I 2013年度税制改定の方向
2013年度大綱および税制改定法案は、参院選挙(2013年7月)で与党が支持を得るため、消費増税を目立たないように装いながらおおむね次のように述べる。
1. 個人所得課税
(1) 富裕層への優遇税率温存
所得税の最高税率(課税所得4千万円超)を5%引き上げ45%にする。これをもって富裕層への課税強化だというが、そのようなことはない。所得税の税率は1974年には、10、12、14、16、18、21、24、27、30、34、38、42、46、50、55、60、65、70、75の各%だった。改定案は課税所得4千万円超の人はいくら所得があっても45%以上の課税をしないというもので富裕層優遇措置の延長にすぎない。
1974年当時のように億万長者に応分の負担を求める累進税率(課税対象額が増えるにともない高い税率を適用する)の強化が筋である。
2006年度税制改定により、国から地方への税源移譲名目で住民税の3段階の超過累進税率(課税所得200万円以下5%、同700万円以下10%、同700万円超13%)が廃止され一律10%(フラット化)になった。フラット化は負担能力に応じた租税を具体化する累進税率(高い所得者には高い税負担、低い所得者には低い税負担となり所得の再分配機能に適す)を止めて単一税率にすることである。
フラット化と同時に2006年度税制改定は所得税の税率を従来の4段階の累進税率(10% 37%)から6段階の累進税率(5% 40%)に変えた。政府や自治体は、この所得税の税率構造の改定を根拠に「住民税が一律10%になっても、所得税が減るから、所得税と住民税を合わせた負担額は変わらない」と説明した。住民税は前年の所得をもとに、その年(課税年)の6月 翌年5月の徴収額が決まる。多くの給与所得者は、住民税の一律10%化と住民税でも定率減税が全廃され、1 5月の負担減に比べ負担額は大きく増えた。さらに住民税の増税は住民税にもとづき算出される国民健康保険料(税)、介護保険料、保育料などの負担増をもたらす。
フラット化の先鞭を切ったのは東京都税制調査会であった。
東京都税制調査会(会長・神野直彦東大教授)は、住民税の税率を一律10%にせよと石原慎太郎知事に答申したのである(2004年11月16日)。この答申は、国から地方への「基幹税の税源移譲」を進めるとして、個人住民税(都道府県民税・市町村民税)の3段階税率を一律10%にするという内容であった。税率のフラット化が簡素な税制でよいことだなどという言葉にだまされてはいけない。フラット化とは富者大減税の一方で国民の60%を占める低所得者は一挙に2倍の負担となることをあざむくための表現として使われている。
(2)投資家優遇税制
財務省は日本版ISAの創設だと説明する。ISAだといわれても何のことか分からないが、イギリスのISA(Individual Savings Accounts)をまねたもので、日本における実態は、利子、配当、株式譲渡益にほとんど課税しない「投資家超優遇税制」である。
日本国憲法が施行された当時は利子、配当、株式譲渡益は総合課税の対象だった。総合課税はいくつかの所得があったら、それらの各種所得を一つに合算して課税する方式のことである。総合課税に反するのが分離課税。分離課税は特定の所得について他の所得と合算せずに分離して課税する。
小泉純一郎内閣の下における2003年度税制改定によって上場株式の配当や売却益所得については、他の所得と切り離して、いくら所得があっても所得税7%、住民税3%となった。
「プレジデント」誌が自社株配当長者ランキングを報じている(2007年12月3日号)。上位5人は次の各氏である(1億円未満四捨五入)。 山内溥(任天堂相談役)98億円、、柳井正(ファーストリテイリング会長)63億円、 福田吉孝(アイフル社長)60億円、 毒島邦雄(SANKYO <パチンコ機メーカー> 会長)40億円、 松井道夫(松井証券社長)34億円。
仮に山内溥氏の配当98億円を1974年当時の総合課税で計算すると所得税・住民税は91億円(98億円× 93%。実際には超過累進税率の適用となるので若干下回る)となる。それが現行分離課税の下では9億8,000万円(配当額の10%)であるから81億を超える減税である。
上場株式などの配当や売却益にかかる税率は、2013年12月31日まで10%の軽減税率が適用される。この軽減税率を2014年1月1日から20%に引き上げるとしているが、同日から新たな投資家超優遇税制を開始するとしている。投資家優遇は変わらない。なすべきは総合課税である。
(3)給与所得者大増税
所得税の累進税率区分は1974年当時19段階あった。所得税と住民税の合計最高税率は93%であった。現在の合計最高税率は50%まで落ち込んでいる。上場株式売却益や配当益に至っては分離課税で合計税率は所得の有無に関係なく10%である。法案は所得税の累進税率の回復には見向きもせず、課税所得が5,000万円を超える者について、微小な税負担を負わす子供だましをしていたが先の3党合意で削除した。
