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時潮
【特集 税理士制度】
> 税理士法の要請する研修制度と日税連等の
研修受講義務化制度について
税理士制度と税理士の任務
立正大学法学部客員教授 浦野 広明
1 近代税制と税理士制度

近代市民社会が成立する前の国家では、封建領主や国王が、国民の自由や財産に対して勝手に干渉していた。封建領主の封建的支配関係を含む封建社会をうち倒したのは市民革命である(例えば1789年のフランス革命)。この革命は、市民階級が旧封建的権力の一方的な課税をはじめとする圧制をやめさせ、議会を通じて政治的・経済的支配権を確立した。

日本国憲法(憲法)は、税に関して、「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。」(30条)、「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。」(84条)の二条文を置く。両規定は、市民革命の成果を受け継ぎ、「法律なくして納税・課税なしの原則」をうたったものである。

(1)ポツダム宣言

太平洋戦争(日本は「大東亜戦争」と称した)は1941年から1945年8月まで、日本が米、英を中心とする連合国を相手にした戦争である。日本は1945年8月14日ポツダム宣言を受諾し無条件降伏をした(1)

ポツダム宣言は、第2次大戦末期の1945年7月26日、ドイツ(1945年5月9日、第2次大戦に降伏)のベルリン市郊外のポツダム市ツェツィーリエンホーフ宮殿において、米国(トルーマン大統領)、英国(チャーチル首相)、中華民国(蒋介石主席)の共同声明として、日本に向けた降伏勧告・戦後処理方針を内容とする文書である。

宣言は全13項からなり、1〜 5項で宣言の即時受け入れ。6項は、日本国民を欺いて世界を征服するという過ちを犯させた勢力を永久に除去。無責任な軍国主義が世界から駆逐されるまでは、平和、安全、正義の新秩序も現れることはない。7項は連合国の日本占領。10項は、戦争犯罪人への厳重な処罰、民主主義的傾向の復活強化や基本的人権の確立などを求めたものである。当時の日本政府は宣言をすぐには受け入れなかった。しかし、広島(8月6日)、長崎(同9日)に原爆が投下され、ソ連の宣戦布告(8月14日)という事態に、ポツダム宣言の受諾を8月14日に決定した。翌15日、昭和天皇がNHK のラジオ放送で日本の敗戦を伝えた。

連合国軍(実質的にアメリカ軍)は日本のポツダム宣言受諾により日本を占領することになり、日本は独立国としての地位を失った。占領した連合国軍は、総司令部= GHQ(General Headquarters) を設置した。GHQはポツダム宣言に基づく日本占領政策を実施する機関である。

敗戦後の日本はアメリカに従属することになった(アメリカは反ファッショ連合国を代表するという口実で日本の単独占領に成功した)。サンフランシスコ平和条約が1951年9月8日、米国など48カ国と日本との間で、米国のサンフランシスコで署名された。冷戦を背景に共産圏の旧ソ連、旧チェコスロバキア、ポーランドはこの条約の署名を拒否した。サンフランシスコ平和条約が締結された1951年には日米安保条約も締結され、アメリカは沖縄の占領支配を継続し日本本土の米軍基地を存続させることになった。

(2)シャウプ勧告

ポツダム宣言は、第2次敗戦後にとるべき日本税制と密接なつながりをもつ。マッカサー連合国最高司令官(アメリカの陸軍元帥)の要請によって編成された日本税制使節団(アメリカの経済学者シャウプが団長)は1949年と50年に、シャウプ使節団日本税制報告書(「シャウプ勧告」と呼ばれる)をGHQ に提出した。ポツダム宣言を執行するGHQ の求めで作成されたシャウプ勧告は、第2次大戦後における日本税制の起点をなすものであった。

シャウプ勧告は直接税中心の税制の確立を指摘した。シャウプ勧告は、直接税に欠かせない申告納税制度を普及し定着させるため青色申告制度をはじめ日本税制の体系的改革を指摘した。勧告は、税理士制度についても税務代理士制度を廃止させ新たに税理士法を制定させる必要性を述べた (2)

シャウプ勧告を受け、税理士法が1951年3月30日に議員提案により国会に上程され、同年5月31日に可決され、直ちに6月15日に公布され同年7月15日に施行された。

