論文

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「先物取引」という被害
先物取引被害全国研究会  代表幹事  弁護士  大迫  惠美子

1  先物取引は被害である

「客殺し」という言葉を聞いたことがおありでしょうか。何とも毒々しい強烈な言葉ですが、こんな言葉が珍しくもなく使われるようなやり方で日常の商売が行われ、しかもそれが30年も続いているような業界があります。それは、決してヤミの商売でもなく、アンダーグラウンド・マネーがうごめく世界の話でもありません。

「商品先物取引」、国内に公設市場がおかれ、登録業者が商品取引員の資格を持って委託者と契約の上、注文を受託し、しかも、ちゃんと個々の注文を市場につないでいる商売、それなのに、「客殺し」事例が繰り返し報告され、「まさに被告会社の行った商法は客殺しと言うべきである。」などと認定する裁判例も絶えない、それが商品先物取引の世界なのです。

「え?何それ?そんな馬鹿なことないでしょ。」そう思われますか?では、皆さまの周りで、先物取引をやって損をしたという方がいらしたら、ちょっと聞いてみて下さい。あなたの取引はこんな風じゃ無かったですか?と。

2  先物取引の始まり

ある日、突然、電話が架かってきます。「○○と申します。」たとえば、彼はあなたの高校の後輩だと名乗ります。あるいは大学の同窓生とか。まあ、そんな古典的なことは言わずに、単に社名を名乗ることもあります。

「今、『原油』がとても値上がりしてますが、これからもどんどん上がります。『原油』に投資して利益を上げませんか。必ず儲かります。私は先物取引をする会社に勤めていますが、一度話を聞いて下さい。」などと言います。『 』の中は、金だったり、トウモロコシだったり色々な商品があり得ますが、まあ、あなたは一旦断るかも知れません。ですが、また電話が架かってきて、会いたいと言われます。そんなこんなで、しょうがない、一度くらいなら会おうか、と考えます。

会うと、○○君は1人で来るかも知れません。あるいは、いきなり上司と称する△△さんがついてきて、しゃべるのは専らその△△さんの方、ということもあります。いずれにしろ、立て板に水の説明がされて、聞けば聞くほど、絶対儲かるんだなと思う説明がされます。聞いている限り、今、彼の勧める商品を買って損するはずがないと思えて来ます。確かに彼は、「元本保証じゃない」とは言ったような気がしますが、そうは言っても今『原油』を買って損するはずはないという話でした。確かに、原油はアメリカ市場で何ドルを超えたとか、テレビで言っていました。これからも益々値上がりしそうです。

そこで、あなたは考えます。『そんなに儲かるなら少しやってみようかな?まあ、蓄えの中から100万円だけ使ってやってみよう。預金は1000万円あるから、そのうち100万円だけなら、多少損が出ても大丈夫だろう。』そして、契約を申し込んで100万円を渡します。

3  最初の損と追い証

契約した2、3日後に担当の△△さんから電話があって、「喜んで下さい。順調に値上がりしてます。もう利益が30万円も出ましたよ。この利益は一旦しっかり確保しておいた方が良いですから、利食っておきますね。」などと、明るいニュースとちょっと分からない単語が挟まった話が伝えられます。あなたも嬉しくて、「はい、お願いします。」と答えます。でも、この利益は実際に手にすることはありません。このまま、また、取引の中で使われるからです。でも、たまに、会社によっては、最初に出た利益を現実にお金にしてもってきてくれるところもあります。でも、その後も取引を続けることになるので、結局は、一旦もらった利益も又取引に入れることになるのですが。

因みに、最初に電話してきた○○君とは、この時点ではほとんど連絡し合わなくなります。○○君が感じがいいから、あるいは高校の後輩だと思いこんで(でも、実はほとんど高校の後輩なんかじゃありませんけど。)取引を始めても、担当になるのは○○君ではなく彼の上司です。

数日後、また電話があります。「大変です!今日、イラク情勢が急変して、『原油』の値段が急激に下がってます。追い証がかかってます。至急、50万円用意して下さい!」△△さんの声が裏返っていて、何かとんでもないことが起きた様子。おろおろしながら「追い証?どうして?それ、絶対必要なんですか?」と問いかけると、「もちろんです。すぐ用意しないと、最初に入れたお金はパアになりますよ!いいんですか?でも、安心して下さい。『原油』は基本的に値上がりする商品です。今は、イラク情報のせいで一時的に下がってますが、もうしばらくしたら、また安定して上がり出しますから、今、追い証を入れてしのげば、せいぜい1週間もしないで追い証は不要になります。そうしたら、入れて頂いたお金はお戻しできます。」などと、脅したりすかしたりの調子。うろたえたあなたは、1週間でパアにしちゃうには100万円はもったいない、とにかく、ここは、プロの意見に従うしかない、と思って50万円を追加で入れます。

