論文

> 国税通則法制定時の大蔵官僚の本音『昭和税制の回顧と展望』に見る大蔵OB の発言から
国税庁長官がつくる「納税者権利憲章」は「課税庁の権利憲章」
  ことう きょうじ
湖東 京至(元静岡大学教授・税理士)

民主党政府が提案した税制改正関連法案が国会で審議中である。政府はそのなかにある国税通則法改正案も一緒に成立させるつもりである。「改正国税通則法」は法律名を「国税に係る共通的な手続並びに納税者の権利及び義務に関する法律」に改めているが、本稿では「改正国税通則法」という。同法には「罰則付きの帳簿書類の提示・提出」、「預かり物件の留め置き」、「無予告調査の法定化」、「反面調査の法定化」、「修正申告勧奨の法定化」、「再調査の法定化」、「調査期間の延長」、「罰則付きの更正請求」等々、実務に携わる税理士にとって由々しき改悪が含まれている。今次「改正」を極論すれば、納税者に対する義務規定の強化だけと言い切ってもよい。

なかには「納税者権利憲章が制定されるのだから一歩前進ではないか」と考えている人もいる。ところが、国税庁長官によって来春に作成・公表される予定の「納税者権利憲章」の内容に期待することはできない。むしろ諸外国の納税者権利憲章に比して無味乾燥、納税者に義務を押し付けるものになる可能性が高い。

その理由は、一つには国税庁長官がつくるからであり、その二つは「改正」国税通則法に憲章に書くべき肝心の権利がそもそも規定されていないからだ。国税庁長官が憲章の中に書かなければならない事項は法定されており(改正国税通則法第4条)、それは以下のようなものである。

「憲章の作成目的と根拠法規」、「期限内申告とその義務」、「更正の請求の期間と罰則」、「更正・決定、納付手続」、「督促、納税の猶予と滞納処分、換価の猶予と滞納処分の停止」、「還付と還付加算金」、「延滞税と利子税」、「加算税の賦課と減免」、「更正・決定の期間制限と時効」、「質問検査権、事前通知、終了通知」、「行政手続法の規定に基づく理由の提示」、「不服申立と訴訟」、「税理士の代理と書類の作成」、「税務署による情報提供」、「税務署員の法令遵守義務と守秘義務」、「その他国税に係る手続、納税者の権利及び義務に関する事項」。

問題は最後の納税者の権利だが、いったい何を書くのだろうか。肝心の「プライバシーの保護」や「誠実性の原則」が法定されていないし、専門家の援助を受ける権利も法定されていない。反対に義務は山ほど法定されているのだから、結局、「納税者義務憲章」か「課税庁の権利憲章」になってしまう。本稿では国税庁長官が作成するであろう納税者権利憲章を想定してみた。改正国税通則法は納税者権利憲章を「平易な表現を用いて簡潔に記載した文書」によるとしているため、できる限り専門用語を避け、わかりやすい表現にしてみた。重ねて言うが、以下の「納税者権利憲章」は国税庁長官によって作成されるものを想定したものであり、筆者が期待する内容を書いたものではない。
納 税 者 権 利 憲 章
2012年1月
国税庁長官作成
納税者の皆さん

税金を納めることは、参政権を行使するのと同じように大切な国民の義務です。税金によって人々は国家から公共サービスを受けたり、地震による被災者の救援が行われるのです。税金がなければ国家の運営はできません。税務署は国家から国民一人ひとりのために税金を集める仕事を依頼されています。税務署員は専門的な知識により使命感をもって仕事にあたっています。

わが国では納税者の皆さんの納税意識が向上しており、国民と税務署員の間についても人間的で責任ある関係が構築されています。税務署員は正義・親切・公平を行動規範とし、法令をまもり守秘義務をもっています。その反対に責任ある国民には義務があります。この「納税者権利憲章」を読めば国家を支える納税者・あなたがもっている権利と果たさなければならない義務がわかると思います。
1 納税者権利憲章をつくる目的は

「改正国税通則法」第1条は「国民の権利利益の保護を図る」と規定しています。納税者であるあなたにはいくつかの権利があります。と同時にさまざまな義務もあります。この納税者権利憲章は改正国税通則法第4条にもとづいて、納税者の権利と義務をわかりやすくお知らせすることを目的としています。
2 申告書はいつまでに提出し、いつまでに納税すればよいのですか

