論文

> 納税者の権利と質問検査権の法理
法人事業概況書は法定外文書  
立正大学教授・税理士浦野広明  

「法人の事業等の概況に関する書類」(以下「法人事業概況書」という)が、2006年度税制改定により法人税の確定申告書に添付を要する法定文書になった、と国税庁筋の論者によって喧伝されている。

例えば次の記述である。
「法人税確定申告の添付書類として知られている『法人事業概況説明書』が法定の文書化されることになった。これまでは任意提出の文書だったが、今後は提出が義務付けられる」(『週刊税務通信』、No.2904、2006年1月30日)、「確定申告書の添付書類に、法人等の事業等の概況に関する書類が追加されました<法規35四、37の12五、37の17四>」(笠原博之「法人税法の改正について」、『週刊税務通信』、No.2922、2006年6月12日)。

法人事業概況書は2006年4月1日以後に開始する事業年度から適用されることになっている(法人税施行規則平成18年附則5条2項)。
本稿は、「法人事業概況書が法定文書になった」とする解説の誤りを正し、「法人事業概況書は法定文書になっていない」ということについて論及するものである。

改定財務省令

財務省令である法人税法施行規則35条(確定申告書の添付書類)は06年度改定で次のようになった。

「法第74条第2項 (確定申告書の添付書類)に規定する財務省令で定める書類は、次の各号に掲げるもの(当該各号に掲げるものが電磁的記録で作成され、又は当該各号に掲げるものの作成に代えて当該各号に掲げるものに記載すべき情報を記録した電磁的記録の作成がされている場合には、これらの電磁的記録に記録された情報の内容を記載した書類)とする。
当該事業年度の貸借対照表及び損益計算書
当該事業年度の株主資本等変動計算書若しくは社員資本等変動計算書又は損益金の処分表(当該事業年度終了の日の翌日から当該事業年度に係る決算の確定の日までの間に行われた剰余金の処分の内容につき他の号に掲げる書類にその記載がない場合には、その内容を記載した書類を含む。)
第一号に掲げるものに係る勘定科目内訳明細書
当該内国法人の事業等の概況に関する書類
合併、分割、現物出資又は法第2条第12号の6 (定義)に規定する事後設立(次号において「組織再編成」という。)に係る合併契約書、分割契約書、分割計画書その他これらに類するものの写し
組織再編成により当該組織再編成に係る合併法人、分割承継法人、被現物出資法人若しくは被事後設立法人に移転した資産、負債その他主要な事項又は当該組織再編成に係る被合併法人、分割法人、現物出資法人若しくは事後設立法人から移転を受けた資産、負債その他主要な事項に関する明細書 」
法人事業概況書が法定文書になったとする論者は、上記規則35条4号に「当該内国法人の事業等の概況に関する書類」という規定がなされたことを根拠としている。

法人確定申告書の添付書類

法人税法74条(確定申告)は次の規定をしている。

「内国法人は、各事業年度終了の日の翌日から2月以内に、税務署長に対し、確定した決算に基づき次に掲げる事項を記載した申告書を提出しなければならない。
2  前項の規定による申告書には、当該事業年度の貸借対照表、損益計算書その他の財務省令で定める書類を添付しなければならない。」

この法人税法74条2項をうけた「財務省令」が上記法人税法施行規則35条(確定申告書の添付書類)である。上記のように法人税法74条は、内国法人に確定した決算に基づく、当該事業年度の所得の金額や欠損金額等を記載した確定申告書の提出義務を課している。正当な理由がなく、確定申告書を提出期限までに提出しなかった場合には処罰を受ける。法人税法160条は次の罰則規定を置いている。

「正当な理由がなくて第74条第1項(確定申告)(第145条第1項(外国法人に対する準用)において準用する場合を含む。)、第81条の22第1項(連結確定申告)、第82条の10第1項(特定信託に係る確定申告)(第145条の8(外国法人に対する準用)において準用する場合を含む。)、第89条(退職年金等積立金に係る確定申告)(第145条の12(外国法人に対する準用)において準用する場合を含む。)又は第104条第1項(清算確定申告)の規定による申告書をその提出期限までに提出しなかつた場合には、法人の代表者、代理人、使用人その他の従業者でその違反行為をした者は、1年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。ただし、情状により、その刑を免除することができる。」

添付書類でない法人事業概況書

法人税法施行規則35条の規定によって、法人事業概況書は添付義務がある。添付しなければ罰則の対象となるという論者がいるが、それは誤りである。

先に見たように法人税法74条2項は、「当該事業年度の貸借対照表、損益計算書その他の財務省令で定める書類」と規定している。ここでの規定は、「その他の書類」であり「その他書類」ではない。

