論文

> 100年に一度の大不況をどう乗り切るか
平成21年度税制改革の問題点
ー 中期プログラムを中心に ー
関東学院大学教授・税理士  阿部  徳幸

1. はじめに

平成21年度改正税法は、昨年度のような活発な議論もないまま3月27日に可決成立した。今年度の税制改革は、抜本的な改革を平成23年度に先送りしたため、大きな改正にはならなかった。しかし、平成23年度に向けた抜本的な改革を法律に明記し、先送りしたため、将来における大きな問題を残すことともなった。

これまで税制改正の理論的な支柱は、政府税制調査会(以下「政府税調」という。)が担ってきた。しかし、この抜本的税制改革条項は、政府税調の手によるものではない。経済財政諮問会議が作成し、閣議決定(平成20年12月24日)された「持続可能な社会保障構築とその安定財源確保に向けた『中期プログラム』」(以下単に「中期プログラム」という。)を基にしている。

政府税調の答申(「平成21年度の税制改正に関する答申」平成20年11月)は、「抜本的な税制改革は焦眉の課題」としながらも、積極的な提言を欠いた乏しい内容となっており、中期プログラムに対しては、「昨年の答申における提案内容を十分に反映させるとともに、税制抜本改革の時期を明らか」にするよう求めるにとどまった。つまり政府税経新報09.06.567号税調は、税制抜本改革の内容を中期プログラムに委ねたのである。政府税調の存在意義とはいかなるものなのか疑問に思うところである(注1)

いずれにしても、今後の税制改革のあり方は、中期プログラムに基づくこの平成21年度税制改革の路線に従って進められることとなる。そもそもこの中期プログラムは、中長期的な改革のあり方を論じたものである。しかし、そこではその前提として、「3年以内の景気回復を最優先」とするために「減税措置」を図ることとしている。つまり短期的には、景気回復のために減税するということである。そして景気回復後(中長期的)には、「持続可能な財政構造を確立する」ための「税制抜本改革」を実施するということとなろう。

本稿は、中期プログラムが期待する税の景気調整機能と、中期プログラムに明記され、本年度の改正税法の附則にも規定された「抜本的改革」の一部について、若干の検討を試みたい。

2.「税」における景気調整機能

(1)「税」の意義とその機能
今年度の改正税法の特徴を一言で表現するのであれば、それは「景気対策税制」ということができよう。このことは、「現下の経済・財政状況等を踏まえ、安心で活力ある経済社会の実現に資する観点から、課税の適正化を図る等のため…改正を行う・・・」とする改正法案提出の「理由」書からもうかがえる。

現在わが国は、「百年に一度の経済危機」にあるといわれる。このような経済情勢のもとにおける税制改正であれば、それは自ずと景気対策を重視したものとならざるを得ないようにも思われる。しかし、そもそも「税」とはいったい何だったのであろうか。「税」の本来の意義とは何であったのかをここでは改めて確認してみたい。

わが国憲法は、その30条、84条において「税」に関する規定をおく。租税法律主義といわれる規定である。この租税法律主義から、税に関することは一切法律で規定しなければならないことが要請される。したがって本来であれば「税」そのものの定義も、租税法律のどこかで明確に規定がなされなければならないはずである。しかし、わが国の租税法律には「税」を定義する規定はない(注2)

税を定義する租税法律がないのであれば、われわれはそれを学説・判例等に求めなければならない。そしてそこでは一般的に、「租税は、国家が、その課税権に基づき、特別の給付に対する反対給付としてではなく、その経費に充てるための資金を調達する目的をもって、一定の要件に該当するすべての者に課する金銭給付である」と定義される。さらに、「租税は、今日では、国家の財政需要を充足するという本来の機能に加え、所得の再分配、資源の適正配分、景気の調整等の諸機能をも有」(注3)するとされる。

つまり、そもそも税とは、「国家の財政需要を充足する」ためのものなのであり、さらにその機能として「所得の再分配」、「資源の適正配分」、「景気の調整」等を有するのである。上述のとおり、本年度の税制改正は、「景気対策」を重視したものとなった。本来的機能である「財政需要の充足」を脇に置き、付随的機能である「景気調整」を前面に出したのである。「百年に一度」といわれる経済危機のもと、このような政策税制の必要性も否定はできない。しかし、本来的機能はどうなってしまったのであろうか。国家財政が一定規模を必要とすることからすれば、この景気対策として減税した分はどこかで穴埋めしなければならないはずである。

