論文

> 税務署の機構改革と税務調査の動向
「税務行政の変化」に如何に立ち向かうか
大阪会  清家  裕  

「税務行政の変化」とは何か。それは国税庁の機構改革の一環として、税理士の下請化・補助者化が進められているということである。税務署職員の事務を合理化し、調査と徴収の事務に特化するための施策である。この「税務行政の変化」で税理士の下請化・補助者化がどのように進められているのか、税務調査や滞納処分にどのような影響が出てくるのか、これらが気がかりであるが、ここでは下請化と補助者化の問題を考えてみることにする。下請化・補助者化の問題を考える前提として、まず税理士制度は如何にあるべきかを考えてみたい。

1.  税理士制度は如何にあるべきか

1951年に税理士法が制定されてから58年になる。数次の「改正」を経て、いま新たな「改正」の動きが出てきている。税理士法が制定されるに当たって、税理士制度は如何にあるべきかの議論が国会であった。国会審議で当時の平田大蔵省主税局長は質問に対し、

「将来におきましては一層発展して税務代理士が単に税務官庁のつごうばかり聞くというのではなく、むしろ納税者の正当な利益と権利を納税者にかわって擁護する。こういう機関としてどうしても将来に発展をはかる必要があるのではないかということを強く考えておる次第である。」

「今回新しく税理士法が通って新しい姿で再スタートをはかるということになれば、お話のような方向に税務官庁に対し十分徹底させたいと思う。同時に私は税理士各位が実力を養い、税務官署に対してむしろ堂々たる態度で正しい納税者の利益、権利を擁護するという意味において大いに活躍を願う、むしろそれによって税務行政自体が改善されるというところまで活躍が期待されるような方向に行くのが理想ではないか。

ことに申告納税制度の下においてはどうしてもこのような民間機関が相当発達して納税者が遠慮なく相談し、それからまた税理士の各位は、法律に従って正しく納税者を指導し、そして税理士業務をやっていただいてそれによって本当に法律に基づく公正な運用と税務官吏のややもすると起こす独善的な弊害を、チェックする機関といたしましても私は今後大いに活躍を期待したい。

そういう意味において新しい税理士法案というものはそういう方向に税理士の資質を向上し、地位を上げるということについて相当有効な役割を果たすものではないか、かように考えておる。運用方針にしても今申し上げたような方向へ持って行きたいと考えておる。」(「税理士制度沿革史」日本税理士会連合会発行より)と答弁しておられる。この答弁にこそ税理士制度のあり方の原点がある。

税理士は「納税者の正当な利益と権利を納税者にかわって擁護する」という役割と、「税務官吏の独善的な弊害をチェックする機関」という役割を担っているという指摘は、「税理士制度は如何にあるべきか」を解明する上で、誠に当を得たものである。税理士制度は課税当局の下請人や補助者の制度であってはならないのである。税理士制度は納税者の権利を擁護する代理人制度でなければならないのである。そのために税理士は、課税当局とは対等・平等の立場を堅持しなければならない。

現在、税理士制度の運用は58年前の平田主税局長の願い通りになっているのだろうか。

2.  税理士の下請化・補助者化を進める国税庁

数年前から平田主税局長の願いとは相反する税理士の下請化・補助者化が、国税庁の機構改革の一環として進められている。消費税の免税点引下げや年金生活者への増税などにより、確定申告をする納税者が300万人も増加した。大企業や高額所得者・大資産家への異常な減税と、その財源を庶民増税で賄う税制「改正」が、確定申告をする大量の納税者を生み出し、この対応に苦慮した国税庁は従来おこなってきた「調査・指導・相談・広報」の事務を、調査・徴収の事務に特化する方向に転換したのである。

その関係で従来の指導・相談事務はアウトソーシング(外部委託)され、税務署の窓口は一元化された。そして、調査・徴収事務の基本的見直しの一環として、税理士法に基づく書面添付制度の推進を図っている。
(1)アウトソーシング(外部委託)

