論文

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米国LLCは法人税法の外国法人にあたるか
(さいたま地判平成19年5月16日、及び国税庁質疑応答事例に関連して)
櫻田  志賀之介  

第1  さいたま地裁平成19年5月16日判決、及び、国税庁質疑応答事例

1. さいたま地裁判決の事案の概要
原告は、米国ニューヨーク州においてNYLLC法に基づいて、LLC(リミテッド・ライアビリティ・カンパニー)を設立して不動産賃貸業を営んでいる。

このLLCは、米国内国歳入法典上のチェック・ザ・ボックス・ルールに従って、パス・スルー課税を選択した。

国税庁は、このLLCは、法人税法上の外国法人に当たり、従って原告に対する当該LLCからの金員の分配は、原告の配当所得に当たるとして、課税処分を行った。
2. 問題点の所在
日本国の租税法は、法人についての定義規定を置かず、内国法人の定義は「国内に本店又は主たる事務所を有する法人」であり、外国法人は「内国法人以外の法人」である、とする。
すなわち、「外国法人」は無定義用語である。

ところが、外国における何らかの事業体が、日本法上の「外国法人」に該当するか否かの判断によって、当該事業体からの金員の分配について、所得分類が異なることになり、総合課税を標榜しつつも実態は分類所得税以外の何ものでもない日本の所得税法の適用において、配当所得に該当するのかそうでないのかによって、納税義務者の租税負担は変化することになる。
3. さいたま地裁の判断
さいたま地裁の判断は、NYLLC法に基づくLLCは日本法上の法人であり、外国法人に該当するから、このLLCから原告に分配された金員は配当所得であるとして、課税庁の判断を支持した。

さいたま地裁の判示の、
第3当裁判所の判断
1争点1(本件LLCは、我が国租税法上の外国法人に該当するか)について

の(3)には、「ア(国側提出証拠)によれば、英米法における法人格を有する団体の要素には、(a)訴訟当事者になること、(b)法人の名において財産を取得し処分すること、(c)法人の名において契約を締結すること、(d)法人印(corporate seal)を使用することなどが含まれることが認められる。」との記述がある。

日本法上の外国法人性を論じているのに、突如として英米法における法人格の判断基準を提示して法人性の有無の判断をするのであるから、法律論以前の日常言語のレベルにおける論理の破綻があるので、さいたま地裁の判決は、そもそも裁判所による判決の体をなしていない、という驚嘆すべき事実が指摘される。

また、英米法系における法人格の概念を、大陸法系に属する我が国における法人格の概念と同列に論じているところにも驚くべきものがある。

それはさて置くとして、さいたま地裁の判示は、おおむね国税庁の主張に沿ったものとなっているように見受けられるので、むしろ、国税庁がどのような判断基準によって、外国法に基づいて設立された事業体の日本法上の法人性を判断しようとしているのかを、検討することとしたい。
4. 国税庁質疑応答事例
国税庁のホームページを開き、質疑応答事例→法人税→外国法人→3  米国LLCに係る税務上の取扱い、というように順次辿って行くと、次のような回答要旨が出る。

「回答要旨」
ある事業体を我が国の税務上、外国法人として取り扱うか否かは、当該事業体が我が国の私法上、外国法人に該当するか否かで判断することになります。

LLC法に準拠して設立された米国LLCについては、以下の理由等から、原則的には我が国の私法上、外国法人に該当するものと考えられます。

1LLCは、商行為をなす目的で米国の各州のLLC法に準拠して設立された事業体であり、外国の商事会社であると認められること。

2事業体の設立に伴いその商号等の登録(登記)等が行われること。

3事業体自らが訴訟の当事者等になれるといった法的主体となることが認められていること。

4統一LLC法においては、「LLCは構成員(member)と別個の法的主体(a legal entity)である。」、「LLCは事業活動を行うための必要かつ十分な、個人と同等の権利能力を有する。」と規定されていること。

したがって、LLCが米国の税務上、法人課税又はパス・スルー課税のいずれの選択を行ったかにかかわらず、原則的には我が国の税務上、「外国法人(内国法人以外の法人)」として取り扱うのが相当です。