平成21年度の税制改正(内国税関係)による減収見込額は、21年度が4,690億円、平年度で6,850億円とされる(注4)。また、一部新聞報道によれば、「09年度当初予算、税制改正」による景気対策として、「事業規模37兆円、財政支出4兆円」とあり、「1兆円減税で景気刺激」との見出しもある(注5)。これまで数多くの景気対策としての減税措置がなされてきた。しかし、これまでこのような景気対策減税措置による「成果」の検証は何らなされてはいない。
(2)「税」の機能としての景気調整
税には景気調整の機能があるといわれるが、そもそもこの景気調整機能とは、どのようなものなのであろうか。一般的な教科書によれば、それは、「今日の混合経済体制(mixed economy)のもとで、国民所得に対する財政(租税および政府支出)の比率が大きくなると、国家の手で有効に景気の変動をコントロールすることが相当程度に可能になる。すなわち、景気の後退期には、税負担の軽減と政府支出の増額によって、民間の可処分所得の増加を図り、それによって投資と消費を刺激することができ、逆に景気の過熱期には、税負担の増加ないし減税規模の縮小と政府支出の削減によって、民間の可処分所得の減少を図り、もって投資と消費を抑制することができる。このように、租税は、今日においては、財政の一環として、景気調整(stabilization)の目的に奉仕することができ、また現にそのために利用されている」(注6)とされる。

「なお、今日の租税制度は、その累進的構造のゆえに、減税ないし増税という積極的措置をまつまでもなく、ある程度において景気を自動的に調整する機能 - いわゆる自動景気調整機能(builtstabilizer, automatic stabilization) - を自らのうちに蔵している。すなわち、景気の後退期には国民所得が減少するが、累進税率のもとでは、所得が減少するに従って平均税率も低下するから、国民の可処分所得(disposable income)の減少の割合は、国民所得の減少の割合よりは少なくてすむ。逆に。景気の過熱期には、国民所得は増加するが、所得が増加するに従って平均税率も上昇するから、国民の可処分所得は、国民所得の増加に見合うだけは増加しない」(注7)と説明される。

ところで、この税が持ち合わせる景気調整機能であるが、その「成果」を測定することは果たして可能なのだろうか。90年代のアメリカの景気拡大は、当時のレーガン大統領による、レーガン税制改革と規制緩和がもたらした成果であるということがいわれる。かたやその一方で、これは税制改革がもたらしたものではなく、企業のリストラ、規制緩和、財政規律の見直し、金融緩和によるものとする評価もある。しかし、いずれの評価も実証されたわけではない。

わが国に振り返ってみても、これまで様々な景気対策としての減税措置が施されてきた。しかしその間にも赤字国債は増え続け、財政は破綻ともいえるほど逼迫している。税の持ち合わせる景気調整機能がいわれるように機能したなら、これまで十分に景気対策減税を施してきたのだから、財政そのものも十分に潤うこととなったのではないだろうか。やはり税による景気調整機能は実証不可能であり、マネー資本が台頭する今日の高度に発達した資本主義のもとでは、実現不可能ではないだろうか。つまりこの景気調整機能とは、単に一般国民に対し「安心感」、「期待感」を与えるものでしかないのではないだろうか。だとするならば、景気対策としての減税措置はことさら慎重に行わなければならない(注8)

また税の持ち合わせる自動景気調整機能とは、税の累進的構造を前提とする。後述するが、消費税導入以降、「垂直的公平から水平的公平へ」、「税は広く薄く負担すべき」等の主張に基づき、わが国税制はそのフラット化が推進されてきた。税に自動景気調整機能を期待するのであれば、その前提には税の累進的構造がなければ実現しない。フラット化した税制構造のもと、税に自動景気調整機能を求めることはもはや不可能といわねばなるまい。また、従来どおり、税にこの自動景気調整機能を求めるのであれば、その構造を累進的にもどさねばならないのではないだろうか。

3. 中期プログラムの問題点

「わが国においては、戦後の高度成長から安定成長を経て、所得水準は大幅に上昇し産業・就業構造の変化や社会構造の流動化が進む中で、所得分布が著しく平準化してきている一方、社会保障制度は飛躍的な充実を遂げ、その水準も諸外国に劣らないものとなっており、社会生活全体の均質化傾向に大きく寄与している。こうした状況下にあっては、税制の所得再分配機能を考慮する必要性は、過去に比べて相対的に低下してきている一方、税負担の水平的公平の確保や公共サービス提供のための財源を円滑かつ適正に調達することの重要性が高まってきている。」