4  追い証より怖い両建て

それなのに、またその2、3日後、「また追い証がかかりました!75万円用意して下さい。」との電話。あなたは腹を立てて、「追い証、追い証って、どうなってるんですか?こんなに次々お金を入れるなんて、最初には聞いてませんよ!」とつい、声を荒げてしまいます。

すると、相手は言います。「追い証がいやだと仰るなら、追い証がかからないように保険をかける方法があります。今持っている買い玉と同数の売りを立てて、両建てにするんです。」「保険をかける?じゃあ、そうしておけば損が広がることは無いんですね?」「そうです。安全な手堅い方法です。」「それでぜひお願いします。」 そこであなたは、150万円の証拠金を入れて、今持っている買い玉と同数の売り玉を注文するのです。これで、入れたお金は一挙に倍になったことになります。追い証は75万円と言われたのに、両建ては150万円入れて行いました。証拠金はいわば預け金ですから、いつか返してもらえると思って入れたわけですが、これで合計300万円が業者の手に移ってしまいました。

さて、両建てになると、あなたは、これまでよりずっと、自分の取引の内容が分からなくなります。何しろ、値段の違うときに、買いと売りの2種類の建て玉をしているので、どっちをどうすれば利益が出るのか分からなくなります。結局、担当の従業員△△さんのアドバイスなしには何も分かりません。△△さんのアドバイスに頼ってすべて決めることになるのです。

5  無意味な反復売買

その後も、△△さんは、しょっちゅう、電話してきて、「今日は値が動きそうなので仕掛けていきましょう。損失を取り戻すには積極策です。値が回復してますから、今持ってる買いを仕切って利益を確保し、買い玉を増やしていきましょう。」などとアドバイスしてくれます。あなたの損失を取り戻そうと一生懸命やってくれている様子。とにかくお任せして頑張ってもらわなければ。彼の言うことはほとんどそのまま素直に聞いて、指示にも従います。

また値が下がったといえば、今度は売りの方で利益をとって、また売り玉を増やしたりもします。売りと買い両方があるので、値動きに従って、利益の出ている方を売り買いして利益を出していってくれています。こまめに対応してくれて、相場の動きに機敏に対応して、「ああしましょう。」「こうしましょう。」とちょっとうるさいくらい電話してきます。少し、煩わしく感じながらも、「それでお願いします。お任せします。」と返事をしていました。

6  因果玉の放置

その甲斐あってか送られてくる売買報告書は、ほとんど黒字ばかりになって、どんどん利益が出ているはずでした。でも、なぜか、月末の残高の報告では、まだまだ損が多い様子で、値洗い損益という欄はマイナスになっていました。どうしてそうなのかよく分かりません。それを見ると焦って、△△さんに相談したくなりました。

△△さんは、「『原油』だけでは、回復が難しい。証拠金をもう少し追加で入れてくれれば、今値動きのいい、『ゴム指数』で利益が取れるから、200万円ほど2週間だけ入れて欲しい。」などと言い出しました。「そうすれば早く損を取り戻せます。」というので、それならばと入金したり、「『遺伝子非組み替え大豆』がすごくいい動きをしてるから必ず利益が取れるので300万円入れてください。入れないなんて、このチャンスを利用しないでどうやって損をカバーするつもりです?私がこんな頑張ってるのに、あなたが弱気で、一体誰のための取引きですか。しっかりして下さい。」「ねえ、頑張りましょうよ、絶対大丈夫ですから。私を信じて下さい。」

励ましたり、叱ったり、毎日毎日電話が架かってきて、何がなんだか分からないまま、相手のエネルギーに圧倒されてお金を入れていきます。一度入れたお金は、約束の2週間が来ても戻してもらえません。損が出て返せなくなってしまったか、あるいは利益が出たときは、「チャンスにかけて、もう一勝負頑張りましょう!」と次の取引の証拠金に充てられるからです。

そうやって、相場のことをあんまり毎日聞かされるので、自分でも値段のグラフなど見ると少しずつ分かってきた気がして、「そろそろ、大豆、回復するんじゃないですか?」なんて言ってみたりします。すると、「そうですよ!すごいですね!私も同じ見立てです。」なんてほめられたりして、まんざらじゃない気もしました。

