもって廃止となった。旧政府税調の最後の構成は、大学教授9人、団体・法人役員6人、新聞社役員2人、作家2人だった。悪税制を推進してきた自公政権はもちろん、悪税制を進める答申等をふりまく役割を担った歴代の政府税調会長や税調委員の責任はとうてい許しがたい。

大綱が述べているように鳩山内閣は政府税調の装いを新たにした。「内閣総理大臣の諮問に応じ、租税(国が課する税及び地方税)に関する制度について調査審議するため、内閣府に税制調査会を設置する」とする閣議決定をした(09年9月29日)。

新税制調査会の構成員は、会長(財務大臣)、会長代行(総務大臣および国家戦略担当大臣)、委員(財務副大臣および財務大臣政務官、総務副大臣および総務大臣政務官、内閣府副大臣、各府庁に置かれる副大臣のうち税制を担当する者)となった。

新政府税調は自民党政権時代のような党税調をなくして会長には財務相が就き、メンバーの各省政務官らが作業を進めることになった。

大綱は「税制の専門家として中長期的視点から税制のあり方に関して助言を行う専門家委員会を立ち上げる」とした。第5回税制調査会が09年10月29日に開かれた。全国知事会、全国市長会、全国市町村会、神野直彦関西学院大学教授等などはこの第5回税制調査会に「10年度税制改定に関する提案」等を出した。これら提案等は今後の悪税制を占う一つの材料となる。提案の概要は図のとおりである。

提案のポイント(浦野がまとめたもの)
●環境税の創設 ●地方消費税の引き上げ=消費税増税 ●個人所得課税における所得控除縮減 ●社会保険診療へ事業税課税 ●法人事業税の外形標準課税の拡大 ●固定資産税の増税 ●個人住民税の均等割増税 ●所得課税と付加価値税を車の両輪とする基幹税

神野教授は、提出した提案で「友愛社会を支える税制ヴィジョン 」まで述べた。そして、専門家委員会委員長に就任した。

東京都税制調査会(会長・神野直彦東大教授)といえば、住民税の三段階(5%、10%、13%)税率を一律10%に、地方消費税を1%から2.5%に、という応能負担原則に反する答申をまとめ石原慎太郎知事に提出しているのである(2004年11月16日)。

清水誠東京都立大学名誉教授は、「権力に近づくと必ず取り込まれるということは、戦前の教訓として、われわれは忘れてはいけない。そしておかしな妥協で終わってしまったのが、戦前から重ねてきた経験です」と指摘している(『法と民主主義』、日本民主法律家協会、2000年6月号、 349)。
8 応能負担原則の確立

憲法は、税金の支払い方について、能力に応じて負担する「応能負担原則」(応能原則)の考えを採用しているといる。したがって、財界も庶民も、応能原則を承認しなければならない。しかし、その大きな「わく」(応能原則)が前提となるものの、具体的にどの程度まで相手の立場を認めるかについての論理的限界はなにもない。それを支えているのは力関係の均衡にすぎない。

一国において応能原則をどの程度まで実現するかは、それぞれの国の財界(資本家階級)と庶民(労働者階級)との力関係にかかる問題であって、論理必然的な限界があるわけではない。

諸階層・諸階級はそれぞれの主張を国家権力の力を借りて実現しようとはたらきかける。その働きかけは、立法あるいは行政過程、さらには司法の力を借りることになる。国家権力は、社会的総勢力によって影響されながら、その力関係の推移を見て政策を決定する。国や地方自治体の歳入においては、「所得課税を中心にすえて累進課税を採用」することが重要である。先の東京都税制調査会の答申どおり、06年度税制改定により、住民税の累進税率(5%、10%、13%)が廃止されて、図のように金持ちも低所得者も一律10%の負担となった。
個人住民税の税率構造
所得区分改定前 2006年改定
課税所得200万円以下5%10%
課税所得700万円以下10%10%
課税所得700万円超13%10%
この改定は累進税率を廃止した点で第2次大戦後の所得課税制度のなかでも最悪のものである。この改悪を進めるにあたって、増税論者は税率のフラット化が簡素な税制でよいことだと説明した。フラット化の意味は憲法の応能原則を実現する上で欠かせない累進税率を投げ捨て、単一税率にするということである。これによって国民の約60%は、5%だった住民税が10%と倍になった。

日本の政治は国民に不利益をもたらすときには、カタカナや抽象的な表現を用いることが多い。河村たかし・名古屋市長が進めようとする「市民税の恒久的な10%減税」なども累進税率・応能原則の否定政策である。「給付つき」にごまかされてはならない。

日本経済団体連合会の「経団連成長戦略2010」の大要は、消費税率の早期引上げ、所得税・住民税の庶民増税、相続税の課税対象者の拡大と贈与税の負担軽減、法人実効税率の早期引き下げ、社会保障・税共通番号制度の早期導入、などで先の「付則」と軌を一にしている。

この「成長戦略」は消費税について、「2011年度から速やかかつ段階的に(たとえば、毎年2%ずつ引き上げ)、消費税率を少なくとも10%まで引き上げていくべきである。その後も、高齢者医療・介護の公費投入拡大、基礎年金の全額税方式化等、安心で持続可能なセーフティネットを確立するためには、国民の合意を得つつ、2020年代半ばまでに消費税率を欧州諸国なみの10%台後半ないしはそれ以上へ引き上げていかざるをえないと考えられる」と述べている。

菅首相が消費税増税について「自民党が提案している10%を一つの参考としたい」と発言したのは「付則」と経団連成長戦略を進めるということである。

菅首相は、公明党の山口那津男代表の質問に「公明党も社会保障(財源)に関しては消費税を引き上げることもありうると言っているわけだから、『自分たちはこう考えるけれどもどうなんだ』という形でご意見をいただければありがたい」と応えた(2010年8月5日、参院予算委員会)。

税制を民主化する問題は政治の問題に直結する。政治的中立などということはない。人は、好むと好まざるとにかかわらず、何らかの立場に立たざるをえない。

応能原則の主張は、それを主張する社会的諸集団の力を背景にした運動の過程において実現してゆく。応能原則を主張する人は、一国の政治的利害が渦巻く中で、自らの立場を有利に位置づけるために努力をしなくてならない。政治的中立は一個のまぼろしにすぎない。

(うらの・ひろあき:東京会)


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