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税制改革の方向性と課題を論ず
元埼玉学園大学教授・税理士 井上 徹二
混迷の時代と言われて久しい。異常な政治状況も社会的混乱にも慣れてしまった感がある。トランプの暴走、イギリスのEU 離脱に象徴される世界、安倍政権の傍若無人のふるまいなどに多くの人々が異議を唱え、対抗軸を模索し行動も始まっている。衆議院選挙においても新たな政治状況が示され、憲法改悪の恐れの一方、国民本位の流れの強まりも明確になっている。そこで、わが税制である。多くの犠牲を払って戦後日本は新たな地平に向かって歩み始め、税制も又、シャープ税制という「壮大な理想形」の姿を掲げて国民のための制度としてスタートを切った。

「壮大な理想形」とは、所得税を骨格として作り上げる税制である。その所得税は、全ての所得を総合し累進税率を従えたものである。同時に、国税と地方税の役割を示し、資産税・消費課税を補完的なものとの位置づけも正しく行っていた。まさに「あるべき理想形な税制」と言わずしてなんというか。しかしその後、保守政権と財界の専横と企みにより、この理想形税制は無残な姿に変えられてしまっている。骨格としての所得課税重視の体系を崩し、脇役たるべき消費課税を主役に据える試みを続け、今に至っている。

ところで、所得課税が真に理想形を保つには、「応能負担原則」を貫いたものでなければならない。さらに「真に理想形」とはいかなるものかについて、なお吟味が必要である。すなわち、「誰にとっての理想形」かが問われる。言うまでもなく国民特に弱者にとっての理想形であり、富者・強者のためであってはならない。

あるべき税制は、二つの柱からなる。
1つは応能負担原則であり、これはあらゆる税と税制を考えるときの原理原則、規範であり、基準である。現代国家におけるあるべき税制の中核概念、中核規範は応能負担原則のみである。「国税は応能負担、地方税は応益負担」という主張があるが、地方税であっても応能負担原則に立脚しなければならないことに留意したい。

あるべき税制のもう1つの柱は、「所得課税を骨格とした税制」の構築ということである。この場合も国税であれ地方税であれ「所得課税」を中心にしなければならない。数値的に明示すれば、「国税・地方税収入の総額」における「所得課税収入額」の構成比が、70%〜 80%程度になるような設計である。言い換えれば、「消費課税、資産課税の構成比」は20%〜 30% に留めなければならない。

付言すれば、ある税目を地方税にするか国税にするかは、国の役割と地方自治体の役割分担を考慮する必要があり、課税事務の効率性や国民の理解等を勘案する必要があろう。地方の財源として消費課税や資産課税の税目が適当との判断によって、地方税の所得課税割合が低くなることはあり得ると考える。

法人税も所得課税の範疇にあるし、そう在るべきである。「在るべき」としたのは、わが国では所得税と法人税が別の枠組み、別の法制に区別されている現状を批判的に言及したいからである。
要綱を示しておきたい
1、税制の現状
(1)法人税・所得税の減税により税収が激減
(2)所得税負担率の異常さ(逆進性)
(3)GDP・大企業利益の増加、しかし税収は停滞
(4)配当金支払いの激増、税収確保は可能
2、あるべき税制
(1)応能負担原則
(2)分類課税の廃止ーー諸外国の金融所得課税に学べ
(3)税額控除への転換
3、国際的租税回避の仕組みと税制
(1)タックスヘイブン
(2)わが国の租税回避税制
  タックスヘイブン税制
  移転価格税制
  租税回避的タックスプランニング
1、わが国の税制・税収の現状
幾つかの数値により税制の現状・問題点を確認したい。

(1)法人税・所得税の減税により税収が激減している
所得税は、平成元年21兆3815億円から平成27年は17兆8071億円に3兆5,744億円減少し、法人税は同じ期間に18兆9,933億円から10兆8,274億円に8兆1,659億円も減少した。法人税と所得税はこの間に大規模な減税措置が取られたことによるが、この減少を消費税の増税によって補ってきた(実に14兆1,564億円の増税)。

