11月5日神戸市産業振興センターにて、2016年秋のシンポジウムが開催された。今回のシンポジウムは横浜市立大学学術院国際総合科学群教授の上村雄彦氏を講師にお招きし、「格差社会と税制」をテーマに講演が行われた。以下がその講演の報告である。
まず最初に上村氏は、現代世界の現状分析を述べられた。すなわち、地球環境破壊、貧困問題、グローバル格差社会などである。
上村氏によると現在の森林破壊はすさまじく、1秒間にサッカーグラウンド1個分の森林が消滅しているという。ということは1分間にサッカーグラウンド60個分、1時間だと3600個分、1日に換算すると86400個分の森林がこの地球上から消えていっているということになる。
これは想像を絶する速さというほかない。当然、地球の二酸化炭素吸収機能が低減するので、二酸化炭素が地球上に放出され、結果として地球は温暖化することになる。これが近年における世界的な気候変動、異常気象の原因である。このまま何らの対策も講じなければ、2028年には産業革命前と比較して地球気温は2度上昇し、地球環境に危機的な影響が及ぶことになる。
また、貧困問題について上村氏が述べたところによると、世界では飢餓や栄養失調などにより6秒間に1人の子供が死亡している。1日で計算すると14400人、1年だと500万人以上の子供たちが貧困が原因で死亡していることになる。これまたにわかには信じがたい驚くべき事実である。
その一方、現代世界のグローバル格差は止まるところをしらない。ここでも上村氏は具体的な数字をあげて現状を描写されたが、それによるとこうである。すなわち、世界で0.14%の金持ちが世界の金融資産の81.3%を所持している。金融市場のプロであるヘッジ・ファンドや債券のマネージャーの上位20位の年収平均はなんと660億円、世界で最も富裕な層62人が世界の下位36億人分の富を所有。つまり、トマ・ピケティを持ち出すまでもなく、あきらかにグローバルな富の偏在は先祖がえりしているのだ。では、なぜこういうことになったのかと上村氏はわれわれに問いかける。問題を解決するには原因を知る必要があると。
その問いかけに対し会員からは、資本主義の欠陥である、新自由主義経済政策により弱肉強食の原始資本主義に戻り再分配ができず社会が分断された、教育が悪いなどの意見があがった。さらにいえば、経済は早々にグローバル化しているにもかかわらず政治と税制はウェストファリア体制=主権国家を脱していないのが大きな要因としてあげられるだろう。
さまざまな要因の複合によりこれら世界的問題が発生しているが、上村氏が特に重要視するのがタックス・ヘイブンを起因とする問題群だ。直近にはパナマ文書なるものが公表され、タックス・ヘイブンの一つであるパナマにおいて世界の主な政治家、経営者、セレブの一部が資産隠しや税金逃れをしていることが白日の下にあきらかとなった。
その中にはロシアのプーチン大統領の側近や中国の習近平の親族、アイスランドの首相、サッカー選手のメッシ、映画俳優のジャッキー・チェンなどの名前があったという。では、タックス・ヘイブンとは何か。また、タックス・ヘイブンの何が問題なのか。また、タックス・ヘイブンがあることにより何が起こっているのか。この問いに上村氏は一つ一つ回答を与えていく。
まず、タックス・ヘイブンとは上村氏によれば、「そこにお金を持っていけば、自国で税金を払わずに済み、名前なども公開されずに、好き勝手にお金の出し入れできる国や地域のこと」で、一般的なイメージではヤシの木が茂る南洋の島々を思い浮かべるかもしれないが、実際にはロンドンのシティやニューヨーク、ルクセンブルク、スイスなどの先進国の金融市場もタックス・ヘイブンである。また、その機能としては、タックス・ヘイブンにペーパーカンパニーを作ることにより本国で課税されるのを免れる。
スターバックス、アップル、グーグル、アマゾンなどの主だった有名多国籍企業はタックス・ヘイブンを利用することにより租税回避を行っていることは周知の通りである。では、この租税回避とは何であろうか。租税回避とはあきらかな違法行為である脱税でもなく合法的な節税でもない。それは「形だけ」住所や本社を他国に移し(もしくは作り)、本国では納税しない法律的にはきわめてグレーな行為だと上村氏は述べる。
