論文

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目前に迫る中小企業国際会計基準
駒澤大学教授    小栗  崇資  

1. はじめに

企業会計をめぐる大きな変化の波が押し寄せていることは周知の事実である。しかし、この変化が果たしてどこに向かって進んでいるかを正確に予測することは、そう簡単なことではない。会計ビッグバンという名のもとに新たな会計基準の導入が相次ぎ、商法から会社法、証券取引法から金融商品取引法へと会計にかかわる法制度が大きく転換するなど、制度全般にわたる構造的変化が生じているといっても過言ではない。そのような変化については冷静な目で、批判的に分析・検討することが強く求められている。

2. なぜ中小企業国際会計基準か?

この論文では、そうした変化の中で看過できない中小企業国際会計基準について分析したい。というのは、中小企業国際会計基準が本年(2008年)中にも決定されれば、各国ごとに異なった色合いをもつ中小企業の会計に、一挙にグローバリゼーションの大波が押し寄せるからである。このことにより、近い将来、日本の税務業務にも深刻な影響がもたらされるのは必至と考えられる。

まずはじめに、ここで取り上げる中小企業国際会計基準とは何かについて説明しておこう。「中小企業に関する国際財務報告基準」(International Financial Reporting Standard for Small and Medium-sized Entities)がその正式名称であり(以下、中小企業国際会計基準と略称)、ロンドンに本部のある国際会計基準審議会(IASB)がこれを決定しようとしている。しかし、そもそも国際会計基準審議会の主要な業務は、多国間で上場される大規模公開会社のための国際会計基準を作成することであった。なぜ、中小企業会計基準の作成にまで手を広げようというのであろうか。

結論を先取りしていえば、国際会計基準が圧倒的多数の国々に採用・導入されるに至ったからである。極端な表現をすれば、これまでのように各国ごとに独自の会計基準を作る必要はなくなり、今後はロンドンで単一の会計基準を作れば事足りるという状況となったのである。中心となる大企業の会計基準がそのようなものとなれば、中小企業の会計基準も大きな影響を受けざるをえない。会計の目的が異なる大企業と中小企業の会計が同じもので良いかどうかは大いに議論の余地があるが、世界に広まった国際会計基準に中小企業も従わせようというのが国際会計基準審議会の戦略である。

3. 国際会計基準とは何か?

では国際会計基準とは何であろうか。多少回りくどい説明にならざるをえないが、国際会計基準の発展の経緯から説き起こさなければならない。図は国際会計基準の発端から今日に至る経緯を表したものである(紙幅の関係で要点のみの説明とした)。

国際会計基準は、当初は民間団体にすぎない各国の公認会計士協会が自らの業務拡大のために会計基準の国際的調和化をめざして開発しはじめたものである。図にあるように、1973年に9カ国の公認会計士協会が国際会計基準委員会(IASC)という組織を設置して、国際会計基準作りを始めた。最初の10数年間はほとんど影響力もなく、国際会計基準の普及は遅々として進まなかった。大きな変化が生まれたのは、グローバリゼーションが急速に進展しはじめてからである。1991年の「社会主義体制」崩壊により、全世界に資本主義システムが広がり、金融を中心とした「世界市場」形成が一挙に進んで以降、国際会計基準には大きな位置づけが与えられるようになった。

国際会計基準を後押ししたのは証券監督者国際機構(IOSCO)である。この組織は各国の証券市場に対する規制・監督機関の共同組織であり、そのイニシアチブはアメリカの証券取引委員会(SEC)がとっている(日本の金融庁も加盟)。金融のグローバル化のなかで資本・金融市場をどのようにコントロールするかは、グローバル資本主義にとって死活問題である(サブプライムローン問題にそれは象徴される)。証券監督者国際機構は、世界の証券市場を支えるために、企業に関する情報ディスクロージャーの統一化が必要と考えたのである。

図にあるように証券監督者国際機構は、1990年前後から、国際会計基準委員会を支援し(圧力をかけ)、国際会計基準の改善を推し進めていった。それまでの国際会計基準は、各国ごとの基準(複数の会計方法)を容認するような玉虫色のあいまいなものだったが、証券監督者国際機構が要求したのは強制力のある単一の基準であった(図ではコア・スタンダード計画を指す)。そうした基準への改善が完了したのが1999年であり、翌年には国際会計基準は証券監督者国際機構に正式に承認されることとなった。

図  国際会計基準の形成・発展過程

4. 国際会計基準はなぜ広まったか?