ただし、米国のLLC法は個別の州において独自に制定され、その規定振りは個々に異なることから、個々のLLCが外国法人に該当するか否かの判断は、個々のLLC法(設立準拠法)の規定等に照らして、個別に判断する必要があります。(引用終わり)

このような論旨は、「国際税務(International Taxation)」Vol.21、 No.7 の課税庁担当官論文の趣旨にほぼ沿っているので、おそらくは質疑応答事例も当該担当官の説によるものであろうと推察される。

第2  法系の相違

1. 緒説
以下においては、このような国税庁担当官の考え方の問題点を指摘していくこととするが、各論点の前提となるべき、大陸法系と英米法系との比較法上の問題点を指摘することを最初に行う。
これは、成立の歴史も背景も異なる判例法の法系について、成典化されているとはいえ、字面のみを捉えて、大陸法系において通有する法解釈を行うことは浅薄の誹りを免れないことを指摘するためである。
2. 大陸法系と英米法系
英米法系における多様な事業体は、判例法によって長い年月をかけて発展させられて来たさまざまな便宜的な要素を含む独特の概念の集積である。

これに対して、我が国における法の継受は、基本的に大陸法系であり、整合性を重視した成文法の体系である。

英米法系の判例法によって育まれてきた諸概念は、たとえ法典化され、明文化されていたとしても、我が国の大陸法の体系における根本的な諸概念のそれぞれと、明確な対応関係をつけて理解することは不可能であるし、無理にそれを行おうとすれば有害ですらある。
3. 2つの法系の対応関係、接合の困難性
英米法の諸概念を、大陸法系の整然とした法体系の知識で、理解しようとすれば、不自然な法解釈を強いたり、誤謬を招いたりする可能性を排除できない。

信託の概念の英米法からの輸入が、ひとつのその例であり、ドイツ法的所有権の絶対を基礎とする大陸法系の我が国の私法の体系にうまくはめ込むことにおいて、さまざまな理論的な問題をクリアしなければならず、解釈論も立法論を含めて議論は多岐にわたっていた。

新信託法は信託を法人化するものであるという批判(新井誠教授)があるのは、そのひとつの典型である。また、信託税制において、さまざまな擬制を用いた課税が行われているのもその一例である。

さらに、民法43条(現在は削除されている。)のウルトラ・ヴァイレスの法理が、3人の起草者のうち、英国留学組であった穂積陳重によって、挿入されて、そのために大陸法系の他の条文との解釈的接合の困難を来していたことは、良く知られているとおりである。
4. 法人の概念
我が国が継受した大陸法系の流れを汲む法人理論は、「法人とは自然人以外のもので権利義務の主体となりうるものである」という極めて整然とした立法の形式である(例えば、我妻栄「民法講義I・新訂民法總則」114頁以下)。

ところが、英米法の世界では、権利義務の主体とか法人格などの法概念は必ずしも整然とは整理されておらず、判例法によって育まれてきた多様な事業体が存在し、それぞれの使い勝手に便利な点があることは良く知られている。

また、そのように便利であるからこそ、我が国においても立法によってかかる多様な事業体を輸入する作業が行われてきた。

このような事情であるから、我が国におけるような権利義務の主体とか法人とか法人格の概念を、英米法系の法律専門家に説明しようとすると、かなりの困難に逢着することは周知の事実である。
5. 租税法に特有の問題点
かかる状況の下で、ひとつひとつにその妥当性に疑義のある一定の基準を設けて、英米法系における多様な事業体について、日本法上の法人であるか否かを決定しようとする作業自体に無理があることは、このような事情によってほぼ明らかであると考える。

租税法という、憲法84条の租税法律主義が支配する特殊の法領域においては、とりわけ慎重でなければならない法解釈論において、このことはなお一層妥当する。
裁判所による法創造行為によって認められて良いのか否かすらも否定的に考えざるを得ない。
即ち、租税法律主義の精神に立ち返って、法の明文によって、処理されるべき事柄である。

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