論文

> 納税者の権利と質問検査権の法理
法人事業概況書は法定外文書  
立正大学教授・税理士浦野広明  

法人事業概況書の背景

(1)書面添付制度
小泉内閣の「官から民へ」という政策のもとで税理士法が改定され、02年4月1日から実施された。この改定の中心項目の一つが税理士の作成による書面添付制度(税理士法33条の2)である。この添付書面は、法人事業概況書と類似している制度であり、「税務調査を税務署員に代わって税理士に行なわせる」かのような内容である。税理士法の改定に当たり書面添付があれば、税務調査が「省略」されるかのような論説が流布された。

政府は書面添付制度について、「税務監査という言葉でも私結構だと思う」という課税庁の本音を答弁している(福田幸弘政府委員・大蔵大臣官房審議官、衆院大蔵委員会、1979年12月7日)。  課税庁や課税庁寄りの論者・納税者団体は、この書面添付制度を鳴り物入りで宣伝している。それにも拘わらず実効のない施策となっている。

書面添付制度は、申告書の作成に関する事項や他人の作成した申告書について税理士が審査をした場合にはその審査事項についての書面を申告書に添付できるとする制度である。

税理士法は書面の添付がある場合について次のように述べている(35条1項)。
「税務職員は、この制度に基づく書面を付けた納税者に調査の事前通知をして税務調査をする場合、その租税に関し代理をしていることを示す書面を提出している税理士がいるときには、その事前通知をする前に、その税理士から意見を聞かなければならない」

税理士法34条は、税務官公署職員が所得税法等に規定する申告書を提出したものについて、その申告書に関しあらかじめその者に日時場所を通知してその帳簿書類を調査する場合において、その租税に関し30条の規定による書面(代理権限を有することを明示する書面)を提出している税理士があるときは、あわせてその税理士に対してその調査の日時場所を通知しなければならない、と規定している。

この規定は代理人である税理士の立場を尊重する規定であるかのようにみえるが、決して税理士に対する通知を原則とするのではなく、納税者本人に通知した場合における通知であるから、納税者に通知しなかった場合にはもちろん税理士に対しても通知を必要としていない。したがって、この規定もまた、納税者の立場を尊重したものであるということはできない。

改定法35条1項は、税務官公署職員は、第33条の2第1項または第2項に規定する書面(添付書面)が添付されている申告書を提出した者について、その申告書に係る租税に関しあらかじめその者に日時場所を通知してその帳簿書類を調査する場合において、その租税に関し30条の規定よる書面(代理権限を有することを明示する書面)を提出している税理士があるときは、その通知をする前にその税理士にたいしてその添付書面に記載された事項に関し意見を述べる機会を与えなければならない、と規定している。

この規定は代理人である税理士の立場を尊重する規定であるかのようにみえるが、決して税理士からの意見聴取を原則とするのではなく、納税者本人に通知した場合における意見聴取であるから、納税者に通知しなかった場合にはもちろん税理士からの意見聴取を必要としていない。したがって、この規定もまた、納税者の立場を尊重したものであるということはできない。

書面添付制度の内容は次のように整理できる。
書面添付制度のメリットとして税務調査の省略がいわれる。論者の意図はともかくそれは、事実において税理士を税務官庁の「下請機関」とする危険がある。仮に調査の省略があるとしたら、調査省略となる申告書の内容は税務当局が作成したものと同様の内容でなければならないからである。税務官庁には課税処分権(更正・決定)がある。書面添付制度により税理士側にいわゆる「税務調査の省略権」を与えることとした場合、課税処分権を行使しないことになる(そのようなことはあり得ない)。租税法律関係は税務行政庁と納税者との間の関係である。租税法律関係の性質上税理士の書面添付制度という意見表明に最終的な決定権を与えることなど論理的に説明はできない。
書面を添付している場合、意見聴取の機会を与えているが、他方意見聴取の機会を与えなかったとしても、その更正の効力には影響を及ぼさないとしている(35条4項)。したがって、この「意見聴取」に関する措置は、一種の「みせかけ」で法的には全く意味がない。
不服申立てに係る調査の場合にも、書面を添付していたら意見聴取の機会を与えるとしているが、意見聴取の機会を与えなかったとしても、裁決の効力には影響を及ぼさないとしている(35条4項)。したがって、この「意見聴取」に関する措置も法的には全く意味がない。
申告書を提出した者について、その申告書にかかる租税に関しあらかじめその者に日時場所を通知して帳簿書類を調査する場合、添付書面を提出している税理士があるときにその税理士に対して意見聴取の機会を与えている。

