はじめに
平成25年度税制改正大綱が平成25年1月29日に閣議決定された。安倍内閣が我が国をどのような方向に導こうとしているのかがこの税制大綱に示されている。税制改正大綱の持つ本質と思惑を明らかにするのが本稿の目的である。
税制改正大綱を数値で確認しておく。全体としては1,520億円の減税となっているが、法人課税は3,320億円の大幅減税が特徴的である。個人所得税は最高税率の引き上げによる増税590億円と住宅ローン減税570億円等の差引180億円の減税となるが、資産課税は相続税の基礎控除引き下げ等により2,100億円の増税である。
税制改正大綱の性格と特徴
この税制改正大綱を特徴づけるとすれば、次の三点に集約されるであろう。
- 消費税増税の環境づくり
- 富裕層優遇税制の維持
- 大企業優遇税制の促進
野田内閣が、国民の反対の願いを踏みにじり消費税増税法案を強行成立させ選挙に敗れた。安倍新政権は、政治的には憲法改正をにらんで軍事力強化など保守・反動的な方向を明確にし、経済的には大企業を中心にした経済成長戦略を旗印にしている。こうした政策を遂行するための財政的裏付けを「消費税増税」に求めている。
安倍内閣のこうした狙いと思惑が税制改正大綱に明確に表明されており、それを要約して示したのが上記の三点である。以下、特徴的な改正項目を取り上げて検討していきたい。 |
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1、消費税増税の環境づくり
安倍内閣にとって政策実現の財源を保証する消費税の増税を確実に担保することが当面の課題である。憲法改正し軍事大国を目指すにせよ、成長戦略を推進するにせよその財政的裏付けは消費税の増税しかあり得ないと考えている。従って、当面の税制改正も消費税増税を確実にするための世論作りに配慮することが重要である。
消費税は低所得者に負担が重くのしかかることは、今や誰も否定できない。またデフレ経済の下で失業者や不安定雇用に喘ぐ人の増加や格差の増大についての批判の高まりも大きくなっている。こうした状況下で、富裕層増税をある程度行うことが避けられなくなっている。
(1)所得税と相続税・贈与税の最高税率の引き上げ
所得税は課税所得4,000万円超に45%の新たな税率区分を設け(現在は課税所得1,800万円超の40%が最高)、相続税は課税対象額6億円超に55%の新たな税率区分を設ける(現在は課税対象額3億円超の50%が最高)。贈与税は課税対象額3,000万円超に55%の新たな税率区分を設ける(現在は課税対象額1,000万円超の50%が最高)。
一見すると格差是正のためかと思わせるが、あくまで消費税増税を確実にするための見せかけ的なものと見るべきであろう。
真に、格差是正を目的にした税率見直しであるなら、所得税と相続税・贈与税は最高税率を70%程度にした上で、70%、65%、60%、55%、50%等の累進構造にすべきであろう。
(2)住宅ローン減税の拡充
消費税率引き上げに伴う住宅の駆け込み需要が経済的に悪影響(税率変更の前後で極端な需要の変動が起こる)を与えることが避けられないが、これを緩和するためとして「住宅ローン減税」を、現在、住民税・所得税で最大200万円であるのを最大400万円まで引き上げる。
(3)自動車関連税及び消費税の軽減税率の扱い
自動車取得税を将来的に(2015年10月)廃止し、自動車重量税は減税する改正案であるが、これらは国民向けと言うより関連企業向けの消費税対策である。
「消費税の軽減税率の扱いと転嫁対策」が自民党・公明党が決定した税制改正大綱に示されている(閣議決定された税制改正大綱からは削除)。
公明党が低所得対策として食料品等に軽減税率を少なくとも消費税率を10%に引き上げる際には導入すべきであると主張しているが、自民党がこれを否定している。この大綱では引き続き検討していくという表現になっている。
消費税への軽減税率の扱いについて少し言及しておきたい。
消費税の本質と食料品非課税論(租税正義の観点から)
消費税の軽減税率やゼロ税率の導入は、重要な問題である。原則的には、消費税の廃止が望ましく、次善的に当面の増税阻止が我々の課題であるから、今は議論すべき時期ではないかもしれない。しかし、本稿は、税制について理論的・原則的に論じたいとの思いがあるので、そうした理論的観点から筆者の考えを示しておく。
消費税は単なる「消費税」ではなく、「生活費課税」であり、人間の衣・食・住全ての生活に税をかける悪税である。
人間の生活スタイルや生活水準は様々である。しかし、生活の仕方・水準を基本的に規定し枠にはめるのはその人の所得・収入である。収入の低い人の生活の優先事項は食事・食料の確保である。収入の使途はまず食料である。月に7万円しかない人はその収入の大半を食料品に充てざるを得ない。
一方、月額500万円(大企業の経営者等)の人にとっての食費の比率は、ぜいたくしても1割位のものであろう。
食料品の非課税・ゼロ税率は貧しい人・低所得者にとっては極めて重いものであることを忘れてはならない。
食料品の定義が難しい、インボイスが必要だ、等の反対論があるが、「租税とは正義なもの」でなくてはならない。