国際会計基準にとって大きな転換点は2000年である。証券監督者国際機構(IOSCO)の支援をえて、委員会から国際会計基準審議会(IASB)へと名称変更したが、変わったのは名前だけではない。組織の性格も単なる会計士の民間団体から、各国の会計基準設定機関による権威ある共同組織へと大きく変化したのである。この組織変更に見られるのは強力な英米の影響である。国際会計基準自体がアメリカやイギリスの基準をモデルに作られており、基準形成に際して英米の巨大会計事務所の力が大きく作用していることは間違いない。

会計士団体による組織から各国の基準設定機関による組織に変更したとはいうものの、依然として民間組織であるのは、英米型の市場原理的な民間主導の規制方式を貫こうとしたからに他ならない。そのため日本でも会計基準設定機関が、これまでの企業会計審議会という政府組織から財団方式による企業会計基準委員会という民間組織に変更されているのである。

国際会計基準審議会(IASB)に組織替えした中で、加盟各国は自国の会計基準を国際会計基準に転換することが強く要請されることとなった。2000年に組織変更をして以降の国際会計基準普及のスピードは非常に速いと言わざるをえない。特にEUによる2005年の国際会計基準の一括採用は大きなインパクトをもたらした。2007年には中国も採用を決定するなど、採用・導入国は100カ国を越えるにいたっている。

こうした中に、ごくわずかな上場会社しかない発展途上国も多く含まれている点に注意を向ける必要がある。国際会計基準とは一見、あまり関係のない国々がなぜそれを採用したかといえば、世界銀行やIMFがその国に資金融資を行うに際して、国際会計基準を導入するよう圧力をかけたことが理由の1つにあげられる。国際会計基準は、先進国、途上国の区別なく、グローバルな金融システムの構築のうえで重要なインフラとして強力に普及が図られているのである。

国際会計基準が普及する中で、先進国ではアメリカと日本だけが採用未定であった。アメリカは当初、自国の会計基準こそが最先端であることを自負していたが、エンロン事件による権威失墜以降、国際会計基準と共同歩調を取る戦略に転換してきている。国際会計基準の設定における覇権をEUと争う方針に切り替えたといってもよい。日本は最後に残されたが、昨年の8月8日に国際会計基準審議会と日本の企業会計基準委員会が、「東京合意」という形で、2011年までに国際会計基準と日本の会計基準との統合を図ることを決定するに至った。

このような要因により今日の時点で、国際会計基準の採用国が、圧倒的多数を占めるに至ったといわねばならない。

5. 中小企業国際会計基準の意味

そうした中で国際会計基準審議会(IASB)の次の重要な戦略となってきたのが、中小企業国際会計基準の設定である。

審議会(IASB)では2003年以来、中小企業国際会計基準についての論議が展開されてきた。世界の30カ国の会計基準設定機関に対する調査結果では、「ほぼ全員一致で30の機関が、IASBは中小企業のためのグローバルスタンダードを開発すべきであるとの回答」が出たとされ、その後の討議資料への回答でも、「各国ごとの基準開発よりもむしろグローバルな中小企業会計基準を採用する方が望ましいとの見解」が示されたとされている。

その後、審議会(IASB)は、グローバルな中小企業会計基準を設定することについての強い要請があったことを根拠に、中小企業国際会計基準の開発に取り組んできた。世界銀行やIMFの様々な圧力の下に国際会計基準を一括採用した発展途上国が、大半の企業が中小企業でしかない現実の中で、中小企業のための簡素化した基準の策定についても要望するに至ったこともこの回答には含まれている。

しかし、そればかりではなく審議会(IASB)の中にも強い推進要因があると考えられる。審議会にはイデオロギーとも言うべき統合化に向けた思考が存在し、それが審議会を中小企業会計基準に駆り立てていると言わなければならない。

それは、「国際会計基準は、上場企業も非上場企業にも、大企業も中小企業にもすべての企業に適用可能なものであるものとIASBは確信する」という思考である。すでに多くの国ですべての企業に審議会(IASB)の基準が適用されていることを示しつつ、EUでの状況を例に挙げながら次のような考え方を披瀝している。

「EUでは、EU加盟国28の別々の基準よりも、むしろIASBの国際財務報告を基礎とした単一の中小企業会計基準を持つことに意義がある。同じことが世界にも妥当するのである」。