(1)安倍首相は自民党幹事長代理だった際に、「ポツダム宣言というのは、アメリカが原子爆弾を二発も落として日本に大変な惨状を与えたあと、『どうだ』とばかり叩きつけたものです」とウソをついている(『Voice』PHP 出版、2005年7月号)。1945年7月26日にポツダム宣言が出されているのに、国体護持 にこだわり、ヒロシマ・ナガサキへの原爆投下、ソ連の対日参戦を許したという事実を完全に偽っている。

(2)勧告は納税者の代理制度について次の指摘をしている。
「納税者の代理人を立派につとめ、税務官吏をして法律に従って行動することを助ける積極的で見聞のひろい職業群が存在すれば適正な税務行政はより容易に生まれるであろう。また、引き続いて、適正な税務行政を行うためには、納税者が税務官吏に対抗するのに税務官吏と同じ程度の精通度をもってしようとすれば、かかる専門家の一段の援助を得ることが必要である。したがって、税務代理士階級の水準が相当に引き上げられることが必要である。かかる向上の責任は主に大蔵省の負うべきところである。税務代理士の資格試験については、租税法規並びに租税及び経理の手続きと方法のより完全な知識をためすべきである」。

2 税理士の任務
(1)課税庁からの独立

税理士法1条〔税理士の使命〕は、「税理士は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において、申告納税制度の理念にそって、納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ることを使命とする」と規定している。ここでいう「独立した公正の立場」は、課税庁からの独立としてとらえることが重要である。

法解釈は、具体的問題について価値判断を行うという人間の創造的実践的作用である。法解釈によって一つの結論を導き出す作業は解釈者の主体的決断であるといえる。租税関係には、課税庁側の立場か、納税者側の立場かのいずれかしか存在しえない。したがって、課税庁から距離を置いたものとしてとらえたときにはじめて、税理士は、理念的にも実践的にも弁護士と同様に依頼者(納税者)の人権擁護を目的とする職業となり(もちろん、脱税等の違法な助言等は許されない)、納税者の権利擁護・権利救済に深いかかわりをもつことになる。

(2)弁護士と同じ代理人

税理士の業務は、税務代理、税務書類の作成および税務相談である(税理士法2条1項)。また、税理士は税理士業務に付随して、財務書類の作成、会計帳簿の記帳の代行その他財務に関する事務を業として行うこともできる(同法2条2項)。さらに、税理士は、租税に関する事項について、裁判所において、補佐人として、弁護士である訴訟代理人とともに出頭し、陳述をすることができる(同法2条の2第1項)。

弁護士法3条1項は、「弁護士は、当事者その他関係人の依頼又は官公署の委嘱によって、訴訟事件、非訟事件及び審査請求、異議申立て、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件に関する行為その他一般の法律事務を行うことを職務とする。」と定めている。税理士の業務は弁護士法3条でいう「法律事務」と変わらない。税理士は法律事務である税務代理等の業務を納税者の代理人として納税者の立場にたって誠実に行わなければならない。税理士は単なる会計の専門家ではなく、その本質は税法にくわしい法律の専門家である。

違法な課税を許しているのは、税法の規定が、憲法、税法、会計などの知識がなければとても理解できない点にある。だから、税理士という専門家の必要性が生じる。税理士は、憲法や税法を使って、納税者を誤った徴税からまもる職責を担っている。

租税法律関係の一方の当事者(税務当局)は、ぼう大な権力と専門的知識を有している。他方の当事者(納税者)は何の権力も専門的知識も有しない。税理士はこの関係における弱者である納税者を援助し、憲法および税法によって認められた納税者の権利を擁護する大切な使命がある。専門知識を駆使し納税者の権利を擁護する税理士がいたなら、避けられたであろうむだな紛争が税務行政の現場にはたくさんある。専門知識を駆使し納税者の権利を擁護する税理士の輩出が望まれる訳である。筋道の立った議論があってはじめて、その要求が正当性を獲得し、人権闘争になる。そのためには権利の担い手の力が何よりも強くなくてはならない。

(3)調査における適正手続

税務行政は、調査の事前通知、調査理由の開示・行政指導の趣旨等の開示など適正手続を尊重しなければならない(憲法13条、31条等)。憲法31条は「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられない」と法定手続の保障について規定している。手続がとくに重要な意味をもつのは、人が手続無視によって不利な扱いを受けるときである。国家権力を一定のルールによってしばらなくてはならない、ということから適正手続が要請される。ルールにのった権力の作用は合法であるけれど、ルールからはずれた権力の作用は法律違反であってそれは効果がない。このような仕組みにより、力の弱い国民の権利が守られることになる。