「人頭税」は人間性を無視した悪税であるとして、この税を強行施行したイギリスのサッチャー首相が失脚したように、租税正義にそむく税制に未来は無い。
貧しい人の生活を脅かす税を許してはならない。税務執行上の多少の困難、税収へのマイナス影響が、租税正義にそむく理由になるはずがない。通常の食料品の定義と扱いを決めた上で、現行基本税率5%の下でも食料品を非課税またはゼロ税率にするべきであると考える。その方向を決めた上で、執行の方法等を研究・議論するべきであろう。
税制は国の形を示す。経済学者シュンペーターは「租税国家の危機」という書物を書いた。近代・現代国家は租税に支えられて存在すると言う。民主主義国家、自由な国、国民による国民のための国家なら、その基礎になる租税制度は民主主義的な自由な、国民のためのものでなくてはならない。金持ちための、大企業のための租税であってはならない。 |
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2、富裕層優遇税制の維持
税制改正大綱の冒頭で、「富の創出の好循環」と大げさな表題を掲げたが、中身は富裕層と大企業への大盤振る舞いである。
(1)奨学貯蓄非課税制度の創設
「子や孫への引き下げや教育費のための贈与の非課税措置」として、1,500万円を一括贈与すれば非課税扱いにするという。この措置は、長年信託銀行が提言していたものだという。金持ちと銀行のための政策減税であり、富裕層減税の象徴ともいえよう。
大半の国民はその日の生活に追われ、貯蓄などの余裕が無いという現状を顧みず、大金持ちしか利用できない「贈与の免税措置」という余りにも理不尽なものである。これを「富の好循環」というが、「金持ち一族の富のたらいまわし免税」でしかない。
(2)投資優遇税制の創設
「少額上場株式等の配当所得等を非課税」にする制度である。
100万円までの株式や投信への投資について、配当や売却益を非課税とし最大500万円までの投資を10年間非課税とする優遇制度である。やはり大部分の国民には縁遠い世界である。需要を喚起するためのデフレ対策としての意味は全くない租税政策である。
上場企業の配当利回りは現在約2%になっているという(日経平成25年2月7日朝刊)。定期預金の利息がコンマ以下の時代に2%以上の利回りを確保する株式投資は、大企業の利益水準が如何に高いかを如実に示しており、こうした投資家層に対して現在の配当や株の売却益への優遇(分離・低税率課税)や、今回の少額配当非課税制度等は、金持ち優遇制度の温存以外の何物でもない。 |
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3、大企業優遇税制の促進
大綱の前書きに、税制改正は、「成長と富の創出」のために行うとしている。しかし、その内容は大企業優遇税制をまたもや拡大することが中心になったものである。その主要な項目は次のようである。
(1)国内設備投資を促進するための税制措置
国内の設備投資額を一定以上増加させた場合、機械装置の取得価額の30%の特別償却又は3%の税額控除が出来るという制度である。
(2)研究開発税制の拡充
試験研究費の総額の8 10%を税額控除するという制度の、控除上限額を20%から30%に引き上げるというものである。
企業の設備投資や試験研究は、企業が経営上必要なものとして行う。減税制度があるから設備投資したり試験研究をするとかいうものではない(税制が判断材料の一要素であるとしても)。しかし、企業から見れば減税してもらえればありがたく、実質的に補助金といえる政策減税なのであり、強者への補助金といえる。
研究開発減税総額の約85%が資本金10億円以上の大企業が占めているという(11年度)。
(3)所得拡大促進税制の創設
基準年度に比べて給与等を5%以上増やした場合、増加分の10%の税額控除する制度。
(4)雇用促進税制の拡充
雇用者数を10%以上及び5人以上(中小企業は2人以上)増やせば一人当たり40万円(従来20万円)に控除額を増やす改正である。
この制度自体の発想は従来なかったものであり評価できるかもしれない。名目賃金(1人あたり給与)はリーマンショックで景気が落ち込んだ2008年から5%下がった水準のままである。
しかし、実際にはこの制度を使って減税の恩恵を受けるのは成長産業であり、競争に勝ち残った優良企業が結果として減税の恩恵を受ける結果となり、勝者へのご褒美でしかないのではないか。
企業は減税になるからある手段を採ったりとらなかったりすることはほとんどない(少額資産の即時償却などの利用などの例外はあるが)。
(5)交際費非課税枠の拡大
この改正もまた勘違いも甚だしい(交際費の10%課税の廃止は良いとしても)。
中小企業の交際費枠を800万円(従来は600万円)に拡大するという。大部分の中小企業にとって交際費を何百万も使えるような経営状況ではない。中小企業政策として交際費課税の見直ししか思いつかないという安倍内閣の経済認識の貧困・誤りが示されている。 |
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4、企業税制は如何にあるべきか
誰のための「成長と富の創出の好循環」なのか?