少々長くなったが、昭和61年10月の政府税調答申(注9)の一部を引用した。この年のこの答申は、その後の消費税の導入を明示したものであった。中期プログラムは、総じて消費税率のアップをいう。仮に中期プログラムの予定する税制抜本改革が実現したとするならば、今後わが国の税制は消費税を中心とした制度に変容することとなろう。しかし、改めてわが国に消費税税制が導入された当時の社会的背景を考えてみると、先の政府税調答申が示すとおり、当時は所得水準は大幅に上昇し、しかも平準化されていた。さらに社会保障制度は飛躍的な充実を遂げていたのであった。

つまり、国民総中流意識のもと、もはや「貧富の差」という言葉自体が死語となっていたのである。確かに消費税制導入後20 年あまり経過した今日、「貧富の差」という言葉は死語となり、ほとんど使われることはなくなった。代わりに「格差」という言葉が日常的な言葉となり、さらには社会問題にまで発展している。では社会保障制度はどうであろうか。もはや議論する余地すらもない。消費税には逆進性の問題がついてまわる。そもそも逆進性の問題は、消費税制における致命的な欠陥である。消費税制導入当時の社会的情勢のもとであればいざ知らず、今日の社会情勢のもと消費税率をアップすれば、どのような結末を迎えることとなるのであろうか。中期プログラムのいう「安心と責任のバランスのとれた財源確保」を消費税に任せることは、さらなる格差を生み出すこととならないだろうか。

しかし、中期プログラムはこの「格差」について何ら触れていないわけではない。中期プログラムは、格差是正を個人所得課税に求めている(なお、資産課税についても、「格差の固定化防止」という文言が使用されている)。そもそも所得税収は平成2年度当時26兆7千億円(決算額)あったものが、平成20年度には16兆2千億円(予算額)にまで減少した(注10)。これには様々な要因があるにしても、この所得税の減収は、消費税制導入以来実施されてきた所得税率のフラット化、高額所得者優遇税制の結果である。

「垂直的公平から水平的公平へ」、「税は広く薄く負担すべき」等の議論に基づき、本来の租税立法の原則である応能負担原則を無視してきた結果である。中期プログラムは、「個人所得課税については、格差の是正や所得再分配機能の回復の観点から」抜本的改革を行うという。だが、「格差是正」、「所得再分配機能の回復」のための改革とは到底思えない。むしろこれまでの税率のフラット化をはじめとした様々な減税の結果、このようにやせ細った所得税収を回復するため、すなわち単なる増税のための詭弁として、「格差是正」、「所得再分配機能の回復」という言葉を使っているに過ぎないとしか思えない。

そもそも中期プログラムは、「3年以内の景気回復」を前提に税制抜本改革を実施するとしている。繰り返すが、この中期プログラムを前提に改正法案が作成され、平成21年度改正税法として成立した。したがって、3年後の景気回復がなければ、税制抜本改革はできないこととなる。しかし、景気回復とはどのような状況をいうのであろうか。広く一般に景気が回復したと実感できる状況をもって景気回復というのであろうか。わが国経済は小泉政権のもと、つい先日まで、バブル景気のみならずいざなぎ景気を超える戦後最長の景気拡大ということがいわれてきた。しかし同時に、欠損法人割合は、平成5年度以降60%台で推移してきた(注11)

このような欠損法人割合からみて本当に好景気であったということができるのであろうか。さらにその間、例えばリストラが大きな社会問題となり、今日の非正規雇用の問題へとつながっている。景気回復とは一体どのような経済状況をいうのであろうか。中期プログラムは、「景気回復過程の状況と国際経済の動向等を見極め、潜在成長率の発揮が見込まれる段階に達しているかなどを判断基準」とするという。しかし、これではどのような経済情勢をいうのか明確ではない。また単に景気回復のみを前提に抜本改革を強行して良いものであろうか。国内のさまざまな社会情勢は考慮しないのであろうか。仮に抜本改革を実施するのであればその実施時期は慎重に帰すべきである。

さらに中期プログラムは、税制抜本改革の道筋として、「予期せざる経済変動にも柔軟に対応できる仕組みとする」としている。しかし、果たしてこのような予期せざる経済変動にも対応できる仕組みを構築することが可能なのであろうか。上述の通り、今回のわが国の経済危機は、昨年秋のリーマンショックをその発端としている。サブプライムローン問題はそれ以前から問題視されてはきたが、誰がその時期と規模を予期できたのであろうか。一人歩きしたマネー資本の暴走は、誰も止めることができなかったのではないか。そもそも予期できないのであればその対応は当然にできないのではないか。この税制抜本改革の道筋には大きな疑問を覚える。