国税庁は日本税理士会連合会(以下、日税連)の了解を取り付け、「記帳指導」「年金受給者等の説明会」「確定申告期無料相談」「確定申告期電話相談」の4つの事務を、全国の国税局を通じてアウトソーシングしている。この4つの事務を国税庁がアウトソーシングする目的は、この事務に税理士を下請けで使いながら、自らが調査・徴収事務を大々的に行うためである。

大阪国税局の「確定申告期無料相談」の仕様書には、「地区相談会場等において、税理士が直接、税務書類等の作成に関する指導及び税務相談を行うとともに、作成された確定申告書等をその場で収受することにより、税務署職員の指導事務量の軽減と、確定申告期間中に申告相談や申告書提出等のために来署する者の削減を図ることを目的とする。」となっている。

すなわち、アウトソーシングは発注者側から見れば、日税連がいうところの社会貢献でも「税務支援」でもなく、税務署職員の事務量削減のための「外部委託」いわゆる事務の外注である。税理士をアウトソーシングの「年金受給者等の説明会」に動員しておいて、手空きになった税務署職員が動員した税理士の関与先に、無予告で税務調査をかける事件が起こっている。この事件がアウトソーシングの正体を白日のもとにさらけだした。
(2)書面添付制度の推進

国税庁は2006年6月発行の「国税庁レポート」で「将来に向けた取組」として、「調査・徴収事務の基本的見直し」の中で、書面添付制度の推進を挙げている。書面添付制度は2001年の税理士法「改正」で新たに意見聴取制度を盛り込んだが、添付率の低迷・記載内容の不十分さからその実効性が上がっていなかった。そこでこの間、国税庁は日税連と協議を重ね、昨年新たな取り扱いを打ち出し、一層の普及・定着に取り組みだした。主な取り扱いの具体策は、添付率向上のための文書による調査省略通知(「意見聴取結果についてのお知らせ」)の施策(国税庁)と、記載内容向上のための「添付書面作成基準(指針)」(以下、「基準」)の制定(日税連)である。

そして、昨年6月国税庁長官が各国税局長に宛てた「平成21事務年度における課税部(部門)の事務運営に当たり特に留意すべき事項について(指示)」の中で、「書面添付制度の普及のための取組」について、「書面添付制度については、税務執行の円滑化に寄与し、納税者全体のコンプライアンスの維持・向上に資することから、引き続き、その適正な運用に努める。特に、平成21年7月から「意見聴取結果についてのお知らせ」を送付することとしたため、一層適正な運用に努める。また、各部門においては、添付書面を申告審理や準備調査等に活用するとともに、添付書面の記載内容に関して積極的に意見聴取を行うなど、可能な限り申告内容の疑問点の解明に努める、なお、今後は書面の記載内容の充実だけでなく、添付割合の向上にも重点を置いた取組を併せて行うこととし、引き続き局署における税理士会と実務者レベルの協議会を開催するなど制度の普及・定着に努める。」との指示を出している。

このように書面添付制度の推進が、課税当局の調査・徴収事務の基本的見直しの一環として取り組まれていることから、書面添付する税理士は税務署職員の税務調査の補助をすることが期待されていると考えられる。調査省略を期待して「基準」に基づき書面を作成することは、税理士が課税当局の補助者になることであると解さなければならない。

それでは、国税庁のこのような機構改革に対して、日税連はどのように対応しているのであろうか。

3.  日税連も進める税理士の下請化・補助者化

(1)アウトソーシングを「税務支援」に混入

日税連は国税庁が「確定申告期無料相談」など4つの事務を一般競争入札でアウトソーシングすることに対し、当初は税理士法第1条(税理士の使命)などに抵触するとして難色を示していたが、一部の事務に「随意契約の公募方式」を取り入れることで了解してしまった。そして昨年、日税連および各税理士会は「「税務支援」の実施に関する規則等を変更し、4つの事務のアウトソーシングを「受託事業」と称して「税務支援」に混入することまでしたのである。

したがって、現在「税務支援」と一言でいっても、税理士法に定める「税務支援」か、会則に定める「税務支援」か、はたまたアウトソーシングの「税務支援」か、その見極めが非常に難しくなった。国税庁の方針に従い各国税局が実施するアウトソーシングの「受託事業」は下請事業であり、「確定申告期無料相談」は全会員に従事が義務付けられている。また、他の「受託事業」も理事会で承認されれば、いつでも義務化できるようになっている。この結果、「税務支援」といっても「受託事業」に従事することは、課税当局の下請事業に従事させられることになるのである。
(2)書面添付の普及・定着を推進