歴史的にみると国家権力こそが基本的人権を侵害するおおもとであった。このような国家権力を一定のルールによって拘束することが法治国家の基本的要請である。納税者の代理人である税理士は、税務署の行動が法というルールに従っているかどうかを常に監視し、ルールに従っていない行動は許さないという観点に立つことが大切である。

3 税理士の水準向上

税務行政の現場では法的根拠がない課税勧奨や処分が少なからずある。日本の税務職員や裁判官の一人ひとりが、税法を理解し、法律による納税・課税原則を大切に考えているかどうかは疑わしい。裁判官は税法に関する専門的知見を有していないため、国税庁から出向している裁判所調査官に依存しがちである。さらに国側には法務省所属・課税庁所属の代理人がついて訴訟活動をしている。税務訴訟においては、被告の国も裁判官も税務官庁の身内によって占められてガードが固いから、原告納税者の法廷でのたたかいは、それだけ大変なのである。裁判がでたらめな課税をかばう結果となっている。それだけに、裁判過程前の行政過程で、法律専門家の税理士の主張がとても重要になる。

税理士(納税者)は、租税権力の行使が法にしたがっているかどうかをきびしく監視し、違法な権力の行使に対し、これをたえず追及するという精神を、本当にわがものとしなければならない。税務の紛争が裁判で決着するのはほんの一部分である。この意味では法的問題・法的紛争のうちで、裁判による処理は例外である。税務行政活動は日常不断に行われている。更正、決定、再更正等の課税処分には、裁判による事後救済の手段はあっても、そのような方法を選ぶ納税者は稀であり、仮に選択しても圧倒的に損失は回復しえない。したがって、課税庁の行為を厳密に法のコントロール下に置くには税務争訟などの事後救済ではなく事前救済(予防法学)がより重要となる。課税処分に不服があるそれだけに行政過程で代理人を務める税理士の権利主張は決定的に重要である。代理人は権力の行使が法にしたがっているかどうかをきびしく監視し、違法な権力の行使をたえず追及するという精神を持ち事前救済である予防法学を実践することが肝要である。

課税権力の濫用から納税者の人権を守るためには、納税者側の水準向上が欠かせない。納税者や納税者の代理人である税理士や弁護士がすぐれた論理を展開するなら、税務署や裁判所もそれに対応することになる。不当な税務行政や判決をかばう余地はないが、納税者や代理人の水準に応じて税法が執行されることもまた事実である。

今日の税務行政においては適正手続に反する税務調査、「法律の定め」に反する修正申告の強要、不十分な理由付記(課税処分更正処分の具体的理由は示されず抽象的な文言が並んでいる)などが見受けられる。税法などの法の条文それ自体は単なることばにすぎないが、人間がある目的を果たすため、あるいは要求を実現するためには、法を道具として使うことによって、はじめて現実の社会において生かすことができる。憲法や税法などの道具もそれを使う人間によって、善くも、悪くも使われる。

憲法12条がいう権利の保持の義務とは、権利が侵害されたときに、その侵害とたたかって、はねかえす義務をいう。大切なのは、国家権力の人権侵害にたいするたたかいである。憲法99条は、憲法擁護の義務を公務員に課している。しかし、公務員(税務職員も公務員である)が憲法の人権規定を侵害する例は決して少なくない。これらの侵害に対して、国民は自らの人権保持のために不断の努力をする義務がある。憲法13条は、幸福追求にたいする国民の権利を保障している(1)。税理士は片時も幸福追求を怠ってはいけないのである。

(1)S渡辺洋三教授は、「追求とは、その言葉どおり、今日よりは明日、今年よりは来年と、たえず未来をみつめ、たえずよりよい幸福を追い求めることにほかならない。現状で満足してしまえば、人間の進歩はとまる。だから幸福追求権とは、個人にとっても、人類社会にとっても、たえざる進歩の思想を、その根底にもっている」と述べている(『私たちの人権宣言』、労働旬報社)。

4 税理士の自己決定
(1)税理士と税務官吏(官吏)との違い

税理士になるには正規の税理士試験に合格しなければならない。税理士という肩書きは試験以外にも手に入れる道もないではないが、納税者の代理人として十分な活動するためには、正規の税理士試験に合格する程度の税務や会計の知識が最低限必要である。

