論文

>「共通番号(マイナンバー)制」の問題点を考える
秋のシンポジウム
「マイナンバー制度の問題点と税理士業務への影響」(東ブロック)に参加して
東京会木下 良
平成27年11月14日(土)、中央大学駿河台記念館において、税経新人会の秋のシンポジウムが開催された。今回は、「マイナンバー制度の問題点と税理士業務への影響」というテーマでシンポジウムが行われ、シンポジストには、坂本団氏(弁護士・日本弁護士連合会情報問題対策委員会委員長)、疋田英司氏(税理士、税経新人会全国協議会副理事長)、奥津年弘氏(税理士、東京税経新人会副会長、日本民主法律家協会常任理事)の3人を迎えて、基調報告、質疑応答を含め、約4時間にわたり熱い議論が交わされ、時間が足りないほどであった。

当日の参加者は100名にものぼり、税理士だけではなく事務所職員や一般の方々の参加もあり、マイナンバー制度に対する関心の高さかうかがえた。

マイナンバー制度の概要と問題点

マイナンバー制度は、日本に住民票を有する全員に対し、一生変わらない12桁の番号を付与し、その番号に個人情報を紐付けて管理し、行政機関等が組織の壁を越えての名寄せ・データマッチングを容易にする制度である。将来的に、この制度は利用範囲を拡大することを目指しており、現時点では、マイナンバーを銀行の預貯金口座に付与すること、メタボ健診等の医療情報と紐付けるという法案が提出されている。

政府は、マイナンバーの利用範囲拡大を既定路線としており、戸籍やパスポートとマイナンバーを紐付けることや、すでに国家公務員の身分証明書にマイナンバーカードを利用することを決めている。今後は民間企業の社員証としても使用するよう推進し、民間利用することを狙っていると思われる。

日本では、住民票を有する全員に11桁の住民票コードが付与されており、住基ネットで利用されている。住民票コードは、個人情報保護の観点から、本人の請求により変更可能、民間利用の禁止、行政機関において住民票コードを使った名寄せ・データマッチングの禁止等の制限がある。しかし、マイナンバーは、番号変更は原則認められず、民間でも利用可能、行政機関等が名寄せ・データマッチングのために使用することが可能なのである。国家が、マイナンバーにより様々な個人情報を一元管理することは、監視、管理国家と呼ぶべきものとなってしまう。また、マイナンバーが民間利用されれば、所有者本人の知らないところで、大量な個人情報が集積されてしまうことになるのである。

プライバシーの観点からすれば、他人のマイナンバーを不正利用して個人情報を覗き見ることが可能であり、また、その人が受けるべき給付を搾取する等の「なりすまし」犯罪が発生する危険性が高くなる。政府は、危険性を認めながらも、制度としてマイナンバーを含む個人情報の収集や保管、提供は法に規定している以外は禁止している。そして、第三者機関である特定個人情報保護委員会が監視、監督を行うとしている。

システム面では、個人情報は一元管理せずに分散管理する、情報連携の際にはマイナンバーを直接使用せず、別の符号を使うとして、十分な保護措置を講じているとの説明をしている。しかし、政府の提案する対策でプライバシーが保護されるとは考えられない。それは、制度面でいえば、刑事事件の捜査や犯則事件の調査、政令で定める公益上の必要のある場合には、マイナンバーの利用制限や第三者機関の監視等の規定は一切適用されないことになっているからである。

住民票コードを扱うのは自治体の担当者に限定されてきた。よって、住民票コードの利用制限等の規制も守られてきたのである。しかし、マイナンバーは民間事業者も取り扱うことになる。従業員のいる会社は、中小でも零細でも個人番号関係事務実施者としての重責が課せられます。すべての担当者に、番号法の内容を周知するのは非現実的である。

システム面でいえば、番号の分散管理、符号を用いた情報連携、どのような場合であっても、法律で義務付けられていないので、徹底の度合いに疑問が発生する。また、様々な機関が保有する個人情報が番号で紐付けられる以上、マイナンバーが不正利用されれば、これと紐付けられた様々な個人情報に不正にアクセスされる可能性があるのは明白です。

一つの番号に多数の個人情報を紐付けし、組織の壁を越えて名寄せ・データマッチングを行うというマイナンバー制度の本質が変わらなければ、プライバシー侵害を防止することはできないのである。諸外国でもこのような番号制を採用しているが、「なりすまし」犯罪や情報漏えいが頻発しているのが現状である。マイナンバー制度は、プライバシーに対する危険性が大きすぎるのが事実である。

