そうした中で国際会計基準審議会(IASB)の次の重要な戦略となってきたのが、中小企業国際会計基準の設定である。
審議会(IASB)では2003年以来、中小企業国際会計基準についての論議が展開されてきた。世界の30カ国の会計基準設定機関に対する調査結果では、「ほぼ全員一致で30の機関が、IASBは中小企業のためのグローバルスタンダードを開発すべきであるとの回答」が出たとされ、その後の討議資料への回答でも、「各国ごとの基準開発よりもむしろグローバルな中小企業会計基準を採用する方が望ましいとの見解」が示されたとされている。
その後、審議会(IASB)は、グローバルな中小企業会計基準を設定することについての強い要請があったことを根拠に、中小企業国際会計基準の開発に取り組んできた。世界銀行やIMFの様々な圧力の下に国際会計基準を一括採用した発展途上国が、大半の企業が中小企業でしかない現実の中で、中小企業のための簡素化した基準の策定についても要望するに至ったこともこの回答には含まれている。
しかし、そればかりではなく審議会(IASB)の中にも強い推進要因があると考えられる。審議会にはイデオロギーとも言うべき統合化に向けた思考が存在し、それが審議会を中小企業会計基準に駆り立てていると言わなければならない。
それは、「国際会計基準は、上場企業も非上場企業にも、大企業も中小企業にもすべての企業に適用可能なものであるものとIASBは確信する」という思考である。すでに多くの国ですべての企業に審議会(IASB)の基準が適用されていることを示しつつ、EUでの状況を例に挙げながら次のような考え方を披瀝している。
「EUでは、EU加盟国28の別々の基準よりも、むしろIASBの国際財務報告を基礎とした単一の中小企業会計基準を持つことに意義がある。同じことが世界にも妥当するのである」。
審議会(IASB)の論理では、いったん国際会計基準を導入すれば中小企業会計基準もそれに合わせることになり、そうであるとすれば各国毎の基準ではなく単一の国際中小企業会計基準としたほうが合理的ではないかということになるのである。これらの点から次のような審議会(IASB)の戦略的意図を推察することができる。
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(1) |
中小企業国際会計基準は国際会計基準の補完物や従属物ではなく、2大基準として国際会計基準と並ぶ重要な基準とすること。 |
(2) |
IASBの想定する中小企業は将来、資本市場に参入する可能性をもった上場企業予備軍として期待されること。 |
(3) |
そのためには国際的な比較可能性をもち、上場の際には国際会計基準への移行が容易であることが求められること。 |
(4) |
IASB国際会計基準の役割がグローバルな金融・資本市場のインフラ形成であるとすれば、中小企業国際会計基準にはこのグローバルな金融・資本市場の土台を大きく拡張し活性化する役割が求められること。
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以上のような意図があるとすると、何よりも審議会(IASB)による国際中小企業会計基準の形成は、国際金融・資本市場の展開を図るグローバル金融資本主義にとって大きな意味をもつものであると言わねばならない。しかし中小企業会計基準のグローバルスタンダード化は、各国の経済基盤を支える中小企業の態様に多大な影響を与えるものとなる。各国経済が独自の生活文化や慣習を伴うものである以上、グローバルスタンダードと各国基準との軋轢は、そうしたものと密接に関連する中小企業の活動に様々な問題を引き起こすと考えられる。 |