危険なのは、2013年度税制改正大綱が、給与所得控除額の大幅縮小(年収の6%)を前年度税制改正大綱に続いて強調している点である。給与所得の金額は、給与年収から給与所得控除額を差し引いて算定する。給与所得控除額は給与年収が100万円であれば65万円(65%)、500万円なら154万円(約30%)である。
給与所得控除額が給与収入の6%になると、年収500万円の場合、現行の給与所得控除額154万円から30万円(500万円×6%)に減らされる。その結果、所得は124万円(154万円ー30万円)増える。所得税・住民税の適用税率が30%の人の場合、37万円以上の増税となる。給与所得控除額の大幅縮小は給与所得者にとんでもない増税を押しつける。
給与所得控除額は、労働力商品所有者である労働者の労働力の価値を配慮したものである。労働力の価値は、 労働力の支出による消耗を補充するための労働者自身の維持費、 労働者の次世代後継者を養育することで、労働力を永続的に再生産するために要する労働者の家族の維持費、労働力の養成や教育に必要な養成費、から成る。勤労性控除額は、生存権を保障する立場からすれば、増額すべきものである。
2.資産課税
相続税は庶民増税と資産家減税を次のように進めようとしている。
(1)相続税の庶民増税
小規模宅地の評価減特例の対象を最大240?(約73坪)から最大330?(約100坪)に引き上げる。住宅地などの小規模宅地について生存権を保障するために、一定の評価減をする制度を採用している(租税特別措置法69条の4)。2010年度税制はこの小規模宅地特例の適用範囲を縮小した。売買価額そのもので宅地を評価する方向への布石であった。相続税の課税最低限である基礎控除は、現在(5千万円+ 1千万円×法定相続人数)であるが、これを(3千万円+ 600万円×法定相続人数)に縮小する。小規模宅地特例があっても都市部の路線価は高い。基礎控除の引下げは多くの都市住民の生存を脅かす。
(2)富裕層への優遇税率温存
相続税の最高税率を50%から55%にする(課税価格6億円超)。相続税の最高税率は、2002年まで10%、15%、20%、25%から出発して、各相続人の法定相続分が5千万円超 1億円以下= 30%、1億円超 2億円以下= 40%、2億円超 4億円以下= 50%、4億円超 20億円以下= 60%、20億円超 = 70%だった。
相続税の税率は、2003年からは10%からはじまり、5千万円超 1億円以下= 30%、1億円超 3億円以下= 40%、3億円超=50%となった。20億円超の相続税率が70%から50%へと20%もの巨額減税をしたのである。最高税率の引き上げといっても所得税の引き上げと同様に富裕層優遇は変わらない。
(3)贈与税の減税
贈与税がなければ生前贈与によって相続税を免れることができる。それを防ぐための税が贈与税である。この贈与税の目的をないがしろにする資産家優遇の贈与税減税を進める。
1,500万円の教育資金の一括贈与非課税
親や祖父母などが30歳未満の子や孫の教育資金に充てるために金融機関に信託等をした場合には、信託受益権の価格又は拠出された金銭等の額のうち贈与をうける者1人あたりにつき1,500万円までは贈与税を非課税とする。
親や祖父母に資力があれば教育が受けられる。だがもう一方ではA さんのような例がある。鳥取県の県立高校生A さんは、親が貧しいため、高校の授業料は免除された。しかし、学校徴収金は払えないままだった。高校側はA さんに働いて払えと迫り、コンビニでアルバイトを始めたA さんの貯金通帳とカードを強制的にとりあげた。そしてバイト代が振り込まれると、預金を預かったカードから引き出し未納徴収金に充てた。
東京大学小林雅之教授は「スウェーデンでは、高等教育を公財政で支えるという理念が貫徹している点に深い感銘を受けた。14の国立大学だけでなく、3つの私立大学も含めて、大学の授業料は無償であり、いかなる追加の学費も徴収されない」と述べる(日本私立大学協会『アルカディア学報』No. 273)。
憲法は、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」とうたう(26条1項)。この権利は人が生存するための基本的人権(文化的生存権)である。教育を受けて、働く機会を得ることは健康で文化的な生活を営む前提条件である。
相続時精算課税制度の拡大
相続時精算課税制度は、65歳以上の親から20歳以上の子への生前贈与について利用できる制度で、2,500万円までの贈与には贈与税をかけない。その後相続時にその贈与財産とその他の相続財産を合計した価額を基に計算した相続税額から、既に支払った贈与税額を精算する。改定では贈与する親の年齢を65歳から60歳に引下げるとしている。
3.法人課税
次のように大企業には手厚い優遇策をとる。