日税連は書面添付制度を「税理士の権利」と位置づけ、国税庁の文書による調査省略通知の担保措置として、書面添付の記載内容の充実を図るため「基準」を制定した。この「基準」によれば、「この基準は、(中略)添付書面を作成するにあたっての指針として日税連において作成したものであり、税理士は、国民の期待に応えるため、この基準に沿った添付書面を作成することが求められる。」として、この「基準」に沿った書面の作成を推進しようとしているのである。

そして、「具体的な作成基準」の「総論」として次の6項目を挙げている。
  • 計算し、整理した主な事項について、どのような書類や帳簿に基づき、どのように確認したのか
  • 審査した主な事項について、どのような書類や帳簿に基づき、どのように確認(審査)したのか
  • 前年(度)と比較して顕著な増減が見受けられる事項について、どのような理由から増減したのか
  • 会計処理方法に変更等があった事項について、どのような理由からどのように変更したのか
  • 相談に応じた事項について、どのような相談があり、それに対してどのような指導又は確認をしたのか
  • 審査した事項について、その結果に至るまでに、どのような確認作業等を行ったのか
などを中心に、具体的にかつ正確に記載することを求めている。その上で「各論」として、計算し、整理し、又は相談に応じた事項に、それぞれに掲げる例示を参考にして、具体的に記載することを求めているのである。(「基準」は日税連のHP参照)

税理士がこの「総論」6項目の観点に従い、「各論」の具体的記載事項の例示に従い、添付する書面を作成する行為は、あたかも税務署職員が税務調査を実施する時の観点であり、調査の調書を作成する行為と同じではないだろうか。文書による調査省略通知を獲得しようと思えば思うほど、税理士は納税者の権利を擁護する代理人から、ますます税務署職員に近づかなければならない。ここに書面添付の普及・定着の目的があると思われる。

4.  下請化・補助者化に税理士は如何に立ち向かうか

このように国税庁のアウトソーシングに、税理士を「受託事業」と称して「税務支援」に動員することは、税理士を課税当局の下請人に仕立てることになる。また、文書による調査省略通知を餌にした「基準」による書面添付制度の推進は、税理士を課税当局の補助者にすることになる。これでは税理士法第1条に規定する「独立した公正な立場」で税理士業務は行えない。

それでは国税庁が進めるアウトソーシングによる税理士の下請化、書面添付の推進による税理士の補助者化に対し、税理士はどう立ち向かえばいいのだろうか。
(1)アウトソーシングは税理士法違反

アウトソーシングは国税庁も日税連も、税理士法違反ではないといっている。国税庁は税理士法第1条に規定する「税理士の独立した公正な立場」に抵触するのではないかとの疑問に対し、「「税理士の独立した公正な立場」とは、(中略)納税義務者あるいは税務当局のいずれにも偏することなく、税法に規定された納税義務の適正な実現を図ることをいう。したがって、税理士が納税者からの委嘱を受けて税理士業務に従事する場合において国のアウトソーシング事業を受注した民間企業の指示を受けるとしても、その指示が税理士業務の内容にかかわるものでなければ、「税理士の独立した公正な立場」が確保されていると言える。」(関東信越会会長清水武信ブログ内「日税連を考える」2007年5月25日清水武信投稿より)として、税理士法第1条に抵触しないとしている。

日税連も「国の税務行政サービスであるアウトソーシング事業を税理士が行うことが、「独立公正な立場」を阻害するかどうかとは、税務当局に対しての独立対等な立場が阻害されないかどうかということに繋がる。(中略)委託業務の内容について税務当局からの指揮監督もされないことから、仕様書に基づく事業が適正に実施されている限り、税務当局の補助的機関としての立場ではなく独立対等な立場が阻害されているとは認められない。」(2008年3月19日「アウトソーシング事業と税理士法(タタキ台)」日税連制度部長斎藤雅昭)と考え、抵触しないとしている。

