論文

>「行為・計算の否認」の適用で判断分かれる(上)
特集  第51回高松全国研・分科会報告
第5分科会報告
福島原発事故の被害実態と賠償金の課税問題
東京会新国 信

1.報告

冒頭、司会から本分科会の理解のためのメモが提示され、その説明を受けて報告に入った。

メモの要旨は、原発事故と避難指示等の経緯、原子力損害賠償紛争審査会の指針のながれ、最近、東京電力特別事業計画(東電と原賠機構で作成)の認可があったこと、現在の避難者数や避難指示区域の見直し等々である。

次に、本件事故の状況として田村淳会員(東京会)が編集したTV 映像や写真資料、当会の現地視察のビデオなどで津波被害と原発事故被害の状況がビジュアルで報告された。
また被害状況については谷正幸氏からも補足があった。

このあと、本件賠償金非課税問題に中心メンバーとなって取り組んでいる佐伯正隆会員(東京会)から、原子力損害完全賠償連絡会(完賠連:自由法曹団・全商連・当会)としてのこれまでの取組について分厚い資料に基づいた報告があった。以下、その中で重要な点を示す。

まず、原子力損害賠償法(原賠法)の第3条の「原子炉の運転等のさい、当該原子炉等の運転等により原子力損害を与えたときは、当該原子炉等の運転に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が異常に巨大な天災地変または社会的動乱によって生じたものであるときは、この限りでない」との趣旨は、過失の有無を問わず無過失責任であること、原子炉等のメーカー等は製造責任をおわずすべての責任を運転事業者である電力会社に負わせるものであること、今回の事故に関しては、異常に巨大な天災地変等ではないとの判断で東電に責任を集中し、かわりに国は東電に資金的援助をおこなうことで対応することとなったこと、原賠法第18条にもとづく原子力損害賠償紛争審査会が2011年8月5日に「中間指針」を決定し、これを受ける形で東電が賠償方針とその手続きを定めてから本格的な賠償請求運動が始まったこと、完賠連は2011年10月30日に結成され、税経新人会での組織的対応が始まったこと、具体的な損害賠償請求額の計算に当たっての新人会の見解の普及などにつとめ不十分ながら業者の賠償要求に貢献できたことを具体的に数字もいれた計算書で報告・説明した。

また、本件賠償金に対する課税問題に対する東京電力からの照会と国税庁によるその承認の流れ、仙台国税局への非課税申し入れ活動、財務省への同要望と懇談の経緯、過去における賠償金非課税となった水俣病、口蹄疫、オウム真理教事件などの事例、全商連傘下の各県連が取り扱った賠償件数は2015年5月末現在で4847件、金額で120億円 で一件あたり248万円になっていること、東電が全体で支払った賠償金が15年8月14日現在で5兆1,920億円(うち法人・個人事業者分2兆3,785億円)であること等々を報告・説明した。

次いで、本件賠償金請求に業務として取り組んできた古徳正義会員(茨城会)から取り組みの状況の報告があった。

古徳会員は、1999年9月の東海村JCO の臨界事故の際に、事故現場から500メートルほどのところで顧問先に署名をもらうために2時間ほど滞在し、太田税務署へ申告書を提出に行って初めて事故の発生を知ったこと、当時も風評被害で干し芋の賠償金が支払われたが、後日に一斉に税務調査が入り課税されたということを知っていたので、今回も同様のことがあろうとの思いで賠償金請求と課税対応に取り組むことになった(内容は税経新報8月号参照)。

