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特集 税務調査
税務行政の現状〜最近の傾向
東京会 小田川 豊作
はじめに

「税務行政の現状」という言葉は国税庁も頻繁に使っています。国税審議会において毎年「税務行政の現状と課題」が協議され、説明資料も公表されています1。この公表資料を毎年比較していくと、税務調査に対する国税庁の取り組み課題と「最近の傾向」を読み取ることができます。ぜひ毎年チェックすることをお勧めします。

しかし、この資料は重点項目を記述しているに留まりますから、調査官が職務命令のもとでどのような姿勢で調査に臨んでいるのかは見えてきません。
そこで、約40年間にわたる税務署での筆者の体験と、開示請求などで得ている情報や先行研究を拠り所として税務行政の現状や最近の傾向を掘り下げてみたいと思います。

基本は執行権の行使 その目的は「申告水準向上」

国税庁は極めて強力な法執行機関です。税務職員には、質問検査権や滞納処分に関する権限が付与されています。税務行政はこれらの執行権を行使して「適正・公平な課税の推進」2をすることを目的としています。そもそも行政機関組織法3により国税庁や税務署の任務と所掌事務が定められていますから、大目標に変化はありません。そのうえで具体的な施策がとられていきます。
直近の年度方針である東京国税局・統括官会議資料では、次のようになっています。
平成29事務年度の法人課税部門の事務運営に当たっての基本的な考え方及び留意事項第1 法人課税部門の事務運営の基本的な考え方
(略)適正・公平な課税の実現を図るため、納税義務のある法人等を的確に把握し 、全ての法人等 が適正に申告・納税義務及び源泉徴収義務を履行するよう努める。

1 調査と指導の適切な運営による申告水準の向上等
法人等との接触に際しては、常に良識ある態度で相手の立場に立って税法等の周知を図るとともに、個々の法人等の実情を十分に踏まえて効果的な調査と的確な指導を実施し、申告水準の向上及び納税意識等の高揚を図る。 (下線と丸数字は筆者)
この訓示文書は、現場指揮官である統括官に向かって発せられる職務命令といえますが、ここには国税庁当局の「官庁イデオロギー」がよく表れています。
端的にいえば、調査で税収を上げろということです。「適正・公平な課税」が「税収増を図る」に置き変わって現場に命令されているのです。

こうした上級庁の意向を受けて、読者の皆さんが統括官であるとして、この職務命令をどのように受け止めて部下職員を働かせるか考えてみてください。
現場の統括官は、組織のイデオロギーがしみ込んでいますからこの文章を次のように読みとります。

下線 は、「過少申告する納税者よりも申告義務を果たさない納税者の方が悪質であるから、無申告者を掘り起こして課税せよ」と読み取ります。一例として、消費税無申告の免税ボーダーライン者への調査や富裕層の現金贈与の無申告掘り起しを重点化することになります。

下線 は、「悉皆調査(すべての納税者を調査すること)こそが適正申告の保障となるが、いまの人員では無理なので様々な手を使ってできる限り多くの納税者に接触せよ」と読み取ります。一般実地調査を柱として、重点項目調査などの簡易な調査、呼出し調査、様々な文書照会、コールセンターからの紹介を組み合わせて、税務職員を納税者に向き合わせることになります。

下線 は標題ですが、「申告水準の向上を法人税事務の第1の1にもってきているのは、それが主目標だと心せよ」と読みます。

そして、下線 で「個々の調査では増差所得をあげ、翌期以降も申告水準が落ちないようにアフターケアを行え。その調査が同業者等に波及するようにせよ」と読み取ります。それにふさわしい調査対象者を選定して指令し、増差を見つけ出してくるよう細かい指示を行うことになります。
免税ボーダーライン者への調査が重点施策となれば、その施策も数値をもって評価しますから、重点施策に対する現場の取り組みはより一層先鋭化します。

この訓示にあるように、国税庁当局は長年「申告水準の向上」といい続けています。しかし、それがどういうことなのか定義を示したことはありません。
一般的な感覚では、経済状況を反映して好況なら全体の申告水準は上がり、不況なら全体の申告水準は低下するであろうという意味で、申告水準なる言葉を捉えると思います。

しかし、国税庁当局の意味は違います。
調査によって接触する法人の当初申告の所得金額に増差所得を上積みすることが、その法人の申告水準を向上させることであるという意味で命令するのです。職員もそのように受け止めます。これが「税務行政の現状」を作り出します。