税理士の立場は弁護士と同じく依頼者である納税者の代理人としての制度である。税理士と税務官吏(官吏)との違いは何であろうか。

税理士は自分の頭で主体的に考え、結論を出す自己決定をする法律家である。同時に、税理士は、自分自身の判断(選択)によって決めた結論に対して、それなりの責任を負う(税理士の社会的責任)。一方、官僚は、自分の頭で結論を出すわけではなく、その結論は徴税という政策目的によってあらかじめ与えられている。つまり、自己決定ではなく他者決定である。したがって官僚は自分で責任をとれないし、また現にとらない(官僚の責任感無自覚体質)。官僚や官庁寄りの学者や実務家の意見は、他者の決定した結論を前提とした上で、その結論の法律適合性を論理的に正当化するための技術にすぎない(官僚法学)。

課税庁の意向を唯一の判断基準とする官庁依存体質の「お人よし」税理士は、基本的には税務職員と同じ立場といえる。このような税理士は自分の頭で結論を出すわけではなく、その結論はあらかじめ課税庁から与えられている。人がいいのは人間としては美徳かもしれないが、税法の専門家(法律家)としては、けっして誇れることではなく、弱点となる。税について解説する課税庁の専門職員、官庁寄り学者・税理士は、厳密な意味での「法律家」とはいえない。

独立した法律専門職としての税理士の資質は、自己決定するために必要な事実認定(課税要件が充足されているという事実)を基礎としてその事実の集積と法の基本原則に基づき、与えられた問題について結論を自分の頭で見出してゆく専門家(プロ)としての見識を身につけることである。

税理士は、税法が執行される場において納税者の代理人として、納税者側の立場にたって、法令に規定された納税義務の適正な実現を図る使命をもつ。しかし、残念なことは税務調査などにおいて、代理人である税理士が税務署に法的主張をきちんとしてくれないという批判が少なからずある。税理士は税務署から独立した存在であるから、税務調査をリードするのは税理士であるとの自覚が必要である。

税務調査において納税者あるいはその代理人(税理士)がリーダーシップをとって、すぐれた主張をすれば、調査官もそれに対応していい答えを出さざるをえない。納税者側がきちんとした主張をしなければ租税法律主義は形だけのものになる。

法律家と官僚との違いを明確にさせれば、法律家は官僚であってはならないということがわかる。法律家と官僚のこの違いは、おのずから、何のために税理士が税法を含む法律を習得するかという問題になる。

税理士が安易に官と妥協するのは、プロの誇りを捨てることになる。財務省(国税庁)、政権党、税理士会という枠に閉じこもり、この狭い枠の中で何とかうまくやろうという共同体的発想に甘えていたのでは、官のリーダーシップを打開することができず、これに追随してゆくことになる。

調査官、警官、教官、裁判官など「官」がつく名称は、それだけで人びとを服従させる威力を示す。本来、公務員は、国民に対する奉仕者(憲法15条)であるから、主人である国民にサービスする義務があるが、現実には、国民の上にたつ支配者として行動する傾向がある。支配者顔ができるのは、行政の体質の奥にひそんでいるのは「秘密主義」である。行政ぐらい膨大な情報を抱えている組織はない。行政の権威は、ほとんど情報独占によってもたらされているといっても過言でない。だから、行政の秘密情報とノウハウを、個人的ルートでつかむ人脈として官の「天下り」が横行するのである。いい例が財務省出身者の「学会」への天下りである。納税者を支配・管理するための技術にすぎない内容の研修に力を入れている団体も少なくない。

(2)税理士が果たすべき役割

税務行政・税理士制度の改革を進める上で税理士が果たすべき役割を3点にしぼるとつぎのようになる。

第1は、税務調査(調査)において才能をもっと積極的に発揮することである。何といっても調査はプロとしてのリーダーシップが最大限期待される場である。外で、かっこのいいことを言っても、肝心の調査で真剣勝負をせず手抜きする税理士は、プロとして失格といえよう。

第2は、紛争予防の活動を積極的に進めることである。社会の病理現象である課税庁との争いは、被害が起こってからでは遅い場合が多い。いかにして被害を未然に防ぎ、また被害が起こっても、できるだけ早い時点で解決をするか等に関する法律的知見を広く納税者や市民に提供することもプロの責任である。防ぐどころか被害を招くなど論外である。

第3は、税理士団体は少なくとも税理士の公共性についての見識をもつべきである。官側の理解によれば、人権は公共の福祉に反しない限度で認められるものであるから、その公共性とは人権保障ではなく、逆に人権の制約原理になっている。このような考えではなく、納税者の人権保障の制度の一環として税理士制度があるということの認識こそが公共の福祉につながる。

(うらの・ひろあき)

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