(注)税収合計は、上記3税目以外のものも含んでいる

法人税率の引き下げの推移は次の通りである。
1989(平成元)年 40%
1990(平成2)年〜 1997(平成9)年 37.5%
1998(平成10)年 34.5%
1999(平成11)年〜2011(平成23)年 30%
2012(平成24)年 25.5%
2014(平成27)年 23.9%
2015(平成28)年 23.4%
(2)高所得者ほど所得税負担率が低い
また、所得税負担率の異常さが、平成22年10月の政府税制調査会専門委員会提出資料によって明らかにされている。負担率が所得250万円以下は2.6%、所得1000万円は10.6%と負担割合は増え、所得1億円層は28.3%になるが、その後は徐々に負担割合が減少し、所得10億円22.9%、所得100億円13.5%と、高所得層の負担割合は極端に低い。国税庁「申告所得の実態:2014年度版」でもほぼ同じ状況である。応能負担の仕組みが充分機能せず、「一定以上の高所得者の負担が減少」するという一部逆進性の構造となっているのである。

国税庁によれば平成28年度の確定申告所得金額が1億円を超える申告を行った人数は2万383人であった。5年前に比べ60%増加したという。

(3)経済成長・企業業績向上の一方、税収・法人税の低迷の異常
GDP(国内総生産)は増えているが税収は伸びない

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国内総生産(GDP)は、平成元年417兆円から平成27年537兆円と29%の伸びを示しているが、税収は極めてわずかな伸びである。
大企業(資本金10億円以上)の経常利益は大幅増加しても法人税増加は僅か

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(4)配当金支払いが激増し、税収確保は可能
近年、大企業の業績が伸びているにもかかわらず賃金が抑制されその結果、剰余金が顕著に増加し配当が激増している。この配当所得への軽減税率、分離課税を止め、本来の総合課税にすればかなりの税収確保が可能である。平成17年度以降、毎年12〜 16兆円もの配当が行われている。「法人企業統計」によれば、「剰余金配当金額」は2016(平成28)年度で20兆802億円に達した。同年度末の利益剰余金は406兆2,348億円である。

大門実紀史参院議員が財務省に要求して提出された資料によれば、配当所得が分離課税されたことによる「税収減」は2016年に1兆200億円になっている(新聞「赤旗」2017年4月5日)。配当所得課税の見直しは、税収確保の見地からも重要である。当面分離課税を維持しても税率を30%にすれば税収は2〜3兆円増加する。
2、あるべき税制の原則と方向
税と税制は、国民の福祉向上のための財源調達機能と富の再分配機能を果たすことが求められている。資本主義社会の自由競争の結果、所得格差、富の格差が必然的に生じる。この格差を放置すれば、貧困の拡大・蓄積、社会秩序の混乱が避けられない。所得や富の大きいものが租税を負担し、貧困者、低所得者への給付の財源にすることが、富の再分配である。日本国憲法25条は、「国民は健康で文化的な最低限度の生活する権利を有する」ことを宣言しており、税制はこの憲法上の要請を果たすことを求められている。

(1)「税の源泉としての所得」と「応能負担原則」
原理的に考えれば、税の源泉は毎年発生する所得(資産の増加)と、過去の所得の残余である資産の2つしかないのは明らかである。結局は、課税源泉は所得そのものである。人間は生活し、所得を生み出す活動をしなればならない。したがって、所得から生活と勤労のための消費を差し引いたものが課税対象となりうる。

わが国の憲法は、「すべて国民は文化的な最低限の生活をする権利がある」と規定し、最低限の生活費には課税しない、最低限の生活ができない人には国がそれを補償することを原理的に明確にしている。この憲法の規定を敷衍すれば、「税は、生活費を上回る所得のある人が負担できるし、負担すべきであること」、「所得は、社会・国家・国民の存在とその援助があって生み出される」のであるから、「結果として多くの所得の獲得をした人がその一部を社会・国民に還元することが必然であり」、そのことなしに社会・国家は存続し得ないということである。税の源泉は所得であり、所得課税が基本になるべきであり、税制は応能負担原則によって設計されなければならないということが明確になる。