審議会(IASB)の論理では、いったん国際会計基準を導入すれば中小企業会計基準もそれに合わせることになり、そうであるとすれば各国毎の基準ではなく単一の国際中小企業会計基準としたほうが合理的ではないかということになるのである。これらの点から次のような審議会(IASB)の戦略的意図を推察することができる。

(1) 中小企業国際会計基準は国際会計基準の補完物や従属物ではなく、2大基準として国際会計基準と並ぶ重要な基準とすること。
(2) IASBの想定する中小企業は将来、資本市場に参入する可能性をもった上場企業予備軍として期待されること。
(3) そのためには国際的な比較可能性をもち、上場の際には国際会計基準への移行が容易であることが求められること。
(4) IASB国際会計基準の役割がグローバルな金融・資本市場のインフラ形成であるとすれば、中小企業国際会計基準にはこのグローバルな金融・資本市場の土台を大きく拡張し活性化する役割が求められること。
以上のような意図があるとすると、何よりも審議会(IASB)による国際中小企業会計基準の形成は、国際金融・資本市場の展開を図るグローバル金融資本主義にとって大きな意味をもつものであると言わねばならない。しかし中小企業会計基準のグローバルスタンダード化は、各国の経済基盤を支える中小企業の態様に多大な影響を与えるものとなる。各国経済が独自の生活文化や慣習を伴うものである以上、グローバルスタンダードと各国基準との軋轢は、そうしたものと密接に関連する中小企業の活動に様々な問題を引き起こすと考えられる。

6. 想定される問題

日本において想定される問題をいくつか指摘してみよう。

中小企業国際会計基準を採用するかどうかは各国の自主的判断によるとされているが、2011年には日本において国際会計基準の全面的導入が図られる予定である。つまり大企業ではすべて国際会計基準にもとづいて会計実務が行われることになる。日本の会社法は旧商法と異なり、会計に関する規程を条文上設けず、「一般に公正妥当と認められる会計慣行に従う」として、実質的に企業会計基準委員会の設定する会計基準に準拠するものとしている。その企業会計基準委員会が全面的に国際会計基準を導入するのであるから、理屈上はすべての会社が2011年以降、国際会計基準にもとづく会計実務を行わなければならなくなる。。

今日の「中小企業の会計に関する指針」も現時点の会計基準を中小企業向けに組み替えたものであるので、2011年以降は国際会計基準に即した「会計指針」に転換される可能性が生じることになる。となれば、わざわざ日本で独自に「会計指針」を作る手間を省き、中小企業国際会計基準をそのまま採用するという可能性も十分に考えられるのである。当然のことながら中小企業の会計・税務業務は深刻な影響を受けることになる。。

別の可能性としては、あくまで中小企業は大企業と異なるものとして、利益分配と税務申告のための会計を国際会計基準と区分して行うことも考えられる。現時点でドイツがとっている方法は、大企業の連結会計に国際会計基準を導入し、中小企業の個別会計にはドイツ固有の会計方法を適用するという区分方式である。私はこのようなドイツ方式を評価すべきと考えるが、日本の場合はそのような形の会社法ではなく、すでにアメリカ型の規制緩和的なものへと大きく舵を切ってしまったという感をもたざるをえない。。

しかし、グローバリゼーションは不可避であるとしても、可能なかぎり日本国内の中小企業の経営・会計環境に打撃を与えず、時間をかけて対応していくことが必要である。国際会計基準による会計が行なわれるようになれば、これまで分配可能なものとしての利益が投資(リスク)情報としての利益へと変容することになり、利益分配や税務申告を軸とした中小企業会計とはかなり異質なものとならざるをえない。税理士の税務・会計業務もこうした動向に大きく左右されるものである以上、日本の会計と税務の制度設計を、国の経済主権を守りながら、どのようなものとすべきかについて、大いに論議すべきときに差し掛かっているのではないであろうか。
(おぐり  たかし)

<参考文献>
小栗崇資「国際会計基準とグローバル資本主義」『経済』2007年5月号
小栗崇資「IASB・IOSCOの会計グローバリズム戦略」『会計グローバリズムと国際政治会計学』創成社、2007年
小栗・熊谷・陣内・村井『国際会計基準を考える―変わる会計と経済』大月書店、2003年

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