論文

特集消費税仕入税額控除否認 >「日の丸・君が代」私なりの結論
仕入税額控除否認の“適時提示説”への疑念
− 補佐人活動から見た最高裁判決の批判的検討
北陸会藤田康雄  

はじめに

私は、平成9年以来、輸出免税がらみの消費税・所得税の更正処分を争う事案(以下「本件事案」という。)に異議申立て直後から関与し、裁判段階では、平成14年4月1日に施行された改正税理士法2条の2の税理士補佐人として活動してきた(注1)

本件事案では、税理士補佐人として原処分担当調査官の証人尋問を試み、裁判長の“訴訟指揮権”によるものではあったが、約1時間の証人尋問を実現することができた(注2)。しかし、原処分時の調査記録等の文書提出命令が認められないなど、厳しい訴訟進行が続いていた。

去る4月12日、本件事案の第1審判決があった。地方裁判所は、最高裁判決が示したいわゆる“適時提示説”を前提にして、本件事案の特異性(下記第1項参照)につき具体的な判断を回避しつつ、結論においては、“適時提示説”に強引にあてはめる判決を下したが、到底納得できるものではない。

そこで、本件事案の大きな争点である仕入税額控除否認の問題について、補佐人活動を通じて、本件事案で主張してきたところを、あらためて整理し紹介して、諸氏のご批判を仰ぎたいと思う。
(なお、本件事案の争点は、消費税のほか多岐にわたるが、本稿では便宜上消費税の仕入税額控除問題に絞って考察する。また、現在控訴中であることを申し添える。)

第1本件事案の仕入税額控除に係る特異な争点

本件事案には、消費税の仕入税額控除に係る、次のような特異な争点が存在した。

すなわち、原告は、もっぱら外国人に対し日本国内で中古自動車を販売する業種であった。

原処分においては、仕入税額控除の大半(約70%前後)を占めるオークション場からの車両の仕入れについて、平成6年分で約1億6,300万円、平成7年分で約3億2,700万円の課税仕入れを認容していた。異議決定の理由の中で、この内容が具体的に明示され、仕入税額控除もそのまま維持された。

ところが、国税不服審判所は、当事者間で特に争点となっていない、このオークション場からの車両の仕入れに係る仕入税額控除部分につき、原処分時の調査官が法定請求書等の提示を受けていないのに「誤って」課税仕入れと認定していたと判断し、これを全額否認した。(なお、「誤って」判断した理由は、後日、本訴における証人尋問等で明らかになったところによれば、担当調査官は、当時、銀行振込書の確認と反面調査による取引先の確認によって、課税仕入れが是認できると認識していたというのである。)

いずれにせよ、原処分時から一定期間経過した後である不服申立ての審査段階で、原処分庁によってではなく(前記のとおり、原処分庁は、積極的に原処分並びに異議決定において肯定していた)、不服申立の審査機関である国税不服審判所によって、原処分担当調査官の「過誤」が「発見」され、その結果、いわゆる“適時提示”要件を欠いていたとして、事後的に仕入税額控除が否認されたのである。

本訴において、課税庁側は、原処分時並びに異議決定時において、オークション場からの車両の仕入れに係る仕入税額控除を認容していたことを覆し、国税不服審判所と同じ立場に変節した。そして、いわゆる“適時提示説”を拠り所として、自らが原処分時並びに異議決定時において認容し、審査請求段階でも特に争っていなかった、上記の仕入税額控除まで否認する態度を鮮明にした。

第2仕入れ税額控除否認の最高裁判決と反対意見の重要性

さて、今日、仕入税額控除問題を考察する上では、二つの最高裁判決の検討が不可欠である。本件事案を検討する視点から必要な範囲で、その概要に触れる。
1最高裁平成16年12月16日判決
最高裁は、平成16年12月16日、仕入税額控除につき、適時に提示することが可能なように態勢を整えてこれらを保存していない場合は、「保存しない場合」に該当すると初めて判示した。このいわゆる“適時提示説”に基づき判断した最高裁判決は、三木教授によって政治的な判決であると痛烈に批判されたように、租税法律主義の原則から見て異例なものである(三木義一「消費税仕入税額控除における帳簿等の「保存」の意義」税理 2005年4月号)。

判決理由の中心は、「法30条7項は、…帳簿又は請求書等が税務職員による検査の対象となり得ることを前提にしている」ことから、「税務職員がそのいずれかを検査することによって課税仕入れの事実を調査することが可能であるときに限り、同条1項を適用することができる」と解釈したところにある。最高裁判決は、税務行政手続である調査の過程において「帳簿又は請求書等が税務職員による検査の対象となり得ること」が予定されているという税務行政手続の一般原則から、「税務職員がそのいずれかを検査することによって課税仕入れの事実を調査することが可能であるときに限り、同条1項を適用することができる」とまで、論理的飛躍をなし、手続規定であるものを課税仕入れの実体的認定要件(課税要件)へと変質させている。

