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とりわけことしから低所得層の個人住民税の負担が重くなったことが問題となっている。従来、5%、10%、13%の3段階の超過累進税率であった個人住民税が「三位一体」改革の一環ということで一律10%(個人市町村民税6%、個人道府県民税4%)の比例税率となったためである。
本稿では、この機会に個人住民税のあり方を税法学的に検討することとしたい。 |
日本国憲法92条以下で規定する「地方自治」は、各地域社会の人々の精神生活の豊かさを含む生存権保障の法的装置でなければならない。「福祉」は各地域社会に密着した地方政府の課題である。中央政府特有の課題は外交、防衛である。福祉に関して言えば、中央政府としては各地域社会の人々のナショナル・ミニマム(生存権)を確保するために必要な連絡調整事務に徹底すべきであるということになろう。
このような「地方自治」を実現するために従来、中央政府が行ってきた事務を大幅に地方に委譲すべきであるということになる。このような観点から1999年7月に周知のように地方分権一括性が成立した。2000年4月に同法が施行された。同法で機関委任事務の廃止等が行われた。しかし、地方自治の展開にとって最も重要な財源等の地方財政権の手当が実質的に全く行われなかった。中央政府から地方に事務負担を委譲したが、財政的裏づけがほとんど行われなかったわけである。
このような経緯に鑑みて、03年6月に「骨太方針2003」などで三位一体改革案が論議されるようになった。05年11月30日に政府・与党「三位一体の改革について」がとりまとめられた。それによれば、次のごとくである。4兆円を上回る国庫補助負担金改革(縮減)、3兆円規模の税源移譲(所得税から個人住民税へ)、地方交付税の見直し。
06年予算ではとりあえず3兆円の税源移譲額を全額、所得譲与税によって措置することとされた。そして、07年度分からは、3兆円を個人住民税収入として計上することとされた。04年度から06年度までの「三位一体改革」の成果として政府は、次のごとく発表している。国庫補助負担金改革 約4.7兆円、税源移譲約3兆円、地方交付税改革 約△5.1兆円。 |
06年度税制改正において、所得税については税率は10%、20%、30%、37%から5%、10%、20%、23%、33%、40%へ改正された。個人住民税については税率は5%、10%、13%から一律10%へ改正された。
次に示されるところで明らかのように政府側の説明によれば、06年度の税制改正で「所得税+個人住民税」では税率に変化がないことになる。約3兆円の税収が所得税(国税)から個人住民税(地方税)へ移譲されたというわけである。 |
(1)所得税
改正前(2006年分まで) |
改正後(2007年分から) |
適用課税所得
330万円以下
330万円超900万円以下
900万円超1,800万円以下
1,800万円超 |
税率
10%
20%
30%
37% |
適用課税所得
195万円以下
195万円超330万円以下
330万円超695万円以下
695万円超900万円以下
900万円超1,800万円以下
1,800万円超 |
税率
5%
10%
20%
23%
33%
40% |
(2)個人住民税
改正前(2006年分まで) |
改正後(2007年分から) |
適用課税所得
200万円以下
200万円超700万円以下
700万円超 |
税率
5%
10%
13% |
適用課税所得
一律 |
税率
10% |
〔内訳〕
都道府県民税
700万円以下
700万円超 |
〔標準税率〕
2%
3% |
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一律 4% |
市町村民税
200万円以下
700万円以下
700万円超 |
3%
8%
10% |
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一律 6% |
(3)所得税+個人住民税
改正前(2006年分まで) |
改正後(2007年分から) |
所得税の適用
課税所得
195万円以下
330万円以下
695万円以下
900万円以下
1,800万円以下
1,800万円超 |
合計税率
15%(10+5)
20%(10+10)
30%(20+10)
33%(20+13)
43%(30+13)
50%(37+13) |
所得税の適用
課税所得
195万円以下
330万円以下
695万円以下
900万円以下
1,800万円以下
1,800万円超 |
合計税率
15%(5+10)
20%(10+10)
30%(20+10)
33%(23+10)
43%(33+10)
50%(40+10) |