租税法律関係の一方の当事者(税務当局)はぼう大な権力と専門的知識を有する。他方の当事者(納税者)は何の権力も専門的知識も有しない。税理士はこの関係における弱者である納税者を援助し、憲法および税法によって認められた納税者の権利を擁護する使命がある。問題が簡単でなく見解が分かれるときにおいて、税理士は納税者の代理人として納税者の立場をとることが要求される。税理士にとって法的に重要なことは、税理士は依頼人として納税者の権利を擁護しなければならないという点である。
(2)会計参与制度
会社法が2006年5月1日に施行された。会社法は会計参与制度(任意の制度)を置いている(374条以下)。

宮口定雄税理士は会計参与については次のように説明している。

「会計参与とは、株主総会により選任され、会計に関する専門的識見を有する者として、取締役・執行役と共同して計算書類を作成するとともに、その計算書類を取締役・執行役とは別に保存し、株主・会社債権者に対して開示すること等を職務とする」(『会計参与の実務と会社法Q&A』清文社、2006年、74頁)。

会計に関しては会計監査人制度があり、資本金5億円以上または負債の合計金額が200億円以上の株式会社は、会計監査人(公認会計士または監査法人)の監査を受ける義務がある。会計参与は、公認会計士、監査法人、税理士または税理士法人でなければその業務にあたれない(333条1項)。

会計参与は、計算書類の作成者、取締役と同様の地位、実態は監査的な存在である。会計参与制度の理解については次の指摘が重要である。

「会計参与になっても責任(リスク)を負担するだけのことである。経済的に見れば一種の保証業務である。多数の委託先を抱えていれば、一定の割合で委託先が倒産することは不可避であるから、その度に責任追及訴訟を提起されたのではリスクが大きい。またリスクの大きな企業の会計参与は受任しないであろう。仮に会計参与に就任するとしても、それに見合った報酬が必要である」(弁護士・中村直人『新会社法』<第2版>、商事法務、268頁)

会計参与は中小企業に対する無用な規制強化策であり、弱小法人においては実効性が期待できない。そこで浮上したのが法人事業概況書の法定化である。

中小法人の多くは税理士が関与している。法人事業概況書を提出する法人においては税理士が法人事業概況書を作成することになろう。

税理士は納税者の代理人であり監査人ではない。税理士が課税行政権と納税者との対抗関係を否定するような考えになると、結果的に納税者の法的権利をまもる自己の役割を否定することになる。税理士は、税法が執行される場で納税者の代理人として、法令に規定された納税義務の適正な実現を図る使命をもつ。租税関係には、「課税庁の立場」か「納税者の立場」かのどちらかしかない。違法な国家行為に納税者は拘束されない。違法な行政に対して納税者とその代理人である税理士は、その違法性を指摘して、これと争う権利を持つ。

法人事業概況書の定着は、課税庁の違法行為に対する追及を困難にさせる。法人事業概況書は税理士を代理人の立場から、税務署に先立って事実上の税務調査を行う(税務監査)民間税務署的立場(税務署の下請)に追いやる「官から民へ」の危険な制度である。

中小企業と私法規定の運用

小規模会社は有限責任制を「濫用」しているという論者がいる。中小企業に倒産が多いのは、大企業を中心の政策や不況のためであることを無視した論述である。多くの小会社は、経営者の個人資産までを会社金融のために、担保として提供しているのが通例であり、会社が倒産すると経営者個人は全財産をも失う。実態的には、有限責任ではなく無限責任がその実態なのである。

市民相互間を規律する私法(民法、商法、会社法等)は、もともと裁判官の判断ルールを決めた「裁判規範」であり、国民の行動を規律している「行為規範」でない。したがって、国民は法律にしたがう必要はない(私的自治)。

たとえば、親の相続財産について、民法の規定では(遺言がないかぎり)すべての子に平等の権利があると書いてあるが、相続人がその規定を無視して、長男に多く分ける、長女の取り分を多くするなど、兄弟姉妹の話し合いで自由に決めることができる。これに対して「国家」が「そのような不公平な分け方は認めない」と口出しはできない。しかし、分け前の少なかった子が不公平だといって裁判に訴えれば、裁判官は民法の規定にしたがって判決をくだすのである。

民事法が「裁判規範」であることの根本にあるのは、「市民社会」の「私的自治」という考え方である。渡辺洋三教授はつぎのように述べている。「自分たちのことは法律に関係なく、なるたけ自分たちで決めるという『自治』の考え方は、実は日本社会では伝統的に弱い。法律を知らない人の方が、かえって、法律にしたがって、あるいは法律のわくの中で行動しなければならないと考えがちである。そのため民事法が『裁判規範』であるということの意味がよく理解できないようである」(『法律学への旅立ち』岩波書店、1990年、19頁)