国税収入に占める個人所得税(国税)収入の割合は、昭和61年度は39.3% であったが、消費税の導入により平成29年度には29.8%まで激減している。諸外国との比較によっても、アメリカ74.8%、ドイツ40.9%、フランス37.7%、イギリス35.9% と異常に低いのである(財経詳報社「日本の税制」)。さらに国民所得に対する個人所得課税(国税)の割合も、日本4.5% に対し、アメリカ10.1%、ドイツ10.7%、フランス12.2%、イギリス12.2% であり、日本の所得税負担は極端に低い現状である。近年の極端な最高税率の引き下げ、資産性所得の優遇、その他の様々な特例による優遇税制、さらには富裕層の課税逃れの結果である。

(2)分離課税の廃止・縮小と総合課税の徹底
わが国の税制の基本路線を示したシャープ税制勧告において、所得税の重視、所得の総合課税の徹底が指示勧告され、全ての所得を合算して課税するという仕組みで出発した。しかし、その後、株式や土地の譲渡所得の分離課税、利子所得、配当所得の分離課税が徐々に拡大され、総合所得税の基本構造が解体されてきた。その結果、株式所得、利子所得、土地取引所得など、資産所得に有利な税制となり、応能負担原則が大きく損なわれている。数千万円、数億円の株式関連所得のある高額所得者は、本来の税率45%ではなく、10%、20%という軽減税率の適用により巨額の減税の恩典を受けている。

諸外国での所得税制とくに金融所得課税の状況をながめてみたい。

 イギリスは1799年に所得税を導入したときに最高10%までの累進税率を適用した。イギリスの所得税の特徴は、所得をその発生源泉の違いに着目した分類所得税であり、一時的・偶然的所得には課税しないというスタンスを取っていた時期もあり、総合課税の徹底という点では一貫していないと言える。しかし、現在ではキャピタルゲインについても1962年から課税対象に取り込み基本的に総合課税の仕組みを維持している。利子所得と配当所得の課税は分離課税であるが、応能負担原則の適用として、所得により累進税率を適用している。利子所得は、0%、20%、40%、45.96% の4段階であり、配当所得は、7.5%、32.5%、38.196%の3段階である。

 アメリカにおいては、総合課税の思想は徹底しており、1913年の連邦所得税導入以来、利子、配当、キャピタルゲインなど全て例外なく課税所得に合算されていた。現在は、利子所得は依然として総合課税され最高税率39.6%であるが、配当については近年分離課税が導入されたが、わが国のように一律ではなく3段階(0% 15% 20%)の累進とされ応能負担の配慮は残されている。

 ドイツの配当と利子課税は共通の制度であり、申告不要の分離課税を採っている。税率は我が国よりも高く26.375%であり、又総合課税の選択も可能になっており、わが国の低所得者が一律20%の課税を余儀なくされていることの理不尽さを改めて思い知らされる。

以上のようにアメリカ、イギリス、ドイツなどの先進各国が応能負担原則と総合課税の原則を堅持しているにもかかわらず、わが国が富裕層に有利な金融所得への優遇税制を維持・拡大しているという状況は異常としか言えない。分離課税を廃止し、総合課税の原則を徹底することが最も望ましく、せめてイギリスのような累進税率を伴う分離課税制度に改めるべきである。

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(3)所得控除から税額控除への転換
所得税は各人の税負担能力を捉え、各人の経済状況の違いを考慮する仕組みをとることにより、応能負担原則を反映できる税制として重要である。そのための一つの方策として高額所得者に有利な「所得控除制度」を「税額控除制度」に転換する必要があることを強調したい。

カナダは1988年に所得控除から税額控除に転換した。課税の公平を確保するには税額控除のほうが有効であるとの判断である。2010年において、基礎税額控除は$1,557、配偶者税額控除は$1,557、18歳以下の児童の扶養税額控除は$315、となっている。それ以外に、教育費税額控除、医療費税額控除、慈善寄付税額控除、私的年金税額控除、政治献金税額控除、配当税額控除、外国税額控除などがある。カナダの基礎税額控除は$1,557なので、これをレート90円で換算すると約10万円になる。