ここまで、中期プログラムの内容のうちいくつかの項目について若干の検討を試みた。いずれをみても大きな問題を包含している。何度も繰り返すが、この中期プログラムを基礎に21 年度改正税法の附則104条は制定された。これらの項目が法律として明記されたのである。果たしてこのままこの附則に規定されたとおり、税制抜本改革は進行するのであろうか。また、進行してよいものだろうか。

4. むすびにかえて

これまで中期プログラムを中心に平成21年度税制改革について、その個別具体的な改正内容には触れず、その全体像について若干の問題点を指摘してみた。ところで、この中期プログラムは何のために作成されたのであろうか。順序は逆になったが、中期プログラムの内容を検討するにはまず、この中期プログラムそのものの意義を確認する必要があった。しかし、中期プログラムは、その具体的意義には触れていない。よって、その全体を俯瞰することによってその意義を見出すこととなろう。

そこではこの中期プログラムとは、「国民の安心強化のための社会保障安定財源の確保」のための、「税制抜本改革の全体像」を示したものということもできよう。すなわち財源確保のための税制改革ということとなる。上述した「税の本来的機能」ということである。今日の財源不足は、所得税率のフラット化を初めとしたこれまでの不要な減税措置がもたらしたものである。この財源不足を解消するためにも、これまでのこれら不要な減税措置全般を一旦廃止・撤回するべきである。すなわち税本来の姿にいったん戻すべきである。

わが国憲法は、租税法律主義をわれわれ一般国民に約束する。われわれ一般国民は法律の規定に従い納税の義務を負う。この法律とは、当然憲法適合的なものでなければならない(憲法98)。すなわち租税立法のあり方の原則は、わが国憲法が予定する応能負担原則(憲法13、14、25、29 他)につきるということになる(注12)

ここ数年の税制改革は、様々な政策のもとにこの応能負担原則から逸脱したものであった。われわれはこれまでの租税政策を反省し、憲法が約束する応能負担原則に基づく租税体系を目指すべきである。平成21年度改正税法は、23年度の税制抜本改革を明記した。この改革はこの応能負担原則に基づく改革とするべきである。
(注1) 政府税調の在り方について、拙稿『租税法律主義の現状と司法権の役割』「獨協法学第74号」2008年1月、獨協法学会所収。
(注2) ドイツ租税通則法3条1項は租税の意義と定義している。そこでは、「租税とは、特別の給付に対する反対給付ではなく、法律が給付義務をそれに結びつけている要件に該当するすべての者に対し、収入を得るために公法上の団体が課する金銭給付をいう。なお、収入を得ることは附随目的とすることができる。関税および輸入課徴金は、この法律の意義における租税である」とされる。この規定は、わが国の租税の意義を検討するに当たり、参考にはなるがそのまま採り入れることはできない。なぜなら、この規定はあくまでもドイツにおける租税概念であり、わが国においては、わが国独自の租税概念を構築しなければ意味がない。税とはその国の文化であり、歴史であり、その国そのものを投影するものだからである。
(注3) 最判昭和60年3月27日(民集39巻2号247頁、判時1149号30頁、判タ553号84頁)。同旨最高裁平成18 年3 月1 日(民集60巻2号587頁)。また、学説もこの最高裁判例を支持している。たとえば、金子宏「租税法(第12版)」8頁脚注、平成19年4 月、弘文堂。
(注4) 平成21年度税制改正の要綱(平成21年1月21日閣議決定)別表より。
(注5) 平成21年4月8日日経新聞より。
(注6) 金子前掲書5頁。
(注7) 金子前掲書6頁。
(注8) 同旨のものとして田中治『税制改正要綱を評価する- 税法学の視点』「税研vol.24- No.5」(財)日本税務研究センター所収。
(注9) 「税制の抜本的見直しについての答申」政府税調  昭和61年10月。
(注10) 「税について考えてみよう」財務省20年10月 http://www.mof.go.jp/jouhou/syuzei/zeisei/04.htm#043より。
(注11) 国税庁統計資料 http://www.nta.go.jp/kohyo/tokei/kokuzeicho/kaishahyohon2002/menu/04.htmより。
(注12) 応能負担原則の詳細については、たとえば北野弘久「税法学原論(第六版)」2007年12月  青林書院  第7章。なお、昨今、応能負担原則に対し、「応益負担」という議論も活発になされている。この応能負担原則と応益負担原則との関係について、拙稿『応益負担原則論批判』「税制研究No. 47」2005年11月税制経営研究所所収。

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