はじめに
税理士の皆様は、不動産を評価するにあたって財産評価基本通達(以下、財基通といいます)を参考にされる場合が多いと思います。相続税申告において活用される通達ではありますが、相応に論理的に構成されているため使い勝手がよいのは事実です。しかし、不動産鑑定評価の観点からは疑問な点が多々あります。この記事では、財基通と不動産鑑定評価とを比較しながら、どのような局面で不動産鑑定評価を活用したほうがよいのか、さらにはそれらが有する問題点についての私見を、3回の連載の中で述べていきたいと思います。 |
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I. 不動産鑑定評価とは
導入として、まず不動産鑑定評価についてご説明します。
1.不動産鑑定評価の意義
不動産鑑定士が鑑定評価を行う際に従わなければならないものとして、不動産鑑定評価基準(以下、基準といいます)があります。
基準では、不動産鑑定評価を「その対象である不動産の経済価値を判定し、これを貨幣額をもって表示することであると規定しています。
不動産鑑定評価を行う主体が不動産鑑定士なのですが、ではなぜ不動産鑑定士と不動産鑑定評価が必要になるのでしょうか。
基準は、不動産は他の財とは異なるものであるとし、特に土地について次の特性を挙げています(一部省略)。「自然的特性として、地理的位置の固定性、不動性、永続性、不増性、個別性等を有し、固定的であって硬直的である。人文的特性として、用途の多様性、併合及び分割の可能性、社会的及び経済的位置の可変性等を有し、可変的であって伸縮的である」。要するに、土地は動かす事ができずそのままであり続ける一方、多様な用途に使うことができるということです。
他方、一般の財、たとえばボールペンを挙げてみましょう。ボールペンは動かすことができるので、全国各地で同じボールペンを手に入れることができます。また、ボールペンは書くという用途以外に使用することができません。また、どこでも手に入りますから、消費者は商品の特性も、その価格もわかっています。
土地はボールペンのような特性は持っていません。ですから、市場は狭くて分断されており、消費者の知識も十分ではありません。ですから、基準はこう規定するのです。「不動産の現実の取引価格等は、取引等の必要に応じて個別的に形成されるのが通常であり、しかもそれは個別的な事情に左右されがちのものであって、このような取引価格等から不動産の適正な価格を見出すことは一般の人には非常に困難である。したがって、不動産の適正な価格については専門家としての不動産鑑定士の鑑定評価活動が必要となるものである」。いわば、不動産鑑定士が市場になりかわって不動産の価格・賃料を求めること、それが不動産鑑定評価なのです。
さらに、不動産の上には所有権だけでなく、賃借権その他の権利も存在します。複数の権利が同時に存在し得るのが不動産で、その不動産の権利価格を求めるのが不動産鑑定評価です。
2.不動産鑑定評価の手法
財は、生産・販売・消費されます。どれだけの費用がかかっているのか、どれだけの価格で取引されるのか、どれだけの効用があるのか、それぞれの局面においてこれらの点が着目されます。不動産鑑定評価でもこれに対応して、原価方式・比較方式・収益方式が適用されます。
不動産鑑定評価は、価格を求める鑑定評価と賃料を求める鑑定評価とに大別されます。一般的な鑑定評価である価格を求める鑑定評価では、それぞれ原価法・取引事例比較法・収益還元法が規定されています。
基準は、それぞれ次のように規定しています。「原価法は、価格時点における対象不動産の再調達原価を求め、この再調達原価について減価修正を行って対象不動産の試算価格を求める手法である」。その不動産を新たに作り出すには価格時点(価格を求める時点)でどれだけの費用が必要で、作り出してからどれだけ減価しているかを判断して試算価格を求める手法です。
「取引事例比較法は、まず多数の取引事例を収集して適切な事例の選択を行い、これらに係る取引価格に必要に応じて事情補正及び時点修正を行い、かつ、地域要因の比較及び個別的要因の比較を行って求められた価格を比較考量し、これによって対象不動産の試算価格を求める手法である」。その不動産と比較可能な不動産が市場においてどれだけの価格で取引されているのか、これに着目して試算価格を求める手法です。
「収益還元法は、対象不動産が将来生み出すであろうと期待される純収益の現在価値の総和を求めることにより対象不動産の試算価格を求める手法である」。その不動産を賃貸するなど実際に使用するとどれだけの収益があがるのか、その収益から試算価格を求める手法です。
ここで試算価格という用語が出てきました。試算価格とは、それぞれの手法で求められた価格をいいます。このままでは鑑定評価額とはなりません。理論的には、これらの試算価格は一致するはずです。ですから、一つの試算価格のみを求めれば十分にも思えます。
しかし、不動産市場は不完全ですから、その時々の経済情勢によってある試算価格が異常な数値を示すことがあります。例えば、バブル期には取引価格が非常に高騰しました。このようなときに取引事例比較法のみを適用すると、鑑定評価額は誤ったものとなります。ですから、できる限り三つの手法を適用して試算価格を求め、これらを調整して鑑定評価額を決定するのです。
3.最有効使用という考え方
基準は、不動産の価格に関する諸原則として11の原則を挙げています。そのうちもっとも重要なのが、最有効使用の原則で、次のように規定しています。
「不動産の価格は、その不動産の効用が最高度に発揮される可能性に最も富む使用(以下「最有効使用」という。)を前提として把握される価格を標準として形成される。この場合の最有効使用は、現実の社会経済情勢の下で客観的にみて、良識と通常の使用能力を持つ人による合理的かつ合法的な最高最善の使用方法に基づくものである。なお、ある不動産についての現実の使用方法は、必ずしも最有効使用に基づいているものではなく、不合理な又は個人的な事情による使用方法のために、当該不動産が十分な効用を発揮していない場合があることに留意すべきである」。
不動産鑑定評価においては、最有効使用を前提とした価格を標準として鑑定評価額を求めます(要するに、最も高い価格ということです)。それは、市場における競争を経れば、どんな財であっても、最高値をつけた人が取得するということを前提としているのと同様です。 |
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II. 財産評価基本通達と不動産鑑定評価との接点と違い
以下では、特徴的な点を比較してみます。基本的には、財産評価基本通達は全国共通で一定の数値をあてはめれば評価ができるという点、鑑定評価は建築基準法や各地方自治体の条例に則り、かつそれぞれの土地・建物の個別性に着目するという点で相違があります。
1.土地について
(1)形状・所在地等の物理的な側面について
土地といった場合、山林・農地等がありますが、ここでは一般的であり価格も高い宅地を取り上げます。
宅地について重要なことは、その宅地に建物が建つのか否かです。建物が建てば、居住・商業・工業等の用途に使えます。ただし、そのためには、接道要件を満たさなければなりません。
建築基準法第43条は「建築物の敷地は、道路(中略)に二メートル以上接しなければならない」と規定しています。これは建物が建つか否かを左右する、極めて重要な規定です。なお、建築基準法の道路とは原則として幅員4m以上のものをいいます。
また、自治体の条例でこれより厳しい基準を定めている場合もあります。
無道路地その他接道要件を満たさない宅地 |