商法、会社法を守らなくてよいのかという論者がいる。大会社への規制と小規模会社への規制のあり方を知らない議論である。この点についてはつぎの指摘が重要である。

「貸借対照表の公告義務の如きは、殆んど全く無視される。……要するに、このような小規模会社にあっては、会社法は至るところで無視され蹂躪される。もちろん、このような会社の運営に対して、遵法精神の欠如を指弾することはたやすい。しかしそれが問題の解決に何の役にも立たないことも明白である。

ただしこのような会社は、法に反することによってはじめて会社となり得たのであり、また会社として存続しえているからである。商法が小商人の制度を認めてそれに総則中の規定の適用を大幅に免除している一半の理由は、いうまでもなく、それを遵守させることが酷だからである」(竹内昭夫「小規模会社と株式会社法」矢沢惇編『岩波講座・現代法9・現代法と企業』岩波書店、1966年、49頁以下)

商法中改正法律施行法(昭和13・4・5法73)5条は、「新法第8条ノ小商人(こしょうにん)トハ資本金額50万円ニ満タザル商人ニシテ会社ニ非ザル者ヲ謂フ」と規定している。小商人の範囲は現代に置き換えて考える必要がある。商法7条(小商人に適用しない規定)は次のように規定している。

「第5条<未成年者登記>、前条<後見人登記>、次章、第11条第2項<商号の登記>、第15条第2項<商号の譲渡登記>、第17条第2項前段<譲渡人の商号を使用した譲受人の責任>、第5章<商業帳簿>及び第26条<物品販売等を目的とする店舗の使用人>の規定は、小商人(商人のうち、法務省令で定めるその営業のために使用する財産の価額が法務省令で定める金額を超えないものをいう。)については、適用しない。」

行政庁の決定行為を法のコントロールの下に置かなければならないという考え方および制度が、普遍的な原理として採用される根拠は、つぎの二つの点である。

国民主権主義、基本的人権の尊重という建前の下では、国民代表議会が制定する法に基づかないで、行政権力が恣意的に国民の権利義務に変動を加えてはならないという要請が存在する。

行政における公平の原則を確保するために、行政庁の自由な意思を禁止しなければならない。

量的に膨大な、質的に専門技術的な立法が現れてくるのに対応し、議会は一般的枠組みを決定するだけで、その具体的細目はこぞって行政府の決定に委ねるという傾向がみられる(委任立法の増大)。税法においては典型的にこの傾向がみられる。

その委任が包括的抽象的であればあるほど、行政庁の自由な裁量で具体的立法行為がなされる。委任立法が増える理論的根拠としては、法の内容を社会の変化や行政需要の変化に速やかに対応して改正できること(行政立法の改正手続きは簡単にできる)、行政の専門技術的処理の基準は行政庁の決定に委ねる方が合理的であること、議会の法案審議能力に限界があること(審議時間、審議能力の点においても)などがあげられる。

議会制定法が抽象的要件の定立にとどまり、法の具体的運用を行政庁に委任する傾向が強まるに応じて、行政解釈による具体的基準の定立が、いっそう重要な意義を持つのである。一切の国家作用は、法に服さなければならず、違法な国家行為に国民は拘束されない。国民は、その違法性を指摘し、これを争う権利をもつ。

「会社法に会計参与の資格者として税理士が規定され、税理士の地位が向上した」などという妄言に惑わされてはならない。

税理士が国民の信頼を得るのは納税者・国民の立場で税制、税務行政に取り組むことによってのみ可能になる。法人事業概況書に関して言われるままに従うことは、実質的に公権力が納税者の私的秩序に介入することを補完することになる。公権力の介入にはそれを正当化するだけの積極的理由がなければならない。公的存在ではない中小事業者などの納税者は、あくまで自律的秩序(国家からの自由)によって運営されるべきものである。

書面添付制度、会計参与制度、法人事業概況書制度に基づき提出した申告書が否認された場合、税理士はこれらの制度に関連して、民事上の責任、税理士法上の責任、さらには刑事上の責任も問われかねない。これらの制度は単なる租税制度ではなく、金融機関や大企業が債権者としての立場から、中小企業とその代理人である税理士に対して、金融差別をしたり、監査人的な責任を追及する手段となる。

書面添付制度、会計参与制度および法人事業概況書制度は、違法な国家行為の追及を困難にさせ、租税法律主義を形骸化させることになる。その被害を負うのは中小零細企業とその代理人である税理士である。

全国中小企業団体連絡会は、06年10月25日、国税庁と交渉をした。「国税庁側は、長官官房調整室の原英一課長補佐と田所寛連絡調整係長が応対」、「06年度税制『改正』で盛り込まれた法人事業概況書の添付を定めた施行規則について『罰則はあるか』と質問すると、原課長補佐は『罰則はない。出してくださいとお願いするだけ』と回答」している(全国商工新聞、2006年11月6日)。

法的に無効な法人事業概況書を形骸化し、実効性のないものにすることが重要な時期を迎えた。

(うらの・ひろあき東京会)


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