したがって、通常の意味や文法に基づく条文の解釈(文理解釈)としても上記省令(法人税法施行規則35条)のありかたは、「貸借対照表、損益計算書に準ずる書類」に限定される。この省令で規定することができる書類は、会社法制定前であれば「損益金の処分表」に限られ、創設された会社法の下では株主資本等変動計算書、個別注記表などに限られる。

法人事業概況書の内容を見れば、法人事業概況書が、貸借対照表、損益計算書に準ずる財務諸表ではないことは明らかである。

法人には税務署から法人税の申告書とともに「法人事業概況説明書」と「法人事業概況説明書の書き方」(書き方)という文書が税務署から送られている。
書き方が示している法人事業概況書の記載方法の概要は次のとおりである。
1 事業内容
  営む事業の内容
2 支店・海外取引状況
(1) 支店数
総支店数、主な所在地
支店、営業所、出張所、工場、倉庫等の総数、主要支店等の所在地
上記のうち海外支店数、所在国、従業員数
総支店数のうち、海外に所在するものの数、その主要な所在国。海外支店に勤務する従業員数
(2) 子会社
海外子会社の数、主な所在国、海外子会社に対する出資割合
(3) 取引種類
海外取引の有無、輸入及び輸出の区分ごとの相手国名、取引商品名、取引金額
(4) 貿易外取引
貿易外取引の取引内容
3 期末従事員等の状況
  常勤役員、従事員の職種(工員、事務員、技術者、販売員、労務者、料理人、ホステス等)、従事員のうちの代表者の家族の人数
4 電子計算機の利用状況
(1) 適用業務
(2) 機種名、リースの場合は月額リース料金
(3) 市販会計ソフト名
(4) 外部委託先
(5) LANの使用
(6) データの保存媒体
5 経理の状況
(1) 管理者・現金出納帳および小切手振出しの管理責任者名と代表者との関係
(2) 源泉所得税の対象所得
(3) 消費税の経理処理の方法、消費税の課税売上高
6 株主又は株式所有異動の有無
7 主要科目
  【主要科目】
(売上・売上原価・売上総利益・役員報酬・従業員給料・交際費・減価償却費・地代家賃・租税公課・営業損益・支払利息割引料・税引前当期利益・現金預金・受取手形・売掛金・棚卸資産・貸付金・建物・機械装置・車両・土地・支払手形・買掛金・個人借入金・その他借入金・資本の部合計

【主要科目の記載留意事項】
(1)値引き、割戻し等がある場合の該当科目の記載はそれを控除した後の額、
(2)退職金には人件費に関する科目に含めない
(3)労務費欄には福利厚生費を入れない
(4)交際費欄には交際費等の支出合計額を記載
(5)地代家賃・租税公課欄はそれぞれの合計額を記載
(6)受取手形・売掛金欄は貸倒引当金の控除前の額を記載
(7)受取手形欄には融通手形の額を入れない
(8)建物・機械装置・車両・船舶欄は減価償却累計額控除後の額を記載
(9)土地欄には借地権等の額を含める
(10)支払手形欄には融通手形の額を入れない
(11)買掛金欄には、原価性を有する未払金等を含めない
(12)個人借入金欄には、銀行・信用金庫・信用組合からの借入金以外の借入金の合計額を記載
(13)その他借入金欄には、個人借入金欄に記載した以外の借入金の合計額を記載
(14)資産の部合計欄は、負債の部合計欄と資本の部合計欄の計と一致するよう検算する
【注】  
(1) 不動産貸付業における原価性を有する支払地代家賃・リース料は原材料費(仕入高)欄に含める。
(2) 運送業における原価性を有する燃料費は、原材料費(仕入高)欄に記載する。
(3) 金融業・保険代理業における原価性を有する支払利息割引料は、原材料費(仕入高)欄に記載する。
(4) 金融業・保険代理業における未収利息は売掛金欄に記載する。
(5) 金融業・保険代理業における未払利息は買掛金欄に記載する。
8 代表者に対する報酬等の金額
  同族会社の場合には、代表者に対する報酬、賃借料、支払利息、貸付金、仮払金及び代表者からの借入金、仮受金の額を記載。
9 事業形態
(1) 兼業の状況
2以上の種類の事業を営んでいる場合に、従たる事業内容をできるだけ具体的に記載し、総売上(収入)に占める兼業種目の売上高の割合を記載。
(2) 事業内容の特異性
同業種の法人と比較して事業内容が相違している事項を記載。
(3) 売上区分
総売上(収入)に占める現金売上及び掛売上の割合を記載。
10 主な設備等の状況
  事業の用に供している主な設備等の状況について、名称・用途・型・大きさ・台数・面積・部屋数等について以下を参照して記載。
(例)
○機械装置は、名称・用途・大きさ・型・台数等について記載。
○車両等は、名称・用途・台数等について記載。
○店舗等は、店舗名・住所・延床面積・テーブル数・収容人員等について記載。
(注)機械装置の用途は、製造(又は作業)の工程と関連させて記載。
11 帳簿等の備付状況
  作成している帳簿類について記載。
(記載例)
受注簿、発注簿、作業(生産)指示簿、作業(生産)日報、原材料受払簿、商品受払簿、レジシート、売上日計表、工事日報、工事台帳、出面帳、運転日報、注文書、外交員日報、客別売上明細帳、出前帳、予約帳、部屋割帳、取引台帳、営業日誌など。
12 税理士の関与状況
  複数税理士が関与の場合は主な1名について記載。税理士法人が関与の場合は主な担当税理士について記載。
13 月別売上高等の状況 
  売上(収入)高、売上(収入)原価等の月別の状況を記載。
(注)
(1)複数の売上(収入)がある場合には、その主なもの2つについて、原価とともに記載。
(2)人件費欄の右側の空欄には掲記以外の主要な科目の状況を記載。
14 当期の営業成績の概要
  経営成績の変化によって特に影響のあった事項、経営方針の変更によって影響のあった事項などを具体的に記載。