所得が200万の人、1000万の人、1億円の人いずれも同じ10万円が税額から控除される。わが国の基礎控除は38万円が所得から控除される。この場合、所得150万円の人の適用税率は5%なので税額から減額されるのは38万円の5%、19,000円である。所得5000万円の人は、適用税率40%に38万円を掛けた152,000円の減税となる。所得控除は所得の低い人よりも所得が高い人に有利な制度になる。

基礎控除、配偶者控除、扶養控除などは「基礎的生活を維持する所得には課税しない」、「応能負担原則を確保する」、「低所得者に有利な税制が望ましい」という考え方にたてば、現行の「所得控除制度」から「税額控除制度」に転換することが必要であると考える。

なお、アメリカやイギリスでも、一部であるが、「勤労所得税額控除」等の税額控除制度を採用しているが、紙数の関係で指摘だけに留めたい。
3、国際的租税回避の仕組みと税制
税制改革の方向性の検討には、大企業と資産家・富裕者による租税回避についての言及が欠かせない。海外の租税回避地(タックス・ヘイブン国・地域)を利用した租税回避の解明と批判が重要である。主要なタックス・ヘイブン国・地域の税制とわが国の租税回避税制の現状と問題点を明らかにしたい。

(1)タックス・ヘイブン
東証一部上場企業のうちTOPIX500を構成する大企業の50社以上がケイマン諸島などの「租税回避地」に200社以上の法人と資本関係があるという。金融機関が、資金調達を目的にした特別目的会社(SPC)が多く、法人設立が容易でコストが安く金融商品の規制に柔軟性などが理由であるとしている。ケイマン諸島に三井住友が16社、みずほが41社の連結子会社を、日本郵船がバハマに6社、商船三井がパナマに11社の連結子会社を持っている。いずれも租税回避目的はないと説明しているが、タックス・ヘイブン国を利用していることは明らかである。

タックス・ヘイブン国への証券投資残高は、最大のケイマン諸島が約270兆円であるが我が国も60兆円近い投資をしているのである(2015年6月)。

オフショア金融センター、オフショア銀行
タックス・ヘイブン利用した租税回避を実施するためには、その道具である法人やファンドを作る必要がある。会社の設立や金融規制が緩やかで、匿名性が許され租税回避が可能な国や地域に作るのである。オフショア金融機関は、規制の緩さと税負担の軽さ(無税、低率)の両方を備えているために多くの資産家や企業が利用している。日本からの海外直接投資先の第3位がケイマン諸島である(1位がアメリカ、2位がオランダ)。

投資といっても証券投資であり、ペーパーカンパニーを作ってそこに資金を移しているに過ぎない。オランダの投資も大半が租税回避目的とみられている(法人税率が17%)。香港では、同じ銀行で株式の売買やファンドの売買をすることが出来るので資産家による投資活動が活発に気軽に行われている。香港ではキャピタルゲインは原則課税されない。

「ファンド」と「オフショアファンド」
海外投資、租税回避の手段として「ファンド」を作り利用するのが一般である。
「ファンド」は、資金(基金)という意味であり、一定額の資金を集めて株式や債券に投資して(運用)利益を上げ、それを資金提供者に分配する仕組みである。ファンドの投資対象は様々で国内株式や国内債券だけに投資するものや、海外証券や外国債券に投資するもの、石油や穀物などの商品への投資する等さまざまである。

タックス・ヘイブン国で運用するファンドが「オフショアファンド」と言われる。
ファンドに資金を集めて、その資金を海外子会社の設立に使い、子会社の利益はファンドに溜め込み、税負担を回避する手段として利用されている。

代表的なタックスヘイブン国・地域
わが国の大企業や資産家・富裕層が利用している代表的なタックスヘイブン国・地域について紹介したい。

< ケイマン諸島 >
ケイマン諸島はイギリスが支配し、今も総督はイギリス女王が任命している。ケイマン諸島は日本の直接海外投資先の第3位となっており、企業が金融関連の投資スキームを作るときに大半がここに法人を作る。投資信託などは、ファンド法人をケイマン諸島に作り、ここに資金をいったん集め、この法人を経由して再投資する。
ペーパーカンパニーが公式に認められ、簡単に設立とその後の管理も規制がなく、法人税、個人所得税等の所得税負担がない(固定資産税、間接税はあるが)。ケイマン諸島はこうしたメリットを利用した租税回避スキームの中心的な場所である。