しかし、本当に税理士法第1条に抵触しないのだろうか。税理士と課税当局との間で税務判断で対立したとき、発注者の課税当局に偏しないで指揮監督にも従わなくていいのだろうか。税理士は「独立した公正な立場」に基づき、自らの判断を最後まで貫き通すことができるのだろうか。課税当局のアウトソーシングである以上、発注者の課税当局に従わざるをえないのが通例であろう。したがって、税理士がアウトソーシングに従事すれば、「独立した公正な立場」は阻害され、税理士法第1条に違反する結果になる。アウトソーシングそのものが税理士法第1条に違反するといわざるをえない。アウトソーシングは中止すべきである。

納税者の税務支援は税理士会独自の事業で実施し、会員の税理士には任意で自覚的に従事することを呼びかけるべきである。
(2)文書による調査省略通知も税理士法違反

昨年7月から国税庁は書面添付制度の運用で、記載内容が良好な添付書面について、意見聴取後、調査省略を行った場合には、文書による調査省略通知を行うことにした。意見聴取後の調査省略および文書による調査省略通知は、税理士法第35条(意見の聴取)に違反するのではないのか。

税理士法第35条では、「税務官公署の当該職員は、第33条の2第1項または第2項に規定する書面(以下この項及び次項において「添付書面」という。)が添付されている申告書を提出した者について、当該申告書にかかる租税に関しあらかじめその者に日時場所を通知してその帳簿書類を調査する場合において、当該租税に関し第30条の規定による書面を提出している税理士があるときは、当該通知をする前に、当該税理士に対し、当該添付書面に記載された事項に関し意見を述べる機会を与えなければならない。」と規定している。

したがって、意見聴取後は調査をしなければならないのである。調査省略をしたり、まして調査省略通知を文書で送付したりすることはできないはずである。

書面添付制度・意見聴取制度をここまで拡大解釈すれば、各税法に規定されている質問検査権の規定と矛盾するのではないだろうか。調査省略を行ったり、調査省略通知を文書で出したりすることは、これも税理士法違反といわなければならない。調査省略や文書による調査省略通知はやめるべきである。
(3)税理士法第1条の改正で下請化・補助者化を阻止

税理士制度は強大な課税当局に相対する弱き納税者のために、納税者の権利を擁護する代理人制度でなければならない。法律で定められた適正な納税を実現するために、税理士は納税者の代理人として課税当局と対等平等の立場でなければならない。決して課税当局の下請人や補助者になってはならないのである。国税庁や日税連が推し進める下請化や補助者化を阻止する究極の対策は、税理士法第1条の改正である。アウトソーシングにしても書面添付制度にしても、現在の税理士法第1条の「独立した公正な立場」からは容認されるとして、ここを根拠に進められている。大武健一郎国税庁長官(当時)はTKCの会報「TKC」(2005年1月号)のインタビュー記事で、「税理士法における書面添付制度は、いわば税理士法第1条の税理士の公共的使命を具現化したものです。」と述べている。

いま日税連は税理士法の「改正」に動き出した。昨年11月に公表された「税理士法改正に関するプロジェクトチームによるタタキ台」には、「税務支援のうち税務援助への従事を義務化」する案、「税理士証票の更新制度の創設」と「税務援助への従事をその更新要件」とする案があり、また「書面添付制度が税理士の権利であることを税理士法上明確化する」「意見聴取制度について、質問検査権との関係などの法的位置付けを明確化する」ことを検討事項に挙げている。そして、この「タタキ台」は現行の税理士法第1条を前提に作られているのである。これではますます税理士の課税当局への下請化・補助者化が促進されることになる。

強大な課税当局と力の弱い納税者とのバランスをとるために、58年前、平田主税局長が目指した税理士の役割を実現しなければならない。そのために、税理士法第1条の「独立した公正な立場」を削除し、「納税者の権利を擁護する代理人」を挿入する改正を目指さなければならないのである。

また、「税務行政の変化」の元にある「広く薄く課税」する間違った税制改革を、憲法の理念にかなった応能負担の原則にもとづく税制改革に転換すべきである。

(せいけ・ひろし)

▲上に戻る