納税者であるあなたは決められた日までに申告書を提出し納税する義務があります。所得税は翌年の2月16日から3月15日までに確定申告書を提出し3月15日までに納税しなければなりません。消費税は個人事業者の場合翌年の3月31日までに確定申告をし、3月31日までに納税しなければなりません。法人の場合、法人税と消費税の申告と納付は原則として決算終了の日から2ヶ月以内となっています。期限までに提出し納税しないとペナルティーや罰金刑、懲役刑が科せられますから必ず期限を守ってください。
ただし、災害などの場合は災害が止んだ日から2ヶ月以内に申告し納税すればよいことになっています。
3 間違って税金を多く納めた場合はどうしたらよいのですか

あなたが申告書を提出したり納税をしたあと、間違って納めすぎたことに気がついたときは「更正の請求」を出すことができます。この期限は提出期限から5年以内となっています。今までは1年以内となっていましたが、税務署が更正処分できる期限5年と同じにしました。ただし、あなたが「更正請求書に偽りの記載をしたとき」は1年以下の懲役又は50万円以下の罰金刑が科されますから提出は慎重にしてください。
4 少なく申告したときはどうなるのですか

税務署があなたの申告内容を調査した結果、あなたの申告が少なかったときは更正処分をしたり、決定処分をしたりすることができます。あなたはその処分にもとづき納税をしなくてはなりません。もっとも税務署員はまず修正申告書を出すよう奨めます。あなたは自分の出した修正申告書にもとづいて追加の税金を納めることになります。また後で触れますが、税務署の処分に不服のときは不服申立をすることができますが、原則としてまず追加の税金を納めなけれはなりません。
なお、税務署が一度更正処分や決定処分をしたあと、その処分が間違っていたことを知ったときは再度更正処分をすることができます。
5 税金を納めるにはどうしたらよいのですか

国に税金を納めるときは納付書を添えて金融機関や税務署の窓口で納めなければなりません。預金口座から振替納税をする手続をした場合は、いちいち金融機関に納税に行かなくても税務署から金融機関に通知をし自動的に口座から引き落とされます。便利で簡単な振替納税にすることをお奨めします。
6 税金を滞納したらどうなるのですか

あなたが税金を期限までに納めなかったとき、税務署はまずあなたに督促状を出します。督促状を出した日から10日過ぎても納めないときは国税徴収法に定める財産の差押えなどを行います。もっともあなたが災害などの理由で納められないときは、あなたの申出により1年間納税を猶予します。また、あなたが誠実であると認められれば、差押財産を公売などにより換価する手続を1年間猶予したり、滞納処分を停止したりします。
7 還付税金には利息がつくと聞きましたが

あなたに還付しなければならない税金があるとき、税務署はできるだけ早く金銭で還付します。その際、納期限から還付決定の日までの利子(還付加算金といいます。法定利率は年7.3%)をつけてお返しします。
8 納税が遅れたときはどうなるのですか

あなたが納期限に遅れて税金を納めたときは、納期限から納めた日までの日数に応じた利子(延滞税、法定利率は年14.6%)を徴収します。ただし、災害などの理由で納められないとして「納税の猶予」が認められたときは、延滞税を全額免除したり2分の1免除したりすることがあります。
9 申告しなかったり申告が少なかったときのペナルティーは

あなたが申告期限までに申告しなかったり、正しい納税額を納めなかったときはペナルティーがつきます。期限までに申告しないときは納める税金の15%を無申告加算税として徴収します。申告額が少なかったときは増えた税金の10%を過少申告加算税として徴収します。また、源泉所得税を完納しなかったときは10%の不納付加算税をとります。さらに、あなたが仮装・隠蔽により正しい納税額を納めなかったときは、悪質とみなして35%の重加算税をかけます(無申告の場合は40%)。

なお、所得税、法人税、相続税、消費税について申告書を提出期限までに出さないで所得税などを免れたときは、懲役5年以下若しくは500万円以下の罰金、又はその両方が科されることになりますのでご注意下さい(平成23年改正)。
10 調査は何年前までさかのぼれるのですか、税金に時効はあるのですか

税務署の調査は一般的には5年前までさかのぼれます(改正によりそれまでの3年が5年に延びました)。その結果、更正処分は5年間できることになります。税務署の徴収権は5年間で消滅します。つまり一般的な時効は5年です。同様にあなたに還付金があるときの時効も5年間で消滅します。ただし、あなたが偽り・不正行為によって税金を逃れたときは7年前までさかのぼります。
11-1 税務調査を受ける義務と税務署のもっている権限は

