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特別徴収制度と行政権優位の流れ
東京会 奥津 年弘
1 はじめに

地方税法第1条 に規定する用語の定義では、9項において「特別徴収」について「地方税の徴収について便宜を有する者にこれを徴収させ、且つ、その徴収すべき税金を納入させることをいう」、10項において「特別徴収義務者」は「特別徴収によって地方税を徴収し、且つ、納入する義務を負う者をいう。」としている。

地方税法第321条の3以下に規定する「特別徴収」とは、説明をするまでもないが、事業主(会社)が、従業員の住民税を給与から天引きして、区市町村(以下「自治体」という)に納付する制度である。これに対し「普通徴収」とは従業員の住所地に「課税通知書」及び「納付書」が送られ自身で納付する。

「特別徴収」は、これまで中小零細事業者には負担が大きいということで、強制せず運用がなされてきた。しかし、行政事務の軽減化、滞納の防止などを理由に、近年、特別徴収の徹底が図られている。2014年11月20日「個人住民税の特別徴収推進に関する九都県市共同アピール」がだされ、また各都県内の市町村でも記者会見などして、徹底強化がアピールされてきている。

関東でいえば、都県下の自治体に対し、神奈川県・埼玉県・栃木県・茨城県は2015年1月から、千葉県は2016年、東京都、群馬県は、今年2017年から徹底するという。近畿府県(大阪府、滋賀県、京都府、兵庫県、奈良県、和歌山県)では、2016年10月26日に「個人住民税の特別徴収推進に関する近畿府県共同アピール」が出され、2018年より徹底するとされている。

強化を迎える年度にあわせて、1年前より「事業主の皆さま 平成29年度から個人住民税の特別徴収を徹底します。」というビラが届いており、東京都の場合、2016年9月以降「平成29年度における個人住民税の特別徴収指定について(通知)」なるものが送られてきている。

また強制していく方策として、公共事業等の入札参加の条件にしている自治体が増加している(埼玉県、愛媛県、福岡県、その他市町村など多数)。

特別徴収は、そもそも事業者に一方的な負担を課すものであるが、法律・条令で決まっているからやらざるを得ないということで、思考停止して受け入れていいのか疑問でありこの点を検討してみたい。

なおこの問題については、税経新報2014年2月619号で大塚成己会員「個人住民税普通徴収制度の適用範囲拡大と特別徴収との選択制を求める税制建議私案」も参考にされたい。
2 問題点

各自治体から事務手続きを解説する手引きや「Q & A」(以下「手引き等」という)には、特別徴収制度のメリットとして「事業主の方」には「税額の計算や年末調整をする手間がいりません」、「従業員の方」には「個人住民税の納め忘れがありません。・・・特別徴収は年12回であるため、1回あたりの負担が少なくてすみます。」としているがデメリットの記載はない。
しかし従業員・事業者にとって、以下の点は、国民主権、人権尊重の現行憲法のもので許容されうるものなのか。

(1)個人情報漏えい

「手引き等」によれば、従業員各人の課税通知書が勤務先におくられ、事業主より配布されるので、納税情報が、事業主や事務担当者などが知りうる余地がある。所得税の場合は、多くは勤務先での年末調整により精算し税額を「確定」するが、年末調整せずに確定申告をする「選択の自由」もある。しかし住民税の場合、所得税の確定をもとに「決定」されるので、扶養控除・障害者控除など所得控除の情報も他の所得情報も原則通知書の中に反映されることになり、複数の勤務先を持っている場合は、主たる勤務先で住民税を控除されることになり、他の勤務先の収入などを推定される余地がある。

これについて批判が多かったため、「特別徴収」徹底前に、いくつかの区市町村では、シールを張って金額欄を隠す処理がおこなわれるようであるが、財政問題もあり各自治体の判断とされている。東京都主税局への問い合でも特に都下の自治体に対し統一的な「指導」もしていないとのことである。特別徴収を行うにしても、本来通知は個々人の自宅に送付すべきでないか。

(2)退職時に一括徴収をほぼ強制

「手引き等」によれば、従業員は6月1日から12月31日までの退職の場合は、年度の未徴収の住民税は、最後の給与から一括して天引きするか、普通徴収に切り替えて納付するか、従業員が選択できる。しかし翌1月以降の退職の場合は、職員の意思にかかわらず、最後の給与・退職金から一括して天引きすることが義務付けられており、徴収される側の事情を考慮する説明はない。