税取り競争

申告水準向上、つまり調査による増差・不正所得の獲得が税務行政の主目標ですから、組織としては個々の調査官の1件ごとの増差・不正所得を実績として数値的に把握します。それは統括官が統べる部門単位、税務署単位、国税局単位の事績として数値的に集計把握され、国税庁全体の行政実績となります。これを1年間毎の対比で評価します。その評価をもって国税庁は任務を果たしているとするのです。

このように、税務では「前年対比」が重要な指標となり、個々の調査官から国税局に至るまで、前年と比較して調査件数・接触件数を伸ばしたか、増差・不正所得は何パーセント伸びたのかを競う組織体質が出来上がっています。

現在は、調査事績をリアルタイムで国税局の主務課が集計するシステムが導入されていますから、常に数値を意識する調査行政がシステム化されているといえます。
出来の良い調査には、優良事績として長官表彰、局長表彰、署長表彰が与えられます。
これらの数値や表彰が成果主義的な勤務評価に反映され、さらに職員にとっての関心事である人事(昇任、昇格・昇給、配転、研修等)にリンクしていきますから、必然的に税取り競争が生じます。

先に提示した訓示文書を見ても分かるように、国税庁のトップは増差をとってこい、不正を見つけてこいとはいいません。しかし、職場では次のようなことが起きています。全国税労働組合の機関紙「全国税」からその一部を転載します4
< 2014.9.25付「北から南から」・名古屋中村分会発 >
ある署の幹部が檄を飛ばしています。「結果がすべて」と管理者や職員に話しているとか。ある職員「結果がすべてということは、調査だと増差や不正をたくさん取れということなの。成績競争はしないと言うことと矛盾するのでは」と。
< 2016.10.15付「北から南から」・近畿地連発 >
今年の個人課税部門の事務実施要領や統括官会議等の内容を見ると、調査件数にこだわったノルマ主義的なものが見られる。異動前から調査予約を行っており、異動後すぐに調査に行けという非常識なものになっている。7月中に着手していない署へは、局から指導が入っているという。なぜ、件数をいうのか。課税部の幹部いわく「調査がコアビジネス。日数を確保してもらいたい」との発言もある。
個々の調査官や統括官が良識のない態度をとる場合が散見されますが、税取り競争がシステム化されていることからくる必然といっていいでしょう。
増差をだすことができず、是認が多い調査官は「無能」の評価をうけ、人事で塩漬けとなります。税務職員録を年度別に詳細に追っていくとその実態が分かるはずです。

「重箱の隅をつつくような調査」とのいわれ方がありますが、ある調査で雑収入の過少計上3万円、追徴税額1,700円の事案がありました。隠ぺい仮装はなくこれ以外の非違はありませんから、税理士は行政効率を考えても指導事項とすべきではないかと求めましたが、統括官の指示であるとして、調査官は修正を求める調査結果の説明を行っています。
なんとしても申告是認は避けたいという職場感情を現す一例といえます。

また、重加算税の賦課は成果の重要な指標となりますから、調査官による隠ぺい仮装の判定が過度に流れることになります。単なる過少申告を「外部から伺うことができる隠ぺい行為」だとして重加算税を賦課した事案が、裁決ではそのような事実はないとされ全部取消しとなっている事案があります5

あるいは、税理士へ資料提供しなかったことが「外部から伺うことができる隠ぺい行為」だとして重加算税の賦課を容認した最高裁判決6を奇貨として、税理士から言質をとることで重加算税を賦課する調査が横行しています。
これらは無理押ししてでも重加算税を賦課するという実態を示すものです。

不正を見つけたら納税者に対して人格的な支配に転ずる調査官に接することがあると思いますが、調査で不正を見つけたと上司に復命すると組織を挙げて重加算税賦課にもっていく体制が存在するため、組織の支持を得て権力的に振る舞う傾向が生まれると考えられます。こうして、重加算税賦課に対する異常な行政が推進されていきます。

このような仕事の在り様は調査官個人の資質によるものではありません。自発的に税取り競争を行う組織内部の権力関係・職員支配が貫徹されるなかで、調査官は調査に臨んでくるのです7。税理士は税務署内部における力学を認識して対処する必要があります。

外部への権力関係

税務行政を詳しく分析した先行研究があります。当時北海道大学の教授で行政学を担当していた伊藤大一氏の研究です。伊藤氏はその集大成として「現代日本官僚制の分析」8を出版しています。その第六章「税務行政と官僚制」がそれです。当時の札幌国税局を分析対象としていますが、税務行政の現在にそのまま当て嵌まる論文といえます。