06年度の税制改正において上記の税率改正と同時に個人住民税について調整控除(地方税法314条の6、37条)が個人住民税の税額控除として導入された。所得税と個人住民税との間に人的控除額に差がある。たとえば、基礎控除額について言えば、38万円(所得税)と33万円(個人住民税)との差である。この人的控除額の差に基づく負担増を調整するために、個人住民税額から税額控除として調整控除を行うこととされたわけである。
改正地方税法314条の3第1項(市町村民税)は、「所得割の額は、課税総所得金額、課税退職所得金額及び課税山林所得金額の合計額に、百分の六の標準税率によって定める率を乗じて得た金額とする。この場合において当該定める率は、一の率でなければならない」。改正地方税法35条1項は(道府県民税)は、上記の標準税率百分の六が百分の四となるほかは、同じである。 |
ここで、地方税法で規定する地方税の減免規定を確認しておきたい。
地方税法6条「地方団体は、公益上その他の事由に因り課税を不適当とする場合においては、課税をしないことができる。地方団体は、公益上その他の事由に因り必要がある場合においては、不均一の課税をすることができる」。
地方税法323条「市町村長は、天災その他特別の事情がある場合において、市町村民税の減免を必要とすると認める者、貧困に因り生活のため公私の扶助を受ける者その他特別の事情がある者に限り、当該市町村の条例の定めるところにより、市町村民税を減免することができる。但し、特別徴収義務者については、この限りでない」。
地方税法45条(個人の道府県民税又は延滞金額の減免)
「市町村長が個人の市町村民税又はその延滞金額を減免した場合においては、当該納税者又は特別徴収義務者に係る個人の道府県民税又はその延滞金額についても当該市町村民税又は延滞金額に対する減免額の割合と同じ割合によって減免されたものとする」。 |
以上のように、個人住民税に限っていえば、標準税率が10%の一律の比例税率になったことは、低所得層の負担増になった。このほか、最近の配偶者特別控除の廃止、公的年金等控除額の縮小、老年者控除の廃止、所得税の定率減税(税額の20%、25万円の限度)、住民税の定率減税(税額の15%、4万円の限度)の廃止、年令65才以上の者に対する前年所得125万円以下のものの住民税非課税の廃止、などの諸事情の存在も考慮されねばならない。 |
(1) |
実定法である日本国憲法は、その92条以下で「地方自治」を規定している。92条は「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める」と規定している。ここに「地方自治の本旨」とは、先にも触れたように各地域社会の人々の精神生活の豊かさを含む生存権保障を意味する。つまり、地方自治とは、現代国家における人々の基底的な人権保障の法的手段といえよう。このような重要な意味をもつ「地方自治」の規定は明治憲法には全く存在しなかった。 |
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(2) |
地方自治権には様々なものがある。教育権、警察権、裁判権などがある。しかし、これらの自治権はその性質上、国の関与を全く排除することができないものである。どんなに譲歩しても「地方自治」を法的に認める以上は地方財政権だけは、地方自治体の固有権と解さざるを得ない。実定法である日本国憲法は、各自治体の財政権だけはその固有権として規定しているものと解される(筆者のいう伝来説に基づく「新固有権説」)。
ここからその一環として地方税のあり方については、法理論としては委任租税条例主義ではなく、本来的租税条例主義が要請される。委任租税条例主義とは、国の法律である「地方税法」(昭和25年法律226号)の個別の委任に基づいてのみ例外的に条例で規定できるとするものである。地方税のあり方についても、原則的に国の「法律」が適用されるという前提に立つ。
これに対して本来的租税条例主義とは、各自治体の各地方税のあり方は当該自治体の地方議会の制定する租税「条例」自体においてその租税要件等のすべてが一義的に完結的に規定されねばならないとするものであって、各地域社会の人々は国の「法律」ではなく自分たちの代表が制定した租税「条例」のみに基づいて法的に納税義務を負うことになる。
仮りにある自治体が国の法律である「地方税法」の規定に従って当該地方税を課税したいと考える場合には、もう一度、そのことを当該租税条例自体において規定しなければならない。日本国憲法94条の「法律の範囲内の条例制定」(枠規定)の規定は、租税関係には適用されないという考え方もあるが、94条は租税条例にも適用されるとした場合、何が94条の枠規定であるか、その枠規定の法的意味をどうとらえるかを含めて、自分たちの当該地方議会の決定〔条例〕に基本的にゆだねられる。
また、当該枠規定が92条の「地方自治の本旨」に反する不合理な内容のものである場合には当該枠規定は94条の「法律」を構成しない。要するに「新固有権説」(日本国憲法上は、地方財政権は各自治体の固有権とする法理論)に基づく本来的租税条例主義のもとでは、枠規定を含めて、国の「地方税法」は各自治体の租税条例制定にあたっての標準法である。このため、国の「地方税法」の規定は、当該住民にとってはそれ自体として「法源」を構成しない。また、適法に制定された租税条例の規定を裁判所も基本的に尊重せざるを得ないわけで、その意味では当該租税条例規定は実質的に司法審査になじまない。