最後に、番号法の内容が周知徹底されないままマイナンバーの通知を行えば、漏えいや不正使用が頻発し、混乱が生じることが危惧される。現時点では、日本年金機構の個人情報の漏洩事件を受けて、当面マイナンバーとの紐付けは延期される方向なのである。少なくても政府の責任できちんと安全管理が徹底されるまでは、マイナンバーの通知は延期されるべきなのである。その上で、プライバシー保護を図りつつ、情報通信技術を活用した効率化を実現するためには何が必要か、現場のニーズに立ち返って、今一度考えてみる必要があるのではないかと思う。
番号制度が税理士業務に与える影響

税経新人会では数年前より、マイナンバーについて、研修会やシンポジウム、韓国へ赴き共通番号制の視察等の活動をしてきた。今回のシンポジウムにおいては、実務的な業務の対応方法だけではなく、税理士としての社会的役割や責任をどのように考えるかなども報告され、議論された。それは、税理士や社会保険労務士は、中小企業の身近にあり、指導的な役割をしており、税理士や社会保険労務士のこれからの行動が、将来的にマイナンバーが軌道に乗るかどうかのカギを握っているのである。

政府がマイナンバー制度を導入する目的は、預金等の金融ストックも勘案した、負担能力判定の資力調査であり、当初から指摘のあるように、社会保障財源の徹底的な抑制にある。そして、今国会において提出された法案では、2018年1月より預金口座に番号を付与するというものであり、当初は任意だが、2021年以降は義務化を予定している。これにより、資力調査、税務調査での利用が可能となるのである。これは公平の観点から疑問が残るものである。

マイナンバー制度の導入により、添付書類の削減や行政機関が持っている自己情報の確認などの利便性が得られるとしているが、行政サービスの見直し等により、現行制度内でも効率化は可能であることから、利便性が得られるということは極めて希薄なのである。

財政の観点からは、財政悪化が顕著な現在、どのようにして財政再建を図るかと言えば、消費税増税と社会保障費の削減である。すなわち、国民負担増による捻出を想定しているのである。国民負担増と管理にマイナンバー制度を利用しようとしていることは必然なのである。

情報技術環境の観点からしても、マイナンバー制度は危険である。それは、前述の日本年金機構の事件からも明白なように、政府機関といえども個人情報の安全な保管、管理は現時点では事実上不可能である。諸外国でもマイナンバー制度を導入しているが、導入した時代にインターネット環境はなく、現在の状況も予想できなかったのが実情である。むしろ諸外国においては、マイナンバー制度の見直しがされている状況の中で、日本は時代に逆行した制度を推進しようとしている点は甚だ疑問なのである。

現時点で、国民は依然として番号制に深刻な不安を抱いている。内閣府の世論調査でも、国民の番号制についての認知度は43.5%と少なく、逆に不安を感じている人は80%以上と多数となっている。例えば、視覚障害者に対する配慮がまったくなされていない現状が掲げられる。通知カードに点字が打たれていないので、ただの紙が届いたということにしかならない。自分の番号を確認するためには、第三者に読み上げてもらう等の方法で自身の番号を確認しなければならず、そこで自身のマイナンバーが流失してしまうかもしれないという不安が発生し、第三者の補助を必要とする障害者にとっては、健常者よりも大きな不安がのしかかっているのが現状である。

中小、零細の事業者については、制度を推進することは自分の首を絞めることになる。それは、預金口座への番号付与により、税務調査臨場前に反面調査が行われることが想定され、社会保険の未加入業者の洗い出しが行われる。今後は、取引先への請求書にも番号の記載が強制される。法人番号、個人番号を活用して、正確・不正確な情報に基づいた不法な情報ファイルが作成されてしまうのである。現在は、行政機関が利用する制度であるが、これから、民間利用も進んでいくことが考えられる。そして、利用をしなかった企業は不利益を被る可能性が発生し、ここに「情報格差」が生まれてくることが考えられるのである。

最後に、番号法は、廃止法案成立まで無力化させていくことが求められる。とはいえ、現時点では番号制を粛々と遂行していかなければならないので、私たち税理士は、顧問先に多くの情報を提供し、説明し、合意形成がされたうえで、番号を扱っていくことが大切なのだと考える。

(きのした・りょう)

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