論文

> 「先物取引」という被害
労使トラブルの実態とその対策
社会保険労務士  庄司  英尚

1  はじめに

時代の変化とともに労働環境は、めまぐるしく変わってきている。バブル崩壊後、大企業はリストラを行い、人員整理や賃金の減額、福利厚生制度の撤廃などを大胆に行ってきた。終身雇用制度の崩壊とともに、労働者は昔のように会社へすべて依存するということはなくなり、自分の身は自分で守るという意識も広がっていった。また90年代は、成果主義を導入する企業が増える一方で、所得格差も広がりはじめ、自分の処遇や仕事の成果だけを考えて仕事をする労働者が増加していった。組織への帰属意識は、どんどん薄れていくとともに労働組合もあまり機能しなくなった。このような背景をもとに、解雇や労働条件の不利益変更をめぐる個別労働関係紛争がどんどん増加していったといえるだろう。

また少子高齢化の影響により労働力不足は一層深刻になり、現場の労働者にしわ寄せがいっていることも労使トラブルが増加している要因である。また就業形態が多様化し、派遣社員やパートタイマーなどの非正規社員の割合が増加し、雇用環境が複雑になっていることも労使トラブルが増加している要因といえるだろう。

最近労働者と使用者のトラブルをメディアで見かける機会が増えている。しかしながら法律をもっと知っていれば防げると思われるトラブルも多い。企業のアドバイザーとして最低限知っていなければならないことはいうまでもない。今回は、労使トラブルの中でも増加傾向にあるサービス残業問題、解雇、年次有給休暇などを中心に過去の事例やトラブルの予防方法についてまとめるとともに労働基準監督署の調査などについてもふれてみることとする。

2  サービス残業の問題にせまる

サービス残業問題と「名ばかり管理職」問題は、今企業が抱えている労務問題の中で一番の課題である。もちろんきちんと残業代を支払い、「名ばかり管理職」は、一切いないという会社もあるだろう。しかしながら、実際に働いている管理職のうち自分が「名ばかり管理職」と思っている人が半分以上いるというアンケートの調査もあきらかになっており、もはや他人事とはいえないほど身近な話題になっている。

さてサービス残業とは時間外労働や深夜労働、休日労働をしている労働者に、その分の賃金を会社が払わないことをいうわけだが、このサービス残業をさせているということが労働基準法に違反しているという意識のない経営者が結構多い。経営者の中には、「他の会社もみんな払っていないし、そんなことをしていたら会社が潰れてしまう」という方もいるが、だからといって法律に違反していいわけではないし、実際に請求されれば残念ながら支払わなければいけないのは事実なのだ。

最近増えているのは労働者からの申告で労働基準監督署から呼び出されて、事実確認を求められるケースである。当然労働者は、証拠となるタイムカードや残業の記録などを提出しているので、いくら抵抗しても原則として残業代を2年分遡って払いなさいという命令を出されてしまう。そして今後きちんと労働時間管理をして法定どおりの残業代を支払いなさいという是正勧告を受けることになる。労働基準監督官には、労働法令違反者を逮捕できる権限まで与えられているので、是正勧告を無視していると大変なことになるということは押さえておきたい。

指導を受ければ、当然遡及して残業代を支払うことになるのだが、例えば2年間遡及するということで、残業の基礎となる時間単価が仮に2,000円(割増の時間単価は、2,500円)の労働者が、月間100時間のサービス残業をしていた場合には、2年間分で合計600万円を支払わなければならないことになる。とてもじゃないが、中小企業では経営に大きな影響を与えてしまうだろう。ニュースでは、大手企業の残業未払い数十億円という記事が目立つが、実際企業規模はそれほど関係ないということを理解してほしい。退職した労働者から、弁護士を通じて未払いの残業代を請求する内容証明を送ってくるというケースもいまや珍しくない光景だ。

また従業員9人ほどの会社の事例としては、始業の2時間前に来ていた労働者から早出残業をこの2年間ずっとしていたと主張され、割増賃金を請求されるケースなどもある。

これらに対して企業側でできる基本的な対策は、まず残業については許可制にするということ、そして仕事の効率化をはかること、労働者を増員することなどがあげられるだろう。あとは、労働基準法を有効活用することなどが考えられる。例えば、変形労働時間制などは、業種によっては対応できることも多い。早い段階で対応しておけば、それだけリスクは軽減されるということを覚えておきたい。

最後に労働基準法で定める管理監督者とは、まず経営者と一体的な立場にあり人事や業務遂行について指揮権減があること、次に労働時間などで優遇されていることの3つ、いずれも満たしていなければならないということである。これらの条件を満たすことで、時間外や休日の割増賃金の適用除外となるわけである。すなわち役職名だけで判断するのではなく実態で決まるものであり、工場長や部長であっても管理監督者に該当しない場合もあるので、実務面では十分に注意しておく必要がある。

後半に続く)

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