谷正幸氏は原発事故以降、全国商工団体連合会(全商連)の事務局員として本件賠償問題に主導的に取り組んできたが、本件事故の浜通り地域から西に離れた会津地区の会員を相馬・双葉地区の視察に案内した経緯にふれ、出発当初は津波災害のひどさについての認識がまだ不十分であったものが、建物の上に船舶が乗り上げている現場や、ひしゃげた車などの被災の現場を直視してからはそのひどさに衝撃をうけ、全員声を失ったことを印象深く報告した。
2.賠償金は課税対象外
浦野広明会員(東京会)の報告ポイント(詳細は税経新報8月号)
  • ポツダム宣言の精神(シャウプ勧告にも引き継がれている)を理解できない安倍総理には、日本税制を語る資格なし
  • もともと憲法には見出しがなかった。憲法30条は「法律なければ納税なし」、同84条は「法律なければ課税なし」が正しい見出し
  • 法律の解釈は、解釈者の価値観によるが、相手方も含め納得する合理的解釈が必要
  • 法の世界では「何が正義か」が問われる、無法状態だと弱肉強食の世界になる
  • 法の解釈には法理を大前提に、事実を小前提に結論を導くことが大事
  • 福島原発事故とは人類史上最悪の人災であり、大前提・小前提を考慮してもいかなる名目の賠償金も課税対象外
  • 本件賠償金所得税の総収入金額、法人税法の益金、消費税の事業者としての取引に該当せず
  • 立法で非課税を要求するのではなく、法解釈で課税しない・させない取組みが必要
  • 申告した者の還付、未申告者の申告強要をさせない運動も必要
3.賠償金非課税の理論
井上徹二会員(東京会)の報告ポイント(詳細は税経新報8月号)
  • 名目の如何に関わらず非課税に、想定していない未曾有の大災害、新たな特別立法等で対処すべき
  • 中間指針の賠償基準は、交通事故損害賠償を基準にしたもので本件大災害には別の基準が必要
  • 税の本質は、経済理論上「所得は経済力の増加」である
  • 本件賠償金は資産としての営業の経済力を失ったことに対する賠償に過ぎず、賠償でたんに原状復帰しただけで経済力は増加せず、所得ではないので非課税である
  • 営業の基盤が破壊され再建の道筋も見えない人に、営業損害のごく一部しか受け取っていない人に税という名の収奪を行う理不尽は許されない
質疑討論
  • 税法解釈の問題によせて、浦野会員から無認可保育所の事業に対する消費税課税を改めさせた経験の報告があった
  • すでに多くの被災者が申告を済ませているが、避難地域の個人事業者が申告した内容を点検中に問題を見つけて是正のための更正の請求をして認めさせた事例
  • 阪神淡路大震災の際には、賠償金自体が最大でも100万円で課税問題が生じることはなかった。同地域では、雑損控除の適用が当初は簡易計算でよかったものが後には罹災証明書の添付が要件とされ、修正申告の慫慂が強まり問題になった
  • 課税対象外とするには、個人事業者は「事業主借」、法人税では雑益で受入れて別表減算するか資本等取引として対応、法人で初期の段階では仮受金処理をした事例も紹介
  • 賠償金請求運動では、当初はいかに国・東電に賠償させるかに重点を置いて対応したため今日のような不課税論・非課税論など運動に入っていなかった
  • 避難者の申告期限は最終的には本年3月31日までとされたが、現在でも一筆入れてくれれば加算税を対応しないという税務署の返答があった
  • 具体的に申告をしている者からみると、税務署によって、極端には職員によって対応が異なると実感した
  • 以上については、国税庁も8月中旬に取り扱いを統一するためにかホームページに先の東電からの照会回答とほぼ同等のものを掲載したので今後は統一されていくのではとの見通しがあった
  • 8月19日に福島の事業者と5中央省庁との交渉で、国税庁審理課の担当者が一括賠償について従前通りの取り扱いとする旨発言、それが上記のHP 掲載になったもの、その際に担当官は一括賠償金を5分の1づつ課税と言っていたがその発言に該当することは上記HP には見当たらず
  • 不動産賠償に関する評価額について、宅地評価、家屋評価、収益性資産が低額になる計算基準の問題点の指摘があった
4.まとめ
浦野広明会員
  • 本件賠償金は、課税要件を充足していないことの確認
  • 鑑定評価が低いことは市場価額を前提にしているため、単なる居住権ではなくその地域で暮らすことができる定住権というとらえ方が必要
  • 更正の請求による還付請求も大事だが、法的根拠に基づかない課税で得たものであるので国に対して不当利得返還請求権を行使する方策も検討対象にすること、存在しない資産に課税された固定資産税を取り戻した経験の報告
井上徹二会員
  • 賠償金の絶対額が低すぎることが大問題、裁判で浚渫船賠償では簿価をベースの判決が出されたがその賠償では絶対事業再開は不可能である。
  • 営業権を主張できる業界では、積極的に非課税裁判を取組み裁判官に訴えをすべき。
原発損害賠償の現在と引き続く取り組み

6月12日、「原子力災害からの福島復興の加速に向けて」(改定)について閣議決定がなされた。宮澤経産大臣(以下、いずれも当時)から説明を受けて竹下復興大臣と下村文科大臣、望月環境大臣が発言、最後に安倍首相が「福島の復興なくして、日本の再生はない。避難者が1日も早く帰還できるようにするのが責務である。今後は本改定に従って 事故から6年後までに避難指示を解除できるように環境整備を加速する、 事業者の自立を支援するために、官民合同のチームを立ち上げ8000事業者を戸別訪問する、などとした(この閣議は10分で終了)。この事業者指導にはたぶん税理士も含まれると思われるが、休・廃業の促進にならなければとの危惧を表明する事業者の声も少なくない。

また、中間貯蔵施設の設置も大幅に遅れているのに、避難指示解除を急ぎ、事故が解決済みであるかのような印象を強め、原発再稼働と原発輸出に世論を誘導するのが透けて見える。

東京電力は、この政府方針を受けて6月17日に「新たな営業損害賠償等に関わるお取り扱いについて」を発表、減収率100%の年間逸失利益の2倍を一括して支払うとした。
対象は避難指示等にともない、2015年3月以降も被害の継続が認められる者とし、対象となる損害については、従来の商圏を喪失したことにともなう将来の損害、事故の追加費用、事業用資産の修復・廃棄費用とした。この一括賠償金は、今後2年分ではなく将来分とされていて基本的に営業損害はこれで打ち切るという宣言であることに注意しなければならない(個別事情に応じる旨の表現もあるが、厳しい限定が想定される)。

一括賠償に関わる合意書では、「今回の賠償金は、将来にわたる賠償金となるので賠償の前提となる条件に変更があった場合には、平成27年8月以降5年間については、精算の協議もあり得る」としていることにも注意しなければならない。

いずれにしても事業者の課税については、個々の納税者や各団体等の意見も踏まえて対応を継続していくことになるので、引き続き会員の皆さんには持続的関心・監視を期待したい。

(にっくに・まこと)

▲上に戻る