(3)滞納により納税証明がでない

「手引き等」では、事業者が給料から天引きした住民税を滞納した場合は、その自治体の「従業員全員について、納税証明を発行することができません」としている。従業員は徴収されているのに、自治体との関係では、納付とならないという事態が発生する。従業員には「普通徴収」の選択権はないと説明して「特別徴収」を強制し、事業者が不納付の場合、証明の責任は負わない。この場合、給与明細等で、特別徴収されていることが明らかであれば、「納税証明を発行します」と明記すべきであるが、いくつかの自治体への問い合わせでも「手引き等」通りの回答である。

(4)事業者の負担

言うまでもないが、事業者は特別徴収で多大な役務を強制される。

まず従業員個々人の源泉徴収票(給与支払報告書)を各自治体に送ったあと5月ごろに事業主用の徴収一覧と従業員用の課税通知書が各区市区町村自治体から届く。所得税の場合は、事業所の管轄する税務署のみに源泉税を一括して納付すればよいが、住民税は給与天引きのあと各自治体に納付しなければならない。

自治体に納付する場合、それぞれの自治体の「指定金融機関」では手数料は取られないが指定以外は手数料を事業所の負担で納付する。ゆうちょ銀行はほぼ全区市町村で指定であるが、指定銀行が事業所近くにない場合、遠方まで行くか、指定外の金融機関で手数料を自己負担して納付しなければならない。この経済的負担について求償権の規定はない。従業員10名以下の事業者は、「納期の特例に関する申請書」を提出すれば年2回の納付に集約することもできるが、預り金の管理に気を使うことになる。

退職する場合、最後の給与等から天引きするか、普通徴収に切り替えるかなどで意思確認や判断をして、「異動届出書」も遅滞なく提出する必要がある。また従業員自身の扶養控除の間違いや医療費控除を確定申告過ぎて行った場合、住民税の変更通知が来るが、これも遅滞なく対応しなければならない(地方税法第321条の6)。

中小・零細事業者は、事業主が経理事務などを兼任している場合も少なくなく、退職時の住民税の取り漏れ、変更通知の対応遅れ、徴収間違いなどが現実的に多い。

徴収義務者は、徴収漏れ・徴収間違いの責任を引き受け、最終的に納付責任を転嫁される。特別徴収義務者は、滞納処分(同331条)の対象のみならず、相続人はその納税義務を継承し(同9条)、親族等は連帯納付義務があり(同10条)、事業関係者には第二次納税義務が発生する。

特別徴収義務者用の通知書に、従業員の個人番号(マイナンバー)が一方的に記載される予定である。本人が番号を提出しない場合でも、記載された課税通知書が普通郵便で送付されてくることが予定されており、その管理にも民事・刑事の責任が生じる。
3 法的構造

(1)従業員の法的地位

以上のように、特別徴収される従業員は、行政に対して法律的対等関係に位置付けられていない。この問題は、基本的に源泉徴収制度と同じである。徴収義務者(事業者)が徴収金額を滞納した場合、従業員の課税証明書は発行されず、誤って所得税・住民税を徴収した場合でも、従業員は国や自治体に対して、税金の返還等是正を求めることができない。北野博久「納税者の権利」(1981年・岩波新書)では、冒頭1〜 6P において、「サラリーマンは日本では租税法上まさに「現代の奇怪」ともいわねばならない法的地位におかれている。端的に言えば、およそ古典的な概念にレベルにおいてすら「納税者」として処遇されていない・・。

一般の事業者は受けることのできる納税猶予制度の適用による利益を、サラリーマンは受けることができない。また、源泉徴収義務のない所得に対して天引き徴収した場合や、・・・現行法上のサラリーマンの権利救済の方法が全く規定されていない。」「源泉徴収義務者(会社)とサラリーマンとの関係は、法的には私人間の貸借関係と同じような民事法律関係とされており、・・・「納税者」として法的立場に立たされていない。」としている(このほかに「サラリーマン税金訴訟」(第10章「源泉徴収制度の法的不公正」を参照)。行政がビラなどに記載ししている「納税の手間が省ける」など従業員のメリットは、「権利」ではなく、行政の施策のなかで生じる「反射的利益」にすぎない。

これは、行政機関と源泉徴収・特別徴収される納税者の間に法律関係が成立していないという点で、法の不備、憲法違反といえる。特別徴収に限っていえば、源泉徴収制度の法的問題に加え、仮徴収でない確定「課税通知」であるため、従業員個人情報が本人合意なく、第三者へ「流通」してしまうという点でさらに憲法上重大な問題が生しる。

(2)事業者の法的地位

事業者の地位も著しく対等関係を欠く。契約関係はなく、無償で役務提供させられ責任は非常に重い。明治憲法下での行政及び行政法は、国民を臣民と位置づけ、法的対等関係はなかったが、現在の特別徴収制度も全く同様である。