税務調査は公平な課税をするために必要不可欠なものです。一部に正しい納税をしない人がいることは他の人の税負担をふやすことになります。ですからあなたが税務調査の対象になったとき調査を断ることはできません。もし断れば1年以下の懲役又は50万円以下の罰金刑が科されます。税務署の調査官はあなたに質問し帳簿や書類を検査し、それらの帳簿・書類の提示や提出(コピーを含みます)を求めることができます。また、預かった帳簿や物件を税務署内に「留め置く」権利があります。

もし調査官が「あなたの個人預金を見せてください」とお願いしたり(提示要求)、「金庫の中の物を全部出してください」とお願いしたとき(提出要求)、それをを拒んだときは1年以下の懲役又は50万円以下の罰金が科されます。ですから調査官の言うことに素直に応じてください。税務署員のもっている調査権限は犯罪捜査のために認められたものではありませんから安心して調査を受けてください。
11-2 調査の事前通知をする場合としない場合があるのですか

税務調査を行うときは調査開始日前に原則としてあなたに事前通知書をお渡しします。ただし、あなたの同意があれば調査開始日にお渡しすることにします。事前通知書には調査開始日時、調査場所、調査の目的、調査対象税目、調査対象期間、調査対象帳簿・物件、その他調査に必要なものを記載します。もしあなたが調査日程や場所について変更したいときは、その理由が合理的であれば相談に応じます。

調査の事前通知は原則として行うことになっていますが、税務署員があなたに事前通知をすると違法な行為や不当な行為をしたり、正確な所得をつかめなくなるおそれがあると思ったときや、調査がスムーズに行えないと思ったときは無予告で調査を行うことができることになっています。無予告で調査をするときでも税務署員は身分証明書を必ず携帯していますから、あなたはその提示を求めることができます。
11-3 調査が終わったらどうなるのですか

調査が終わったら「調査終了通知書」をお渡しします。調査の結果、あなたの申告に誤りがなく申告是認のときも通知書をお渡しします。ただし、もし調査により増差税額が見つかったら、あなたに調査結果の内容を簡潔に書いた「調査結果通知書」をお渡しします。その際、税務署員はあなたに「調査結果通知書」にもとづいて修正申告をするよう奨めることができます。あなたから修正申告書の提出があれば調査は終わったことになり「調査終了通知書」をお渡しします。もっとも「調査終了通知書」をお渡ししたあとでも、誤りがあることが分かったときは再び調査ができることになっています。

なお、税務署員があなたに修正申告をお奨めするとき、修正申告を出したら以後不服申立ができないことと、5年間は「更正の請求」ができることを文書で示すことになっています。あなたが修正申告書の奨めに応じないとき税務署は更正処分をすることになります。
12 更正処分には理由を附記します

税務署があなたの税金を増額する場合はその理由を示して更正処分をします。今までは青色申告を選択した人だけに処分の理由を示すことになっていましたが、相続税や消費税の更正処分や白色申告の人にも理由を示すことになりました。そのかわり、白色申告の人にもきちんとした帳簿をつけてもらわなければなりません。とくに今まで所得が300万円以下の白色申告の人には記帳義務がなかったのですが、すべての人に記帳の義務を課すことになりました。なぜなら帳簿がなければ処分の理由を書くことができないからです。
13 更正処分に納得できないときはどうしたらいいのですか

ほとんどの人の場合、調査によって間違いが見つかったら修正申告書を出して一件落着となりますが、なかには修正申告の奨めに応じないで、税務署の更正処分を待つ人もいます。もしあなたが、更正処分の内容に納得できないときは不服を申し立てることができます。あなたが白色申告者なら更正処分通知を受けた日の翌日から2ヶ月以内にあなたを管轄する税務署長に対しまず「異議申立」をしなければなりません。税務署長の異議決定になお納得できないときはその決定通知を受けた日の翌日から1ヶ月以内に国税不服審判所に審査請求をすることができます。国税不服審判所の裁決になお納得できないときはその通知を受けた日から6ヶ月以内に地方裁判所に訴えを提起することができます。

あなたが青色申告者であれば、税務署長に対する異議申立と国税不服審判所に対する審査請求のいずれかを選択することができます。いずれにしても税金に対する不服申立はいきなり裁判所に訴えることはできません。必ず税務署長なり国税不服審判所の判断を経たうえでなければ訴訟にもって行くことはできません。裁判には時間もお金もかかります。ですから、税務署は修正申告を奨めるのです。
14 税理士がついている場合はどうなるのでしょうか