以上、いわゆる委任租税条例主義ではなく本来的租税条例主義が妥当するということは、日本国憲法92条以下の「地方自治」の要請である。
(本来的租税条例主義を肯認した判決として秋田地裁1979・4・27判決・判例時報926号20頁、仙台高裁秋田支部1982・7・23判決・判例時報1052号3頁など。北野『税法学原論・5版』青林書院101頁以下の「地方税・本来的租税条例主義」、327頁以下の「地方財政権」、同『税法問題事例研究』勁草書房47頁以下の「本来的租税条例主義論の展開」、251頁以下の「法人事業税の『銀行税条例』」など) |
(1) |
日本国憲法は租税国家(Tax State, Steuerstaat)を前提にしている。租税国家では憲法政治の中身は、所詮、租税の取り方と使い方とに帰する。私たちの平和・福祉・人権なども、そのような租税問題の処理の仕方によって基本的に決まる。憲法典は租税の使い方と租税の取り方(人々の負担の仕方)とに関する規範原則を規定した法典である。私たちは、無条件的に、無原則的に納税の義務を負うのではない(憲法30条)。私たちの納付した租税が憲法の規定するところ(「平和・福祉本位」)のみに使用されることを前提にして、その限度で、かつ憲法の規定するところ(応能負担原則)のみに従って納税の義務を負う。
この徴収面、つまり負担の仕方の憲法原則とは応能負担原則のことである。この応能負担原則の憲法上の根拠は、憲法13条(個人尊重・人間の尊厳)、14条(法の下の平等、能力に応じた平等)、25条(健康で文化的な最低限度の生活保障、生存権保障)、29条(一定の生存権的財産のみを基本的人権としての保障)等である。 |
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(2) |
応能負担原則は、課税物件の性質を考慮した質的担税力を要求する。そして、課税物件の質的担税力を考慮しながら最終的にはその量的担税力を考慮するために、総合累進課税を要求する。国税・地方税、直接税・間接税、個人・法人を問わず、すべての租税のあり方に応能負担原則を要請する。地方税の「負担分任」は応能負担に基づく負担分任でなければならない。最低生活費非課税の原則、一定の生存的財産(一定の住宅・住宅地、農地・農業用資産、一定の中小企業の事業所地・事業所など)の非課税または軽課税(利用価格×低税率)の原則が要請される。税率については、原則として超過累進税率の適用が要請される。社会保険料等のあり方についても、以上の応能負担原則がそのまま適用される(本誌547号の北野「国民健康保険料と本来的租税条例主義」)。なお、最低生活費は生活保護基準額以上でなければならない。 |
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(3) |
応益課税原則ないしは応益負担原則は、課税庁側が課税の根拠の1つとしてその説明手段に利用しうるが、納税者の税負担配分の原理にはならない。憲法上の根拠もなく、また社会科学的にも、応益負担原則は成立しない。「三位一体」改革としての個人住民税の比例税率論(10%)は税法学的には成立しない。
(応能負担原則については北野『税法学原論・5版』青林書院137頁以下の「応能負担原則」など) |
上記の日本国憲法の本来的租税条例主義および応能負担原則の趣旨に基づいて、各地方自治体の住民税条例において、さしあたり、低所得層の負担が増えないようにするために、次のように措置することが法的に可能である。
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応能負担原則の趣旨に鑑み、高額所得層の住民税の負担を重くするために、例えば市町村民税と都道府県民税の合計で個人住民税率を16%程度にする。 |
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そのうえで、低所得層の住民税負担を従前よりも増えないようにするために、例えば適用課税所得200万円以下の者が5%の負担に、700万円以下の者が10%の負担になるように、そのための相当額を税額控除する。 |
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生活扶助基準額以下の者には個人住民税を非課税とする。 |
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個人の均等割り住民税は廃止する。 |
(きたの ひろひさ) |
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