法人事業概況書は無効

06年度改定税法が成立した06年3月前後まで、税務署が法人に送付していた法人事業概況説明書には次の記載があった。
「この法人事業概況説明書は、貴社の事業内容、事業の規模等について記載していただくことにより、税務署の調査・指導等に際して相互の手数を省略するものでありますから、各事項について正しく記載くださるようお願いいたします。また、項目によっては、記載欄が不足する場合もあるかと思いますが、そのときは同形式のものを別紙に作成してください。なお、この法人事業概況説明書は、提出される法人税申告書に一部を添付して提出してください。提出された法人事業概況説明書は、税務署において秘文書として管理します。」
税務署が説明しているように法人事業概況書は、あくまで課税庁側の税務行政用情報にすぎない。改定法人税法施行規則35条は、法人税法74条の委任命令の限界を超えて「概況書」を規定したことになり無効であり、租税法律主義違反である。

国民は法律の定めにより納税の義務を負う(憲法30条)。概況書は財務省という行政庁が作成したもので法律の定めではない(行政立法)。法人税法74条は、ただ単に「財務省令で定める書類」と抽象的一般的に述べているだけで、個別的、具体的に省令に委任していない。

命令については北野弘久教授の次の指摘が重要である。

「命令(たとえば、所得税法〔法律〕についていえば、所得税法施行令〔政令〕、所得税施行規則〔省令〕)において法規(Rechtssatz)を定めうるのは、法律による委任命令においてのみである。命令への委任は一般的・包括的であってはならない。一般的・包括的な命令への委任は、租税の領域においては租税法律主義に違反し無効である」(『税法学原論』【第五版】、青林書院、2003年、190ページ)

つまり、租税の賦課・徴収およびその手続は国民を代表する議会の制定する法律によらなければならないのであり、抽象的委任に国民は拘束されない(租税法律主義の要請)。

個別的、具体的な省令委任を欠く概況書は、法律の根拠を欠くものであり、課税庁の単なる「お願い」にすぎない。もちろん納税者を拘束するものではない。また、概況書は「法律なければ犯罪無く、法律なければ刑罰なし」の罪刑法定主義にも反する。

罪刑法定主義は、どのような行為が処罰されるか及びその場合にどのような刑罰が加えられるかは法律によってだけ定められるとする。憲法は、「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない」(31条)と罪刑法定主義を保障している。「お願い」によって刑罰は科されない。

国税庁は2006年9月11日、「法人課税関係の申請、届出等の様式の一部改正について」(法令解釈通達)を公表した(課法4−35・課総2−40・課審1−22・官事7−37・徴管2−40・査調2−101)。この法令解釈通達は次のとおりである。

「平成13年7月5日付課法3−57ほか11共同『法人課税関係の申請、届出等の様式の一部改正について』(法令解釈通達)の一部を別紙のとおり改正したから、今後はこれによられたい。なお、平成16年2月5日付課法3−5『法人事業概況説明書の様式について』(事務運営方針)は廃止する。(趣旨)法人課税関係の申請、届出等の諸様式について、平成18年度税制改正等に伴う所要の改正を行うものである。」

この法令解釈通達によって、法人事業概況書は国税庁の事務運営指針から通達を根拠とすることになった。法人事業概況書の根拠は通達にすぎない。
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