しかも、その判決理由によれば、この論理的飛躍を唯一正当化する拠り所らしいものは、「消費税により適正な税収を確保するには、上記帳簿又は請求書等という確実な資料を保存させることが必要不可欠であると判断された」ことなのである。

最高裁は、税収確保のためには「租税法律主義の原則」を一時棚上げするのもやむなしとの立場に踏み出し、憲法の番人たるものが開けてはならない「パンドラの箱」を、自ら開けてしまったのではないかとの危惧を感じたのは、私だけではなかろう。

それ故、この最高裁判決は、例えば、本件事例で顕在化するように、実際の税務調査過程には、担当調査官の資質の違いなどによるさまざまな「誤り」が生ずる場合があり得ることを全く想定していない欠陥を内包する。不提示は調査を受ける納税者の不心得によってのみ発生するのであり、調査を実施する調査官は、法律の規定どおり「常に正しく」行動し、「常に正しく」判断する完全無欠な存在と前提されている。結局のところ、最高裁判決は、実際にはありえない、このような「過信」と「虚構」のうえにたって、はじめて成立し得るものである。
2最高裁平成16年12月20日判決の反対意見の重要性
もう一つの最高裁平成16年12月20日判決において、多数意見は上記“適時提示説”を踏襲したが、反対意見が表明された。この滝井繁男裁判官の反対意見こそ、説得力を有し、法律解釈としてもっとも論理的なものである。その内容は、以下の通りである。重要なので、ほぼ全文を引用する。
1
私は、税務調査において、帳簿等の提示を求められた事業者が、これに応じ難いとする理由がないとはいえ、帳簿等の提示を拒み続けたというだけの理由で、法30条7項所定の帳簿等を保管していたのに、同項にいう「帳簿(中略)等を保存しない場合」に当たるとして、同条1項による課税仕入れに係る消費税額の控除を受けることができないと解するのは相当でないと考える。多数意見は結局そのような解釈を採るに帰着するものであるから、これに賛成することはできない。その理由は次のとおりである。
2(1)
我が国消費税は、税制改革法(昭和63年法律第107号)の制定を受けて消費に広く薄く負担を課することを目的とし、事業者による商品の販売、役務の提供等の各段階において課税することとしたものであるが、同法は課税の累積を排除する方式によることを明らかにし(同法4条、10条、11条)、これを受けて、法30条1項は、事業者が国内において課税仕入れを行ったときは、当該課税期間中に国内で行った課税仕入れに係る消費税額を控除することを規定しているのである。この仕入税額控除は、消費税の制度の骨格をなすものであって、消費税額を算定する上での実体上の課税要件にも匹敵する本質的な要素とみるべきものである。

ただ、法は、この仕入税額控除要件の証明は一定の要件を備えた帳簿等によることとし、その保存がないときは控除をしないものとしているのである(同条7項)。しかしながら、法が仕入税額の控除にこのような限定を設けたのは、あくまで消費税を円滑かつ適正に転嫁するために(税制改革法11条1項)、一定の要件を備えた帳簿等という確実な証拠を確保する必要があると判断したためであって、法30条7項の規定も、課税資産の譲渡等の対価に着実に課税が行われると同時に、課税仕入れに係る税額もまた確実に控除されるという制度の理念に即して解釈されなければならないのである。
(2)
しかしながら、法58条、62条にかんがみれば、法30条7項は、事業者が税務職員による検査に当たって帳簿等を提示することが可能なようにこれを整理して保存しなければならないと定めていると解し得るとしても、そのことから、多数意見のように、事業者がそのように態勢を整えて保存することをしていなかった場合には、やむを得ない事情によりこれをすることができなかったことを証明した場合を除き、仕入税額の控除を認めないものと解することは、結局、事業者が検査に対して帳簿等を正当な理由なく提示しなかったことをもって、これを保存しなかったものと同視するに帰着するといわざるを得ないのであり、そのような理由により消費税額算定の重要な要素である仕入税額控除の規定を適用しないという解釈は、申告納税制度の趣旨及び仕組み、並びに法30条7項の趣旨をどのように強調しても採り得ないものと考える。
(3)
事業者が法の要求している帳簿等を保存しているにもかかわらず、正当な理由なくその提示を拒否するということは通常あり得ることではなく、その意味で正当な理由のない帳簿等の提示の拒否は、帳簿等を保存していないことを推認させる有力な事情である。しかし、それはあくまで提示の拒否という事実からの推認にとどまるのであって、保存がないことを理由に仕入税額控除を認めないでなされた課税処分に対し、所定の帳簿等を保存していたことを主張・立証することを許さないとする法文上の根拠はない(消費税法施行令66条は還付等一定の場合にのみ帳簿等の提示を求めているにすぎない。)。

