論文

> 米国LLCは法人税法の外国法人にあたるか
政府税調答申批判
立正大学教授・税理士  浦野  広明

07年7月29日の参議院選は、与党(自民・公明)の限りない庶民増税路線に対する選挙民の拒否として現れた。このことはこれからの税制を考える上で一つの明るい材料である。確かに参院選後には変化が生まれている。

政府税制調査会は07年11月26日、福田康夫首相に消費税増税や所得税増税の方向を色濃く打ち出した答申(タイトルは「抜本的な税制改革に向けた基本的考え方」。以下「07答申」という)を提出した。しかし、増税色が極めて色濃い「07答申」でさえ、消費税増税の時期や幅を盛り込めなかった。これは、増税勢力に審判を下した参院選の結果の反映であり、国民の世論と運動の成果といえよう。

とはいえこれで喜ぶのは早計である。

日本経済団体連合会(日経連)は、参議院選挙の結果など「どこ吹く風」とばかりに、「今後のわが国税制のあり方と平成20年度税制改正に関する提言」(「提言」07年9月18日)を発表した。提言は、「先の参院選の結果を受け、一部には改革断行に否定的な意見もあるが」、今こそ税制改革を行えと、発破をかけている。

提言は中長期の「税制抜本改革の主要課題」として次のように述べている。
1 消費税・・・消費税率を引き上げ、今後のわが国における基幹的税目として役割を拡大していく必要がある。税率が2桁になるまでの範囲においては、消費税率の複数税率化は好ましくない。
2 国・地方の税源改革・・・地方交付税については、地方財政規律の低下にもつながりかねず、将来的には廃止する。地方法人2税(法人住民税・法人事業税)は、税源の地域偏在性が高く、景気に左右されやすいことから、安定した住民サービスを支える税目としては不適当である。地方法人2税は、国税である法人税への一本化をはかる。
3 所得課税の適正化・・・個人所得課税における各種控除(給与所得、退職所得、公的年金等、扶養控除などの諸控除)の整理、最高税率引き下げ、納税者番号制度、金融所得の減税。
4 法人税改革・・・30%を目途に法人実効税率を引き下げるべきである。
臆面もなく、庶民増税、大企業・大資産家減税をうたっている。提言は08年度税制改定の具体的課題として、法人3税の税率引き下げ、法人税の税額控除、海外子会社からの受取配当の益金不参入など大企業減税を強調している。

日経連の提言と同様に政府税調の「07答申」は、従来にも増して「庶民増税色」を鮮明にしている。

そもそも政府が、実行しようとしている増税や税制の改悪計画は、政府税調の00年7月14日の中期答申や「あるべき税制の構築に向けた基本方針」(02年6月14日)などを中心とした答申に盛り込まれていたものである。今回の税調答申は過去の「答申」のプランを具体化したものにすぎない。政党・政治状況が今のまま推移すれば、着実にこの増税計画が、具体化されていく可能性が高い。

憲法は、負担能力に応じた税負担とすべての税金を生存権保障=社会保障や教育に充てることを要請している。

しかし、「07答申」は、「消費税の社会保障財源化」に特化。弱者に重い負担を強いる消費税によって、弱者を支える社会保障の財源を確保することをうたっている。消費税の社会保障財源化は法人税減税の口実にすぎない。07年6月までの1年間の法人申告所得は約57兆円で史上最高である。法人税率を過去にあった43.3%(現在は30%)にしたとしたら、概算であるが、7兆5810億円の法人税収を確保できる〔57兆円×13.3%(43.3% - 30%)〕。

「07答申」は、総論の末尾において、「納税者番号制や罰則のありかたについての議論を深めていくべきである」、「特に子どものうちから、税を納める意義を考え、学ぶことが、民主主義を担う社会の構成員を育む」と述べ各論に進んでいる。各論の項目は、1個人所得課税、2法人課税、3国際課税、4公益法人税制、5消費課税、6資産課税、7納税環境整備である。以下各論の項目に沿って概観する。

1. 個人所得課税

(1)個人所得課税の現状
「所得税の税率構造については、累次の累進緩和の結果、大多数の納税者に対して極めて低い水準で負担を求めるという主要国の中でも特異な構造となっている」と述べている。大多数の納税者が累進緩和されたかのように述べているがこれは誤りである。消費税法が成立した1988年当時、所得税は12段階の超過累進の税率区分であった。現在はわずか5段階である。

1969年から83年までの超過累進の税率区分は、16段階(10%、14%、18%、22%、26%、30%、34%、38%、42%、46%、50%、55%、60%、65%、70%、75%)であった。90年の所得税の最高税率は50%だったが99年には37%に引き下げられた。その結果、所得税の税収は、90年度決算では26兆円だったものが、06年度政府予算では12兆7880億円に落ち込んでいる。1年間で13兆2120億円もの減収となっている。06年度政府予算での消費税税収は13兆1725億円(5%)であるから所得税の減収がいかに巨額であるかわかる。
(2)所得税の今後の改革の方向性
「さらに、国民にとって分かりやすい簡素なしくみとなるよう、複雑化した制度の整理合理化を図ることも課題となる」いうが、この項の始めで住民税の一律10%化を評価している。「簡素なしくみ」ともっともらしくいうが、税調の本音は税率の簡素化である。この簡素化は高額所得者の税率を引き下げることになり、すでに一律10%となった住民税と同様に応能負担原則に欠かせない累進課税を破壊する。簡素なしくみというなら、上場株式の売却や配当による利益については、何億円の儲けであろうと7%の所得税(住民税は3%)しか課税しないという租税特別措置(分離課税制度)を廃止し、それらの所得を総合課税、累進税率の適用下に置くことである。
(3)所得税の税率構造について
「累次の税制改正による税率の引き下げやブラケット幅〈累進税率構造〉の拡大等により、所得税の納税者の大部分に5%又は10%という低い税率が適用される構造になっている。したがって、税率やブラケット幅については」見直すことが課題。