伊藤氏は、税務行政について「一般にみずからを官庁の目的と同一化する傾向の強い上級職員が、この目的を顕彰し、あわせてその実現に効果的な手段を教示する『官庁イデオロギー』を創出して、ともすれば遠心化傾向を示す下級職員に吹き込もうと努力し、この努力が実って、このイデオロギーが実際に官庁内部の能率と集権的支配を改善していくにともない、下級職員に対する上級職員の権力的地位もそれだけ強化されることになる」と述べていますが、現状においてもこの指摘は当て嵌まります。

また伊藤氏は、税務署の配転制度は「異邦人型の行政」9を行うためであり、加えて、当時いわれていた「『徴り主義』(とりしゅぎ)が、頂点の『局員』から末端の係員に至るすべての段階を貫徹して、そこにおける『権力支配』の内容と方向を規制する。そして、それによって、管理者による一般職員の直接的な把握が可能になるのである」と分析しています。

これらの分析をへて伊藤氏は、「税務官庁の内部には、管理者と一般職員との分化が存在しているが、管理者の主要な関心はー昇進をめぐる一般職員の個別利益を媒介としてーこれらの一般職員を権力的に支配していくという点にあり、そのいわば副次的効果として徴税活動がもたらされるという仕組みが成立していたのであった。これに対し、一般職員は徴税そのものにあるというより、それを手段として納税者を人格的に支配していくというところにあった。日本の税務行政は、実は、このような異常の積み重ねによって成り立っているという面が少なくない」と結論付けています。

調査手続が法定化され、一定の透明性と説明強化が措置されました。
それに関する法令解釈通達、事務運営指針、FAQなど、当局が職員向けに発したものをみますと、調査は原則事前通知で無通知による臨場は規制がかかるはずです。ところが、現実には無通知調査が以前と変わらず実施され、納税者の人権を無視する現物確認調査が行われています。

立法による規制が措置されたのですから、その取り組みを職員に通達等で徹底するのは当然の対応といえます。組織としては一応その体制をとったといえます。しかし、長年にわたり積上げてきた「官庁イデオロギー」をもとに確立されている「徴り主義」や一般職員を権力的に支配する構造は維持されていますから、税務署の現場では外部の権力的支配に繋げる「異常」な税務行政を継続する職員群がこれまでと同様に存在し、手続通達等を無視した調査を展開するのです。片や上級職員はその副次的効果を良しとしますから、「異常」な状態は法的規制の枠外で継続することとなるのです10

新たな側面

「徴り主義」の「官庁イデオロギー」に支配されているとはいえ、増差のノビも調査件数の増加も調査官の個人技に左右されます。

現状の人員構成はベテランや中堅が薄く、経験の浅い調査官が多数を占める状況であり、税務当局は若手調査官の育成を喫緊の課題としています。
これに関し、ある局の統括官は次のように指示されているといいます。

第一は、増差や不正がでる調査は3つの「基本動作」を行っているからであり、若手調査官にそれを教え徹底してやらせることだといいます。

3つの基本動作とは、 概況聴取調査、 現物確認調査、 金融機関調査であり、調査官から統括官が復命を受けるときの必須チェック事項とされ、実施されていないときは再度やらせたり、現物確認調査の現場指揮にあたるよう指示されています。

なかでも、ICT調査として、パソコン内データの現物確認調査を行うことが強調されています。
第二は、安易な留置きをさせず、現場での調査実施を徹底させることです。
第三は、申述の適切な証拠化を図ることで、納税者が非違を認めている「自認事案」でも「質問応答記録書」を作成させるとしています。若手への作成指導を徹底するよう指示されているそうです。

その統括官が頭を痛めているのが、調査における「審理担当官」です。
事案はすべて「審理」がチェックし、解明不足や資料不足等があれば突き返され、再解明や資料の徴集を行わなければならず、簡単に調査終了とはならない状況になっているそうです。こうなると、審理の顔をうかがう調査展開とならざるを得ません。ここにも一種の権力関係による職員支配が成立することになります。

これら内部の動きは、人員構成の変化や調査手続・救済制度の変化に対応しつつ、調査件数や増差・不正所得を伸ばすことを追い求めることであり、いきおい現場の調査担当者には過大な負担が強いられる結果となります。

いってみれば、調査官や統括官はがんじがらめのなかで調査を行い、すべてが整わなければ決裁が通らないというのですから、それが納税者に跳ね返ります。
また、最近の傾向として広域運営の広がりがあります。特別国税調査官、特別調査部門、情報技術専門官等の機能別部門などが併任発令され、税務署の管轄を飛び越えて調査にあたっています。