あなたが顧問税理士などに依頼しているときは、その税理士は税理士法に定める代理人として調査に立ち合ったり、税務書類を作ったりすることができます。調査の事前通知もあなたにするとともに依頼している税理士にもすることになります。
15 国税庁・国税局・税務署が行う情報提供

税務署や国税局、国税庁は適正かつ円滑な納税を進めるため、あなたからの質問、相談、苦情などについて専門の担当官や部署を設けてその対応にあたっています。また、税務署がもっている情報のうち開示することが可能なものはあなたに提供いたします。どうぞお気軽にご相談下さい。
16 税務署員は法令に従う義務と守秘義務をもっています

わが国では税金を法律にもとづいて課税します。これを租税法律主義といいますが、税務署員は税法の専門家として日夜勉強し、法律を守り、法律にもとづいて課税事務を行っています。税務署員は法令に従う義務があります。また税務署員には職務上知った秘密を守る義務が課せられています。税務署員が秘密を漏らした場合、2年以下の懲役又は100万円以下(改正前は30万円以下)の罰金が科せられます。
17-1 納税者に認められている権利を整理してみましょう

あなたには納税者としての権利があります。これを整理してみましょう。

 あなたが間違って税金を多く納めたときは5年間さかのぼって「更正の請求」を出すことができます。ただし、更正の請求書に偽りの記載をしたときは1年以下の懲役又は50万円以下の罰金刑が科せられます。

 調査の前にあらかじめ「事前通知書」をもらうことができます。あなたが取引先の反面調査を受ける場合にも「事前通知書」をもらうことができます。ただし、税務署がつかんでいる情報により、あなたに事前通知をすると正しい税額がつかめなくなるおそれがあるときや調査が円滑に行えないおそれがあるときは事前通知をせず、無予告で調査をすることが認められています。

 今までは調査がいつ終わったのか文書で通知しませんでしたが、これからはあなたが修正申告書を提出したとき調査が終わったとして「調査終了通知書」をもらうことができます。ただし、「調査終了通知書」をもらったあとでも、間違いがあるとわかったときは再度調査されることになります。

 今までは白色申告者などに更正処分をするとき理由が付記されていませんでした。これからはすべての更正処分に理由を書くことになりました。ただし、理由を書くためにはあなたが正確な帳簿・書類を作り保存していることが条件になります。もし、正確な帳簿がないときはそれ相応の理由を書くことになります。
17-2 あなたに課せられている義務を整理してみましょう

あなたは私たちの社会が税金によって支えられていることを知っています。そしてあなたは納税の義務があることを知っています。あなたは納税の義務から逃れることはできません。具体的にあなたの義務を整理してみましょう。

 日本は所得税・法人税・消費税・相続税などについて、納税者が自らすすんで定められた期限までに申告し、納税する義務があります。これを申告納税制度といいます。税務署から申告書が送られてこなかったときでも自発的にこの義務を果たさなければなりません。申告は便利で確実な電子申告(e-Tax)で、納税はインターネットバンキング、モバイルバンキングを利用してください。

 あなたは公平な課税が行われるために税務調査は必要不可欠なものだと知っています。ですからもしあなたのところが調査の対象になったとしたら、公正な課税を行うための税務署員の行動を妨害してはなりません。あなたは税務署の調査官に礼儀正しく友好的な態度をとらなければなりません。調査官のために仕事がしやすい環境を整えなくてはなりません。あなたには記帳の義務があり、帳簿や書類、資料を5年間保存する義務があります。

 あなたは税務署の調査官が見たいという帳簿や資料、物件のすべてについてその所在場所を教え、提示・提出しなければなりません。あなたは帳簿や資料などのコピーをすることを許し、これらのものを税務署に持ち帰ることを許さなければなりません。税務署員には持ち帰り「留め置く」権利があります。決して逆らってはいけません。もしあなたが税務署員の調査の邪魔をしたり、書類などの提出を拒否した場合は、1年以下の懲役または50万円以下の罰金が科せられますから注意してください。なお、ここでいう帳簿は「紙」だけではなくフロッピーディスクやCDロムなどを含みます。

 もしあなたが親切な調査を望むなら、事実を包み隠さず、誠実に税務署員に接してください。そうすれば税務署員はあなたを理解し、よい結果を招くでしょう。調査の結果、増差税額が見つかったとき税務署員は修正申告を奨めます。修正申告に応じればそれで調査は終了し、あなたは解放されます。税務署との無益な争いはあなたのためになりません。修正申告書の提出に応じず、更正処分を待つなど時間稼ぎをしないことです。
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