日本国憲法は、近代の市民社会の法として、憲法は行政権の濫用をしばり、行政事務の執行について、市民・事業者がになう場合、不利益な処分を受ける場合でも、対等・市民間取引関係を基本として解決しなければならない。

「特別徴収」制度は、あきらかに日本国憲法の原理に反しており「憲法違反」と言える。さらに法律自体の違憲の是非を留保したとしても、一方的な「特別徴収義務者指定」さらに「課税通知書の送付」と進めば、「特別徴収」を強要することで、法の運用の仕方が違憲となる「処分違憲」となることは明白である。
4 特別徴収制度強化を進める背景

現在の地方税法・条令では、当然の行政・事業者・従業員の合意など規定されていない。法律で規定さえすればどんな税の徴収方法・事業者に徴収と責任を転嫁が認められるということ自体問題にしていかなければならない。国・自治体は、近年事業者に対し、非常に過酷な業務を押し付けている。番号制の導入、特別徴収の徹底、今後は消費税の軽減税率の導入、インボイス制度も想定される。

その際、本来「個々人が主体的に納税」するという申告納税制度の理念を形骸化させ、税は公平・公正・適正に「徴収されるもの」という概念の社会定着を図っている。現在進行している、税財政の所得再配分機能の喪失、格差の拡大、多くの国民の家計の厳しさが進行していく中で、消費税率引き上げや徴収強化に共通することとして、事業者にその役務的負担と責任を転嫁させて過酷な徴税をしていこうとする国家戦略を見ることができる。番号制や特別徴収が事業者間に定着していくことになれば、今後さらにこの手法は拡大することが予想される。そして、本来の主体である納税者の意思は反省されない。

渡辺洋三元東大教授(故人)は、公法における行政主体の優位性を安易に認める行政法学の潮流に対して批判している。「対立しているのは、公法と私法なのではなく、古典的市民法と現代法なのである。すなわち現代においては、私的自治の原則とか対等当事者の利害調整というメルクマールをもつ古典市民法と、そういうメルクマールではとらえられない現代法との対立をこそ問題にしなければならないのである」(戒能通厚他編、渡辺洋三先生追悼論集「日本社会と法律学」日本評論社・225P 以下岡田正則論文)。すなわち国家的・企業利益を優位に正当化・根拠づける現代法と古典市民法の思想・原則を受けつぐ日本国憲法の対立として、悪法の「徹底化」か「形骸化」かが問われている。
5 具体的対応

浦野広明立正大学客員教授(会員)が全国商工団体連合会発行「商工新聞」2016年10月10日号でこの問題について記載しているので以下紹介したい。

「小規模事業者は地方税法321条の3のただし書が規定する「給与所得者が少ない場合、特別徴収によらないことができる」を活用する。少ない場合については、地方税法321条の5の2の「常時10人未満」を類推適用することである。つまり同一市町村に給与所得者が9人以下であれば、特別徴収か普通徴収のいずれかを選択する「徴収選択権」を求めることが重要である。」

また行政の「手引き等」による、従業員各人の状況等による「当面普通徴収を認める基準」A 〜 F と6項目が掲載されている。小規模事業者の人員は、流動的で退職も予想される。「普通徴収が認められる場合」は単に役所の解釈基準ではなく事業者側に実情に基づいて解釈することが重要である。

従業員が特別徴収を望んでいない場合は、極力その意思を尊重する対応が必要である。今後、特別徴収指定通知から課税通知書を受けることになった場合、普通徴収に切り替える「請願書」(憲法第16条請願権行使)を提出する。「特別徴収」を余儀なくされた場合、退職も想定するという意思があれば、普通Fに切り替えるという対応も必要になる。

今後、4月以降、普通徴収で提出した事業者への行政指導がどうなるか注意している。また次年度以降強化が予定されている近畿圏の府県で参考になればと思う。
6 最後に

安倍政権は、特定秘密保護法、番号法、集団的自衛権行使可能の安全保障法制を成立させ、さらに共謀罪成立を目指している。一方で、甘利前総務大臣の収賄不起訴、森友学園への土地格安売却など、国民の感覚からかけ離れた事件があいまいにされ進んでいる。行政権力が肥大化し権力者が自己に甘い道理のないことがまかり通る社会か、そうでない社会をつくるか、税の専門職として意見を言い行動していくことが今問われている。

(おくつ・としひろ)

符号 当面普通徴収を認める基準
普A 総従業員が2 名以下(下記B 〜 F 該当し普通徴収とする対象者除いた従業員数)
普B 他の事業所で特別徴収
普C 給与が少なくて税額が引けない。
普D 給与の支払が不定期(例:支払が毎月でない。)
普E 事業専従者(個人事業主にのみ対象)
普F 退職者又は退職予定者(5月末日まで)

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