経済成長は誰のためになり、誰のための経済成長戦略なのかが厳しく問われなくてはならない。経済成長政策は自民党政権を中心に民主党政権でも一貫して追求され、誰も反対できない金科玉条のようなものになっており、安倍政権の旗印でもある。
経済成長してこそデフレ経済からの脱却、財政危機の解決、賃金の引き上げなどが可能だ、といつも語られる。
しかし、この20年の我が国の実態は、大企業と富裕層だけが成長(富の増大)し、中小企業や国民の多くが疲弊(富の減少)したということである。その結果、国全体も縮小し萎縮してきた。
大規模な公共事業によるインフラ整備や企業への補助金(多くは研究費等の名目)、法人税率引き下げや研究開発減税等に支えられ、大企業は利益を確保し「成長」してきた。
企業は利益を得る組織体であるから利益獲得は必要である。問題は、獲得した利益をどのように使うか、分配するかである。
大企業は260兆円という内部留保をためている。
成長した大企業が、その利益を賃金引上げや下請け中小企業の単価引き上げに回したり、国への納税を応分に行ったりすればまさに好循環となる。しかし、そうした適正な分配を行わずに、その利益の大半を海外投資を激増させることを除いて国内投資にすらあまり使わないできた。その結果として膨大な内部留保を積み上げている。
大企業の内部留保260兆円は財源として実に膨大な金額である。わが国の国家予算は赤字であるが20兆円の税収が増えれば毎年の実質赤字は消え財政が収支均衡する(国債の借り換えを除き)。毎年、内部留保のうち20兆円を吐き出せば国の財政は安定する。これを5年間続けても100兆円ですむ。
財界が真に財政危機を憂えているならその位の大胆な提言があってもよかろう。これだけの内部留保の積み上げの多くの部分が法人税率の大幅な引き下げと租税特別措置による減税からなることは明らかなので、こうした措置の妥当性は担保される。
成長のための税制改革は、国内投資の拡大、賃金と下請け単価の引き上げ、中小企業の保護・援助という明確な目的をもったものにしなければならない。
日経新聞の2月7日朝刊のコラム記事で、「日本の病の基本的原因は『過剰な民間貯蓄』である。より正確には、企業が投資に比べて極めて過剰に収益をため込んでいることである。」この内部留保を減らすには、「賃金引上げ、株主への分配増、税収を増やすための企業税制の改正だ。」と記している。
自民党の石破幹事長も、「直近10年で賃金は2割減り、企業収益は6割増えた。企業はリストラをし、拠点を海外に移して強化されたが、国民が豊かにならなければ景気は上向かない」と語っている(日経新聞2013年2月10日朝刊)。
まさにその通りである。しかし、こうした正しい認識を政策に反映させることなく、全く的外れの企業減税、投資家優遇税制の税制改正が行われようとしている。 |
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5、正義の税制の確立
真の税制改革は、国民のための、国民の幸福(福祉)の向上に資するものでなければならない。国民の幸せこそが正義である。「国民の幸福に役立つのか否か」、「福祉国家の建設に資するのかどうか」こそが、正義の税制の規準とされなければならない。
最高法規である憲法の目的は、国民の福祉向上(幸せ)である。国民の福祉の基盤は、経済的保障、生活の維持である。憲法25条「生存権」の保障こそ、憲法の眼目であり、国民の幸福の追求・保障こそ憲法の基本理念である。人間の幸せの実質的基盤は、生きる権利、生存権、経済的保障である。この理念を租税に具体化したものが税の応能負担原則である。
応能負担原則の徹底が税制改正の基本に据えられるべきである。
具体的には、低所得者には課税しない、生活費には課税しないという原則が大切である。その点では、現行消費税は廃止し消費課税は物品税的なものに改正することが重要である。同時に基礎控除額の大幅増額が必要である。
所得税制の充実拡大、すなわち総合課税の徹底、累進性の強化が重要である。所得税の税率を高額所得部分で税率引き上げること、利子・配当・譲渡所得の分離課税を廃止し完全に総合課税とすることが中心的な改革である。
法人税制は大企業には累進税率を適用し最高税率を40%程度に引き上げることが必要である。中小企業税制は低税率の適用を徹底する。例えば、軽減税率の適用額を2,000万円程度に大幅に引き上げることが必要であろう。カナダでは小規模企業所得の内50万カナダドル(4,500万円位)に11%の軽減税率の適用となっている。
試験研究費や機械等の特別償却などの租税特別措置は、中小企業に限って適用するということを徹底すべきである。中小企業の範囲については、資本金だけでなく従業員数などを考慮し、業種別に規定するなどの検討が必要である。
カナダでは、法人の国内源泉所得には10%の控除を適用とする制度がある。わが国も海外への工場移転により際限のない国内産業の空洞化が進んでいるが、この対策税制として参考になる。
アメリカのオバマ政権も国内への工場移転への優遇税制の創設を検討しているという報道があり充分研究の余地がある。
以上は極めて要約的な提言に過ぎないが、税制の抜本的な改革を国民の視点、特に弱者の(低所得者や中小企業)の視点から研究・検討する必要があることを強調したい。
正義の税制とは、国民の福祉に資する、国民の幸せを担保する税制である。 |