< アイルランド >
アイルランドは、我が国を含めたアメリカなどの多国籍企業や資産家によるタックスプランニング(実質的に租税回避)を企画・実施する上で欠かせない国である。
もとはイギリス連邦に加わり、ユーロの創設メンバーである。人口は460万人であり経済成長率も7.8%と好調である。

< オランダ >
オランダは、欧州連合の中心メンバー国で、歴史的にも現在も我が国との関係は極めて近く深い。人口は1700万人弱で経済成長率は2%と割合好調である。オランダに進出している日本企業は350社を超えEU諸国内では最大となっている。

ユニクロの柳井社長は、2011年に保有する自社株式531万株をオランダに設立した資産管理会社(柳井氏が全株所有)に譲渡し租税回避行為を行った。「オランダ法人の受取配当金非課税特例」を利用したのである。ユニクロの配当実績で計算すると(2015年の配当金18億円強)、柳井氏が日本で配当金を受取れば課税される所得税・住民税7億円を、株式をオランダの法人に移すことによって免れた(租税回避)のである。オランダの「資本参加免税」制度を利用した租税回避である。

発行済み株式の5%以上を継続保有するオランダ法人は、配当と株式売却益を非課税にするものである。他の日本企業の多くがこの制度を利用している。オランダに地域統括会社を置いて、欧州内の各拠点の事業を統括・管理している企業が多い。オランダにある統括会社は、一定条件を満たせば、子会社からの受取配当や株式売却益の投資利益のすべての法人税が免除される。

ただし、投資先は経済的事業を行っている会社でなければならない。東京新聞は、オランダに東証一部上場企業で東京電力等39社がオランダに欧州関係会社の統括を目的にした子会社(持ち株会社)を設立していることを大きく報じている(2014年1月12日朝刊)。

オランダ本社の課税所得はオランダ国内に限定され、オランダ国外にある支店の所得は除外される。従って、日本企業がオランダに統括会社を置き、欧州各国に子会社や支店を置いても、課税問題に悩まされることが少ない。

わが国との租税条約によって、日本法人に対する配当の源泉税は議決権50%以上は0%、議決権25%以上は5%、それ以外は10%と軽減されている。利子所得は10%の課税であるが、源泉課税はされない。使用料についてはすべて非課税である。不動産の譲渡益は不動産の所在地国で課税するが、株式等のキャピタル・ゲインはオランダでは非課税で、日本において課税される(居住地国課税)。法人税率は25%である(2011年)。地方税がないので実質的税負担が軽いと言えよう。

スターバックスのオランダやスイスのタックス・ヘイブンを利用した租税回避プランを紹介したい。オランダに地域統括子会社を作りブランドの使用許可を与えた上で、欧州各国の法人からその使用料(売り上げの6%)を徴収させる<アメリカ本社に3%分を上納>。またスイスの子会社がコーヒー豆を加工処理させたうえで欧州各国の法人に供給させる。こうして欧州各国の子会社の利益をブランド使用料とコーヒー豆の差益分だけ圧縮している。オランダとスイスの法人税率が他の欧州諸国より低いことを利用しているのである。

< シンガポール >
シンガポールは、企業がアジア地域で子会社等を作って租税負担を軽減するためのタックスプランニングをする拠点として重要な役割を担っている。

シンガポール「居住者」は、シンガポールに源泉がある所得のみに課税され、国外の所得には課税されない。個人だけでなく法人も同じであり、法人税率が17%と低いことと合わせ、国外所得免税制度は、シンガポールに子会社を作る上で魅力的な制度である。ちなみにわが国の「居住者」(法人を含む)は国外所得を含めて納税義務がある。また、租税条約によってシンガポールの子会社が日本法人に配当支払いしても源泉税はかからない。