X納税者の管轄がA税務署だとすれば、A税務署長が更正のための調査を行い更正することができます。ところが広域運営で次のような調査が実施されています。A税務署に併任発令されているB税務署の特別調査部門の職員2名がX納税者の無予告現況調査を行い、A税務署所属の職員はまったく納税者と接触しないなかで調査を展開しているのです。

この2名の職員は併任発令されているとはいえ、日常的にはB税務署長が職務も人事も管理している直属の上司です。A税務署長が人事権を持っているわけではありません。

こうした調査は署段階におけるミニ料調方式といえるもので、管轄を度外視する法の潜脱行為と言えます。調査にあたる併任発令者は、選ばれた者という意識の下で調査にあたる傾向に加え、職務上の指揮命令系統に統制がとれていない事態を招いています。こうした潜脱的な調査によって、納税者に対し調査の必要性を超える執行権の行使が行われ、行政の荒れが見て取れるのが最近の傾向です。まとめとして

平成21年、ワンストップ化と銘打って受付を一元化し、内部事務は管理運営部門で一元処理するという機構改革を行いました。この機構改革で課税部門の調査事務には約28,500人の要員を確保できたとしています(平成21年7月以降)。

いままた、税務行政のスマート化が発表されています。10年先を見据えたものとしていますが、情報通信技術の飛躍的発展を税務行政に取り込み、行政サービスや内部処理は徹底した電子化での対応を目指すとするものですが、つまるところは調査人員の確保が目的です。調査選定にAIを使うとしていますが、調査が職員によって実施される点は変わりなく続くことになります。

この小論では、調査官による調査がどのような動機づけと行動様式の中で実施されるのかを述べてみました。

普遍的に定着している国税庁の「官庁イデオロギー」、内部の権力行使として作用する人事的な支配、組織によって作り上げられていく調査官としての個人技の体得実態に注目しそれを切り出してみました。
伊藤氏が分析したように、これらが権力として異常な形で納税者や税理士に作用しているのが税務行政です。

ここで取り上げたことが税務調査行政を認識する一助になれば幸いですし、税務行政の民主化を実現するにはこれらの現状をいかに変革するのかの視点がいると筆者は考えています。
調査の現場で調査官と向き合うとき、税務行政のあるべき姿を調査官と大いに議論していただければと思います。
1 国税庁ホームページの国税審議会のコーナー。直近では平成30年1月24日の説明資料が公表されています。また、国税庁は「国税庁リポート」「事務年報」を毎年公表しており、その時々のより詳細な税務行政の現状を知ることができます。
2 「適正・公平な課税の推進」は「国税庁の使命」で表明したものです。平成13年1月6日、中央省庁再編により国税庁は実施庁としての任務と所掌事務を規定されたことを受けて制定したもの。
3 財務省設置法第十九条 「国税庁は、内国税の適正かつ公平な賦課及び徴収の実現、酒類業の健全な発達及び税理士業務の適正な運営の確保を図ることを任務とする。」と規定されています。
4 全国税労働組合ホームページ「機関紙データベース」から。
5 平成29年5月29日裁決、あるいは平成29年8月23日裁決。
6 平成7年4月28日、最高裁第二小法廷、平6(行ツ)第215号。
7 当局の縦線による権力的な支配のほかに、労使協調路線の労働組合による労働者支配も機能しています。税務署の一般職員は、当局と労働組合の二重支配構造のなかに置かれています。
8 1980年10月、東京大学出版会。
9 伊藤氏は、生活圏をともにしない職員を配置することで、その地の納税者にとって税務職員は余所者となり、逆に職員は納税者を同胞と意識せず権力をふるうことができるとしています。
10 筆者が関わった個人課税の調査を紹介します。査察の主査から署の特調部門の統括官に発令された1年目の統括官は、推計で7年遡及すべて重加算税対象だとする調査結果を提示してきました。帳簿を記載しているのに推計は根拠がないと反論すると、「質問てん末書」で嘘を記述し、帳簿を提示しているのに見ていないと嘘をついている実態が明らかになりました。苦情を申し立て、第一統括官に面会を申し入れると、面会を阻止しようと受付担当者を脅す態度を取り続けたのです。こうした異常な行為はまさに「異邦人型行政」の典型といえます。また、統括官への抜擢が、異常な課税という副次的効果をもたらす例といえます。この横暴な統括官は1年で他県の署に転勤しました。配転先で同じことが繰り返される恐れがあります。このように、配転や昇任は外部への権力発露を保持する重要な装置となっています。
(おだがわ・とよさく)

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