論文
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教育資金の一括贈与非課税を考える
埼玉会 長谷川 元彦
はじめに

平成25年税制改正の目玉として、「教育費一括贈与の非課税制度」(以下「一括贈与」)が成立した。景気浮揚に「異次元」の政策を次々に繰り出す、安倍政権からすれば、当たり前の政策かも知れない。私は、制度の内容を聞いた瞬間「教育費の贈与は今でも非課税のはず、特例を作るということは今後原則課税にするのか?」という疑問をもった。今回、創設された制度の概要と問題点を現行の規定と比較をしてみたい。それから、そもそも「教育費」に莫大なお金のかかる今の日本の現状はどういう問題を含んでいるのか、できれば憲法的な視点も含めて考えて見たい。
1、平成25年創設の非課税制度の概要

平成25年度の税制改正で成立した、教育資金の一括贈与非課税制度について、国税庁のまとめたもので確認をしておきたい(以下国税庁HP より)。

平成25年4月1日から平成27年12月31日までの間に、個人(30歳未満の方に限ります。以下「受贈者」といいます。)が、教育資金に充てるため、金融機関等との一定の契約に基づき、受贈者の直系尊属(祖父母など)から 信託受益権を付与された場合、 書面による贈与により取得した金銭を銀行等に預入をした場合又は 書面による贈与により取得した金銭等で証券会社等で有価証券を購入した場合(以下、これら の場合を「教育資金口座の開設等」といいます。)には、これらの信託受益権又は金銭等の価額のうち1,500万円までの金額に相当する部分の価額については、金融機関等の営業所等を経由して教育資金非課税申告書を提出することにより贈与税が非課税となります。

その後、受贈者が30歳に達するなどにより、教育資金口座に係る契約が終了した場合には、非課税拠出額※ 1から教育資金支出額※ 2(学校等以外に支払う金銭については、500万円を限度とします。)を控除した残額があるときは、その残額がその契約が終了した日の属する年に贈与があったこととされます。

※ 1「非課税拠出額」とは、教育資金非課税申告書又は追加教育資金非課税申告書にこの制度の適用を受けるものとして記載された金額を合計した金額(1,500万円を限度とします。)をいいます。

※ 2「教育資金支出額」とは、金融機関等の営業所等において、教育資金として支払われた事実が領収書等により確認され、かつ、記録された金額を合計した金額をいいます。
ポイントをまとめると
  • 平成25年4月から平成27年12月31日までの2年9ヶ月間に贈与
  • 受贈者は30歳未満 贈与者は直系尊
  • 金融機関を通して手続きを行なう(贈与の口座開設から、支払の内容の確認、税務署への報告まで)
  • 1500万円限度、目的外使用や30歳までに使いきれなかったものは30歳の時点で贈与として扱う
ということになる。詳細は政令やご丁寧な「Q&A」が出ているので参照されたい。

気になる点は、すべての手続きを「金融機関」が行なうことになっていること、いきなり金融機関が前面に出てきて、すべての手続きを金融機関と課税庁とのやり取りで終わらせることになっている。納税者が自ら課税庁に申告手続きを行う機会は最後の贈与税の申告納税以外ない。また、いったん選択した金融機関は変えられない。税務上の手続きを独占するわけだが、この口座の管理には「管理費」がかかるらしい。口座管理だけでなく、支払が教育資金に当たるかどうかを確認し記録する義務も負っているようである。1回当たり1-2千円の手数料が、「信託口座」では通常かかるらしい。制度導入時の営業と、今後の資産家の囲い込みを意識してか、申込期間限定の無料扱いや「遺言信託」を条件に無料扱いの広告を見る事ができる。
2、現行の教育費の非課税扱いについて

さて、今回創設された、一括贈与の制度について見てきたが、そもそも、現行の教育費の贈与についてはどうなっているか、確認をしておきたい。

相続税法第21条の3項2号に贈与税の非課税財産として、次の記載がある

「扶養義務者相互間において生活費又は教育費に充てるためにした贈与により取得した財産のうち通常必要と認められるもの」この条文を理解するためには、法律の定義している内容の確認が必要である。

まず、「扶養義務者」について、相続税法第1条の2項1号に扶養義務者 「配偶者及び民法877条(扶養義務者)に規定する親族をいう。」という定義があり、民法877条1項「直系血族及び兄弟姉妹は、お互いに扶養をする義務がある。 2項 家庭裁判所は。特別の事情がある場合のほか、3親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。3項・・省略・・」 また、相続税基本通達1の2ー 1で「3親等内の親族で生計を一にする者については、家庭裁判所の審判がない場合であってもこれに該当するものをとして取り扱うものとする。」とある。所得税でいう「扶養親族」とは違い、広い範囲の親族を規定している。また、1人に限定することは、規定していないようである。通達の解釈は、相続税法、民法が原則「血族」に限っているところを、「姻族」を含めている点で現実の社会慣行を反映していることになる。