(1)住宅・自動車産業「救援」
消費増税法が施行されたら、消費税は2014年4月に8%、2015年10月に10%へ引き上げられる。増税による住宅産業の売上減に備えて、2013年末に終了予定の個人の住宅ローン減税を4年延長し、一般住宅の最高減税額を年20万円から年40万円に引上げる。減税額に及ばない人には現金を配ることを2013年夏までに決める。住宅産業救済策である。
自動車産業の売上減には自動車取得税を2014年4月に減税し、2015年10月に廃止して対応する。
(2)大企業向の大減税
次の大企業向減税を行う。 機械などの生産設備を10%増やすと、その取得価額の30%の特別償却か3%の税額控除をする。 雇用・賃上げにより人件費を5%以上増やせば、増やした額の10%を法人税額から差し引く。 試験研究を行った場合の法人税額の割引を20%から30%に引き上げる。
法人税率は、1984年当時は43.3%であったが、年々下がり、2011年度税制改定では25.5%まで下げられている。
日本の法人税は25.5%の比例税率(中小法人は800万円までの所得について軽減)を採用しており累進構造となっていない。比例税率は所得の大小に関係なく一律の税率が適用となる。法人税の課税所得が1億円でも25.5%、100億円の課税所得でも25.5%であり負担能力を考えていない。比例税率(単一税率)に加え巨大企業は数多くの企業優遇制度(引当金制度、準備金制度、連結納税制度、外国税額控除など)によって、実際の税負担は表面的な税率を大幅に下回っている。負担能力に応じた法人税率は少なくとも、所得税と同様5%から45%までの7段階程度の累進税率にすべきである。
税率の引き下げは中小企業が要求すべきものであって、巨額所得については現行より高い超過累進税率にすべきである。アメリカでは、35%の基本税率の下で15%、25%、34%の軽減税率を有する超過累進構造を採用し中小法人の税負担の軽減をしている。
4.デフレ脱却
安倍内閣はデフレ対策に全力で取り組むとしている。インフレを招く超金融緩和政策は国民政策に多大な影響を与える。
給料は1997年を100%とすると2012年には85%にまで落ち込んでいる。消費税が10%になれれば、消費税負担は25兆円になる。消費増税の強行は内需を壊して全体の税収をも減らし、財政はますます悪化する。消費税が3%から5%に上がった1997年度は、その後の景気悪化と大企業減税などで全体の税収は増税前よりも減った。
消費増税のさらなる追い討ちは、安倍内閣のインフレ政策(物価上昇率2%)である。
日本の年間家計消費支出は284兆円(2007年度、内閣府の国民生活白書)、個人金融資産(貯蓄)は1439兆円(2009年9月末現在、日本銀行発表)である。物価が2%上がれば、消費支出負担が約5兆7,000億円増え、貯蓄の価値が約28兆8,000億円低下する。合わせて約35兆円の国民負担をもたらす。この35兆円は消費税14%分にあたる。これがアベノミクス(安倍内閣の経済政策)の一端である安倍インフレ政策の実態である。
財政政策において欠かせないのが、「所得と富の再分配」である。所得の多い人ほど高率の税金を納める累進課税制度を採用して、分配の平等化をはかる。また、所得分配が不平等となる原因の一つは、利子・配当・地代のような所得を生む財産が不平等に所有されていることにある。そこで、相続税を課すことによって不平等を是正するのである。
5.番号法案の提出
個人識別番号法案(正式名称は「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律案」が、税制改定関連法案として、国会に提出された(2013年3月1日)。
日本経済新聞は同法案のポイントとして次の事項を掲げている(2013年3月2日)。
「〇住民票コードから国民一人ひとりに番号をつける 〇番号を本人に知らせたうえ、番号情報を入れた顔写真付きのICカードを配る 〇納税や年金の給付申請など当面は行政手続きに利用 〇2015年に番号を通知。16年1月から利用開始 〇17年1月から国税庁や日本年金機構などの間で個人データを交換 〇17年7月から地方自治体も情報交換に参加 〇番号を扱う行政機関を監視監督する『特定個人情報保護委員会』を設置 〇法施行後3年後をめどに番号の利用範囲の拡大を検討」
同日付の日本経済新聞は、「共通番号は、消費増税時の低所得者対策の一つとして検討されている給付付き税額控除に欠かせない仕組みだ」と述べる。すでに同紙は、給付つき税額控除について、「政府・民主党は25日、2014年4月に消費税率を8%に引上げる際に、低所得者層を中心に現金を支給する検討に入った。金額は1人当たり年1万円とする案が有力だ。低所得者ほど負担増とされる『逆進性』に配慮する姿勢を示し、税率引き上げへの反発を和らげる狙いだ」と報じている(2012年1月26日)。年間に1万円の給付で何十倍もの増税を図るというのである。 |