日本では、「タックス・ヘイブン対策税制」によって、無税・低税率国の子会社の利益を日本本社の所得と合算することで租税回避を防ぐ仕組みを採っている。しかし、シンガポールの地域統括持ち株会社についてはその適用を除外している(所得合算されない)ので、多くの日本企業がシンガポールに子会社を作っている。

(2) わが国の租税回避対策税制の現状と問題点
企業が海外に進出する場合、支店や工場を作る形ではその利益は当然日本本社に帰属する。そこで別の法人であれば、海外で利益を上げても直接日本法人に課税されることはない。海外法人に商品や部品を供給する際の差益を操作したり、技術料、特許権・商標使用料、ブランド料などのやり取りなどによって、日本法人の所得を圧縮することが可能である。こうした租税回避を防ぐために、「移転価格税制」と「タックス・ヘイブン税制」が用意されている。

タックス・ヘイブン税制(外国子会社合算課税)
税負担率の低い国・地域の子会社の所得を合算して課税することで、過度の租税回避を防ぐ狙いの税制である。現在は税負担率20%未満の国・地域の子会社の所得を課税対象としている。このような形式判断基準では、一方で事業実体のない所得が合算されず、他方で事業実体があり純粋にビジネス目的で設立した海外子会社の所得まで合算課税されるという弊害が問題視されていた。

そこで、来年度から、事業実体のある子会社の所得は合算対象から除外し、事業実体がない受動的所得は合算対象とするという改正が行われるようである。

その子会社が商品の製造・販売サービスの提供等を行う経済実態がある事業から得た所得(能動的所得)は合算対象とせず、一定の金融所得や実質的な活動のない事業から得られる所得等の「受動的所得」は親会社の所得に合算するという改正である。確かに一定の合理性のある改正であるが、依然として「タックス・ヘイブン国、地域」が多く存在している現在、子会社を利用した租税回避(無視できない額の課税逃れ)が続くであろう。一層の国際協力による「タックス・ヘイブン対策」が喫緊の課題である。

移転価格税制
会社間の売買、貸借、サービス提供、特許・商標使用等の取引価格を操作することで、利益操作が可能である。互いが独立した相手であれば価格は交渉による結果であり問題ない。しかし親子関係の会社の価格は自由に変えられ、租税回避にも利用される。それを防ぐための税制が「移転価格税制」である。

「国外関連者間取引」は、「独立企業間取引」によらなければならない、という規定である。アメリカでは、国内での取引も含めているがわが国は「国外関連者」に限定している。「独立企業間取引」は、独立価格比準法、原価基準法、再調達価格基準法、利益分割法、取引単価営業利益法などによるもの、としている。それらの基準に合致していなければ課税当局が否認・認定する。

非常に複雑な制度で企業と課税庁間の争いが多いのであるが、租税回避を防ぐうえで重要な機能を持っていることは疑いない。かって、ホンダが中国の関連会社への技術料対価を操作したとして約1400億円の申告漏れを指摘されている。HOYA も海外子会社の業務委託料の計上について移転価格税制の適用を受けて、200億円の申告漏れを指摘されている。

「タックス・ヘイブン対策税制」と「移転価格税制」は制度としては租税回避を防ぐために有効なものと考えるが、実際の指導や適用がどのようにされているかについての検証や研究は十分ではないと思われる。大企業の海外子会社の数は膨大であり、増加する一方である。税制改革を考える上で、国際税制の見直し、批判的研究が極めて重要であると考える。例えば、裁判例がありこれらを丹念に検討することからも情報やヒントが得られるはずである。

租税回避的タックスプランニング
海外子会社から日本親会社への「配当所得の益金不算入制度」が、大企業による国際的なタックスプランニング(租税回避スキーム)に利用されていることも見逃せない。海外のタックス・ヘイブン国に作った子会社に利益を集中し、その利益を配当で我が国に還流させることで、5%の課税で済ますことが可能になったのである。また、一部の本社機能や特許権・商標権を低税率国(タックスヘイブン国)に海外子会社を作って移転する手法が幾つかの大企業によって行われている(パナソニック、三菱商事、サンスター)。こうした租税回避行為についても厳しい監視、批判的研究を行い、公表していくことが求められている。


(いのうえ・てつじ:東京会)

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