また、大量反復性を有する消費税の申告及び課税処分において迅速かつ正確に課税仕入れの存否を確認し、課税仕入れに係る適正な消費税額を把握する必要性など制度の趣旨を強調しても、法30条7項における「保存」の規定に、現状維持のまま保管するという通常その言葉の持っている意味を超えて、税務調査における提示の求めに応ずることまで含ませなければならない根拠を見出すことはできない。そのように解することは、法解釈の限界を超えるばかりか、課税売上げへの課税の必要性を強調するあまり本来確実に控除されなければならないものまで控除しないという結果をもたらすことになる点において、制度の趣旨にも反するものといわなければならない。
(4)
保存の意味を本来の客観的な状態での保管という用語の持つ一般的な意味を超えて解釈することが、制度の趣旨から是認されるという場合がないわけではない。例えば、青色申告の承認を受けた者は所定の帳簿書類の備付け、記録及び保存が義務付けられ、それが行われていないことは青色申告承認の取消事由となるものと定められているところ、納税者が正当な理由なく税務職員による帳簿書類の提示の要求に応じないときは、帳簿書類の備付け、記録及び保存の義務を履行していないものとして青色承認の取消事由になるものと解されている。

しかしながら、青色申告制度は、納税義務者の自主的かつ公正な申告による租税義務の確定及び課税の実現を確保するため、一定の信頼性ある記帳を約した納税義務者に対してのみ、特別な申告手続を行い得るという特典を与え、制度の趣旨に反する事由が生じたときはその承認を取り消しその資格を奪うこととしているものである。

そして、青色申告の承認を受けた者は、帳簿書類に基づくことなしには申告に対して更正を受けないという制度上の特典を与えられているのであるから、税務調査に際して帳簿等の提示を拒否する者に対してもその特典を維持するというのは背理である。したがって、その制度の趣旨や仕組みから、税務職員から検査のため求められた書類等の提示を拒否した者がその特典を奪われることは当然のこととして、このような解釈も是認されるのである。

これに対し、法における仕入税額控除の規定は、前記のとおり課税要件を定めているといっても過言ではなく、青色申告承認のような単なる申告手続上の特典ではないと解すべきものである。そして、法は、消費税額の算定に当たり、仕入税額を控除すべきものとした上で、帳簿等の保存をしていないとき控除の適用を受け得ないとしているにとどまるのである。

法30条7項も、消費税を円滑かつ適正に転嫁するために帳簿の保存が確実に行われなければならないことを定めたものであり、着実に課税が行われるよう、課税売上げの額を正しく把握すると同時に控除されるべき税額は確実に控除されなければならないという消費税制度の趣旨を考えれば、同項にいう「保存」に、その通常の意味するところを超えて税務調査における提示をも含ませるような解釈をしなければならない理由は見いだすことはできず、そのように解することは、本来控除すべきものを控除しない結果を招来することになって、かえって消費税制度の本来の趣旨に反するものと考えるのである。
(5)
事業者が帳簿等を保存すべきものと定められ、これに対する検査権限が法定されているにもかかわらず、正当な理由なくこれに応じないという調査への非協力は、申告内容の確認の妨げになり、適正な税収確保の障害にもなることは容易に想像し得るところであるが、法は、提示を拒否する行為については罰則を用意しているのであって(法68条)、制度の趣旨を強調し、調査への協力が円滑適正な徴税確保のために必要であることから、税額の計算に係る実体的な規定をその本来の意味を超えて広げて解することは、租税法律主義の見地から慎重でなければならないものである。
なお、滝井裁判官の反対意見は、「帳簿等の提示を拒みつづけたという」具体的事案にかかる判決であることから、調査官の資質の違いなどによるさまざまな「誤り」が生ずることから顕在化する多数意見の矛盾までには言及されていない。しかし、以下で具体的にふれるように、本件事案を適切に裁くための理論的根拠を与えている。
(注1) この事案の消費税に関する争点については、かつて本誌439号(1998年4月号)に“消費税法第30条第7項の「保存」文言の読み替えの異常”として投稿したことがある。
(注2) この税理士補佐人による証人尋問の経験と経過については、月刊税務事例(財経詳報社)2005年4月号「税理士補佐人による尋問権行使の試みと可能性」を参照されたい。
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