所得税の税率構造の改定・個人住民税の税率を10%に一本化することが07年度分から実施された。

住民税の一律10%化の結果、国民の大半は住民税が5%から10%と倍増になった。それを覆い隠すために所得税の税率構造を下記のように変え、国税庁側は所得税と住民税を合わせた税率は変わらないと説明した。こんどはそのごまかす役割がすんだので最低税率の引き上げを狙っているのである。

所得税の税率構造
改定前(2006年まで) 改定後(2007年から)
課税所得300万円以下 10% 課税所得195万円以下 5%
課税所得900万円以下 20% 課税所得300万円以下 10%
課税所得1,800万円以下 20% 課税所得695万円以下 20%
課税所得1,800万円超 37% 課税所得900万円以下 23%
    課税所得1,800万円以下 33%
    課税所得1,800万円超 40%

個人住民税の税率構造
所得区分 改定前 2006年改定
課税所得200万円以下 5% 10%
課税所得700万円以下 10% 10%
課税所得700万円超 13% 10%
(4)世帯構成と税負担のあり方
1 配偶者との関係
「配偶者控除等(配偶者控除・配偶者特別控除)については・・・見直しを図るべきとする意見が多く見られた」、「納税者本人は配偶者控除等の適用を受け、配偶者が基礎控除の適用を受けることで、二重に控除を享受する場合がある」と配偶者控除等の廃止を示唆している。
2 扶養控除との関係
「成年者を担税力の面で配慮が必要な存在として扶養控除の対象に一律に位置付ける必要性は乏しい」、「特定扶養控除は...個々の家庭によって事情は様々であること等を踏まえれば、その意義は薄れてきている」と廃止を示唆している。
(5)所得の種類と課税のあり方
1 給与所得
「給与所得控除の性格について...再構築する」、「特定支出控除の対象範囲等を検討する」としている。すでに税調は、「主要国で給与所得者に認められている勤務費用に相当する支出を含め、給与所得者の必要経費でないかと言われるものを拾い出してみると、その金額は平均で年間50万円程度になり、年間収入(674万円)の1割程度という試算がえられる」としている(2000年中期答申)。

特定支出控除の制度とは、特定支出の額が給与所得控除額を超える場合、申告により、その超える部分を控除する制度である(所得税法57条の2)。特定支出とは、自己負担した通勤費、転勤費用、職務の遂行に直接必要な研修費、職務の遂行に直接必要な資格取得費、単身赴任者の帰宅旅費(月4往復まで)などである。年収の30%を超える金額を自己負担することなど皆無といってよく、特定支出控除の制度の適用者も皆無に近い。
2 事業所得
「記帳の適正化を図るに際しては・・・例えば、実額での必要経費は正しい記帳に基づく場合に限ることとし、その他の場合には、一定の概算経費のみ認める仕組みを設ける」と必要経費を認めない場合を考えている。

3 退職所得
「勤続20年を境に1年当たりの控除額が急増する仕組みや勤続年数が短期間でも退職金に係る所得の2分の1にしか課税されないという仕組みを見直し」と退職金について増税を提起する。

4 年金所得
「現行の公的年金等控除について...適正化を図ることを考慮すべきである」と述べる。政府税調は、「公的年金等控除については、社会保険料控除がある以上、本来不要と考えられる」とまで述べている(02年基本方針)。04年度税制改定で65歳以上の公的年金控除額の引き下げと老年者控除の廃止がなされた(05年から実施)。公的年金等控除が「不要」(ゼロ)となれば、収入金額がそのまま所得になる。それだけではない。配偶者控除や扶養控除などの所得控除は、現在、控除対象配偶者や扶養親族の合計所得金額が38万円以下でなければ適用されない。公的年金等控除が廃止・縮減されれば、今まで扶養控除、配偶者控除、配偶者特別控除などの対象になっていた年金受給者が控除の対象から外れることの影響も少なくない。給与所得者は所得控除が減るだけではなく、扶養手当が減らされるケースもでる。
(6)所得控除と税額控除
「所得控除を改組」と述べ所得控除の縮減を構えている。
(7)「給付つき税額控除」の議論
「安定的な財源〈消費課税〉の確保が重要な課題となっている中」、税制を活用した給付措置の意義を述べている。消費税増税の布石である。
(8)個人住民税
1 今後の改革のあり方
「個人住民税は・・・所得割が、10%比例税率化された・・・均等割の税率は・・・なお低い」として今度は個人住民税の均等割部分の増税を目指している。
2 寄附金税制のあり方
「納税者が『ふるさと』と考える地方公共団体に対する貢献や応援が可能となる税制上の方策を実現する」としている。

菅義偉総務大臣は07年5月1日、都会生活者が、住民税の一部を故郷に払えるようにする「ふるさと納税」を提唱した。これは菅大臣の単なる思い付きではない。

総務省は07年6月1日、「ふるさと納税研究会」(座長・島田晴雄千葉商科大学長)の第1回会合を開き、「ふるさと納税」構想の制度設計に着手した。会合では住民税の一部を居住地以外の自治体に納める制度や、自治体への寄付金を住民税から税額控除する制度案などが報告された。政府・与党は04年11月に三位一体改革の全体像を決定した。改革の内容は、1地方への国庫からの補助金の削減、2地方交付税の削減、3国から地方への税源移譲と称する住民負担増の3種類の改変を同時に進めることであった。結局「ふるさと納税」は、三位一体改革という地域住民切捨て政策を覆い隠す役割を担うものである。求められるのは地方財政の自主権確立による住民福祉の増進である。
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