7  次々と担当者が交代

でも、取引は続けるのですが、一向に損は回復しないのです。△△さんの言うとおり、「今、絶対利益が取れる。」と言われた取引だけしているのに、「残念です。思惑がはずれてしまって。」などと損になることが多いような気がしてきます。だんだん△△さんに不信感を持ってしまいます。ついつい、△△さんの言うことに逆らったりしてしまいました。

すると突然、担当者が交代します。「私は支店長の××です。前任者に不手際があってご迷惑をおかけしました。今後は、私が誠意をもって対応させて頂きます。私は安全確実に勧めるタイプですから。まずは、手堅く、中部取引所のガソリンの買いと灯油の売りで裁定取引、アービトラージをやりましょう。両方とも100枚ずつでいきましょう。」

『ああ、今度の人は支店長というだけあって理論派のようだ。物腰も落ち着いているし、腕もいいんだろう。やっと本腰を入れて私の取引をみてくれる気になったんだ。今度こそ、損を取り戻してくれるんだろう。』

あなたは、喜んで××支店長の言うとおりお金を200万円入れます。ところが喜んだのは、最初のうちだけで、そのうちいつの間にかまた損が嵩んできます。「追い証を入れて下さい。」という連絡がまた入ります。あなたは慌てて、もう預金も底をついたので、やむなく生命保険を解約して300万円注ぎ込みます。でも、もうダメ。もう入れるものがありません。××支店長の連絡も、「お金を入れて下さい。」というばかりになりました。だんだん追いつめられて、あなたは××支店長につい声を荒げたりしてしまいます。

「もう、そんなお金ないよ!借金しろって言うのか!」。××支店長は、「何とかお救いしたいのです。どうやってお金を作ったかはお聞きしません。あなたも精一杯できるかぎりのことをなさって下さい。」と落ち着いて答えてくれます。あなたは自分の態度を少し反省して、友人から50万円借りて入金したりします。でも、もうその時点で50万円は焼け石に水です。またすぐ追い証が必要になり、入金できないと容赦なく玉が減らされていきます。損切りです。どんどん、損が出て、しかも利益を生み出すはずの玉が減らされていくので、あなたは絶望的な気持ちになっていきます。『もう、どうやっても取り戻せない・・・。』最後の最後になって、やっとあきらめがついてきます。

『今なら、まだ証拠金が400万円くらい残ってる。取引をやめて、せめてそれだけでも残そう。』そう決心しました。

8  仕切拒否・仕切回避

さっそく、次の日××支店長に電話します。「取引をやめて下さい。」

「え?どうしたんですか?やっと今、少しずつ目が出てきそうなときに、これまでずっと我慢して来て、これからってときにどうしたんです?」

「いや、もういいんです。無理です。やめたいので。」

「ダメです、ダメです。何を言ってるんですか。これからですよ。やっと値が戻って来つつあるのに。外電でも強気情報一辺倒になりつつあります。ここ2、3日、長くても1週間です。頑張りましょう。」

「1週間なんて、とても・・・」

「どうしたんです?いやあ、私もプロとしてここでは終われません。みすみすチャンスだと分かってて、ここであなたを見捨てて損で終わらせるなんて。絶対にダメです。いっしょに勝ちましょうよ、ね?」

「そうでしょうか・・・。」

「頑張りましょう、ね。いいですね。」

「はい・・・。」

結局、取引は続けることになります。やめたいというと、担当者は情熱をもって引き留めます。証拠金が残っている間はなかなかやめさせてもらえません。もし、利益が出ているときに、その利益を引き出してやめようとしたら、絶対にやめられません。そうでなくとも、自分の入れた証拠金がまだまとまった額残っているとなかなかやめさせてくれないのです。

1週間待っている間に、また相場が悪くなって、ついに最後の400万円の証拠金もほとんど損で無くなってしまいました。やっと××支店長も、あなたが辞めると言っても引き留めなくなりました。最後、あなたは1,350万円も入れた証拠金が、たったの62万3千円になったところで取引をやめることができました。預金も生命保険も無くなり、戻って来た清算金から友人に借りた50万円を返したら、手元にはほとんど無くなりました。悪い夢を見ていたような気持ちです・・・。

まとめるとこんな被害です

さて、いかがでしょうか?私どもは、商品先物取引被害の解決を目指す研究会に所属している弁護士です。私どもが日頃取り扱う先物事件は、ほぼ、今述べたような経緯をたどっています。もちろん、少しずつ事件ごとに差がありますが、大筋では同じです。とくに、取引の内容が似ているのが特徴です。