では、具体的なタックス・ヘイブンの問題とは何であるか。その一つは社会の土台を掘り崩すことである。そもそも多国籍企業などが大きく発展した理由は、税制による社会的インフラの整備にあったはずなのだ。税金により政府が医療、教育、福祉を整える。それにより人々の生活が安定する。その人々がモノやサービスを購入することによって、企業は発展しお金持ちになる。
しかし、租税回避行為によってこの社会の土台は崩壊する。次にその二つは、大企業や富裕層が租税回避することにより、庶民にそのしわ寄せがくるということである。その結果が格差の拡大であり、不公平感や不公正感の高まりである。これらは社会に分断化と不安定化をもたらす。さらにその三つが、各国財政への影響である。
もしタックス・ヘイブンに秘匿されている個人資産にきちんと課税を行えば年間約20兆円から30兆円の税収が見込まれるし、同様に多国籍企業に課税を行えば約11兆円から26兆円の税収が得られる。事は外国企業だけの話ではない。日本企業のケイマン諸島における投資残高は78兆円。もしこれに消費税と同じ8%の税を課せば約6兆円以上の税収となり、さまざまな社会問題への政策原資となるであろう。
また、驚くべきことに何十もの先進国の銀行、弁護士、会計事務所、タックス・ヘイブンがネットワークを作り、途上国政府と手を組んで途上国の資金・資本が先進国に逆流している。その額、年間55兆円。途上国へのODA(政府開発援助)が年間18兆円であるから完全な持ち出しである。そして、タックス・ヘイブンを利用して余剰となったマネーがマネーゲームに使われ、実体経済の12倍以上もの金融資本が逆に実体経済に激震をもたらし不安定化をもたらすという結果となる。これは強者の強者による強者のためのガバナンス、いいかえれば1%の1%による1%のためのガバナンスである。
では、解決策はあるのだろうか。ここで上村氏が提唱するのが「グローバル・タックス」である。「グローバル・タックス」とは、タックス・ヘイブン対策として情報の透明化と自動交換システムを確立し、国境を越えた課税を行い、集まったお金をグローバルな課題またはドメスティックな貧困問題に使い、分配する仕組みを創るという三つのプロセスから成る一連の政策をいう。
まずは、OECDのBEPS(税源浸食と利益移転)などにより多国籍企業の財務状況を国別に報告、自動情報交換により各国の税務当局が各国の口座情報を自動的に交換するシステムを構築する。各国はそれらの情報を基に多国籍企業を規制し適正な課税を行う。タックス・ヘイブンを利用する「旨み」を減らし、長期的に利用者をなくしていくという試みだ。
次に課税はどうするのか。たとえば金融取引税を導入すれば、あらゆる金融資産の取引に薄く課税することにより、マネーゲーム経済を抑えながら莫大な税収が得られる。具体的には金融取引に0.05%の税を課税することにより年間約72兆円の税収が見込まれる。ほかにも航空券連帯税、多国籍企業税、電子商取引税、武器取引税、地球炭素税、グローバル累進資本課税などが考えられているが、この場合の課税根拠はグローバル化の負のコストの共有化である。
上村氏は具体的に グローバル化の負の影響を与えているセクターに課税する グローバル化で恩恵を受けているセクターに課税する 消費税を払っていないセクターに課税する 担税力があるセクターに課税する 広く薄く課税するという課税の5原則をあげておられた。
そして徴収と分配である。これはグローバル・タックスの実現により約300兆円という巨額の税収を取り扱う機関が誕生することになる。よって必然的に巨大な権力を持つことになるので、徹底した透明化と民主化が求められる。具体的にはグローバル租税機関とグローバル議会が相互にチェックするといったモデルが考えられる。EUが行っているのがこのようなモデルということである。
最後に上村氏が述べられたのが、グローバル・タックスとは荒唐無稽な夢物語ではないということ。航空券連帯税は既に14ヶ国で実施されていること。また、金融取引税も欧州10ヶ国で早ければ本年中にも実施が明確になること。さらに、日本での導入は上からの力だけでなく下からの力が必要だと力説し、それを上村氏用語で山本山と名付けられていた。つまり、往年のTVCMでの「上から読んでも山本山、下から読んでも山本山」のアナロジーである。 |