論文

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租税滞納処分による生命保険契約の差押問題
神奈川会  角谷  啓一  

はじめに

最近、消費税滞納の圧縮を声高に叫びながら、滞納処分が強化されている。とりわけ、売掛金、預金、生命保険金といった、納税者の死活に直結する債権の差押が、納税者の実情を無視する形ですすめられている。そのことに強い問題意識を持っているので、本稿では、生命保険契約にかかる滞納処分の差押問題に限って、私の考え方を述べておきたい。

1. 生命保険債権の性質

生命保険の本来的機能は、加入者(契約者)ないしその遺族の生活保障にあり、その意味においては、社会保障制度の補完的役割を果たしていると考えられる。

2. 生命保険債権の差押の可否

各種の社会保険における受給権(健康保険法に基づく給付など)は差押さえが禁止もしくは制限されているが、社会保障制度の「補完的役割」を果たしている民間保険会社の扱う生命保険については、処分・差押さえを禁止する規定はない。それは、生命保険債権も財産法上の権利であり、法律上特別の規定がない限り、他の財産法上の権利と同じく考えられているからである。

したがって、生命保険債権は譲渡・質入れ等の対象となり、また債権者の差押さえの対象となるとされている。

*  受取人保護の見地から、あるいは社会保障制度の「補完的役割」を果たしているという考え方から、差押さえ禁止等の立法措置を講ずるべきとする見解もある。

3. 差押えた生命保険債権の取立て:その1(債権者代位権の行使方式:従来型)

生命保険契約にかかる債権を、前記の考え方に基づいて次のとおり差押さえを執行したとする。例えば、被保険者を代表者、契約者及び受取人は会社とした場合、差押債権は「滞納者(会社)が債務者(保険会社)に対して有する保険事故発生にかかる生命保険金○○○万円又は中途解約した場合における解約返戻金の支払請求権」と特定される。

問題は、保険事故(被保険者である代表者の死亡)が発生する前の段階で、税務署は保険契約を解約させ、解約返戻金を取立することが出来るかどうかだ。つまり、差押債権者として取立権に基づく「解約権」をどのようにして行使するか、ということである。

もともと国税徴収法67条には「徴収職員は差押えた債権の取立をすることができる」と「取立権」を認める規定があり、生命保険債権についても「取立権に基づいて保険契約の解約権を行使できるのだ」という強気の考え方があった。しかし、前記のような保険の性質上、実務では「取立権」があるのか、ないのかはっきりしない面があった。

平成11年に「差押債権者の取立権に基づいて、保険契約の解約権を行使しうる」旨の最高裁判決がでるまでは、債権者代位権(民423)の行使をよりどころにしていたと思われる。債権者代位権とは、債権者がその債権を保全するため、自己の名において債務者の権利を行使することが出来る権利。保険契約の解約権も代位の対象となりうるので、債権者代位権を行使することによって保険契約を解約させ、解約返戻金を取り立てるという方式である。

債権者代位権の要件として、1代位の対象となる権利が債務者の一身専属権でないこと2債務者が無資力であること3債務者が自己の権利を行使しない―の三つが必要。この中で23はあまり問題にならなかったが、1の「債務者の一身専属」要件をクリアできるかどうかが問題とされた。それについて判例が相次ぎ、要約すると、1生活保障を主目的にする保険は一身専属権を肯定し債権者代位権行使の対象外としたが、2資金運用や蓄財を主目的にする保険は一身専属権を否定し債権者代位権行使の対象となりうるとした。

徴収実務では、これらの判例をよりどころに生命保険債権の差押を行い、債権者代位権の行使によって税務署が「解約権」を取得し、中途で保険契約を解約させ解約返戻金の取り立てを行った。平成に入って生保契約の差し押さえが多発しているが、中には生活保障を主目的にする保険など、債権者代位権行使の対象になりえないものまで判例を拡大解釈して、差押・取立を行った事例も数多くあったのでは、と思われる。

4. 差押えた生命保険債権の取立て:その2(取立権の行使;現行方式)

前記のとおり平成11年9月9日、「解約返戻金を差押えた債権者は取立権に基づいて、保険契約の解約権を行使できる」旨の最高裁判決があり、差押債権者の取立権に基づく解約権の行使を認める最高裁としての初めての判断が示された。本判決はその理由として、1生保契約の解約権は、身分法上の権利と性質を異にし、その行使を保険契約者のみの意思に委ねるべき事情はないから、一身専属的権利でないこと、2差押命令を得た債権者が解約権を行使できないとすれば、解約返戻金請求権の差押を認めた実質的意味が失われる結果となる、の2点を述べている。

この判決は民事訴訟にかかるものであるが、滞納処分にも直接的な影響を与え、最高裁判決後は国税徴収法67条による「取立権に基づいて保険契約の解約権を行使できる」とし、現在に至っている。

しかしながら、最高裁が差押債権者の「取立権」の行使を認めた前記の理由(1及び2)は、理解できる部分もあるが、やはり生命保険契約の内容が、資金運用や蓄財を主目的にするものである場合と生活保障を主目的にするものである場合とを一律に論じるのは乱暴ではないかと思う。今後、この最高裁判例を法的根拠にした徴収実務が行われることになるだろうが、滞納者個々の現況・個別事情、差押の対象となる生命保険契約の内容・性質等を慎重に検討した上で徴収行政が行われるべきであることは言うまでもない。

5. 適切な徴収行政の徹底を


そうした意味において、国税当局が生命保険契約の差押・取立にかかわり、これまでも「解約権の行使に当たっては慎重を期する必要がある」と、事務連絡等の文書で指示してきた経緯がある。それを受けて、19年春、パブリックコメントにかけられた国税徴収法基本通達改正案に、(不十分ながらも)これらの趣旨が盛り込まれた意義は大きい。この通達を納税者・税理士等が理解し、徴収現場にも徹底させることはきわめて重要であるので、以下に紹介する。

徴基通67条関係の6(生命保険契約の解約返戻金請求権の取り立て)
生命保険契約の解約返戻金請求権を差し押さえた場合には、差押さえ債権者は、その取立て権に基づき滞納者(債権者)の有する解約権を行使することができる(平成11.9.9最高判参照)。ただし、その解約権の行使に当たっては、解約返戻金によって満足を得ようとする差押債権者の利益と保険契約者および保険金受取人の不利益(保険金請求権や特約に基づく給付金請求権の喪失)とを比較衡量する必要があり、例えば、次のような場合には、解約権の行使により著しい不均衡を生じさせることにならないか、慎重に判断するものとする。
(1) 近々保険事故の発生により多額の保険請求権が発生することが予測される場合
(2) 被保険者が現実に特約に基づく入院給付金の給付を受けており、当該金員が療養生活費に当てられている場合
(3) 老齢又は既病歴を有する等の理由により、他の生命保険契約に新規に加入することが困難である場合
(4) 差押にかかる滞納税額に比較して解約返戻金の額が著しく少額である場合
徴基通67-6で指摘しているような事例に直面した場合、あるいは生活保障を主目的にする切実性のある生命保険契約が差押さえの対象となった場合、徴収職員に対してこの通達を示し、「差押をやらせない」「取立てをさせない」ための説得とたたかいが大切である。
(かどや・けいいち)

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