次に「教育費に充てられるためにした贈与により取得した財産」について、政令での規定はなく基本通達21の3ー 4で「教育費とは被扶養者の教育上通常必要と認められる学費、教材費、文具費等をいい、義務教育費に限られないのであるから留意されたい」とあり、さらに基本通達21の3ー 5で「教育費として必要な都度直接これらの用に充てるために贈与によって取得した財産」と条文上の「教育費に充てるためにした贈与」について、その都度、直接という制約があることを判断基準としていることが示してある。

結論的には、一般的に親族から教育費をその都度贈与を受けた場合、非課税財産として扱われ、贈与税の申告、納税は不要となる。

現行の問題点を挙げれば、「教育費」の範囲に政令上の規定がなく、社会通念上の教育費について、解釈におおきな幅があること位ではないだろうか。また、条文で「充てるため」と規定がしてあるため、「あらかじめ」や「あまった財産」は非課税の規定から外れるということになる。非課税の趣旨からすれば、当然とも取れるが、教育費に関して寛大な国民感情からすると、厳密な税務行政の執行があると、問題になる論点かも知れない。
3、現行制度と一括贈与制度の比較

今回の制度創設にあたり、相続税法21条の非課税規定は変更ないようである。つまり、扶養義務者間の、その都度支払われる教育費用については引き続き贈与税非課税となるということである。
そこで両者の差について、まとめて見ると
  • 贈与者の範囲が一括贈与の方が直系尊属に限定されている
  • 財産の範囲について、現行非課税規定は、具体的な制限はない代わりに「その都度必要な額」と制約を設けている。一括贈与は1500万円までと金額で規定している。
  • 教育資金の範囲について、現行では、義務教育費に限定しないという解釈は提示してあるが、その先は具体的に規定していない。一括贈与については、条文政令で、学校等の教育資金以外に塾や習い事まで含めることが明示されている。さらに、文化スポーツに関するもの、外国の学校の費用も含むと留学費用も含まれている。ただ、現地までの交通費、生活費については、どうあるか扱われるのか、Q&A でも「文部科学省高等教育学生・留学生課法規定係にお尋ねください」とあるので、いろいろな解釈があるのではないかと推測される。
    手続きにおいては、現行規定は非課税なので、あえて手続きはない。一括贈与は、前章でも触れたが、金融機関がすべて代行を行うことになっているがいろいろな疑問が生じてくる。30年間の管理を委託することが、現実的なのであろうか?いったん行った贈与を取り消したいと思った場合どうなるのだろうか?管理費用がどれくらいになるのか?現行の非課税と暦年110万円の基礎控除を考慮した場合、本当に納税者にとって有利になるのだろうか?などなどである。
4、そもそも、憲法の視点から

実務的な疑問や、有利不利については、今後運用される中で結論のでる問題であり、ここでは、これ以上触れることはやめることにして、この制度の意味を考えてみたい。

今回の一括贈与は、非課税制度の拡大である。生活費や必要な教育費の贈与に課税されていた部分の非課税化であれば、憲法14条、憲法25条法の下の平等、応能負担原則、最低生活費非課税の考え方からすると合致していることになる。しかし、今回の制度は、現行規定で課税される教育資金のあらかじめの贈与を非課税扱いをするものであるから一定の資産家でないと活用できないし意味をなさないものである。財産のある親をもった子を優遇することになり、あえて言えば、法の下の平等に逆行するものである。制度創設の趣旨も、経済活性化に寄与を大きな理由にしている。

さて、今回の一括贈与は「教育資金」を目的にしている。そこで憲法の教育に関する規定を見てみたい。

憲法第26条「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。すべて、国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育はこれを無償とする。」

前段が教育を受ける権利、機会均等を謳い、後段で義務教育の義務を国と保護者に求めている規定である。「その能力」は、経済的な能力であってはならないというのが、憲法の趣旨である。高等教育に莫大なお金のかかる日本の現状が憲法の趣旨から外れていることである。

本来であれば、憲法や国際人権規約であるように高等教育の無償化に向かうべきである。そのために必要は財源は、確保すべきである。それが、過去の蓄えであり、所得税・法人税では徴収し得ない財産課税が必要だというのであれば、相続税の課税強化も必要なのではないだろうか。

今回の制度創設は、教育資金という社会常識からすれば、「なるほど」と思わせる項目を挙げているが、教育費無償という、あるべき姿を隠し、さらにゆがめる恐れがあるのはないだろうか。憲法14条にとどまらず、憲法26条も合致しない制度創設と言わざるを得ない。

※ 国際人権規約の高等教育費無償化の条項について日本政府は、昨年まで「留保」していた。160カ国が加盟する条約で1979年日本は批准をしたが、高等教育無償化について、日本とマダガスカル2カ国が留保していた。2012年9月11日、当時の野田政権が「留保」の撤回を申し出たということである。

国際人権規約社会権規約13条(C)高等教育は、すべて適当な方法により、特に、無償教育の斬進的な導入により、能力に応じ、すべての者に対して均等に機会が与えられるものとすること。
(はせがわ・もとひこ)

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