でも、なぜ、そんなに似てくるのでしょうか?商品は、人によって原油だったり金だったりガソリンだったり、トウモロコシだったり、色々です。取引の時期も違います。それなのに、最初はほとんどが買いから入り、途中、損が出たところから両建てになります。一旦両建てになるとなかなかその状態は解消されません。値が上がり始めると買いの方が売り買いされて玉が増やされますが、逆に値が下がると今度は売りの方の売り買いが盛んになって増やされます。但し、その間、損が出ている方の玉が整理されることはありません。そのため、一見利益が出ているように見えても含み損も嵩んでいます。また、盛んに売り買いが繰り返されるので、手数料が嵩んできます。

最後の頃は、含み損を抱えた玉しか残っていないので、損切りをするだけになります。損がどっさり出て、玉も減って取引が終息に向かいます。結局、それまで入れた証拠金はほとんど戻って来ません。途中の頻繁売買は、なぜそんな売り買いをしたのか、わざと手数料がかかるようにやったのかと思うほど不合理です。また、途中、客がやめたいと言っても、すぐやめさせてもらえず、まだ証拠金が残っているとやめさせてもらえません。仮に、利益が出たところで出金してやめたいといえば、絶対に許されません。会社は出金を極端にいやがります。預け金さえ出金したがらないのです。

客殺し、客に損をさせても会社が儲かればいい、これが客殺し商法です。先物業者はみな同じようなやり方で、客に損を出させています。

9  被害回復はできないのか

では、一旦こんな被害にあったらどうしたらいいでしょうか。
まずはこういう問題を専門に扱う弁護士に相談することです。その人が、始めて先物事件に巻き込まれたのなら、まず、お金は取り戻せます(但し、戻ってくる金額には幅があります。)。2度目、3度目でも、難しくはなりますが、可能性がないわけではありません。

但し、弁護士を選ぶには注意が必要です。まず、弁護士には専門がありますから、先物取引を解決できる弁護士を捜す必要があります。もし、お知り合いの弁護士がいるなら、直接、その弁護士さんに先物事件に詳しいかどうか聞いてみて、詳しくないと言われたら、専門の人を紹介して欲しいと申し出るといいでしょう。

10  弁護士を選ぶときの要注意

次に、たとえばインターネット上の「先物被害救済NPO」とか「救済ボランティア団体」などを名乗るところに無料相談をして、そこから紹介を受けた弁護士に事件解決を依頼するのは要注意です。弁護士法は、弁護士が謝礼を支払って、弁護士以外の者から事件の紹介を受けることを禁じています。インターネット上のNPO法人とか被害救済団体と、その弁護士の関係がどうなっているのか外側からは分かりませんが、中には問題のある関係もあると聞いています。

こうした不透明な背景を持つ弁護士は、先物事件を引受けると、先物業者に対しては、非常に少ない示談金の支払しか求めません。そのため、先物業者がこれ幸いと簡単に示談に応じて来ると、その弁護士は、支払を受けた示談金の中から半分とか、場合によっては全額を、自分の報酬として抜き取ってしまうのです。その結果、被害者にはほとんどお金が戻らず、被害救済にはならなくなってしまうのです。大変残念なことですが、被害者を食い物にするようなひどい弁護士も、現実には存在するということに注意が必要です。

では、どうすれば、きちんと被害を回復してくれる弁護士が見つかるでしょう。

1つは、各地の弁護士会に、「先物事件の専門知識を持つ弁護士を紹介して欲しい。」と頼む方法です。大きな都市では、消費者問題を専門に取り扱う弁護士が登録されていたり、弁護士会が消費者相談窓口を用意していたりします。そういうところの弁護士であれば、専門知識を持ち、しかも料金等のルールを守ってくれます。

2つ目は、怪しげなNPO法人などではなく、長年、研究や被害救済活動を行ってきた実績のある団体に所属する弁護士を探すことです。その点では、私どもの研究会以上の権威を持つ弁護士の私的団体は存在しないはずです。先物取引被害全国研究会は昭和57年に結成され、年に2回、全国各地で研究会を開いて、会員弁護士の研鑽に励んで来ました。全国で300人以上、各地に所属弁護士がいるため、ほとんどの地域で先物事件専門の弁護士を紹介できます。ホームページも立ち上げて情報を開示していますし、そのホームページ上に各地の幹事弁護士の連絡先が公開されています。そちらに連絡して弁護士の紹介をしてもらえます。

被害に遭わないことも大切ですが、遭ってしまったら、素早く適切な対応で被害回復ができることも知っていて下さい。
(おおさこ・えみこ)

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